花の園でパン・ド・ミを   作:たんぽほ°

12 / 12
(0+1)OR

 

 

 

 

 

 

 ただのひとつも窓のない部屋で、影たちに囲まれて、貴方はじっと立っている

 

 彼等はまたやって来る

 

 貴方を取り込もうと執拗に

 

 貴方は心の扉を固く閉ざし、振り向くこともない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は先輩の卒業式だ。

 いつもより早く起きて、いつもはしない化粧をする。

 髪にカールをかけて遊ばせて、鏡を今一度覗くと少し大人びた私が映った。

 

 

 先輩は私のこの姿をみて驚くかな?

 もしかしたら、頬を染めらせてくれるかな?

 こんなことばかり考えてしまう浮ついた私の思考回路は互い互いにぐちゃぐちゃに絡み合って、もう自分自身で解けることはない。

 これを優しく、丁寧に解いてくれる人はあの人だけ。

 

 スクールバックを肩にかけると、橙色のミミズクのキーホルダーが揺れる。

 これは先輩が黒猫のキーホルダーを取り返してくれた次の日に私が買ってきた物だ。

 黒猫のキーホルダーはというと先輩に渡したのだ。

 私のように鞄に着けるのは恥ずかしいと言って渋っていたけど、家の鍵に着けてくれているらしい。

 

 黒猫のキーホルダーを渡した理由は先輩には「もう失くしたくないから」と言った。

 本当の理由は私の中にそっとしまい込んで。

 

 

 早く先輩に会いたいなぁ…

 

 

 はやる気持ちは蜜を求める蝶のように。

 私の小さな身体の器はもう一杯で溢れてしまいそう。

 蓋の壊れたビンには止めようなどなく、出会わなくてはならない。

 この溢れる蜜を掬ってくれるあの人に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは卒業式が終わって、卒業生や在校生が別れを惜しんだり、激励の言葉をかけたり、今日の間ずっと私が待ち望んでいた時間だった。

 

 先輩は自分のクラスにいるのかな?

 でも先輩は友達がいないからいつもの場所にいるのかも!

 

 私は先輩のクラスに向かう。

 行き交う人たちの中にも顔見知りはいたけど、無視して向かった。

 ほどなくして先輩のクラスに着くと、卒業生やそれを送る在校生たちに溢れていた。

 名前はわからなかった。だから肩を叩いて、先輩のクラスメイトの一人に話しかけた。

 

 

「あの、吾妻先輩はいますか?」

「吾妻?そういえば来てないな」

「来てないんですか!?もしかして病気とか!?」

「聞いてないよ。それに、あいつに限ってそれはないんじゃないか?あいつは俺の知る限り皆勤賞だったよ」

 

 

 先輩がいない。

 私の心はかき乱され、繰り返し繰り返し事実の確認を必要とした。

 先輩がいないのだ。

 そう、景先輩がいない!

 

 私はすぐに携帯に登録してから一度も連絡をしたことのなかった先輩に電話をかけた。

 

 

「お願いっ……!出て…!出て!」

 

 

 プルプルプルと呼び出し音が鳴る。

 五秒、十秒と電子音が鳴り続けた。

 

 

『おかけになった電話をお呼び出しいたしましたが、お繋ぎできませんでした』

 

 

 その声は待ちわびたものではなく、無機質で冷たい機械音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラス張りの世界から、貴女を静かに見つめている

 

 行き交う人を、外の世界を

 

 もう遅い、手遅れだ

 

 もう貴女に触れることはできないと思った

 

 愛というモノは

 

 頬に触れる子猫の柔らかさのように

 

 わかりやすくもなければ

 

 感じることもできない

 

 心の奥底で、冷たい風が吹きすさぶ

 

 人は皆通り過ぎ、僕に手を振る

 

 さようなら、さようなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は泣いていた。

 誰もいない体育館裏で。

 少し足を進めれば、すぐ近くで沢山の先輩方や同級生、下級生達が笑い、泣いていた。

 それでも私は泣いていた。

 誰も迎えに来ない体育館裏で。

 ここに来れば会えると思った。

 

 

「ここにも……いないのね……」

 

 

 暗くなってきた。

 それに俄雨が降りそう。

 夕焼けのベンチに腰を下ろすと、じっと動かず先輩を待つ。

 このまま諦めて帰るのはいやだった。

 行道知らず迷い彷徨い、うたてく佇む私にはもう家路のことは頭から抜けていたのだろう。

 

 向かい合わせに区画された校舎の間に置かれた花壇の花々は彩良く咲き、中庭の中心に生えている菩提樹を眺めた。

 

 今の自分がどれだけ滑稽で矮小であるかをあの樹が教えてくれる。

 胸の中に渦巻くのは、羞恥と絶望、そして先輩に対しての怒りだった。

 所詮私は先輩にとっては取るに足らない存在だったのか。

 

 

「寒い……寒いよ…先輩…」

 

 

 遠い記憶が蘇る。

 共に笑い合った。宝物を取り返してくれた。そして、名前を呼んでくれた。

 

 彼女の膝はわなわなと震えて、ぎゅっと歪められた薄い茶色の眉毛の下には、蒼白の顔に眼が虚ろな光を湛えていた。

 

 

 もし、心を捨てたのなら。

 もし、この星を離れたのなら。

 あなたは私の側にいてくれるのだろうか?

 

 

 剥き出しになった醜い自分。

 あんなに焦がれていたのに、今はもう彼を憎んでいる。それなのにまだ彼を求めている自分が恥ずかしくて、悲しくて仕方がなかった。

 

 ぽつぽつと雨が降り出して、私の肩や髪をしとしと濡らしていくと突然地面に丸い大きな影ができた。

 

 

「まだ…いたんだな……」

「え……?」

 

 

 声に反応して振り向くと黒い傘を持った先輩がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雷雨の野に咲く黄『水仙』のスノードーム

 

 私"達"が見つけた多彩なステンドグラスの世界

 

 その世界は、夢と影と幻想の世界

 

 色と、耳では聞くことのできない音楽に包まれて

 

 スポイルされた世界から響くのは彼の苦悩のこだま

 

 あちこちにばらまかれた人の名前

 

 どれも皆、なくても生きてゆけるものなのに

 

 彼の心の底にたまっては、暗い影に姿を変える

 

 そして影は情け容赦なく

 

 彼という人間を引き裂く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雨が降り出してもう皆んな帰ってる。お前も早く帰ったほうがいい」

「…は…?」

「この傘持っていけよ。俺はこれから先生に用があるから」

「何を…言ってるのかわからないです、先輩……」

「………」

「私は先輩を待ってたのに!!なんであなたはそんな風に言えるんですか!?」

 

 

 私は先輩の制服の胸ぐらを掴んで吼える。

 据わった瞳で私を見つめる先輩の口が動いた。

 

 

 俺は待ってくれなんて一言も言ってないけどな

 

 

 大振りになった雨によってかき消され、ほとんど聞こえなかった先輩の声は確かに私に届いた。

 

 

「ッ!大嫌いです……!先輩なんか大っっ嫌い!!」

「…好都合だよ。俺も早くまた一人になりたかったんだ」

「だったら!だったらどうしてっ……」

 

 

 私は垣間見てしまったのだ。彼の上面の奥。彼の心の傷を。

 

 

「どうして…そんな悲しそうな顔で言うんですか……?」

 

 

 先輩は少しだけ表情を崩すと、眉を寄せて言った。

 

 

「……なんでお前はそんなに俺のことをお見通しなんだ…」

「………」

「なんとか言ってくれ!」

 

 

 私はふっと微笑んで、愛おしく苦しむ先輩の頬を両手で包むと言う。

 

 

「先輩?そんなのね、私が先輩のことを好きだからに決まってるじゃないですか」

「え……」

 

 

 先輩は驚いたように目を見開いた。

 まさか気づいてなかったなんて……どれだけこの人は鈍感なのだろう。

 

 

「そうじゃなきゃ女の子はここまでしたりしないんですよ?」

「そっか、そっか……高垣も俺のことが好きだったのか…」

「高垣も?」

「そうだよ……俺は高垣が好きだ」

「もう一回」

「好きだ。好きなんだ」

 

 

 胸の中に暖かな気持ちが溢れていく。

 抱きしめた先輩の体の熱が私によりリアルに感じさせる。

 これは夢ではなく現実なのだ。幾度となく観た夢と現実との矛盾に頭を悩ませることももう、ない。

 

 

「付き合おう…とは言ってくれないんですか?」

「え……あ、あの付き合ってもらえ、ますか?」

「……ふふふっ!ダメです。付き合ってあげません!」

「あぇ?」

「女の子をこんなに誑かしておいて付き合ってなんて、そんな私は甘くないですよ♪」

「……あれ?高垣さん?」

 

 

 心はスキップするように軽く飛んで貴方を迎え入れる。

 この気持ちは永遠のモノ。

 それは、劇的でありながらも、とても自然な思いに思えた。思いと言うよりは結果とも言えるかもしれない。水が川上から川下へ流れるように、散った花火が虚空へ消えるように、夕暮れの後に宵闇が世界を眠りに就かせるようにあまりにも自然な、結末に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女は壊す、力の限りに

 

 力尽きて倒れるまで、たとえ止まり方を知っていても

 

 やがてふたつの世界を隔てるガラスは砕け散り

 

 

 

 

 

 

 

 堕ちて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墜ちて…

 

 

 

 

 

 

 

 落る

 

 

 

 まっさかさまに

 

 無常の木枯らしが冷たく吹き込む

 

 体に、心に

 

 そして初めてふたつの体と心は絡み合う

 

 二人はここから始まるのかもしれない

 

 そしてそここそ、どこよりも居心地のいい場所になるのだと信じて

 

 

 

 

 

 

 







これはハッピーエンド?
大事な事は全て後回し。
男の傷は癒えることなく広がるばかり。
女の存在を男は直視できるのだろうか?
男は女を手放せない。
女も男を手放せない。
互いに互いを依存して、甘えてばかり。
どうか、無意味なモノにはならないで。



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。