「ふぅん。へぇ..私たち放っておいて女の子口説いてたんだ..私は別に、いいけどどう思う?麻知ちゃん?」
「野口さんはモテるから仕方ないよ透ちゃん....で、コウくんはそこで何してるのかな?」
上を見上げれば青い空に入道雲。
下を見下ろせばアクアマリンの遠浅な海に白く輝く砂浜...
私と野口の目の前にはビキニギャル2人、
背後には水着姿の透さんと麻知とに挟まれていた。
しばらくこの空間には白波の音と海ではしゃぐ子供の賑やかで高い声が虚しく響く..
新婚の二人がどうしてこんな修羅場に出くわしてしまったのか。
それは1時間前に遡る...
***********
安物のビーチサンダルはなんとも頼りなく足の隙間から砂が入ってくる。ギラギラとした日差しを浴びたザラザラした白い砂はとても熱く触れるだけで火傷するようだった。
熱海駅について間もなく私たちは2つに分かれた。スパリゾートに行く班と海水浴をする班だ。岡課長や中堅の社員はスパの方に行き、次長や私たちのような若手は海水浴へと分かれた。
次長は海の家の有料座敷で気持ち良さそうに雑魚寝をしていた。先輩たちも海ではしゃいだり、肌を焼いていた。そんななか俺と野口は海の家の裏手にあるプレハブでできたプラスチックの扉ひとつのみに隔てられた更衣室の前で立ち話をしていた。
「山城、水着が目当てで
「野口だってそうだろ?可愛い奥さんだもんな」
「おいおいそんなこと言ったら麻知さん怒るぜ?」
冗談を言いながらも野口も透さんの水着姿を楽しみにしているんだと思った。
「っ....お待たせ」
古びた蝶番の擦れた音とともにまず透が出てきた。チャコールグレーの大人びた印象の飾り気のないシンプルな水着を纏い目線をこちらから外して恥ずかしそうに「...どう?」と聞いてきた。
「とても似合ってるよ。透の水着が見られただけども今日来てよかったよ」
「...//ば、バカっ..べ、別に嬉しくないんだからっ!まぁ、折角新しく買った水着だし宏人に見せられて良かったわ。」
透は照れ隠しなのか野口に少し怒った感じで返すと、野口は少し困惑したように相づちを打った。少し変な空気になったので山城も透の水着に触れることにした。
「その水着大人っぽくて透さんにお似合いですよ」
「本当ですか。えへへ..そうありがとうございます。」
透はさっきとは違い嬉しそうに滉一に笑顔を見せた。
「コウくん...待たせた?」
「...うおっ!」
背後から声がしたので振り向くとそこには麻知がいた。海に入るからか長い髪をサイドアップに纏めており、普段とはまた違った雰囲気を醸し出していた。
あまりに気配がなかったので思わず声をあげて驚いてしまった。しかし、麻知は何も言わずニコニコしたまま「ごめんね驚かせて」と謝ってきた。
麻知の顔から下を見ると、水着....ではなく白色のラッシュガードに身を包んでいた。ラッシュガードと太ももの境界線には主張の弱い水着が窺えた。正直麻知のビキニ姿を期待していたので少し落胆したのが顔に出たのか麻知は少し申し訳なさそうに「ごめんね。日焼けしたくないし」と呟いた。
「えー麻知さん、可愛いんだし水着見てみたい!ね、いいでしょ。それに..」
透は麻知に駆け寄り耳打ちをする。それを聞いた麻知は滉一に近付いておもむろに胸下のジッパーをおろす。
少し開いた隙間からは麻知の可愛らしい膨らみが露になり、水玉模様のビキニがちらちらと映る。
ラッシュガードが肩からすり落ちると白い肌が陽に晒され、羞恥があるのか少し表情が固くなった。麻知は小さな容器を私の手に握らせた。
「ねえ、コウくん日焼け止め塗ってよ。背中とか、届かないから...」
「え、うん」
麻知は紐しかない無防備な背中を向ける。滉一は日焼け止めを取り出して、手に馴染ませる。さらさらした白い液体が手のひらに均等になるのを確認する。
その様子を見ていた野口が透さんに話しかけた。
「じゃあ、俺も透に塗ってあげるよ」
「....つ//だ、大丈夫。私はその..麻知さんに塗ってもらうから!ね、麻知さんお願い!」
透が麻知にお願いすると麻知は私から距離をおいた。
「いいですよ。じゃあ、私も透さんに塗ってもらおうかな。コウくんありがとう。透さんにしてもらうから大丈夫」
麻知は透を連れて日陰のベンチの方に向かった。透は麻知に手を合わせて何か話しかけていた。
私は手持ちぶさたになった両手を仕方なく自分の腕や身体に塗り込んだ。
麻知達が戻ってくると、仲良く4人で海水浴を楽しんだ。凸凹した砂浜に足を取られながら水平線が広がる海へと走った。身に付けていたサンダルは波打ち際に履き捨てて、滉一は隣にいる麻知と手を繋いで水面へとダイブする。
バッシャアアア-と大きな波しぶきを上げてふたりは子どものようにはしゃいでいた。滉一と麻知は冷たくて気持ちいいね、と海に漂いながら和やかに話していた。野口達も海を前に水を掛け合ってじゃれあっていた。
海が様々にぶつかり合う音と砂地に擦れあう音、海の家からはハウスミュージックがスピーカー越しに流れ波打ち際までかすかに届いているが、私からもっとも近いのはプカプカという浮いたような水面の音と麻知の明るい声音だけだった。外で多くの人がいるはずなのに私と麻知の二人だけしかいないような不思議な空間が生まれていた。
「あのさ、麻知」
「どうしたの?」
「水着...似合ってるよ。さっき言えなかったからさ」
滉一が言うと麻知は嬉しそうに背中を滉一に預けた。
「やっと言ってもらった♪頑張って選んだんだからね。」
「やっぱり怒ってる?野口の奥さんのこと褒めたの」
「ううん....だって知ってるもんコウくんが私だけ好きなの」
麻知はえへへ、と振り返り笑った。
その後お腹が空き、海の家でご飯を食べた。高いとは聞いていたが、予想していたよりもインフレは進んでおり900円する焼きそばをすすった。味はスーパーで売ってる袋麺と同じだった。野口は透の食べているカレーを一口貰っていた。野口は小鳥のように口を開けると「し、仕方ないわね」と透はカレーを掬って野口の口へと運んだ。仲が悪そうに見えたがやはり新婚なんだなと少し微笑ましく思えた。
**********
昼食を終え昼下がりの砂浜で私と野口は男性先輩に集められていた。
海の家では次長がベンチでビールを飲みながらイカ焼きを頬張っていた。麻知と透は堤防の日陰で雑談をしている。
「どうしたんですか?先輩急に集まって」
野口が口を開いた。私もなぜ集められたのかはわからずどうしていいか分からなかった。
「お前らな俺達がなぜここに来ているのか分かっているのか?」
「何故って、リフレッシュのためじゃないですか」
「バカ野郎!」
野口が答えると先輩が一喝する。
「これはな市場調査の一環なんだ。繊維部として水着の流行や使い心地を海水浴客として見る...つまりこれは業務なんだ!」
「そうだ!」
周りにいる先輩たちも同調する。次長は完全にオフなのだが、、
「それに関わらずお前らは奥さんとイチャイチャしやがって..本当に許せん」「そうだ!」
私は野口と顔を見合わせた。きっと、いや絶対麻知たちと遊んでいたことに嫉妬しているんだろう。
「そこでだ、お前らにもナン..市場調査のため水着の女性に声をかけてこい」
「今ナンパって言いかけましたよね?」
「なんだ!先輩のいうことにケチつけるのか。おい山城!」
急に滉一に矛先が向き、驚いたように「はい」と返事をした。
「俺達の仕事はなんだ?」
「え、営業です」
「そうだ。俺達は営業職だ。だからこれは営業力を上げるための練習なんだ。だから、決して水着のギャルとどうこうなりたいわけじゃない!...ってなんだその目は」
滉一も野口も呆れたように冷ややかな目で先輩社員を見た。
「先輩、俺も山城も妻帯者なんですけど..」
「そんなの関係あるかっこれは業務指示だ。必ず一人には声をかけろ。いいな」
「山城と野口それぞれ一人ずつだかんなー」
先輩たちはそこで散らばっていった。多分午前中もナンパしていたんだろうと容易に想像はついた。私は野口を見て肩を竦める。野口もやれやれといった感じだった。
「これは業務なんだろ。じゃあ、ちゃんと仕事しようぜ。まぁ買った場所とか聞けばいいんじゃないか」
「まぁ後は着てみたい水着とかそんな辺り聞けばいいか」
「ぼちぼちやろうぜ」
私と野口はふらふらと砂浜を歩き始める。私はちらっと麻知の方を見る。麻知は楽しそうに透さんと話していた。新幹線に乗っていたときよりも大分打ち解けているようだった。仕事とは言うが正直後ろめたい気持ちが大きい。今日は旅行ということもあって優しいようだが、流石に現行未遂を見られたらただではすまない気がする...
私と野口は二人で声をかけることにした。野口が最初に声をかけて私が会社名を名乗って市場調査である旨を伝える役をすることになった。野口のせめてもの配慮だった。
しかし、海水浴にナンパなど幾らでもいるからか野口が声をかけても断られるか無視されるような状態が続いていた。
「先輩達もどうせ女の子に話しかけられてないだろ」
「意外とナンパも難しいものだな..」
「山城はナンパってしたことあるか?」
「ないよ。麻知とはずっと一緒だったしそんな間なかったよ。」
「俺もだよ。まぁ逆にされることはあったけどな」
「先輩には言わない方がいいぞ」
「ああ。今日はその心配もなさそうだけどな」
額に滲む汗を手首で拭っていると、「お兄さん達ナンパしてるの~?」と声をかけられる。かざしていた手を下ろすとそこには豹柄のビキニを着た金髪ロングの子と薄いピンクの髪をしたパレオ姿のギャルが立っていた。
「まぁそうだけど」
「なら私達と遊ぼうよ~」「テントにお酒とかあるしさ」
「ごめんね。一応これ仕事だから..」
私はやんわりと断ろうとするとギャルは大袈裟に笑い、私の肩をバシバシと叩いてきた。
「面白すぎ。何その言い訳、うける」「もうちょっと気のきいた答えあるでしょ笑」
「いや、こいつのいうとおり水着の市場調査しててさ、女の子に声かけてたんだよね」
野口が助け船を出す。気を取り直して話だけ聞いてこの場を去ろうとすると、
「ねえ、見て見て麻知ちゃん。あれ滉一さんだよね女の子にナンパしてるの」
「そう....だね。それより野口さんもいるよ透ちゃん」
「ふぅん。へぇ..私たち放っておいて女の子口説いてたんだ..私は別に、いいけどどう思う?麻知ちゃん?」
「野口さんはモテるから仕方ないよ透ちゃん....で、コウくんはそこで何してるのかな?」
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そして今に至る。
「ねえ麻知ちゃん?虫除けスプレーって持ってる?」
「ううん。持ってこなかった。でも海でもやっぱり必要なんだね」
「そうそう。私も油断してたけどやっぱり持ってこないといけないわね、だってほら...」
「「”浮気の虫”とかいるしね」」
仲良さそうに話す二人からは殺気だったオーラが放たれ、ギャル二人は「よ、用事思い出しちゃった。またねお兄さん達」「お大事に」と立ち去ってしまい、私と野口は孤立無援となった。
「山城、なんか悪寒がしてきたよ」「奇遇だな。俺もだよ」
「で、宏人ちゃんと説明してくれる?私キレちゃった」
「コウくんもだよ?許すつもりはないから...」
私は正直に言うしかないと、先輩社員にナンパをしてくるように言われたこと野口も私も仕事として話を聞こうとしていただけだということ、あの二人以外には話もできなかったことを話した。そんな歯の浮いたようなことを信じてくれないと覚悟はしたが、嘘をついても仕方がないので誠意をもって麻知と透さんに説明した。
きっと麻知は言い訳など聞いても許してくれないことは分かっていたのだが、麻知から出た言葉は想定外のものだった。
「そうだったんだ。じゃあ、仕方ないね」
「え!麻知ちゃんこんな都合のいい話信じるわけ?だって宏人は女と話してたじゃん」
「コウくんから話しかけた訳じゃないんだよね。勝手に話しかけられたん、だよね?」
麻知は背筋が凍るような冷ややかな目で睨み付けてきた。滉一は弱々しく頷く。
「じゃあ許してあげる。でももうダメだよ?話しかけるの。透ちゃんも怒ってるし..ほらジュースでも買いにいこう透ちゃん」
「ま、麻知ちゃん本当にいいの?だって麻知ちゃんすごく...って力強い!?...//宏人!絶対許さないんだからー!」
透は麻知に背中を押されながら叫ぶ。絶対に許してくれないと踏んでいた滉一は安堵の色を示す一方で野口は落ち込んでいるようだった。
夏の照りつけるような暑い日差しはあっという間に落ち着き、一日の終わりを告げるかのように海に沈んでいこうとしていた。
閲覧ありがとうございました。
夏までにあげたかったのですが、仕事が立て続けに入っていて9月になってしまいました。
本当は旅館に入る一日の夜まで書き上げたかったのですが、大分絶ったのでここで出しておこうかと。
次回は別に出している「ヤンデレだらけのクリスマス」をそろそろ投稿したいので大分空くと思います。申し訳ない