「麻知ちゃん!ほんと助かるよ〜」
「そう言ってもらえて嬉しい。今日はお世話になるから」
麻知は野口の家にいた。普段であれば夕暮れ前に帰るのであるが、今日は夕方まで話し込みそして夕食の準備も手伝っていた。
「旦那さんが飲み会なんて珍しいね。いつもは真っ直ぐ帰ってくるって聞いてたから」
「今日は入院してた間仕事を代わってくれていた次長さんの慰労会みたい。」
「それは仕方ないね。まぁ何もないけどゆっくりしてってね麻知ちゃん」
次長の飲み会にはもちろん水萌も参加するが麻知は何も言わなかった。山城が「今日は遅れるから夕食はいいよ」というのも「はい。次長さんにきちんとお礼を言ってね」と言うくらいの余裕があるくらいだった。
「麻知ちゃん、最近顔色よくなったね」
「え?」
「なんだか最近何か抱え込んでるような気がしたから心配してたけど...」
「やっぱり滉一が入院してたからじゃないかな」
「ううん。その前からだよ...まぁでも晴れたならいいや」
まさか、透に見透かされるとは。麻知は驚いたがおくびにも出さず手を動かす。
そうこうするうちに料理は出来上がった。テーブルに沢山のおかずが並び、透は「すごーい」と感激していた。山城宅では日常でこれくらいの量を出しているのでついついやってしまった、と麻知は思った。
「ごめんね透ちゃん、作りすぎちゃった?」
「ううん。私料理麻知ちゃんほど上手じゃないから似たものばっかりになっちゃって。とても勉強になったし今日は麻知ちゃんもいるし大丈夫よ」
「ただいまー」
玄関から声がした。野口が帰ってきた。
「あ、おかえりなさーい」
透はリビングから声をかける。野口家は出迎えはしないんだ、と麻知は思った。
「お、食卓が賑やかだな...って麻知さんなんでここに!」
「今日旦那さん、慰労会だそうで麻知ちゃん一人だから私が誘ったの。」
「お邪魔してます。野口さん」
「そうでしたか。どうぞゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
「ほとんど麻知ちゃんが作ったんだよ!凄いでしょ」
「自分がやったみたいに言うなぁ...でもこれをほとんど...すごい」
「奥さんもちゃんと作ってましたよ」
「えっ、ちょっと麻知ちゃん!」
普段チルド食品などで済ましているので麻知に紛れて作ってみたのだが、言われてしまい透はとても恥ずかしかった。
「透の手料理か。久しぶりだな」
「久しぶりで悪かったわね」
「とても楽しみだよ」
「....//」
「見せつけてくれますね。野口さん」
「最近会社で見せつけられてるんでね。」
「べ、別に嬉しいわけじゃないんだからっ」
************
楽しい食卓だった。山城家は大した会話も生まれないので一言も発さずに食事が終わることなどザラなくらいである。
野口宅では会社でこんなことがあったとか途方もないことを話していても透は気の抜けた返事ではあるが相槌を打っていた。新婚の頃は山城もそんな話をしていたが、麻知が自分以外の話をすることが許せず無視をしていたら今のような状況となっていた。
食事が終わったあと、3人でテレビを見ていた。
「入川ちゃんほんとかわいい〜〜」
「入川さくら?」
「麻知さん、それニュースキャスターでしょ」
「麻知ちゃん、入川藍里ちゃん知らないの?神楽坂64の」
「アイドルは昔から興味なくて...」
「じゃあ、この中で知ってる娘いる?」
「うーん、あっ坪内新稲(にい)なら...」
「最近のはほんとに知らないんだねー」
「あ、そろそろ帰らないと。」
短針は8を指していた。
「もう少しいてもいいのにー」
「もしかして早く帰ってくるかもしれないから...じゃあ野口さん、透ちゃんお休みなさい」
「麻知ちゃん、お休みなさい。気をつけて帰ってねー」
「ここらへんは街灯少ないから少しだけお供しますよ」
麻知はこく、と会釈だけし一緒に路地を歩いた。
「麻知さんが山城が飲みに行くのを簡単に許すなんて驚きました。」
「今回のは仕方ありませんから...」
「会食を反故にした方の発言とは思えませんね」
「大人になったんですよ。私も」
「そう...ですか。山城のところの水萌ちゃんに良くない感情を抱いているように見えましたが、もういいのですか?」
「よからぬ気持ちなんてないですよ...ただ、夫が誤った道にそれたら正すのが妻の仕事です...
もうここで平気です」
「では、気をつけて」
「お優しいですね...透ちゃんが惚れたのも分かります。それでは…」
麻知は夜闇へと消えていった。
「彼女だけは敵に回したくないな…誤った道…か。」
野口は帰路につき玄関を開ける。すると目の前には透がいた。
「…!ただいま。」
「っ…おかえりなさい…別に宏人を待ってたわけじゃ」
「本当に素直じゃないな」
野口は透のおでこにキスをした。ただいまのチューなど一度もしたことはない。透の動きが止まる。
「ただいま」
「お、おかえりなさい」