まぁ、それはさておき続きをどうぞ。
人というのは病気やけがをしている時には妙に優しい。
たとえば、子供の頃いつも厳しい母が風邪を引くと付きっきりで看病をしてくれるものだが治ればまた厳しい母に戻る、それと同じで社会も病人が復帰したからといって情けをかけることはない。普段の仕事を病み上がりでこなさねばならない。
それは山城も同様で、退院後休日に打ちっぱなしゴルフで体を慣らすのみで、いよいよ職場復帰である。課長という中間管理職にいるわけで上司や部下に迷惑をかける訳にはいかない立場にある。
そして、けがの元凶である妻・麻知も入院中は観音様のような温かな笑顔と優しさを山城は久しぶりに享受したがそれも続くわけもなく日常に戻っていった。だが、ひとつ違うことといえば...
ズズッ
「熱っ」
「!大丈夫?薬持ってこようか?」
久しぶりに適度な塩分の味噌汁を飲んで美味しいと感じた。そしてついつい勢いよく口に含んでしまい、火傷をしてしまった。麻知もやけどの負い目があるのか過剰に反応することが多くなった。たとえば風呂に入ろうとしたときは
「ちゃんと湯加減見てくださいね」と言い、鍋が沸滾っていて火を消そうとすると
「...やるから...座ってて」と制止され、今のように口をやけどするとあのように心配するなど過敏になっている。
「平気だよ。」
「でも...」
「麻知は心配しすぎだ。大丈夫だよ」
「はい...」
山城は母が放任主義的な人だったので過保護されることに慣れておらずなんというかこそばゆかった。
顔を洗い、スーツに着替える。ネクタイを結ぶのは久しぶりで体も鈍っているので結ぶのに時間が掛かった。
「ネクタイ曲がってる」
麻知がネクタイを直してくれる。思えば新婚生活以来だ。
「...結び方変えた?」
「だいぶ前からだが」
「そう...」
新人の頃はダブルだったが、今はウィンザーにしている。着替えも一人でするようになったから麻知が知らないのも無理はない。革靴を履き、麻知に弁当を受け取る...はずだったのだが、
「あっ」
「どうした?」
「お弁当忘れてた。」
リアクションからして本当に失念していたようだ。暫く作っていなかったからだろう。今日は外で済ませるか
「まぁいいよ食堂で済ませるから」
「お昼に持っていく」
「いや、別にいいよ。」
私が譲っても麻知は譲らなかった。そして低い声で疑念を声にした。
「そうやって水萌さんのお弁当を食べるんだ...」
「そんなわけ無いだろ。それに、水萌くんには説得したんだ。もう持ってこないさ」
「......とんま。」
「あ?」
「お昼に持っていくから...大人しく待っててね」
そして、山城の耳元で
「また『お風呂』に入りたいなら別だけどね」
と脅しに近い約束を囁いた。
**************
「部長、ご迷惑をおかけしました。」
部長の元へ行き、長い間会社を休んだ非礼を詫びた。
「山城くん、体の方は大丈夫かね。さっそくで申し訳ないが仕事は待ってくれないからね頼むよ。次長が君のいない間によく頑張ってくれたから感謝したまえ」
「はい。」
部長に復帰のあいさつを終え、山城が受け持つ繊維2課へと向かった。
「課長!」
「おかえりなさい」
部下達は待ちわびたように立ち上がり、山城を迎えた。
「みんな済まない。心配をさせてしまったが今日から遅れをとった分以上に頑張るからぜひついてきて欲しい。そして、眞木次長。私がいない間業務を継いでくれてありがとうございます、そしてみんなもありがとう。」
「お身体の方はもう大丈夫なんですか?」
「あぁ。ピンピンしてるよ。」
山城は肩をまわし、元気であることをアピールする。
「課長、裁量できなかった案件もありましたのでそれは保留としました。申し訳ございません。」
「いえ、十分です。ここまで仕事をしてくださって恐縮です。では私のために時間を割くのも申し訳ないので解散。」
山城は保留していた案件に目を通していた。新規企業の見積書など判断が難しいものであったがその数は少なかった。次長はよくここまで仕事をこなしてくれたと思った。保留案を片づけ新しい仕事に入ろうとしたとき、
「課長」
「ん?どうしたんだい?」
水萌晴絵が声をかけてきた。部下に頼むことなく彼女の教育係をしていたのでまだまだ分からないことがあるのだろう。
「ここの書式について教えてもらいたいのですが」
山城は水萌のデスクに移動し、パソコンの画面に目を向ける...
それにしても今日の水萌の服装は露出が多い。別に意識して見ているわけではないが椅子に座っている水萌を上から覗く形になっているのでどうも気になってしまう。顔が赤くなってないか不安である。
「課長、どうしました?」
「あ、いや。ここはこのフォントを使って」
「ありがとうございます。....課長?顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
水萌の反応は本気で山城を心配しているようで山城を誘惑したものだった。それは声と目が一致していないことが証明していた。俺を見る眼差しはとてもイヤらしかった。
「水萌君、ちょっと。」
山城は水萌を廊下に呼びつけた。誰もいない喫煙スペースや自販機のある突き当たりで歩みを止めると山城は水萌に向き合った。
「水萌君、もう大学生じゃないのだから身なりには気を付けたほうが良いよ。なんというか...その露出が多いというかね..」
「課長は嫌...ですか?」
「そういうことじゃなくて、いやそういうことだけども、ビジネスは見た目から始まるものだからもう少し気を付けるように」
「はい....分かりました。」
水萌は山城に叱られ青菜に塩の有様であった。山城もこんな落ち込んでいる水萌を見て良心の呵責を感じフォローの言葉を探し、逡巡していると、突然水萌が山城に抱き着いてきた。
「ごめんなさい。嫌いにならないでください。課長のことが好きなんです...課長が喜んでくれると思ってちょっとからかってみただけなんです...許してください許してください...」
山城は困惑した。こんなところを見られたら問題である。咄嗟に「水萌君のことを嫌いになるわけがないだろう」というと。「本当ですか?」と顔を上げる。涙目で見上げるように見つめられると余計罪悪感を感じる。
「落ち着いてからでいいから..私は先に戻るよ。」
水萌に察せられないよう早々とその場を後にした。
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麻知はお弁当を届けるためタクシーに乗っていた。
『課長のことが好きなんです....ミシッ
筐体の画面にひびが入った。
「.....バカみたい」
切り捨てるように麻知は言った。
閲覧ありがとうございました。
あー修羅場ぁ