あの時のひよりはいつものフランクなひよりでは無かった。謀略家で小悪魔のような狡猾さが見え隠れしていた。『告白』のあと麻知は落ち着きを取り戻し、体を引きずるようにして帰って行った。手すりにもたれ掛かるようにらせん階段を下りていたので助けに行ったが、「大丈夫...」とだけ言い、誰の力も借りず後にした。
次の日、ひよりが作業服を着たままうちにやってきた。少し疲れの色は見えていたが、いつものひよりで安心した。
「なぁコウ、引っ越ししないか?麻知は合鍵持ってるんだろ?また来ちゃうよ。しばらくはここで生活してもいいけど....さ。折角だし...一緒に住まない?1LDKでも借りて」
後半、ひよりはもじもじしながら話していた。
昨日やはり考えたが麻知に合鍵なんてあげた憶えはなかった。ひよりのいうとおり家に帰ったらいる、ってことも否定はできない。それに突貫工事ではあるが彼女がこういうのだから誘いを断るわけにもいかなかった。
「いいけど、俺大学あるから工場からは遠くなるけど」
「いいよいいよ。交通費は少しだけど出してくれるって経理のおばちゃん言ってたし」
「なら、日曜休みだし不動産屋に行こうか」「OK」
家賃はひよりが全部出すとは言っていたが、流石に気が引けたので生活費込みで折半ということで同棲へ進んでいった。ひよりのアパートは府中で工場も分倍河原だから八王子寄りで探してもよいかと思ったがひよりが快諾してくれた。
そして、日曜日。家賃の安い西八王子で物件を探した。駅前は高かったが自転車で15分ほどの所で1LDKの物件があったのでそこに決めた。
その数日後には引っ越しが始まった。引っ越しといっても持っていくものはバッグで入るくらいだった。ひよりが工場からトラックを借りて家具を新居に運んでいった。食器や雑貨はひよりがお揃いにしたい、というので雑貨屋で調達した。引っ越し準備がある程度終わり、ベッドもまだ届いてないが今日は新居で寝ることにした。
「誰かと一緒に住むって久しぶりだな...私ってさ。物心つく頃から母親しかいなくてさ。その母親も私が5歳のときに死んでさ...一人ぼっちになったんだ」
「...」
「施設でもよくはしてもらったけど、やっぱり他人は他人だしさ。家庭っていうのが羨ましかった。だからコウとの生活が楽しみでしょうがないんだ」
「...俺も物心つく頃からシングルマザーで母親と2人暮らしだった。麻知も両親はいるけど仕事で家にいることも少なくてうちで預かってることが多くて家族の一員のように見てた...中学のとき、初めて俺は麻知は俺の事が好きってことを知った。一度は受け入れた、でも麻知は俺に依存していて、それじゃいけないと思って高校はじめに新しい彼女を作った。それでも麻知を変えることはできなかった。」
「コウも大変だったんだね」
「高校の卒業式、別れを告げられた。麻知の方から
なんでかな。納得いかなかった。これまで俺を縛っていたのに自分の都合で別れるなんて...でも今思えばその頃もまだ麻知に縛られていたのかも知れない..彼女も作れずじまいでここまで来ちゃったよ。」
「コウはまだあの女のこと好き?正直に言っていいよ。コウの本当のこと聞きたいし」
「うん」「そっか......別にいいよ。麻知のこと好きでも。人の気持ちはすぐには変えることはできないから
けど、少しずつなら変えていけるでしょ?私コウにお似合いの彼女になるからさっ!」
「よろしく。ひより」「よろしくねコウ」
.....
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時間は遡り、『告白』後の隆俊の車に麻知が乗ってきた。目は充血しており、泣いたあとが見えた。
「私、なんだ。二股かけたのは
コウくんのことは今でも好きだし、お父様も好きだから断れなくて隆俊と付き合ってあげてる...最低でしょ?こんな女。」
「麻知ちゃんがあいつのこと庇う必要なんかないよ。あいつだって女を家に連れ込んで...」
「......殺すよ?コウくんの悪口は赦さない。お前みたいなクズがコウくんと話すなんて烏滸がましいんだよ. . .
あっそうだ。さっきコウくんを殴った罰がまだだった....」
麻知は灰皿にあったまだ燃焼している煙草を持ち、隆俊の左腕をがっしり掴んで煙草を腕にあてがった。
「熱っ」
「お姉ちゃんに教わったんだぁ根性焼きって言うんだって。コウくんを殴ったんだから当然の報いだよね?今回はこれで勘弁してあげるけど、次コウくんを悪く言ったら....
死んでもらうよ?」
柔らかな笑顔であったが目は殺気立っていた。初めて隆俊は麻知の狂気を知った。隆俊の顔から血の気が引いていった。
「(泣き落としはダメだったなぁ...でも、私は諦めが悪いからコウくんを取った気でいないでね?クスッ..まぁ早川すみれの時みたいに様子を見るか...でもその前に..)ねえ?」
「あっ、はい」
「携帯...見せて?」
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