麻知ちゃんも無計画に傷害に手を染めません。続きどうぞ!
「コウ君...私たちやっと結ばれるんだね」
信濃の町はずれ、教会の白の塗装が周りを囲む新緑萌える山々、田んぼに映える。私、山城滉一と北方麻知の結婚はこの片田舎の教会で行われた。私の前には純白のウェディングドレスを纏った麻知がいた。その他には母、文加や麻知の両親も誰もいなかった。だが、これは2人で決めたことなのだ。その頃、2人は東京から駆け落ちをして安曇野で同棲生活を送っていた。都会出身の私たちにはなれない生活だったがそんなことは全然気にならなかった。それほど2人の仲はこれまでで一番深まった時であった。私はこのまま二人っきりで里山に囲まれた自給自足の生活をしてひっそりと暮らしていければと思っていた。
「麻知、これからもずっと幸せにしていくよ。」
「コウくん...」
「ちょっと不便ではあるけど住めば都というしここでつつがなく暮ら..」
「コウくん、その...ね」
「ん?」
「東京に戻ろ」
「....」
麻知の言葉に呆然とする。山城はここで一生麻知と暮らすことになると思っていた。
「戻ったとしてもお父さんは絶対私の結婚を認めてはくれないのは分かってる...でも!でも逃げるっていうのは間違ってるよ。」
「それはそうだけど...!ここは麻知にだっていい場所じゃないか。ずっと一緒にいてあげられるし、麻知に心配をかけることもないし..!」
「うん....そうだよ...ここで暮らすのもいいけど、私コウ君が頑張っている姿を見ているのが好きなんだ♪会社で仕事をするコウ君を助けてあげたい、家でごはんを作って待っててあげたい...コウ君が他の女の子と仕事とはいえ話すのは嫌だけど...」
「...分かったよ。それが麻知の望みなら俺はそうする、そして約束するよ。もし、俺が麻知以外の女の子に興味を持ったり、浮気をしたら麻知に何をされても文句は言わない...何をされてもだ。」
この時の私は麻知以外見えなかったのだろう。今思えばバカな約束をしたものだ。
「....り」
「え?」
「ゆびきりして?神様の前で約束」
麻知は小指を差し出してきた。結婚式でゆびきりなんてこれじゃあ本当の心中立てである。
「それじゃあ、愛情の不変と約束を誓って」
『ゆびきりげんまん~♪ウソついたら針千本飲~ます♪指切った!』
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懐かしい夢を見たな...
目を開けると、そこは見慣れない天井だった。見た限り家ではないようだ。確か、麻知に熱湯風呂に無理やり入れさせられたはずだが..
起き上がろうとすると身体に痛みが走る。下を見たらミイラかというほど身体じゅう包帯巻きとなっていた。その時ここは病院だと察した。
「!あなた」
麻知はベッドの横に座っていたようで俺が目覚めたのを機に抱きついてきた。そして周りには野口と透さんがいた。抱かれた圧で痛みが伝わってきた。
「よかったぁ...死んじゃったら私...」
「山城!お前悩んでいたなら相談してくれればよかったじゃないか...!こんなバカなこと...」
「あなた...」
強く当たる野口を透が諌めた。麻知は山城から離れ、涙を拭う。
「野口さん、主人を責めないであげて下さい。きっと私のせいで言えなかったんです..私が悪いんです。滉一を追い詰めてたなんて...」
「すいません...麻知さん」
「麻知ちゃん、自分を責めないで。山城さんが目を覚ましたんだし。」
一体、なんの話をしているのだろうか..なぜ麻知に同情が集まっているんだ?加害者は麻知なのに...
「野口は何の話をしているんだ?」
「覚えてないのか..お前は自殺を図って熱湯に入って大やけどを負ったんだ。それを麻知さんが見つけて大事には至らなかったんだ。」
「きっと、ショックが大きくて忘れてしまっているし、今の状況が分からずに混濁してるんだと思うんです...いいんです。主人が元気なら..」
話が美化されている。事実は180°異なる。私が嘘をついた責任として針の入った飯を食わせようとし、あげく熱湯の入った湯舟に無理やり入れさせられたのだ。
麻知のしたことは許されないが、私にも非がある。本当のことを言って麻知が許してくれるかなんて関係なかったのだ。麻知の前では正直でいる...約束を破ってしまったのだから。今思い出した...あの日の約束-愛の誓いを
私は何も言い返さなかった。今その情報が支配しているならそれが事実なのだ。それを覆すことなど無理である。
「野口、迷惑かけた...麻知に謝りたいから今日は帰ってくれないか?」
「...あぁ。部長から連絡だ、一か月療養休暇とのお達しだ。早くそのやけど治せよ。痛々しくて見てられねぇ」
「ありがとう。部下にもよろしく伝えといてくれ....はぁ、しばらく戦線離脱..か。麻知、果物を切ってくれ」
野口夫婦が帰った後、静寂が病室に訪れた。シャリっというリンゴの皮をむく音だけが響いていた。麻知はあれからこちらに顔を向けようとはしない。反省しているのか...いや、償いだと言っていたし工作をしているのだからその線はないか。単純に気まずいというのが本音だろう。
「夢を見た。」
「....夢?」
麻知はそれでも目線をこちらに向けない。
「俺たちが長野で結婚式を挙げた時の夢だった。麻知が目の前にいて、前には十字架、片言の神父がいて...でも脇には仲人も親もいない変わった挙式だったな」
「でもそれは2人で決断したこと..............後悔してるの?」
「いや、してないさ。そして麻知が突然東京に戻ろうって言って驚いたなぁここで骨をうずめる覚悟はしてたんだが...」
「...」
麻知は何も言わず皿に一口大に切ったリンゴを入れた。
「今日思い出したよ。あの日約束したこと...もし麻知以外の女の子に興味を持ったりしたら何されても文句は言わないって。本当にするとは思わなかったけどな。ハハハ」
「....あなた、もう一つ約束したこと覚えてる?」
麻知はこちらを見て聞いた。
「もう一つの約束?」
『それじゃコウ君が不公平になるから私も約束するね。もし、コウ君が約束を破ったら容赦しない...でも、その後コウ君が何をしても私は全て受け入れるよ..たとえ殺されようともだから...きりしよ?』
『え?』
『ゆびきりしよ?神様の前で約束』
「私はあなたに罰を与えた..次は私の番。許して...くれないよね。滉一への償いはこれしかないよね?」
麻知は持っていた果物ナイフを自分の首に突き立てた。ナイフは嫌らしくギラギラと光を放っていた。
「バカ!やめるんだ。そんなことをしても俺が何も得をしない!」
「でも...私のこと...嫌いになったよね?こんなことする私のこと...」
麻知の目下には幾筋の涙が見えた。山城は溜息をついて諭した。
「はぁ..何年一緒にいると思ってるんだ。麻知が嫉妬深いなんて百も承知だよ。一々嫌いになってたら一緒になってないよ。ほら、早くしまえ。」
「許してくれるの...」
「許しはしない。一生な。.....だからたとえ麻知が俺のことを嫌いになっても一生俺のそばにいてもらうからな。」
「...うん。何をされても文句は言わないよ...」
麻知は涙を流しながら笑顔で答えた。
『私は許しませんよ~課長を傷つけるなんて...』
「...水萌君!?」
「...」
病室の前には水萌晴絵がいた。
心中立て...愛情の不変を誓う証拠立てのこと。ゆびきりげんまんは花魁とやくざ者との心中立てから派生したと言われている。
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