摂氏0℃   作:四月朔日澪

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KRコミックスから出ている「球詠」がアニメ化されていますが、出来がね...
原作はいいので、アニメはストーリーだけ楽しんでもらいたい。


K℃

「山城さん、有給消化してもらわないと困ります」

 

山城は人事課にいた。人事課というと、繊維2課に水萌が配属された原因でもあり、麻知との修羅場に発展した元凶であるがそんな裏側を山城は知るはずもなかった。人事課に来た理由は有給休暇を使って福井への引っ越し作業を行おうと考えていたからだ。有給があるかを確認したら、同期で人事課の松島からこう言われた。

 

「そう言われても取る暇もないし。」

「最後に取ったのがGWですね。4連続休暇は取ってもらっているようですが、あと5日くらい有給消化してください」

「4日...」

 

正直2日くらい取れれば万々歳だと思っていたが、その倍の休みを取れと言われた。私は中途採用だったので、極力休暇を入れずに働き続けてきたこともあり管理職になった後も有給休暇を取ることはほとんどなかった。たまに、自分が休みを入れないことが部下に圧力をかけているのではないかと考えることもあったが、部下たちは4連休など休みを入れているので人事課が仕事をしてくれているのだろう。

 

「うちの方針で取得率90%を目指しているようなので。協力してください。」

「90は流石に厳しいんじゃないかい?」

「岡社長の発案なので...」「..それを早く言ってくれ」

 

訳もなく重役批判してしまったじゃないか。

 

「じゃあ、引継期間の4日に申請しといてくれ...」

「はい。それにしても、山城さんは相変わらずですね。」

「松島もだろ。人事に移って...同僚がもったいないことをって言ってたぞ。」

「出世に興味がないので...それに面倒ごとは嫌なんですよ」

「相変わらずだな」

 

山城は「はは」と苦笑した。松島は同期であるが、新卒で山城よりも3つ下である。元はエネルギー部門で天然ガスを扱う部署にいた。本人には出世欲がないものの仕事は出来るため、将来的に部長になれると言われていた逸材である。しかし、松島は急遽人事課に異動を希望した。それは甲辰商事全ての部署で話題となった。

 

「大きな声では言えませんが、派閥争いだとか、誰かに恨まれるリスクだ

ってあるわけじゃないですか。」

「まぁ甲辰商事(ここ)に来た以上避けては通れないからな。じゃあ。また」

「......山城さんも難儀だなぁ」

******

「ふふっ」

 

山城宅-山城麻知は縫い物をしていた。スーツに同じ柄の布のようなものを縫い付けていた。

 

「まさかバレるなんて思ってなかったんだけどな...でもこれならもう大丈夫」

 

麻知が縫い付けていたものは布型の盗聴器だった。今、山城が持っているかばんやスーツに50個以上盗聴器・発信機が仕掛けられているが、そのほとんどが水萌に破壊された。しかし、この盗聴器もまた布型であり簡単には判別は難しい代物であった。硬さが布よりも硬いがそんなものは誤差に近いものだ。これ以上の改良は難しいなか麻知はオーダーメイドで盗聴器の改良を頼んだ。

***

『お嬢、これ以上薄くなんて無理ですよ。小型化すると性能が落ちますよ』

「そこを何とかするのがあなたの仕事よ。別にいいのよ霞が関のことをアレコレ言っても」

『分かりましたよ...こんなモグリをいじめるのはやめてください』

「まぁいいわ。お金なら幾らでも出すから..今度はバレないものを作ってね」

***

こうして出来上がった盗聴器は見た目は殆ど変わらないが、以前よりも布との判別は難しくなっていた。かばんやスーツの厚みに調節して誤差はコンマ単位である。麻知はスーツに正方形の切り抜きを作り、盗聴器・発信機を合わせ縫い付ける。縫い糸も特注のものを使い、専門的な縫い方をしなくても縫い目では分からない。

 

「滉一の声が聴けないのは残念だけど、もう少し我慢すれば...ふふっやっと邪魔者はいなくなるんだね」

 

盗聴器は完全に破壊され、会社での山城の会話を聴くことは出来ないが、それ以上に嬉しいことがあったのだ。それは深い夜が過ぎた朝のことだった。朝5時、普段通り起きるとベッドの隣には山城が寝ていた。麻知は近くにあった山城のカッターシャツを羽織り、自分の部屋に着替えを取りに行った。朝7時、山城が起きてきた。欠伸が目立つ、麻知はホットコーヒーを用意した。そして、朝ごはんが食卓に並びいつものように静かな朝食が始まると思った。

 

「そういえば、出向が決まったんだ。福井に行くことになった。麻知も来てくれないか」

 

さらりと山城は言っていたが、麻知は一言も聞き漏らさなかった。麻知は当初単身赴任しようとする滉一になんとかついていこうと思っていたが、まさか滉一の方から誘われるとは思いもよらなかった。「別に...嫌ならいいんだが」と山城は弱々しく付け加えた。

麻知はふふっと笑い、こう答えた。

 

「勿論、ついていくよ。どこへでも」

「そうか...」

山城は安心したように安堵の表情を浮かべた。もしかして滉一、私が断ると思ったのだろうか。そんなことするはずないのに、だってそのために福井に異動させたんだもの..

 

「流石にあの女も来ないでしょう」

麻知は縫い物を一旦やめ、昼食の準備をする。今日は山城がフレックス勤務で昼間に帰ってくるからだ。盗聴器や切り抜いた布を片付ける。

 

「それにしても...見分けがつかなくて間違えて発信機のほうを捨てそうだわ」

盗聴器や発信機の縫い付けでいつも困るのは自分もまた区別がつかないことだった。

*****

定時になり、水萌晴絵は家路に就こうとしていた。すると、「繊維部の水萌さんですよね」と自分と同じくらいの年の男に声を掛けられる。見たことのない顔、違う部署の人だろう。

 

「あのなんでしょうか。」

「もし、この後空いていたら飲みに行きませんか?同期同士で親睦を深めようと思ってて。」

「ごめんなさい。私、この後用事があって...」

「じゃあ、また機会があったら誘いたいんでライム交換してもらえませんか?」

「あの...急いでるんで..すいません」

 

水萌は足早にエレベーターに乗る。扉が閉まるのが分かると、気だるげな表情を浮かべた。

 

「はぁ....気持ち悪い」

課長のいない会社なんていても仕方ないから早く帰りたいのに、生産性のない時間を使ってしまった。前行ったのは課長がいるからで、私には社交性などないのに...今後課の先輩に誘われても飲みに行くつもりは全くない。それにしても、時短勤務というのは罪なものだ。課長と私を突き放すのだから...今頃課長はあの魔王みたいな女に弄ばれているに決まっている、考えるだけでも反吐が出る。私は諦めてなどいない...

 

「(絶対に救ってあげますからね課長♥)」

 

水萌が元々住んでいたところは山城たちが住む家とは駅が反対方向だったのだが、同じ駅にあるマンスリーマンションを借りた。高層階に住んでおり家賃も高くなったが、水萌には目的があった。宅配ボックスに番号を入れる。中にはダンボールが一箱入っていた。水萌はそれを手に持ち部屋へ向かった。部屋に入り、着替えもせずにカッターナイフを持ち、ダンボールに切り込みを入れる。

 

「ったく、あの女幾らすると思ってるのよ」

中に入っていたのはボタン型の盗聴器である。既に何十個も個人輸入していたが、ことごとく破壊された。その犯人は言うまでもなく山城麻知である。水萌は麻知の盗聴器を壊した後自らも山城を『守ろう』と盗聴器について調べたが、麻知の仕掛けた布状のものは出回っている気配もなかった。盗聴器をつける機会が会社しかない水萌は服やカバンにつけてもバレにくいボタン型の盗聴器をスキンシップ(身体接触)の時に付け、山城の家での生活を余すことなく聴こうと思っていたのだが、いつも聴こえるのは玄関まででありその後は砂嵐混じりの音が虚しく鳴るだけである。麻知と同じようにカモフラージュさせるも厚みは隠しきれないのが難点であった。しかし、今度は考えた。

 水萌はモバイルバッテリーをドライバーで分解して中に盗聴器を埋め込んだ。話によるとコンセントに模した盗聴器は常套手段らしい。流石に山城の家に行き、コンセントを仕掛けることはできない。そこで山城の使っているモバイルバッテリーを特定し、同じ型のものを家電量販店で購入したのだった。新品だとバレないよう山城が持つのと同じようなキズをわざとつけ本物に近づける。

 

「これなら大丈夫...っきっちりDVの証拠を突き止めますからね課長♥それまで待っててくださいね」

細工を終え、水萌はベランダに出る。ベランダにある望遠鏡で外を眺める。その視線の先は山城の家であった。

 

「今日は見えるかな...」

微調整をして二階の窓のところに照準を合わせる。部屋が少し見えるが、本棚がある。多分課長の書斎で間違いないだろう。明かりがついており、課長がいるはずだ...

 

「なっ...」

 

窓際にはあの女-山城麻知が立っていた....しかもこちらを見ている..!?いや、ここからは結構距離がある。気のせいだろう。それにしても恨めしい目をしている。よく見るとふっ、と嘲た笑みを付していた。本当にムカつく女だ...課長は私のものなんだから。

*****

「麻知、どうした。」

「....虫が入りそうだったから。もう閉めるね」

 

麻知は書斎の窓を閉める。そして、机の角に腰を掛けた。

「仕事?」

 

麻知は心底不機嫌そうに聞いてきた。

 

「いや、月詠物産が開発したシャツや最近の涼感系の生地を勉強していてな...色んな技術があるみたいで覚えることが多いよ」

「......そ。勉強熱心ね」

「もう少ししたら寝るさ」

「カップ下げてくる..」

麻知は盆にマグカップを載せ部屋を出た。だから麻知に仕事の話はしたくないのだ。話をして快く聞いた試しなどない...そろそろ床に就くか




閲覧ありがとうございました。
事前知識で盗聴器について調べたけど、検索データFBIとか監視してるんでしょ...
危険人物扱いされないだろうか
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