摂氏0℃   作:四月朔日澪

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朝になり停電復旧致しました。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。


さよならヤェスタデイ

「...母さん、何これ」

 

山城の前には札束が積まれていた。携帯電話五台分の厚みがあるお金なんて初めて見る、一万円札を見る限りこども銀行ではなく本当の日本銀行券だ。そしてその前には母が座っている。

 

「あんた一人暮らししなさい。」

 

「え?」

 

「準備資金よ。500万円あるわ」

 

「なんでいきなり...別に家からでも」

 

「じゃあ、麻知ちゃんと一緒に暮らせるの?」

 

「....」

 

卒業式以降麻知は部屋に引きこもっている。おじさんとおばさんの仕事の関係もあり、これからもうちにいるようだ...卒業式の日俺と麻知は別れた。麻知には許嫁がいて彼氏彼女のうちに別れてしまいたいようだった。俺としては納得いかないがそれが麻知の願いであるならば拒否するなどできない。

『もう浮気は駄目だよ?』

『嫌いって言ってよ!』

 

本当勝手だよな。俺がすみれのことを引きずっている時に強引に戻してきたと思えば、別れようなんて。

 あの時麻知は泣いていた。別れたいように見えるはずがなかったが俺はそこで別れを突っぱねるようなことはできなかった..麻知の将来に責任を持つことが出来なかったから。そんな気持ちを抱えながら麻知とこれからも暮らすというのはなかなかきつい。母はそれを考えて一人暮らしをしろと言ってきたのだろう。

 

「分かったよ。荷物をまとめてくる」

 

俺は立ち上がり、二階の部屋に必要なものを押し入れから引っ張り出してきたボストンバッグに入れる。このバッグ使うの修学旅行以来だな。財布、携帯電話、着替え、筆記用具...学生の持っていくようなものは大してない。家具や電化製品は自分で買えばいいし、教科書もまだ持っていないので身軽だ。

 

「.....」

 

麻知の部屋を通り過ぎようとする。麻知の部屋からここ数日生活音すらしない。一日三食ドアの前にご飯を置くがほとんど口をつけずに返ってくる。ドアの前で話したこともあるが返事はない。これがきっと麻知への最後の言葉になるかもしれない。

 

「麻知...

 

俺、この家を出て一人暮らしをする。じゃなきゃ麻知はずっと部屋から出てくれないだろう?.......いつから知ってたんだ..許嫁がいたこと。ずっと『私のモノ』とか『浮気はダメだとか』...どんな気持ちで言ってたんだよ!お前だって俺を裏切ってたってことじゃねぇか!ふざけんなよ!.....悲しいよ、麻知が俺に隠し事をしてたことが。でも最後に麻知が俺が最初の男で良かったって。それだけでもうれしかった。俺彼氏らしいこと何もできなくて..ずっと麻知から受け入れる側に立ってて文句を言えるような立場じゃないよな...ごめん。これが別れの言葉だ。気の利いたこと言えなくて...じゃあ、俺行くから..」

 

俺は麻知の部屋に背を向け、歩き始める。さよなら....麻知。

 

**************

 

それから部屋を探すところから始めた。経済学部は多摩にあるので八王子近辺で部屋を探すことにした。

 

「ご予算はどれくらいで」

 

「このあたりの相場はどれくらいなんですか?」

 

「そうですね...えーまぁ6、7万円くらいが相場ですかね。その代わり部屋は広めの物件が多いんでね。ええ」

 

「はぁ」

 

「まぁ少しおすすめの物件を見に行きましょうか。」

 

初老の不動産屋に言われ、車でアパート・マンションを回ったが駅から遠かったり、日が差さない物件だったりと納得のいくものは見つからなかった。

 

『で、どうだった?』

 

「なかなかいいところは見つからなかった」

 

『どこも同じよ。八王子なら4、5万でいい物件あるでしょ』

 

「え?6、7万するって...」

 

『はぁ...都心じゃあるまいそんな訳ないでしょ。騙されてるのよどうせピンハネしてる悪徳不動産でしょ。もうやめなさいそこに行くのは』

 

~~~~

 

「うん。うん..分かった...それじゃあ。はぁ..」

 

自分は大人だと思っていたがとんだ見当違いだ。一人で全てをするということがどれだけ大変か...今日は八王子のビジネスホテルで一泊する。明日は大手不動産仲介業者に行ってみよう...

 

 

 

「どうでしょうか」

 

次の日、テレビでCMもしている不動産仲介業者に行ってみた。母のいう通り相場は4、5万のようだ。敷金・礼金ゼロに乗せられていくものではないな。二つ目の物件にやってきている。これまでで初めて見るボロアパートだ。でも駅からのアクセスはよく内装も外見に寄らずしっかりしている。8帖で4万8000円はいいのではないだろうか。

 

「風呂、洗面所もセパレートなんですね」

 

「はい。トイレに関しては共有という形になりますが、とてもよい物件だと思います。」

 

一階にある共有トイレを見せてもらう。定期的に掃除がされているようで気持ちの悪い公衆トイレのような感じではないようだ。

 

「ええ。そこは平気です...決めました、ここにします」

 

「まだ一件だけありますが、見ていきますか?」

 

「もう大丈夫です。駅から近いですし、こんないい物件なかなか見つからないと思いますから」

 

連帯保証人の母を実家から呼び、その日に契約をした。重要事項説明書の説明はとても長かったが契約自体はサインと印で終わった。入居日は明後日からだ。そのうちに家具や電化製品を揃えなくては..

 

**************

 

「洗濯機の設置、サービス料いただきますがどうしますか?」

 

「あ、お願いします」

 

入居日当日、カギを開け家具のパーツや電化製品の場所を指定したりと引っ越し準備をしていた。冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器、テレビとどんどんやってきては宅配業者がどこに持ち運べばよいか聞いてくる。テレビや冷蔵庫はコンセントでわかるがそれ以外は全く部屋のイメージをしていなかったので適当においてもらった。

 

「ベッド作るの大変そうだな..」

 

ベッドは組み立て式で一から作らなければならない。工具はついていると言われたがこんなちゃっちいレンチやドライバーで出来上がるのだろうか..しかもベッドに苦戦しているわけにはいかないのだ。他にもテレビ台だったりテーブルだったりを作らないといけない..不安だ。

 

~~

 

「はぁ..ひとまず出来た...」

 

朝から引っ越し作業を始めて昼過ぎに一段落した。二階ということもあり、鉄製の階段の音が迷惑をかけたかもしれない。お隣さんだけにでも挨拶をしよう。角部屋なので左隣の部屋のブザーを鳴らす。

 

「ん」

 

部屋から出てきたのは俺よりも背の低い女の人だった。多分大学生だろう。

 

「はじめまして。今日から越してきた山城です。これ引っ越し祝いにお口汚し程度ですが..」

 

「ん」バタンッ

 

土産のお菓子を渡すと軽く会釈をしてすぐにドアを閉めた。

 

「....寝てたのかな..悪いことをしちゃったな..」

 

挨拶も済んだし、食材も買っていないのでどこかに食べに行こうと階段を下りようとしたら、隣人さんが外に出て俺に何かを手渡してきた。

 

「.....私、岸楓........ん..私からも祝い」

 

「えっと....ありがとうございます。これ岸さんが」

 

色紙に色鉛筆で書いたやまゆりの絵が描かれていた。岸さんが描いたのだろうか..とても上手だ。

 

「ん」

 

「その..上手ですね」

 

「.....」

 

「あ......えっと」

 

俺、少し岸さんが苦手かもしれない。まぁご近所といっても接触はこれからそんなにないだろうけど。




閲覧ありがとうございました。

ちなみにやまゆりは八王子市の花で、花言葉は「荘厳」「人生の楽しみ」「純潔」だそうです。
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