脱走とお仕置き
ジャイアンside
諸君、突然だが俺は夏が大好きだ。うだるような暑さも、耳をつんざく虫の自己主張も、校庭から聞こえてくる野球部の喧騒も、全てがこの季節を楽しむためのスパイスだ!
外に出て、この時期ならではの熱気を感じたい。賑やかな喧騒に少しだけ顔をしかめて、焦がすような日差し全身に浴びたい。止まらない汗を拭って、思いっきり体を動かしたいんだ!!それこそが夏という季節での、日中という時間帯の、正しい楽しみ方のハズだ!そう。今は夏という心踊る特別な季節だ!!
だから・・・
「(逃げよう雄二、ジャイアン。この魂の牢獄から)」
「(よく言ったぜ、明久)」
「(俺もこの鉄拳補習フルコースには飽き飽きしていたところだ!!)」
――だから俺たちは、鉄人の補習からの脱走を決意したのだ!!
「(だいたい、夏休みに入っているのに授業があるってのが間違いなんだよな?)」
「(しかも、このクラスは九割近くが男子だ。勉強どころか息をするのもキツイんだよ)」
「(オマケに授業をやっているのが鉄人だもんね。冬でも暑苦しいくらいなのに、この環境で鉄人のビジュアルは拷問に等しいよ・・・)」
すると、坂本が姫路の方を見ていた
「(よくこんな状況で姫路は真面目にノートを取れるよな。アイツは化け物か?)」
「(のび太なんてさっきからぐったりしてるぞ。それにしても、流石姫路、実力Aクラスの優等生といったところか?)」
「(でも、姫路さん、身体が弱いのに大丈夫かな・・・。最近は調子が良さそうだけど、やっぱり心配だよ)」
明久の言うこともわかるが、姫路には風通しのよい窓際の、柱の影というベストポジションが進呈されている
「(こまめな水分補給を忘れなければ大丈夫だろう。それにその辺は配慮されているさ)」
「(その辺は鉄人も気を遣っているから大丈夫だろ)」
だから俺たち三人は日当たり良好、風通し最悪の窓際最後尾ポジションなんだろう。差別しすぎじゃないか?
「(それで雄二、どうやって抜け出す。相手はあの鉄人なんだから、見つかったら最悪の事態になるよ)」
「(なんだ、人を脱走に誘っておいて何にも作戦を考えてないのかよ)」
「(考えてあったらすぐに一人で実行してるよ)」
「(まぁ、それもそうだな。どうしたもんか・・)」
俺たちは小声で相談しながら鉄人の隙を窺う。もちろん、口が動いていることを気取られるようなミスはしない。腹話術のように口の動きを最小限に抑えているからだ。Fクラスで鉄人に目を付けられている男子生徒には必須の技術らしい
え?何でお前できるんだって?勘だよ!
「ここで元の高さをhとした時、位置エネルギーが全て運動エネルギーに変換されたとすると、この時の速度vは重力加速度gと高さhにのみ依存する式となり――」
西村先生は教科書を読み上げながらも俺たちの方を向いている。今は動く時じゃない。下手に動きを見せたら即座に捕まってしまう。どうしたらいいだろうか・・・
「((おい吉井、坂本、剛田。逃げるのか?)」
「(逃げるのなら俺たちも一枚噛ませろ。こんな地獄には付き合いきれねぇ)」
「(俺もだ。このままだったら確実に干からびて死んじまう)」
すると、近くの席のクラスメイトたちが話しかけてきた。もちろん、顔は黒板を向いていて、口は会話をしているとは思えないほどに小さくしか動かしていない。
このクラスで鉄人に目を付けられていないのは姫路と島田、のび太と俺くらいだ。他のクラスメイトは全員この技術を習得している
え?だからなんでお前はできるんだ?!って?何度も言わすな・・・勘だ!
「(じゃあ、この人数なら全員で一斉に逃げるって作戦でどうかな)」
「(人海戦術か。単純だが、確実な作戦だな・・・。よし。乗った)」
鬼は先生一人だけだ。俺達全員一斉に四方八方に逃げ出せば、西村先生は最初に明久を狙う習性があるから、明久から離れるように逃げればまず捕まらない!
「(みんなもそれでいいよね?誰が捕まっても恨みっこなしってことで。問題がなければ小さく頷いてもらえる?)」
明久がそう言うと、姫路、島田、秀吉、のび太以外の全員が一斉に頷いた
あとは機を窺うのみだ
「――つまり、物体の落下速度というものはその物体の質量に依存しないということになる。だが、理論とは違って現実には空気抵抗というものがある。綿毛と鉄球が同様の速度で落下しないのはこの空気抵抗によるものが大きく、式に表すと――」
説明が佳境に至ったのか、鉄人が黒板へと向き直って板書を始めた。俺たちに背を向けたこのタイミング、逃すわけがない!俺たちは脱出の為に腰を浮かせて・・・「全員動くなぁ!!」っ!?
その瞬間、先生に機先を制されてしまった。
バカな!読まれていただと!?
「貴様ら・・・・。脱走とは良い度胸だな。そんなに俺の授業は退屈か?」
西村先生がゆっくりとこちらを振り返り、俺たちを睨み付ける
あっ・・・終わった・・
「貴様ら・・・そうか。お前らがそこまで退屈しているとは気がつかなかった。これはつまらない授業をしてしまった俺の落ち度だな」
・・・・あれ?まさかの西村先生が謝罪?
「詫びと言ってはなんだが、代わりに一つ面白い話をしてやろう。・・・姫路、島田、野比、木下は耳を塞げ」
面白い話?まぁそれはありがたいが、なぜのび太達には耳を塞ぐように言うんだ?面白いなら全員に聞かせればいいじゃねぇか?
「そう・・・あれは十年前だ」
!!?・・・今、俺の第六感が危険だといっている!!まさか!?
「俺がブラジルの留学生とレスリングをやっていたときのことだ」
『『『ギャぁあアあ――っ!!!』』』
まさかの嫌な予感が的中した!!?耐性の低い連中は西村先生の暑苦しい言葉で精神をやられたみたいだ・・・。この灼熱の環境で鉄人のレスリング談義なんて、処刑と変わらない!
「相手は身長195cm、体重120kgの巨漢、ジョリジーニョ・グラシェーロ。腕の太さがウエストくらいはありそうな男だった。だが、俺とて負けはしない。188cm、97kgの鍛えに鍛えた肉体でヤツと正面からぶつかり合い――」
『やめろっ!やめてくれぇーっ!』
『脳が!脳が痛てぇよ!!』
『ママァーッ!』
まるでガラガラと精神が崩壊する音が聞こえてくるかのようだ!このままでは俺も危ない!!!
「しかし、ヤツはレスリングと柔道を勘違いしていた。腕ひしぎを仕掛けてきたんだ。だがこの俺の自慢の上腕二頭筋には勝てるわけもない。汗にまみれ、血管を浮き上がらせながらも俺は腕を伸ばしきることなく抵抗し続けた。すると向こうはすかさず俺の頭上にまわり、その分厚い大胸筋で俺の顔を圧迫しつつ上四方固めを――」
『ぐぁああああっ!い、嫌だ!目を閉じたくない!最悪のビジュアルが瞼の裏に張り付いて離れない!』
『起きねぇ!福村が起きねぇよ!おい、しっかりしろよ!』
『空気を!新鮮で涼しい空気をくれ!!』
落ち着け!阿鼻叫喚の地獄絵図の中、俺は精神攻撃に耐えるために、脳内変換をしていた!
西村先生→のび太
ジョルジーオ?→スネ夫
脳内変換したのだが・・・あいつらはガタイも良くないから小さな戦いに感じるな・・・
「そして、制限時間いっぱいまで使った俺達の攻防は続き――ん?なんだお前ら。もうダウンか?」
気づけばクラスメイトは卓袱台に突っ伏して気を失っていた
「やれやれ、仕方がない。十分間だけ休憩を入れるとしよう。脱走なんてくだらないことを考えた自分を反省するように」
俺、剛田武は・・・二度と脱走しません。した場合は明久に補習を・・・
っと心の中でそれを思っていたのは秘密だ・・・。耐えた事に今は喜びを噛み締めよう!!!!
ここまで読んでいただきありがとうございます!次回も宜しくお願いします!!