ダストシュートにゴミ袋を放り入れる。実は2往復目である。
一回目、水萌晴絵とともに来たのだが紙類はシュレッダーにかけろと総務に言われ、大型シュレッダーにかけた後もう一度やって来た。
「私が知らない間に色々と変わってるものだなぁ」
「ふふっ、事務も大変なんですよ」
水萌は自慢げに語った。総合職は事務のサポートなしに仕事ができないことを山城は少し分かったような気がする。コピーにお茶出し、ごみの回収など思えば女性が課で一番動いているのではないだろうか。
「いや、本当におそれ入るよ」
「これが私のお仕事ですからいいんですよ。課長のためになっていると思うと私も嬉しいですし」
「私がいなくなった後も頑張ってくれよ」
「...本当に寂しいです。課長が福井に異動だなんて」
私の異動はその後、すぐに繊維2課で話をした。部下は一様に驚き、まず左遷なんですかという疑問が生まれたようだ。私はすぐに否定したが未だに水萌くんのように私の異動を受け入れきれない者も少なくない。
しかし、私に異動を突っぱねる力もなければ度胸もない。部下がどう思おうと受け入れてもらうほかなかった。
「実は...私は今回の異動を悪く考えていないんだ。」
「どうしてですか?」
「福井というのはあまり知られていないけども繊維産業が盛んな県なんだ。岡社長が月詠物産に対抗しうる技術を持っていると考えている会社がどういう会社かこの目で確かめてみたい...今はそう考えてるんだよ。私が岡社長の下で働いていたことは前に聞いただろう?」
「はい」
「私...俺は岡社長と一緒で月詠に辛酸を嘗める思いをしてきた。だから月詠を超えるヒット商品を作ってやろうと思うんだ..」
水萌は初めて山城から熱いオーラを感じた。
普段の山城は冷静沈着で仕事をそつなくこなす印象であった。それが少年のような純粋な眼差しで夢を語る姿にまた別の魅力を垣間見た。
「今の課長、凄くかっこいいです...元からかっこいいですけどそれ以外に輝いているように見えます..」
「そうかな...」
若い娘に褒められるのはなんとも嬉しい。こんなこと麻知には言えないが、「かっこいい」と言われるのはいつになっても悪くないものだ。しかし、水萌くんに好意を持たれ続けるのも彼女のためにならない。
山城は素に戻り、隣を歩く水萌に話しかけた。
「水萌くん、屋上に行こうか。」
「え?はい」
エレベーターに乗り、最上階を目指した。
*******
甲辰商事の屋上にはヘリポートの跡地とソーラーパネルが設置されていた。跡地というのはバブルの頃、商社(うち)がヘリコプターを購入し、役員が移動に使っていたという話であるが、バブル崩壊後の経営不振からヘリを売却し、屋上のヘリポートは無用の長物となってしまった。そして今では屋上の1/3ほどが太陽光発電のためのソーラーパネルで埋まっている。
屋上でOLがお昼を食べるというのは画になるが、ここにはベンチもなく開放されていないため無人同然である。山城は屋上の鍵を取り出し扉を開錠する。
「ここは初めてかい?」
「はい!屋上ってこうなっているんですね!」
何度も来慣れているかのように話す私だが、自分自身久しぶりに屋上に来る。そもそも屋上に来る理由もないのだが、誰も来ない場所に水萌を連れてきたかったのだ。
「水萌くん...」
「どうしました課長?」
「私がここを去る前に言わなければいけない...いやそれよりも前に言わなければいけなかったのかもしれない。」
「もったいぶらないで...早く仰ってください」
話をなかなか切り出さない山城に対して水萌が詰め寄る。山城は決心をつけ水萌にむけ、
「......私は水萌くんの想いには応えられない。」
「え.......」
山城は神妙な面持ちで水萌を見据え告白した。
「どうして...どうしてですか?私は..私は課長のことを」
「分かっている。水萌くんが私に上司と部下で割り切れない感情を抱いていることを。だからこそ私ははっきり言わないといけないと思ったんだ。」
「奥さんですか....?」
水萌は虚ろな目で山城に問いかけた。
「奥さんに私を突き放せって言われたんですか?そうですよね..ははは。だって課長がそんなこと言うはずありません...」
「違う..」
「嘘!ウソウソウソ!.....課長がそんなこと言うはずないもん!あの女に誑かされたに決まってるっ!!」
「違う!俺は俺の意思で言っているんだ!!!!」
山城の悲痛な叫びにより沈黙が生まれた。
そして、山城は口を開いた。
「水萌くんがこんなおじさんを好きになってくれているのは正直嬉しい。私が独身だったら、すんなり受け入れているくらいにいい子だっていうことはよく分かる....でも私には妻がいるんだ。それは君も分かっているはずだ。時に妻が君に失礼なことをした....それは謝る。でも、私はそれ以前に家庭を持つ者として君の好意を拒まなければいけなかったんだ...
遅くなってしまったが、私は君の好意を受け入れられない....本当に済まない。」
「っ......どうして、どうしてあの女の肩を持つんですか...課長に酷いことをしたんですよ!もとはと言えばお弁当を作らなくなったことが原因じゃないですか!私はお小遣いを貰えないって聞いて課長のために一生懸命...グスッ....お弁当を作ったのに...」
水萌の顔は既に涙でぐじゃぐじゃになっていた。水萌は手で涙を拭っていた。
「確かに私の妻はたまに行き過ぎたことをすることがあるし、私も束縛が厳しいなと思うことはある....」
「なら、」
「でも、俺は妻が....いや、麻知を愛しているんだ。辛い時も苦しい時も麻知はずっと一緒に寄り添ってくれていた。一回、散り散りになりそうになった時、長野の片田舎に麻知は何も言わずついてきてくれた。東京に戻ろうと言ってなかなか就職できない俺を麻知はバイトをして支えてくれた....麻知が俺を想ってくれる気持ちが嫉妬に向かう時もあるけど...俺はそれもひっくるめて麻知のことが好きなんだ!!」
「.......そんなの納得できないです。」
水萌は扉の方に向かい歩き出した。
「水萌くん....」
山城は振り向くと水萌は扉に手をかけこう言い残した。
「でも、課長の奥さんへの気持ちは伝わりました....っとりあえずは手を引きますね。でも、私課長のこと完全に諦めたわけじゃありませんからっ!課長が奥さんと上手くいかなくなったら課長のことうばっちゃいますからねっ」
水萌は意地悪な笑顔で答え、屋上を後にした。
「....自分でも恥ずかしいことを部下の前で言っちゃったな...こんなこと妻の前でもいえないのに..」
*******
『それもひっくるめて麻知のことが好きなんだ!!』
「////////」
山城宅、麻知は顔を赤らめていた。
普段滉一から愛の言葉など聞くことはなかった。結婚生活もマンネリ化(私はそう思っていないが)してきて愛を確かめあうことなど無くなっていた。しかし、まさかこんな監視行動(とうちょう)からそんな言葉を聞くとは思いもよらなかった。麻知は後悔した。なんで録音しなかったのかと。
「滉一が私のこと好きって...好きって...」
頬の体温だけがだんだんと高まっていくのがわかる。滉一が帰って来るまでに抑えられるだろうか。いや、この熱は引けないだろう..違うことで誤魔化さないと、
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「ただいま...ってうわっ」
山城がドアを開けると何かが突っ込んできた。
視線を前に向けるとそれは麻知だった。
「むぅ..遅い。ずっと待ってたんだからぁ...」
麻知はそういって抱きついてきた。「離れてくれよ」と言っても麻知は「いやっ離れないもん」と言って聞かない。かすかに酒臭かった。おそらく酔っているのだろう。
「コウくん好き好き...あの娘よりも大好き..コウくんが若い女の子に取られると思ったら怖くて..ごめんね?酷いことして..」
「俺の方こそ麻知を不安にさせてごめん...」
「じゃあ........して?」
「え?」
「Hして?じゃないと離れないもん..」
麻知は上目遣いでこちらを覗いた。
「分かったから。とりあえず着替えさせてくれよ」
「やらぁ...ここでHするのぉ...」
「玄関でやって誰か来たらどうするんだ」
「来ないもん..だからえっち....しよ?」
麻知が首に腕を回してきて、唇が麻知の口元に吸い寄せられる。そのまま濃厚なキスに発展した。
口の中のアルコールが口を侵す。麻知の舌づかいに興奮が抑えきれない。
「(異動のことは明日話せばよいか..)」
山城は意を決し、男として麻知を攻略しようとした。
閲覧ありがとうございました。
実は今日、誕生日です。後半は完全に酔った状態で書いています。後々改稿するやもしれません。