花の園でパン・ド・ミを   作:たんぽほ°

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二人は溶け合うように

 

 

 鳥になる夢を見た。

 

 

 朝だ。

 しずかな海に、みずみずしい太陽の光が金色にきらめきわたっていた。

 岸からやや離れた沖合では、一隻の漁船が魚を集めるための餌を海にまきはじめた。

 そんな中で俺はただ一羽、船からも岸からも遠く離れて、空を飛ぶ練習に夢中になっていた。

 頬を撫でる風の音が囁いている。

 目を細め、息を凝らし、風に逆らって翼のカーブを増そうとした。

 その瞬間、羽毛が逆立ち、俺は失速して墜落した。

 

 

 

 次の瞬間には、俺は羽を抑えられ漁船の上にいた。

 髭を蓄え、顔を油で汚した、船民の一人がナイフを持って俺の前まで来た。

 

「たまには鶏肉ってのも中々粋なもんだろ?今日の朝食はご馳走だ」

 

 やめろ!俺に触るな!と叫ぶがガーガーと鳴くだけで、船民には通じない。

 ナイフが羽に刺しこまれる。

 

 ああ!痛い!痛い!なんて事をしてくれる!これで俺はもう、自由に、軽快に、クラシックの旋律のように繊細に、空を飛ぶことは出来なくなってしまった!

 片羽をがむしゃらに動かしていると。

 暴れるんじゃねえ!と船民の一人が。

 俺の頭を握って、首の骨を折った。

 

 

 

 

 

 

 なんて嫌な寝覚めだ。

 シャツは汗で身体に張り付き、外気に晒された足は冷えて凍えてしまいそうだった。

 

「怖い夢を見ていたの?」

 

 隣から声がした。

 驚いてびくっと顔を回すと、彼女の顔があった。

 彼女は、汗によって額についた前髪を撫でて横に慣らすと、背中に手を回し、俺を抱きしめた。

 

「まだ寒い」

「あら、甘えんぼさんね」

 

 そう言うと彼女は抱きしめる腕の力を強めた。

 

「うるさい」

 

 違うんだ。ありがとう。って言いたかったんだ。

 胸が苦しい。だからもっと、もっと力強く、抱きしめてくれ。

 

「なんですって〜?だったらやめちゃおうかしら」

「ごめんなさい」

 

 すると彼女がおちゃらけた声色で力を弱めた。

 俺はたまらず彼女に謝った。

 

 

 

 

 

「怖がらないで。あなたも私もここにいるわ。あなたは生きてる」

 

 そうだ。何もなかった俺の隣には、彼女がいてくれている。

 日頃にココロもカラダも冷たくなっていく俺にはそれだけで十分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 心に豊かな潤いなど要らない。人生に答えなど必要ない。

 これまで死ぬことなんてちっとも怖くなんかなかった。

 でも今はこの人を置いて逝って仕舞うことが何よりも怖いんだ。

 だから神さま。

 この叫びが聞こえているのなら、どうか、どうか。

 

 

 

 俺を殺さないでくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ仕事に行ってくるわね。本当はあなたを残して行きたくなんかないけど…」

「大丈夫だよ。これまで自分のことは自分でやってきたんだから」

「もう!もっと私に頼って欲しいのに…」

「だから大丈夫ですって」

 

 彼女がスーツのジャケットをひらりと羽織ると頬にキスを落として扉に手をかけた。

 

「そんじゃ!いってくるわね」

「いってらっしゃい()()

 

 

 

 あの日から数日。彼女と俺は恋人になった。

 あれほど言われて、言い淀んでいた俺に彼女は男勝りな告白をして、幸いなことに押し負けた俺は、彼女の告白を受け入れ、晴れて交際を始めた。

 今は有難いことに俺の家に彼女が来て、病床の自分を介護してくれている。

 

 それと、たばこは辞めた。

 たばこ臭かった俺の家は彼女が買ってきた空気清浄機と消臭剤のおかげで今では憎きヤニの臭いも鳴りを潜めた。

 手術の日程も決まって、順調に事は進んでいた。

 あとは手術に備えて入院し、施術当日を待つだけという状況だった。

 

 

 

「なー」

 

 隙間の空いた扉から年取った雌猫がスルスルと入ってくると、布団の上にどさんと腰を下ろした。

 

「ちり、心配してくれるのか?いや、違うな。お前は珍しく弱気になってる俺をからかいに来たんだろ」

「うぉーん」

「ああ、そうさ。怖いよ、怖くて堪らない。生きるってこんなに難しいことだったのかって今になって初めてわかったよ」

 

 ちりはにゅーと力弱く鳴くと俺の手の甲に近寄り労わるように頬ずりをした。

 この猫は三年前に俺の家に住み着いた茶色の野良猫だ。

 ある日台所に入ると、何処からか入り込み、ちりめんじゃこを貪っていた。

 その由縁から『ちり』と名付けて彼女との妙な共同生活が始まった。

 飽きたら出ていくと思っていたのだが、家が気に入ったらしく、一向に出て行こうとしない。

 

「明日から入院するからお前の世話は瑞樹に頼んでいるから、女同士仲良くやってくれよ」

「なーお」

「ま、お前の事だから心配ないか。おばあちゃんみたいな落ち着きあるもんな。瑞樹にはすぐに懐いたみたいだし、俺も心置きなく入院出来るよ」

 

 ちりはゴロゴロと喉鳴らして、脇の下で丸くなった。

 こんなに甘えてくるなんて珍しいこともあるものだ。普段は俺をいないように扱うってのに。

 

 …………

 

「やっぱ一回抱きしめてもいい?」

「なーい」

 

 彼女はふしゅっ!とくしゃみをすると立ち上がって寝室を出てしまった。

 天邪鬼なやつめ…

 

 俺はもう一度枕に頭を預けた。

 

 

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