花の園でパン・ド・ミを   作:たんぽほ°

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試運転で少し行間をいじっています。見にくいな〜と思ったら次から直します。




オープンセサミ

 

 

 そのコルク抜きはプリーツの入ったスモックを着た女の子の形をしていた。

 

 

「なんだか可愛いコルク抜きね」

 

 

 ケイの家のリビングで椅子に座る瑞樹は、コルク抜きを手に持ち顔前まで持っていくと、照明の光に照らされ、チカチカと光る木製の少女を眺めている。

 その向かいに座るケイは、瑞樹が持ってきた彼女のアルバムを見ていた。

 

 

「これでしょ?」

「そうよ〜よく分かったわね!この時は眼鏡をかけてて、一目で私って分からない人もいるくらいなのに」

「変わってるようで変わらないね」

「それって褒め言葉?」

 

 

 瑞樹は横目でちらとケイを見ると少しトーンを落として尋ねた。

 

 

「もちろん」

「ならいいわ」

 

 

 ケイの答えに満足したのか瑞樹は、もう一度コルクを光に照らして遊び始めた。

 ケイが次に見た写真は、淡い緑の夏用の短いドレスを着たまだ小学生ほどの瑞樹だった。隣の写真を見ると大勢の人と一緒に記念撮影をしているようだった。

 

 

「わお、プリチー」

 

 

 ケイは、手をパチパチと叩いて賞賛の声を挙げた。

 

 

「ちょっと、そこまで見ていいとは言ってないでしょ!」

 

 

 慌てて瑞樹がケイからアルバムを取り上げる。

 

 

「なんだよ可愛かったのに…小さい体におっきな眼鏡がギャップだね」

「ちょっと、からかってるわけ?」

「でも可愛かったのはホントだよ」

「………あー、ありがとう…」

 

 

 顔を赤くした瑞樹は、手に持つアルバムを胸に抱えて、責めるようにケイを二つの大きな瞳で睨んだ。

 

 

「あの写真は?」

 

 

 ケイは、ソファーへと逃げるように座った瑞樹の横に腰を下ろすと、下から覗くようにして尋ねた。

 

 

「あ…あれは親戚の結婚式の写真よ…」

 

 

 色はもう褪せてしまっていたが、瑞樹はそれらの写真を思い出すことができた。

 その寄り合いは親戚の結婚式場の庭で催された。彼女が知らない人々でそこはいっぱいだった。

 それでも、瑞樹は親戚のフィアンセのウェディングドレスに強く憧れたことは覚えていた。

 いつか自分もあんな綺麗なドレスを着たい。そう、思うようになった。

 

 

「結婚式か…」

 

 

 ケイが自分に問いかけるように呟いたのを瑞樹は聞き逃していなかった。

 

 

 彼といつかは、結婚したい。

 でも彼は自分の未来を恐れて、一歩を踏み出すことを躊躇してしまっている。

 今は、それでもいいのだ。

 答えは今すぐでなくとも。

 

 

 そう考えると瑞樹は、ケイの横顔を見つめる。

 視線を下ろしている彼は、今自分と同じ、結婚のことを考えているのだろう。

 そして今の彼には、簡単に決断することができないことを恥じているのかもしれない。

 そんなしょぼくれたケイを見て、瑞樹はより一層愛おしく感じた。

 

 

 瑞樹は、ケイの胸に飛び込んで、押し倒すと、鼻の頭と頭を突き合わせて、両手で彼の耳を持つと、睫毛が当たるほど近づいて、宣言するように言った。

 

 

「大丈夫。いい女は、信じた人を待てるものよ」

「はて、なんのことかな?」

「とぼけるヤツには…こうよ!!」

 

 

 二人は互いの息上がるまで擽りあっていた。その時間は群れのイルカが光煌めく海中でじゃれ合うように、その行為は愛に溢れていた。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 手術を終えて、はや数ヶ月、ケイは仕事もせず家に籠り切るのは何かと暇だった。

 というのも、がんは再発する可能性を孕んでおり、すぐに店を再開するわけにはいかなかったためである。

 日中はパンの試作を行い、出来たパンは近所の保育園に寄付をする。

 彼女が仕事を終える時刻を見計らって、ケイが彼女を迎えに行き、一緒にどちらかの家に帰宅する。そんなサイクルが施術後にはでき上がっていた。

 

 

 彼女の仕事場であるテレビ局の近くにある、ビルの壁に寄りかかって彼女を待つ。

 吐いた息が白い煙となって空をふわふわと浮かんだ。

 彼女と会ってから辞めた煙草を思い出す。

 発病前にはこんな暇な時間には、煙草を一本吸っていたなと考えていた。

 

 

 今更未練なんてないよとひとりごちると、思考を切り替えるように、ファーの付いたフードを被り、腰を下ろして、携帯をポケットから取り出して、新聞のようにぱらぱらと眺めながら時間をつぶしていた。

 

 

 

 

 

「んっん!」

 

 咳込みが聞こえて、ケイが視線をあげると、瑞樹がにこにこしながら前に立っていた。

 ケイはさっと立ち上がって、彼女の唇にキスをする。

 そして、彼女はケイの手を持つと「寒かったでしょ?」と自分の持つカイロをあてがうのだった。

 

 

 この日はあまりに寒かったので、普段は駅まで歩いて行くところをバスを使うことにした。

 二人が停留所に行くと、バスは今すぐにでも出発しようと、ドアを閉めたところだった。

 

 

 運転手はケイが先に走って角を曲がってくるのを目にすると、車を停めて待ってくれた。

 ケイはありがとうございますと会釈をした後、息を切らした瑞樹が入り口に滑り込んだ。ケイに倣って瑞樹はすみませんと謝罪すると、二人はつり革につかまって息を整えていた。

 

 

「ギリギリだったね」

 

 

 ケイは息を切らせながら言った。

 瑞樹はそうねと返すと、目の前に座った少女が軽く滲んだ汗を拭うケイを見つめているのを見つけた。

 十代後半ほどで、前髪を水平に整えて後ろ髪を一つに纏めている、制服の上にコートを着込んだ可愛い少女だった。

 瑞樹が少女の様子をうかがっていると、二人の目があった。

 少女は、ハッとしたように視線を手に持つ携帯に移して、無関心を装っていたが、ちらちらと視線をあげては、飢餓を思わせるようにケイを見ていた。

 

 

 そうすると、少女の視線に気づいたケイが、少女を見た。瑞樹にはその目の中には、何か引っかかるというだけではなく、挑発的ですらあったように見えてしまった。

 彼にその気はあるわけではないと分かってはいるのだが、ひどく、嫉妬した。

 

 

「いだっ!」

 

 

 瑞樹は振り向き様にケイの足を踏み抜くと、最後尾のシートにどさりと腰を下ろした。

 

 

「ちょっと、痛いだろ。…っておい」

 

 

 瑞樹は、席に座りながら不満を告げるケイを無視して彼の襟を掴むと、彼にキスをした。

 前の座席では少女が、紅潮した顔を手で隠した間から二人を見ている。

 

 

「こんなとこでしなくたっていいと思うけど」

「私は今、ここでしたかったの。いいでしょ?」

 

 

 ケイの胸元に手を当てた瑞樹は、耳元まで唇を近づけて言った。

 席が三つ並んだ最後尾のシートは、それほど明るくなく、エンジンの騒音が二人のささやき声をうまく消してくれた。

 

 

 駅に着くまでケイは瑞樹の手を握って、携帯に繋いだイヤホンから流れるサイケデリックな音楽を聴いて、眠る彼女の頭を肩にもたせかけて、二人の温度を確認するように、ケイは外の眩く流れる街灯の光を眺めていた。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 先日の憂鬱な雨が上がった、太陽の燦々と光る風の気持ちのいい日。

 水溜まりに映る太陽は一際輝いていた。

 私と彼が付き合いはじめて四ヶ月ちょっとになる。

 

 

 私たちは、彼が祖父を亡くしてから使い古した家具を捨て、新しい物を買うために、日用家具用品店に向かっていた。

 そこで、マットレスとボックススプリング、それにベッドルームとキッチンのためのいろんなもの──シックな電気スタンドや、群青色のテーブルクロスを買った。

 彼の家にあった棚に着ける赤いカーテンを買ったり、私はそういう細々した手仕事が好きだった。

 以前は、クッションカバーを作ったり、便座を新しいものに換えたり、といったようなことだ。

 

 

 彼は、そんな私の姿を眺めて、いつもにこにこと笑っていた。そこに私が少しは手伝ってと突っ込むと、彼はごめんごめんと言いながら一緒になって作業をする。

 私にはそれだけで幸せだった。

 

 

「本当にそれ買うの?安くなってるって言ったってちょっと高めじゃないか」

 

 

 彼が指摘したのは、一束まとめてバーゲンセール価格で売られていた黄色いバスタオルだった。

 彼は私が次々とカートに入れていく物に対してあまり関心を払わなかった、というかそれでもいいと思っていると言えばいいのか。

 

 

「質の高いものを買うのは、長い目で見れば賢いことよ?大事に使えば永遠にもつかも」

「永遠なんて縁起でもないこと言わないでくれよ。それじゃ妖怪タオルだ」

「妖怪だって、使えるものを使うのが私のポリシーなの」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 私と彼は台所に立っている。

 私がお昼に買ってきたレードルを手に持って見せた。

 

 

「この色は好き?」

「緑だね」

 

 

 彼が米を研ぎながらこちらを一瞥すると言った。

 

 

「じゃあこれは?」

「…緑だね」

 

 

 私はレードルを置いて、側に置いていたピーマンを手にとって彼に見せると、彼は口を尖らせてそれを憎々しそうに言った。

 

 

 ピーマンは彼の唯一の苦手な食べ物だ。

 

 

 以前それを知らずにサラダに混ぜて出したところ、彼はピーマンを箸で掴んでまじまじと見ると、目をつぶって咀嚼せずに飲み込んで食べていた。

 彼にこんな弱点があったとは…なんて思いながら、「ピーマン苦手なの?」と問うと、肩をビクつかせて「ううん、大好き」と答えていたが、目は泳いでいたし、箸を持つ逆の手は強く握りすぎて色が白くなっていた。

 

 

 そんな彼の姿が可愛くて、一週間続けてなにかしらの料理にピーマンを忍び込ませていたら、彼がご飯の度に「ね、ねえ…今日はピーマン入ってる?」と聞くので「入ってないわよ」と言った後ピーマンの肉詰めを出した日は、彼がいじけて一日口を聞いてくれなかったことを思い出した。

 

 

 シチューに入れる野菜を切っていると、まくっていたセーターの袖が解けてしまった。

 

 あーもう、めんどくさいわね…

 

 そう考えてもう一度袖をまくろうとしたところで、何者かが後ろからセーターの袖をまくってくれた。

 振り向くとゼロ距離の彼の顔があった。

 小さく微笑んで細くなった彼の目と仄かに香る彼の匂いに酔ってしまいそうになる。

 

 いくらキスやあれこれをしてるからと言ってこれはこれ、それはそれなのだ。

 好きな人の顔がこんなに近くにあってドキドキしない女はいないだろう。

 

 

「あ、ありがとう…」

「どいたまー」

「…ふふっ、なにそれ」

 

 

 変な言葉遣いをしてとぼける彼と一緒になって笑う。

 そんな時間を噛み締めていると、彼がスルスルと私のセーターの中に手を伸ばしてきた。

 

 

「ちょっと?どこ触ってるのかしら?」

「え?どこってそらおっぱ」

「あのね私、いま包丁持ってるんだけど、あーまずいわー滑っちゃいそー」

「危なっ!」

 

 

 彼が無理に避けて尻もちをついている。

 そんな彼を包丁を持ちながら見下ろす。

 

 

「あーあ、ちょっかいかける悪ガキにはお仕置きね」

「ま、まさか…!?」

「ピーマンよ」

「嘘だ…」

 

 

 せめて、時間と場所を考えてやりなさい。

 

 

 

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