摂氏0℃   作:四月朔日澪

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前回までのおさらい

 山城の職場甲辰商事繊維2課に水萌晴絵が入ってきた。水萌は山城にお弁当を作ってくるようになり、山城が麻知と仲直りした後もそれを続け麻知と水萌との全面戦争が勃発する。山城は嘘をついた代償として熱湯風呂に入れさせられ、全治1か月の療養期間に入った。


白亜

「はっはっはっまたわしの勝ち~」

 

「強いなぁ参りますよ」

 

「武夫さんには敵わんなぁ」

 

山城はだいぶやけども落ち着いて普通の病室に入ることになった。そこにいる70代にしては元気な池田さんと同じくらいの年齢の菰田さんとはすぐに溶け込み毎日特にやることもないのでトランプなどを興じていた。

 病院というのは聞いていた以上に暇なものでテレビを見るにもテレビカードを一々買わなければいけないのでそうそう見ることもなく世の中の動向を知ることもできない。病院食も厚生省の塩分摂取量に準拠しているので薄味で物足りず、恥ずかしながら麻知の手料理が恋しい。療養休暇とはいうもののこのやけどで1か月も続くとなるともはや刑務所にいるような感覚である。

 

「こんにちは」

 

「おー山城くん、美人な奥さんがお見舞いに来たぞ」

 

「うちのババアとは大違いだ」

 

「「ガハハハッ」」

 

「まぁ、そんなこと言ったら怒られますよ~」

 

「見舞いにすらこねぇよ。まぁ息子夫婦と孫が見舞いに来てくれる時が一番うれしいがな」

 

「お孫さんがいらっしゃるんですね」

 

「あぁ、孫ってのはかわいいもんでなぁ...

 

麻知もまた山城のルームメイトと仲を深めていった。麻知は山城の花瓶だけでなく二人の花瓶にも新しい花を生ける。麻知は爺様方の扱い方がとても上手で、まるで娘が甲斐甲斐しく看病するような振る舞いで良妻を装っていた。誰が見ても十中八九麻知が山城をこんな目に遭わせたなど考えもつかないだろう。

 

「まぁ山城さんとこは仲がええの...仲がええことに越したことはないからなぁ、山城さん奥さんを大切にせなあかんよ」

 

「ああ、菰田さんの言う通りだ。夫婦円満は幸せを呼ぶからなぁ...ワシみたいになるんじゃないぞ山城くん」

 

「はぁ」

 

麻知は三人と話をすると買い物があるということで帰っていった。私はその後もお二方と雑談をし、夕食を食べあとは就寝するのみである。麻知は毎日来るものかと思っていたが週に二回花を替えに訪れるだけであった。水萌君もあの一件以来顔を見ていない。まぁ水萌君の場合は仕事もいよいよ本格的に始まってきている訳だから来れるわけもないか...

 そういえば会社の方は大丈夫だろうか。1か月も休んでいては部下に申し訳ない...今は次長が業務を代わってくれているのだろう。復帰したら一緒に食事をしよう...

 

「怖い顔してどうしたんだい?山城さん」

 

「あ、菰田さん」

 

「ここにいる間はあまり戻った後のことは考えないほうが良いよ。」

 

「はぁ...私、中間管理職なものでいろいろと考えてしまって」

 

「まぁ私も社長をしていたから山城さんの気持ちはよくわかるけどねぇ」

 

「社長さんだったんですか!」

 

「まぁ社長といっても小さな工場だけどね。私は病弱でよく入院していてね...ある時従業員に会社の金を持ち逃げされてね、それから入院するごとにあれこれ考えるようになった。」

 

「持ち逃げって会社は大丈夫だったんですか?」

 

「まぁ従業員はすぐに捕まって大事には至らなかったんだけどね。また起きないかビクビクしてたよ当時は。

 まぁ歳を重ねていくごとにその不安も少しずつ減っていったんだけどもね」

 

「そういうものなんですか」

 

「家内が金銭管理をしっかりするようになってね...簿記の資格も取ってね。」

 

「いい奥さんですね」

 

「こういう時に妻の大切さを知ったね...だから山城さん奥さんを大事にしなさい。きっと山城さんが危機の時に助けてくれるはずだから。」

 

「はい。肝に銘じておきます」

 

「武夫さん、暇ですしUNOでもしませんか?」

 

「宇野?なんだそりゃ」

 

「トランプばっかりじゃ飽きるでしょう。ルールは私がやりながら教えますよ。山城さんはルール知ってますか?」

 

「はい。何回か遊んだことは...」

 

「では始めましょうか。まず、四つの色と数字が書いてあるカードがありましてね...」

 

「ほうほう...

 

その後寝るまで三人でUNOを楽しんだ。池田さんは最後の一枚になった時に宣言することを忘れてペナルティでなかなか上がれずにいた。私も人のことは言えず何度かチョンボをしてしまったが、こうしてゲームをしていくごとにさっきまでもやもやと考えていたことがすっきりしたような気がする。菰田さんは気を配ってくれたのだろう。

 

**************

 

「山城さん、もう二度と馬鹿な真似はしないでくださいね。もし困ったことがあれば奥さんもいるんだからちゃんと相談して...」

 

入院して1か月と2週間が経った。やけど跡は残っているが皮膚も回復し無事退院できることになった。最後の診察で担当医に説教を受け、そういえば私が自殺未遂をした体で入院をしていたことを思い出し非はないがひたすら平謝りをした。麻知も隣に座っていたがこの事件の張本人であるが悠々としており肝が据わっているというか、悪気もないのかと怖かった。

 

「菰田さん、短い間でしたがありがとうございました。」

 

「いやいやこちらこそ。楽しい時間を過ごすことが出来ました。どうか身体には気を付けて」

 

「菰田さんも」

 

「主人がお世話になりました。」

 

「毎週お花を替えてくれてどうもありがとうございました。部屋の空気も変わって人生の中で一番気持ちのいい入院でしたよ。」

 

「どうかお元気で」

 

「まだ死ななないように頑張ります」

 

池田さんは私の二週間前に退院をした。その後も菰田さんとはトランプの他に囲碁を指したりと時間を過ごしていた。しかし、今日で菰田さんとはお別れとても悲しい。

 

「それでは失礼いたします。」

 

「ええ、山城さんこれからも奥さんと仲よく...」

 

1か月ぶりに外に出る。空気がおいしい、病院の消毒液のようなにおいに包まれて生活していたからか余計そう感じる。私は間延びをしている傍らで麻知は何か考え事をしていた。

 

「ん?どうしたんだ麻知」

 

「え?ううん。なんでもないよ...ただ菰田ってどこかで聞いたことがあったようなと思って」

 

「変わった苗字だから印象に残っているだけじゃないか」

 

「菰田...菰田..もしかして菰田製作所の...(ボソッ)」

 

**************

 

甲辰商事の社長、岡は山城が退院した病室に足を運んでいた。

 

「菰田会長、息災でしたか。」

 

「ああ、まだ死ぬわけにはいかないですよ」

 

「会長は山城麻知をどう感じられましたか?」

 

「院長に掛け合って普通の病室に移ってみたが楽しいものだね。他の人がいるというのは..山城さんの奥さんは私が見た限りとても気前がいい良妻賢母といった感じだが...何か言い現わせられない闇を抱えていたように思えた。」

 

「闇....ですか。」

 

「岡さんから聞いたような人とは思えなかったがもし、岡さんのいうことが正しいのであれば敵に回したら危険な存在じゃないかねぇ」

 

「ええ。北方麻知はうちにとってキーマンになる存在ですから...それはそれとして会長はいつ退院される予定なのですか?」

 

「まぁ、数週間後には退院するかね。家内にも会いたいしな」

 

「会長は奥様と仲睦まじいようで羨ましい限りです」

 

「いやいや、山城さんに比べれば私なんてとてもとても...」

 

「山城ですか。昔部下でしたが、普通の夫婦のような気がしましたがね」

 

「表面は、そうかもしれない。でも特に麻知さんの熱量というのは計り知れないよ」

 

大手半導体メーカーの創業者にして会長。菰田は麻知の本質に一番近づいた男だった。しかし山城らと彼が二度と会うことはなかった。




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