いつも拙著をご覧の皆様ご心配おかけして申し訳ありません。
これまでのあらすじ
高校の卒業式、麻知は許嫁の存在と別れを告げる。麻知への思いを捨てきれない滉一であったが、数年後滉一は新たなスタートを切り出そうとしていた。麻知も許嫁・隆俊との交際を始めるが...
「携帯...見せて?」
「あ、うん」
隆俊は素直に麻知に携帯を差し出す。先程受けたタバコを押し付けられた火傷痕の痛々しさが麻知に逆らってはいけないと訴えているようだった。しかし、彼氏の携帯電話を見るくらいはさして珍しいものではないだろう。こんな彼女はごまんといるほどだ。しかしながら麻知の次の行動に隆俊は目を見張った。
バキッベキベキベキ..
携帯電話を開けるやいなや麻知は液晶画面を握り、そして蝶つがいが想定していない方向に歪めた。真っ二つといったそんな生半可なものではなく液晶、ボタン…そういった残骸の跡形が見えない鉄塊と化した。華奢な手を真っ赤に染めながら無慈悲に壊していった。
「...手、切っちゃった。まぁ浅いからいいか」
「何すんだ!おい携帯こんなに粉々にしやがって!」
隆俊も流石に怒りを隠しきれず麻知の胸ぐらを掴む。麻知は驚くわけでもなく再びタバコの火を隆俊の手に焼き付ける
「あっちぃ」
「そんなに興奮しないでよ。新しく買えばいいじゃない..連絡先をリセットした状態で」
「だったら連絡先消すとか..」
「ダメだよそんなんじゃ。隆俊は仕事もしてるんだから誰が取引先で誰が部外者か分からないじゃん。それより新しく作って把握したほうが手っ取り早いし」
「そんなことだけに携帯を」
「コウくんは耐えたけどなぁ...(まぁ嘘なんだけどね)」
わざと聞こえるような小声で滉一のことを話す。男というのはプライドが高い生き物。他人と比較されると意地になるものだ。
「チッ...わかったよ。別に怪しいことはしてないし。携帯代くらいどうってこと」
「じゃあお詫びに一緒に買いに行くよ!いいでしょ?明日早速行こうよ...あ、もう着いた、じゃ明日ね。おやすみー」
「おやすみ。麻知ちゃん」
隆俊を見送り、麻知は居候している滉一の家に入る。
「ただいま帰りました。ごめんなさい帰りが遅くて」
「おかえりなさい麻知ちゃん。ご飯はどうする?」
「あ、済ませてきたので大丈夫です」
「そう..滉一は元気だった?」
「はい。今工場でバイトしてるみたいで大変そうですけど」
「じゃ、滉一の家に行ってたのね」
麻知は誘導尋問に引っ掛かったことにしまったと思いながら小さく頷く。
「頬に涙の筋が残ってたから。麻知ちゃんが泣いたことがあることなんて大体滉一絡みだから...ね。おばさんが相談に乗ってあげるわよ。ほら靴脱いでリビングにおいで」
麻知は文加に誘われ卓につく。二人が対面している姿は説教を受ける娘と母のようだ。
「相談の前に一つ..聞いてもいいですか?」
「何?」「コウくんの幼馴染の藤橋ひよりって知ってますか?」
「藤橋...って名前ではないけれどひよりちゃんって子はしばらくの間だったけど昔滉一と遊んでたわ。」
「その、幼馴染が今同棲してるんです...」
「へぇ、施設に入ったと聞いたけど近場だったのね」
「コウくんに強い執着があるみたいでしたけど..私よりも出会いは先...なんですか?」
麻知は文加を見据え問いかけた。その言葉には疑念と深い嫉妬が入り混じっていた。文加はひと呼吸おき「単刀直入にいえば」と続けた。
「麻知ちゃんが先よ。まぁ北方先生とは大蔵省の時から知り合いっていうのもあるし..マリちゃんの子だし...ね。
滉一も覚えていないんじゃないかしらひよりちゃんのことなんて」
「はい..一緒に驚いてました。」
「それもそうね2歳か3歳の頃だもの。でも、あの子には刻まれた時間だったということか..」
「刻まれた..時間?」
「あの子は虐待保護されたのよ」
「でも、交通事故で親が亡くなったって...」
「そう..きっと児相か施設がそう説得したのよ。もしくは意図的に隠しているか..麻知ちゃんに敵意を示してるってことを考えると隠していると見たほうがいいかもね」
「どういうことですか?」
過去を隠していることと自分を敵視していることがどうして関係するのかわからなかった。ただ、幼馴染だと名乗った直後烈火のごとく怒り狂ったことに繋がることは麻知でも分かった。
「麻知ちゃんは忘れているだろうけど、滉一と三人で遊んでいたのよ。ある日、麻知ちゃんが見つけたのよ。ひよりちゃんの体にあるいくつかの青アザ、私とマリちゃんで児童相談所に通報したら児童虐待があったってわけ...」
「...つまり藤橋ひよりは虐待、そして施設生活での心の支柱がコウくんだった...それを離した私を目の敵にしてる...」
「その考えが自然じゃないかしら...それで麻知ちゃんにも考えがあるのでしょ?簡単に御曹司婦人にならないと私は思ってるけど」
文加は棘のある言い方で麻知の真意を聞き出す。
「...あちらから婚約の話を無しにしようと」
「どうやって?」
「束縛を強めてあちらから解消を誘い出そうと考えてて...」
「束縛を強めるというのは滉一にやってるみたいに?」
「え?コウくんに束縛なんてしたことないですよぉ面白い冗談ですねおばさま」
「.....
ま、まぁ20点かな。束縛に耐えられる男もいるし、それに北方先生は成正建設との婚約が駄目だったら別の御曹司を用意するはずよ。ほら」
文加は建設会社の名前が載っているリストを麻知に見せる。
「これは...北方先生と関係のある建設会社の一覧よ。全て..とは言わないけれどご子息の一人や二人はいるでしょ。例え成正が駄目になっても他のゼネコン、建設業界をシラミつぶしに断らせることになるけど?」
「.......」
ここで初めて自分の無力さを知った。麻知は声も出せずただリストを見つめるほかなかった。
「打つ手なしってところかしら?」
麻知は無言で頷く。
「そう...まぁ私にはどうでもいいのだけれど、この際婚約をこっちから破棄するっていうのはどう?」
「それはできません!...お父様を裏切ることは..」
麻知は俯く。麻知にとって滉一も父も大切であるがこの相関性はトレードオフである。どちらかを切り捨てなければいけない、そんな選択を麻知は保留してきた。しかし、時は選択を待つことはなく滉一も婚約も現在進行形で進んでいるのだ猶予は殆どない。
「もう子供じゃないから自分で考えなさいと前に言ったけれど...まだまだ子供ね。助けくらいは出してあげましょう...でも、
これは麻知ちゃんにとってヒントでもあり、真実を知ることになるけど覚悟はいい?」
「...はい!」
麻知は覚悟を決めた。
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「なぁ滉一、弁当は?作ってもらえなくなったとか?」
「え?うん」
いつものように滉一は宮野創と昼食をとっていた。麻知とはあれから関わりが絶たれた。アパートに来る訳もなく、授業終わりに母から呼び出されることも無くなった。呪縛から解き放たれ、自由な生活が訪れたがどこか寂寥感を覚えてもいた...
「彼女...じゃなかったシェア相手は滉一のこと好きなんだろ?作ってくれないのか?」
「どっちも料理ができないから最近は外食だなぁ」
「ふーん」
創は適当に相槌を打ち、うどんを啜る。滉一の手前にはカレーがあり食を進めている。工場の方も今昼休みだろう。ひよりは無事A定食にありついていそうだ
「そういえば、新しい彼できたんだよ」
「へぇ、あのラガーマンとは別れたんだ」
「いつの話だよ。それ3つ前の彼氏だよ」「節操ねぇなぁ...」
「滉一の周りが一途すぎるんだヨーダ。でも今回の彼氏で創ちゃんの愛の旅も終着点かもね」
「創のその言葉には説得力がひとつもないんだよな」
「今回は本気(マジ)だよ!だって大企業の御曹司だし!友達の友達の紹介で」
「よくそんなツテで付き合えるよな...行き着く先は玉の輿ってか」
「恋のスタートはどうだっていいの。イケメンだし金持ちだし言うことなし!終わりよければすべて良し!だよ!.......あ、もう教室行かないと。次菅の授業じゃん後部席取らないと、じゃっ明日ね」「お疲れ」
午前のみの授業だった山城は食器を返し、工場に向かった。
**********
文加はマリの研究室で昼食を取っていた。マリもはじめは学生の目があって抵抗していたが今では諦めたのか一緒に昼食を共にしている。昼食中は文加が一方的に話しマリが適当に流すというのが通例となってきている。今日も文加は世間話をマリに楽しそうに話す。いつもは物静かな滉一の母とは別人のようである。しかし、マリが珍しく口を開いた。
「なんでお姉...文加さんは今になって大学の教壇に上がろうと思ったんですか?大蔵省を辞めたときに私が勧めてもやらなかったのに」
「もしかして怒ってる?」「別に...そんなんじゃないですけど」
「今後のため....とでもいっておこうかな」「今後?老後のためとかですか?」
「老後....まぁあながちそんなとこかしら。あと、本も出さないか?って言われてて財務省の闇を暴く!みたいな本。売れそうじゃない?」
「そんな簡単に情報売っていいんですか?」
「別にいいのよ。大蔵省にいたのも数カ月くらいだし、今さら愛着もないわ..それにしばらくしたら日本から出ていくつもりだし
そのためには麻知ちゃんと結ばせる必要があるのよね...(ボソッ」
「麻知がどうかしました?」「ううん。麻知ちゃんは本当にいい娘だなって」
「麻知は...その元気にしてますか?」
マリは麻知の話になるといつもこの質問をしてくる。マリが麻知と最後に話したのは数年前というほどにマリは多忙である。家に帰ってもすぐに寝室に向かうことが多く、家族の時間を持てずにいた。マリはそれを申し訳なく思っているのだろう。
「ええ。元気にしてるわ」「そうですか..」
安堵の顔は間違いなく母の顔だった。ここ最近悩みを抱える麻知をマリは人一倍心配していた。
「ここだけの話...麻知ちゃんはどうもうちの滉一が好きみたいなのよね。マリちゃんは滉一とフィアンセ、どっちが麻知ちゃんにお似合いだと思う?」
「婚約のことは旦那というかあっちの家で勝手に進んでることだけど....麻知には、娘には幸せな道に進んでほしいな」
「うん...なんかその言葉を聞いて安心した」「え?」
マリがその言葉の意味について聞く前に予鈴が鳴る。文加は「独り言です。いけない!次、講義だった。また明日ね北方先生」と女子高生のようなノリで明日の約束をし研究室を後にした。
文加の中で足枷となっていたものがマリの言葉によって取り除かれた。自分さえよければ他人はどうでもいいという信条で動いている山城文加であるが、麻知とマリに関しては例外だった。
「あと少し...♡」
週間秋華2007/○/△号
『高速道路工事入札 毒の盃-中堅与党議員の影-
・2004年に着工が始まった縦貫自動車道の建設。そこには旧道路公団職員と建設会社との官製談合があったのだ。国交官僚が遂に沈黙を破った...(中略)[パイプ役は北方]国交官僚Yさんによると道路公団職員と成正建設が集う某ホテルの一室に数時間遅れて自由民権党可児派のプリンス、北方衆院議員がやってきたという。そう彼こそこの官製談合の橋渡しをしていたのだ。我々は北方衆院議員を突撃取材した。
弊記者「縦貫自動車道の入札の件で官製談合に関わったという話が出てますが?」
北方「知りません」
弊記者「受注した成正建設の社長とは蜜月の関係と聞きますが?」
北方「お答えしかねます」
弊記者「関係者が語ってるんですよ?これは信ぴょう性が高いと思われるのですが?」
北方「急いでいるのでここで失礼」
北方議員はそのまま立ち去ってしまった。今後もこの一連の問題に関して追及していきたい..』
『...ということで貴俊ももうお嬢さんに気がないようですし、今回の縁談は無かったことに』
「待ってくださいよ社長、あんたと私との関係を知らない訳じゃないでしょう。事が落ち着くまで縁談は待てば..」
『どうもお嬢さんはうちの息子に手荒い真似をしてるとか...そういうことですから....t...t...』
「クソっ」
携帯電話に当たる姿は普段温厚な麻知の父とは別人のようだった。週刊誌とはいえ、すっぱ抜かれたことで頭に血が上っていた。政治家にとってスキャンダルは大きな障害だ。厳しい権力争いから一発でコースアウトになってしまう。北方としてはゴシップで留まらせたいという気持ちである。だが、今回の破談原因は今回の騒動だけではない。麻知が粗相をしたと柳原社長は言っていた。だが、手をかけて育ててきた娘がそんなことをするはずがない...
〜〜
「遅くなりました」
麻知は父に呼ばれ議員会館にやってきた。短針は11を指しており窓の向こうに見えるビルはポツポツと電気が照らされていた。部屋には父だけがおり秘書は既に帰らせているようだった。
「まぁ掛けなさい」「はい」
麻知はいつもの応接間の椅子に浅く掛ける。父の表情はとても硬い。麻知も父の現状を知らないわけではない..いやはじめからこうなることを麻知は覚悟していたといったほうが良いだろう。また聞かれることもだいたい想像がついていた。
「今日、柳原社長から電話があってね。今回の件は無かったことに、との事だ。でも、別に麻知が悪い訳じゃない。私が突然決めたことだ。本当に申し訳ない」
「いえ...お父様は悪くありません。私が...」
麻知は申し訳なさそうに顔を伏せる。しかし、内心は計画通りに進みほくそ笑んでいた。
「そう自分を責めることもない。私もダニどもに目をつけられて安雑誌に事実無根を突き付けられたというのもある。だが私は無実だ、それだけは麻知に分かってほしい」
「疑ってなんていません。お父様がそんなことするはずありませんもの」
「わかってくれるか..麻知」「はい」「麻知...麻知..」
父は麻知の肩に手を置き泣いていた。表では国民の代表として毅然たる態度であるが政治家も所詮人間である。涙の一つは見せる。その涙に偽りはなかったが、麻知の微笑みは欺瞞に満ちていた。少しの間だが麻知には猶予が与えられた。この時間を神が与えたとも言える短い猶予期間が交わるはずのなかった線と線が急接近していく...
閲覧ありがとうございました。
空白期間の間、資料作成や資格勉強などでも忙しくだいぶ滞りました...
クリスマスにお詫びに何か書きます。今年の投稿はそれで納めようと思います。