花の園でパン・ド・ミを   作:たんぽほ°

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※今回、未成年の喫煙描写があります。犯罪ですからダメですよ。それでもいいという方のみスクロールしてください。

そして最長です。




絵のない絵

 

 

 沖合には、平らな浮島のように大きなブイがふたつ、横に並んで浮かんでいた。

 

 

 私こと、川島瑞樹は地方ロケのため、九州の小さな島に滞在し、休憩時間を利用してこの綺麗な海を見にきていた。

 海の景色を眺めて、この光景を彼と共有したいと考えて、携帯を取り出そうとしたところに、携帯のバイブがけたたましく鳴った。

 スクリーンを見ると、お誂え向きに件の彼からだった。

 

 

「もしもしケイ君?」

『こんにちは。仕事は順調かな?』

「ええ、滞りなく。そんなことより、聞いて聞いて!」

『そんなことよりって…いいのかい?天下の人気アナウンサーがそんなこと言って』

「いいのよ!今は休憩中だし。それでね、こっちの海ってすごい綺麗なの。せっかくだからケイ君も来てくれればよかったのに」

『流石に仕事場までついて行くつもりはないよ…そっか、今度時間がある日に旅行しようか』

「ナイスアイデア!楽しみにしてるわね!」

『それで電話の要件なんだけど、今週の日曜は空いてるかな?』

「ええっと、確か空いてたと思う。わかるわ。デートのお誘いね」

『だったら僕もよかったんだけど、会って欲しい人がいるんだ。ほら、少し前に話した…』

「確か、ケイ君の高校時代唯一の友達の…っていう?」

『唯一じゃない。まああの時は僕にとっての『青の時代』だったんだ』

「……そうね、あなたにとっての()()は『ジェルメーヌ』ってところかしら?」

『…違うさ。まあ都合が悪くなったら教えてよ。仕事頑張って』

「ええ、またね」

 

 

 私は返事をして通話を切った。

 

 

「……ジェルメーヌ、ね……」

 

 

 予想もしない話に少し嫌味を言ってしまった。

 この分では、この心のさざめきが収まるまで十分以上かかりそうだ。

 

 

 どんな人なのだろう。彼の友人に変な人はいないのだろうが。

 

 

 少し不安な心から逃げるように私はテトラポッドに座って、海のささやきに耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 彼と二回目の遭遇を果たしたあのカフェで私は、彼とその友人を待っていた。

 

 

「やあ、お待たせ」

「ええ、大丈夫…ってその娘…!」

「…お久しぶりです。川島さん」

 

 

 

 

 彼の声に反応して振り返った先にいたのは、古来の大和撫子さながら彼の三歩後ろにつく、モデルの高垣楓だった。

 

 

 

 

 彼に問いただしたい思いを程々に抑えて、それからは彼女の最近の話になった。

 

 

「始まりは、仕事の疲れからでした」

「それは大変だったでしょうね」

「いえ、前からモデルの仕事となんだか上手く向き合えない状況が続いていました。その時は色々と考え過ぎてしまっていて、パンクしてしまったんだと思います。」

「…そうなのね…今は?」

「今は平気です!」

「つい最近に高垣とバッタリ会ってね、後日ゆっくり話そうかとなって今日さ。あとついでに話したいことがあるみたいで」

 

 

 

「そういう事だったのね…」

 そう考えながら私は彼女を見つめた。

 以前に現場で見た彼女は気鋭のモデルとして、波に乗っていたが、本人からは彼女を推す周りのような熱意は伝わってこなかった。

 今の彼女はどうだろう。

 一見、触れれば壊れてしまいそうな繊細なガラスの身体の奥には、今もめらめらと燃える業火のような小さな灯火が見えた。

 

 

「今日、所属している事務所を辞めてきました」

「「えっ!?」」

「ちょっと待って、それじゃあこれからどうするんだよ?」

 

 

 その瞬間、彼女の瞳にナニカ大きな決意を感じた。

 

 

「私、アイドルになります」

「「アイドル!?」」

「はい」

 

 

 可愛くコクンと頷くと、彼女は彼の目を真っ直ぐに見て言った。

 

 

「先輩は応援してくれますか?」

「…もちろんだよ。僕も今日から高垣のファンっていうことだ」

「ふふっ、嬉しいです。先輩」

 

 

 彼の答えに微笑む彼女は、

 誰もが見惚れる美しい輝きを放っていて、

 私はその姿に魅了され、同時に狂おしいほど、妬み、嫉んでしまった。

 

 

「まずい、もう行かないと」

「どうしたの?」

「昔馴染みのパンの材料の取引先が急に挨拶に来たいって言うからこれから家に戻らなきゃいけないんだ」

 

 

「二人はどうする?」

「それなら、私も…」

「川島さんと芸能界の事で相談したいことがあって…川島さんいいですか?」

「え?別に構わないけど…?」

「そっか、じゃあお代はここに置いていくね」

 

 

 そう言って彼は、卓上にお金を置くとすぐに店を飛び出してしまった。

 

 

「あ…ってもう!こんなに要らないのに…」

 

 

 ため息を吐きながら彼の去った残光の残る出口を見つめていると、彼女はゆっくりと、儚くはにかんで告げた。

 

 

 

 

「私、先輩のことが好きだったんです」

 

 

 

 

 彼女から不意に出た言葉が私には、それは空に太陽が、雲が、あるようにさも当たり前のような事に思えた。

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 それはまったくの偶然だった。

 高校二年生の春に転校してきた私は、担任になる先生に連れられ生徒指導室に向かっていた二階の廊下の窓から、校舎の影の中で新春の気持ちのいい、地面の雑草や花たちがその緑の葉を風になびかせながらのら猫を膝にのせ、戯れる男子生徒を見つけたのは。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 先生から転校の手続きを終えた後、その帰りにあの生徒を見た場所をもう一度見たが、彼は既にそこにはいなかった。

 

 

 私は校舎の玄関を出て、目についたところから少し、この学校を探検してみることにした。

 体育館倉庫の横を抜けると、あの猫の姿が見受けられた。

 もしかしてと思って、地続きになっている体育館の裏に回ると、美しく、静かに、それでいて不慣れに、煙草を吸う彼の姿を見つけた。

 

 

「不良さんですね」

 

 

 私は彼に話しかけると、彼はこちらを一瞥して、まだ葉の残る煙草をコンクリートに押し付けると、立ち上がり、私の横を通り過ぎていった。

 その時の彼からは、服の柔軟剤の匂いと彼が先ほどまで吸っていた煙草の臭いがした。

 

 

 それからの日々、私は幾度か回をかさねて、彼のいた場所を回った。

 それは私の誕生日のちょうど一ヶ月前の昼休み。

 ようやく彼を体育館裏のあの場所で、既に食べ終えたであろうコンビニ食のゴミを横に置いて、食後の煙草を吸う彼を見つけた。

 その彼の姿は以前見たよりも、幾分か様になって私を魅了した。

 

 

「やっと見つけた」

「…………」

 

 

 私は彼に話しかけるが、彼はこちらを見たまま何も言葉を発さなかった。

 彼の瞳は暗く黒く濁っていた。

 

 

「どうして喋ってくれないんですか?」

「………俺に、なんか用?」

「やっと喋ってくれた」

「………言葉くらい話すさ」

 

 

 そう口を尖らせて話す彼はイメージしていた姿よりも可愛かった。

 

 

「それで…俺に用があるんじゃなかったの?」

「ああ、いえ特に用はないんです」

「は?それじゃあなんで?」

「理由がないと会いに来ちゃダメですか?」

「ダメだ。困る」

「貴方だって理由はありそうにないですけど?」

「そんなことどうだっていいんだよ。君、見たことないけど、何年生?」

「二年生です!」

「じゃあ後輩だ。後輩は先輩の言うことを聞くものだ。黙ってここからどっか目に入らないところに行ってくれる?」

「イヤです」

「イヤじゃない」

「私、転校してきたばかりで……館内がわ()()()()んです」

 

 

 ややドヤ顔で彼に告げると、彼はため息をこぼして頭を抱えて呟いた。

 

 

「面倒くさいのに絡まれた…」

 

 

 彼の持つ煙草の灰が重力に従って地面にひらひらと舞った。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 私はそれ以来彼を探して一人学校中を駆け巡った。

 彼を見つけるたびに、彼は場所を変えたが、今やこの学校の地図が全て頭に入っている私には、一人でいたがる彼を見つけるのは容易くなっていた。

 

 

 放課後、いつものように彼を探していると、彼が先生と話しているのを見つけた。

 話が聞こえる距離まで近づく。

 

 

「なあ、吾妻。本当に大学に行くつもりはないのか?」

「はい。専門学校に行って学びたいことがあるので」

「お前の成績なら、良い大学に行けるんだぞ?そこを卒業してから専門学校に行ったって良いじゃないか。そうした方が、もしも就活することになった時は有利なんだぞ」

「そんな時間なんてないんです」

「わかった。俺もお前の考えを出来る限り尊重したい。だから頭の片隅にでも入れて置いてくれ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 

 そう言って、彼は先生に頭を下げると、またどこかへと消えていった。

 それを私は見届けると、先ほどまで彼と話していた先生に話しかけた。

 

 

「こんにちは先生」

「おう、こんにちは。どうかしたかな?」

「今の人って…」

「ああ…俺の持ってる生徒でな。あいつは頭も良いし、本当は大学に行って欲しいんだが、いかんせんあいつが行きたがらなくてな…かなり困ってるんだ」

「そうなんですか…あの、名前って」

「名前?吾妻景だよ」

「吾妻…景…先輩」

 

 

 先生と別れて、彼が向かったと思われる場所へと向かうと予想通り、彼はそこにいた。

 

 

「吾妻景…先輩」

「また君か…ってなんで俺の…」

「私の先輩に対する愛の力が成し得たコトです♪」

「冗談はその行動力だけにしてくれ…」

「吾妻先輩、あの」

「その吾妻って言うの、辞めてくれない?」

「えっ…」

「その響きは好きじゃないんだ」

「じゃあ景先輩って呼んでもいいですね?」

「ダメだ」

「ヤダ。呼びます」

「ダーメーだー」

「呼ーびーまーすー」

「………………」

「景先輩♪」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 私が先輩と出逢ってから半年が経つ頃、私と先輩は共に過ごすことが多くなった。

 もちろんクラスに友達はいたが、それよりも先輩といる時間が私には幸せだった。

 そう、私は先輩が好きになっていたのだ。

 それは出逢ったからか、彼と話すようになってからか、それはわからないがともかく彼が好きという、私の気持ちは日々大きくなっていった。

 

 

 気持ちを自覚してから少しすると、私に対して何者かから小さなイタズラを受けるようになった。

 最初は消しゴムが無くなっていたことだったか。

 それからどんどんイタズラはエスカレートしてイジメに近いモノにまで、その姿は大きく肥大していった。

 

 

「おい、鞄に着けてたあのキーホルダー、どうした?」

「わからないんです…いつのまにか無くなってしまっていて…気に入ってたのに…」

 

 

 それはオッドアイの黒猫のぬいぐるみのキーホルダーだった。

 先輩から私に似ていると言って渡された、大切な宝物。

 泣きそうだった。以前から分かってはいたものの無視した結果がこんな事になってしまった。

 こうなっても何も出来ない自分に、そして先輩がくれたキーホルダーを奪われてしまったことに怒りが湧いて、ただただ泣きそうだった。

 

 

 

「ちょっと待ってろよ。()()

 

 

 

 そう言って彼は私の髪をくしゃくしゃと撫でると、どこかに早足で向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 少しの間、放心してしまっていた。

 彼が私の髪を撫でてくれたこともそうだが、なにしろ初めて私を『高垣』と呼んでくれた。

 それらは私には何よりも代え難い思い出となった。

 

 

 彼の後を追って校舎を駆け巡ると、彼が一人の女子生徒と向き合って何かを話していた。

 様子をうかがっていると、女子生徒が彼の頬を叩いた。

 今にも飛び出して叩き返したくなる身体をどうにか抑え、その女子生徒を見ると、同じクラスの比較的仲が良いと思っていた女の子だった。

 

 

「ホンっトに最低!!」

「高垣のキーホルダーを返してくれないか。君が俺のことを好きだと言っても、それとこれとは関係がない。取ったものは元の人に返さなきゃいけない」

「『弾かれ吾妻』のくせに調子のんな!!ちょっとイタズラしただけなのに、なにがいけないのよ!」

「高垣が前々から君に何かされてたのは知ってはいたんだ。でも高垣は何も言わなかった。だから放っとこうと思ったんだけど、今回ばかりはさすがに見過ごせないよ」

「ただのキーホルダーを盗っただけじゃない!それだけよ!」

「ああ、それだけだ。俺もそう思うよ。」

 

 

 そう言うと腫らした頬を歪めて、普段は見せない歯を見せて微笑んで言った。

 

 

 

 

「高垣が泣いてたんだ。それだけで十分なんだよ」

 

 

 

 

 続けてにっこりと笑って言った。

 

 

 

 

「君が俺と付き合って、あいつにもう何もしないって、約束してくれるなら。俺は何でもするよ」

 

 

 

 

 彼が以前ふと言っていたことを思い出した。

 

 

 

 

『高垣は友達いないのか?他人と仲良くなりたいなら、鋭敏な何か、暖かい何かをさぐりあてる努力をしなくちゃいけない。一番重要なのは、愛情と理解…らしい』

 

 

 

 

 彼が私の姿を見た時。

 彼は確かにあの瞬間。

 確実にキレていた。

 

 

 

 

 普通なら一片の愛情をも抱けないだろう相手に対して、それがどれだけ陳腐に響こうとも、彼女に理解を示したのだ。

 

 

 それを見た彼女は鳩が豆鉄砲を食ったように、目を丸くさせ顔を紅潮させていた。

 それは彼の普段見せることのない笑顔を見たからなのか、それとも自分の行ったことを恥じているのかはわからなかったが、少なくとも彼の言葉が彼女に届いていたことは確かだった。

 

 

 

 

 

「………ごめんなさい………本当にッ……ごめんなさい……!」

 

 

 

 

 

 彼女は涙をポロポロと流しながら、キーホルダーを彼の手に渡した。

 そうすると、彼は彼女の手を包んで言った。

 

 

「君のその暖かな気持ちが、その純粋さが、もっと多くの他人に対して、優しさになって捧げられるように。俺は、そう願ってるよ」

「………はいっ……!」

「ありがとう。君の気持ちは伝わったから。嬉しかったよ」

 

 

 そう告げて、彼は踵を返して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 私が先輩にキーホルダーのことを話した場所で待っていると、先輩が姿を現した。キーホルダーを指に引っ掛けて回しながら。

 

 

「ズボラな奴だな。そこに落ちてたぞ」

 

 

 彼はやれやれとでも言うように、迷惑そうにこちらに向かって来たのを見て、私は居ても立っても居られず彼に抱き着いた。

 

 

「どうしたんだよ?」

「どこに落ちてたんですか?」

「えーっと、ほらそこを曲がった先の側溝」

「……うっ、ううん。そこは…もう見ましたっ…本当はどこに落ちてたんですか……?」

「うー…あー、忘れた」

「本当に……!」

 

 

 素直じゃない人…

 

 

 

 

 その日から私は先輩のことが世界で一番好きになりました。

 

 

 

 

 次の日、件の彼女が私に謝ってきた。

 

 

「ごめんなさい、今までのこと全部私なの。先輩と仲良さそうなあなたに嫉妬して…!」

 

 

 本当のところはあまり許す気にならなかった。

 彼女のした事の残存感は、私の肉体や精神の世界に留まっていた。

 だけど、私は前を向いて歩くことにしたのだ。

 私の人生の中でこの出来事は残るけれど、それはひとつの部分を終えたというだけのことであって、まだこれから先何かをそこから得ることはできるはずだから。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 そして先輩が卒業する。そう、卒業式。

 

 

 私はこの日、先輩に告白しようと決めていた。

 朝早く起きて、髪を入念にチェックし、普段はあまりしないお化粧をして、卒業式に向かった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、先輩は卒業式にいつまでたっても姿を現さなかった。

 

 

 

 

 

 

 先生に問いただすと、

 

 

「吾妻?ああ…あいつも可哀想だよな。せっかくの卒業式を病欠するなんて」

 

 

 絶対嘘だ。私はそう確信した。

 

 

 

 

 

 先輩に電話をかける。

 

 出ない。

 

 もう一度電話をかける。

 

 出ない。

 

 先輩にメールを送る。

 

 何も返って来ない。

 

 もう一度電話をかけた。

 

 出なかった。

 

 

 

 

 

 どうして…?

 どうして貴方は私から離れてしまうの…?

 貴方をこんなに愛しているのに。

 貴方にこんなに逢いたいのに。

 会って貴方を力一杯抱きしめたいのに。

 会って貴方の唇にキスをしたいのに。

 

 

 

 どうして…?

 

 

 

 どうして貴方は…?

 

 

 

 どこにいるの…?

 寂しいの。

 寒いの。

 冷たいの。

 

 

 

 いつから貴方の居ない世界は、こんなに色を失ったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから私は高校を卒業して、私立の大学に入学した。

 いつか先輩にどこかで会えると信じて、淡い希望を胸に秘めて。

 

 

 ある日の仕事の帰り道。

 ふらりと寄った小さなパン屋で、頬をこけさせ、頻りに咳込み苦しそうにしている先輩を見つけた。

 

 

「………先輩………?」

「ゲホッ…高垣…?」

 

 

 これは運命なのだ。

 そう思わずにはいられなかった。

 それ程に私には、その出来事は己の身を焼け焦がすように熱烈で、刹那的な神の啓示のようで、涙が自然と流れていた。

 

 

「こんなところに居たんですね…」

「…………」

「どうして連絡してくれなかったんですか…?」

「…………」

「あんなに待ってたのに…」

「…………早く帰れ…………」

「えっ…?」

「……こんな姿見せたくない……」

「そんな…私は…」

「俺のことはもう忘れろ。二度とここに来るな」

 

 

 私にはそこから逃げ出すことしかできなかった。

 流れる涙は、胸を引き裂く真っ赤な血のように。

 確かな熱を持って、私の体温を奪っていった。

 

 

 

 

 

 先輩、私が鬱になったのは貴方のせいなんですよ?

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────

 

 

「これが私の記憶です」

 

 

 言葉が出なかった。私には想像つかない出逢いを、愛を見た。

 

 

「つい最近です。先輩ともう一度出会って、彼女ができたって聞いて…本当は発狂したかった。周りの物全てを壊し尽くしてしまいたかった」

「……………そう」

「でもしてない。なぜだか分かりますか?」

「ごめんなさい……私には分からないわ……」

「この話には教訓があります」

 

 

 と彼女は言った。

 

 

「自分自身の体験によってしか学びとることのできない貴重な教訓で。人は何かを消し去ることはできない。消え去るのを待つしかないんだって」

 

 

 そして、彼女は私の目を見てはっきりと言った。

 

 

「でも私は諦めていません。今回は川島さんがその場にいたから。()先輩の手を掴むことができたから」

「仮に……あの場にいたら立場は変わっていた、か………確かにそうかも、しれないわね」

「はい。だから私は諦めません」

「私………貴方みたいに強くないわ………」

「大丈夫です。景先輩の好きになった人ですから。それに、私。個人的に川島さんと友達になりたいんです」

「どうして…?恋敵じゃない…」

「ええ。それこそ、先輩が好きになった人だからです。私が好きにならないわけがないんですよ。これからよろしくお願いします瑞樹さん♪」

「…っ……ええ、よろしくね楓ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイドル…………かぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






誤字報告ありがとうございます。
ようやく書きたかったところまで辿り着いたなぁ。というのが私の正直な感想です。
今回、一話の瑞樹と楓の対比を意識して書きました。
高垣楓をこんな目に遭わせたくないなという気持ちはありつつ、彼女しかいないと決めて書き上げました。
彼女の魅力的なキャラクターのおかげで、するすると気付いたら書き終わってたなんてことになりました。
今回、ケイはわかっていながら楓から逃げました。
嫌なやつです。

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