キバって運命をブッ壊す!   作:ふくつのこころ

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まだ変身してすらいない……


騒がしい朝

 正音をカシラと呼んだのは、正音よりも年下に見える少年だった。

 彼は登家の現在、庭師の仕事を務めているのだが、本人たっての希望で登家の庭に小屋を建てて暮らしている。

 正音は大量の空き部屋もあるので好きな部屋を使え、と前々から言っているのだが、本人はそれを聞こうとしない。

 あくまで、自分は正音より目下であると言ってはばからず、彼自身を兄貴分として慕っている。

 

「また五月蠅い奴が来たな。庭に住んでいるのか、それとも、たかりに来てるのか……」

 

「やだなあ、カシラの飯が美味いからに決まってるじゃないですか。朝飯、自分で作るよりカシラの飯食った方が元気出るっつーか」

 

「俺と一緒に住んでる奴はどうしてこう自分で飯の支度をしないんだろうな。俺が料理ができれば、モテるからって料理するような奴じゃなかったら、どうしていたんだ?……まあいい、それだけ、この俺の料理の腕が立つってわけだ。お前、本当に美味そうに食うからな、アギトは」

 

「えへへへっ」

 

 正音がアギトと呼んだ少年は正音が料理しているところが見えるようにテーブルに着くと、ニコニコと笑顔を浮かべて主の料理風景を見ている。

 見るものに敵意を失わせるような、人懐こい笑顔を浮かべているアギトは正音に「大喰らいで口を大きく開けるから」というだけで正音にアギトと呼ばれている。

 本名が分からず、嫌なあだ名でしかない呼称にも本人もそれで了承しており、そして、素直に人を褒めるアギトの長所もあり、ナルシスト気味な正音の性格もあって上手くやっていけてる。

 

 嫌味のない褒め方ができるアギト、褒められると嬉しい正音は上手く歯車が噛み合ってやっていけているところがある。

 

「ふあ~、まだまだ眠いにゃん」

 

「あ、黒歌の姉御!おはようございます!」

 

「お、アギト。おはようにゃん、今日も朝食食べに来たの?」

 

 大きく欠伸をしながら、黒歌は髪の毛先を弄りつつ、リビングへと戻ってきた。

 アギトはすぐに席から立ち、黒歌に深々とお辞儀をした。

 正音がカシラと呼ばれているなら、と自分から姉御と呼ぶように黒歌に言われたアギトは率先して黒歌を姉着と呼んでいる。

 正音は冗談が通じないという意味では、アギトのようなタイプを苦手としている。

 馬鹿正直で真っすぐなのは正音の後輩にもいるが、あちらはまだ可愛げがある通じなさなのに対し、アギトは素直に褒めてくるから苦手だ。

 

「そうなんですよ。ていうか、毎日じゃないですか、俺が来てるのは!……あ、カシラ。もしかして、俺が毎日来て参ってません?毎日だけに!」

 

「それもそうにゃん!……今の触れないからね」

 

「えー、そんなあ」

 

 アギトが黒歌の言葉に突っ込みを入れ、黒歌が冷静に突っ込みを返す。

 料理中になぜか正音の身体が冷えてきてしまったのは、間違いなく、アギトの駄洒落によるものだろう。

 ぶるぶる、と肩を震わせ、スクランブルエッグの載ったフライパンの火加減を調節しながら、使った料理器具を洗いはじめる。

 

「朝から何言ってんだよ、アギト……。お前のスクランブルエッグの量、減らしておくからな」

 

「えー、酷いですよ、カシラァ。俺も姉御もカシラの朝食、楽しみにしてるんですからね?」

 

 アギトは唇を尖らせたが、正音は白い目で見ている。

 これにはアギトも参ってしまう、正音の人柄と言えば、こういうときに構ってもらえないと面倒になるタイプだから。

 

「減らしはするが、食わせないとは言っていないだろう。キバットの奴にも食わせなきゃいけないんだ、大量に作るさ」

 

 スクランブルエッグと炒り卵の違いは何だろう。

 卵をフライパンの上でぐちゃぐちゃにするだけなのに差別化はどこで生まれてしまったというのか。

 些細なことは気にしないマイペースな居候の猫とのんびり屋なアギトとする話ではない。

 待たれるのは蝙蝠型のナマモノ、キバットことキバットバット。

 

「おう、お前ら、おはよう。いい匂いがするから、俺の気分も朝からテンションが上がりっぱなしだぜ!今日はなんだ、正音?」

 

 陽気な声を上げ、器用に羽ばたいてやってきた蝙蝠型のナマモノ、キバット。

 正音は蝙蝠というには凛々しすぎるフォルムと陽気な声から蝙蝠かどうかと怪しんでいる。

 しかし、友人として接していて楽しいこと、なんでもないことでしばらく会話が続くことから重宝している相手であることには間違いない。

 

「今日はスクランブルエッグだ、キバット。見ろよ、この焼き加減。俺じゃなきゃ焦がしていたに違いない。やはり、俺レベルともなれば、スクランブルエッグですら美しく焼けてしまうのか……」

 

「へえ、美味そうじゃねえか。上手くなったよなあ、焼き加減。最初は卵を割ることすらもままならなかったってのに。食えたものじゃなかったな、アレは材料を無駄にしているというか」

 

 フライパンの中身を自信満々に見せる正音、そんな正音の様子にうんうんと頷くキバット。

 付き合いの長い二人(一人と一匹?)は正音が料理を始めた時のことをよく覚えている。

 キバットは正音の失敗した料理のことを思い出しながら、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 

「おはようにゃん」

 

「おはようございます、キバットさん。……へえ、あのカシラが?今からでは想像できないな」

 

 黒歌とアギトのあいさつにそれぞれ、おう、と軽快に挨拶を返すキバット。

 最初こそ、キバットのことを訝しむことはあれど、今となっては登家の屋敷にキバットはいなくてはならない存在となっている。

 マイペースに生きている住人と家主、一見するとマイペースに見えるキバットはある意味では彼らのストッパーのような役割だった。

 

「おうよ。正音の親父がな?メシが作れる男はカッコいいぞ、と言ったのをきっかけに上手く作れるようになったんだよな?お前。スイッチの入れ方がもう女たらしのそれだったからなあ。今でも料理しているのを見ると思い出すぜ」

 

「今は上手く作れているんだから、文句はないだろ。なんせ、この登正音にできないことなんてないんだからな。見ておけ、キバット。優雅な朝という奴を俺が見せてやるよ」

 

「へいへい。お前が作ってるのを見てた時はどうかと思っていたが……、まあ、美味い飯が食えるなら、俺様としても満足できるんだけどよ」

 

 食パンの焼き目をトースターの窓にあたる部分から覗き込み、キバットは正音の料理の腕の成長を喜ぶ。

 さほど手のこもったものは作れないが、それでも、男子高校生としては十分な腕であろうことは正音の周囲の少年を見ていても思う。

 任せておけ、と大袈裟に腕を広げながら満面の笑みを見せる正音を見て呆れる黒歌、ニコニコ笑顔のアギト、フライパンの方へとふわふわと飛んできたキバットはスクランブルエッグが少し焦げているのに気がついた。

 

「おい、焦げてんぞ。焦げているのは正音のな、俺様は一番美味いところを頼むぜ」

 

 しれっとキバットは焦げた部分を避けるようにどこからともなく持ってきた、小皿に菜箸を正音から奪い、口にくわえて器用に盛り付けていく。

 

「あ、おい!入れるのは俺の仕事だ!蝙蝠もどき!」

 

「うるせー!焦げているところを食わされる俺様たちの身になりやがれ。ほれ、お前のだ」

 

 ほかの二人の分を盛りつけた後、正音のスクランブルエッグは焦げたのがほとんどだった。

 

「じゃあ、いただきますにゃん♪」

 

「カシラァ、先に戴きます!」

 

 黒歌とアギトはフォークを手に朝食を摂りはじめる。

 キバットがちょうどいい塩梅を見計らって盛り付けたので、スクランブルエッグはふわふわに出来上がった。

 

「おう、食え食え。正音もさっさと食えよ。日直だろ?確か、一緒にやってるのはグレモリーって子だったか?」

 

「リアスのことか?あいつなら上手くやってくれるさ、日誌書くのだって俺より上手い。適材適所って奴よ」

 

 リアス・グレモリーとは、学園のマドンナであった。

 三年生で同じクラスの正音、学園のマドンナにいいところを見せるどころか、そんな様子を微塵も見せない。

 別に嫌いというわけではないのだが、それなりに本人のことは知っているつもりだし、なんとなく任せても大丈夫だと思ったのだ。

 

 トーストを載せた皿をそれぞれに配りながら、大きなサラダの載ったボウルを置いて、正音は自分の席に着く。

 

「いただきます。今日もいいものができたな。すなわち、俺の腕に刮目しろ」

 

「キバットが迅速に対応しなかったら、黒焦げ卵を食べる羽目になってたにゃん。落とし前をつけられるの?もぐもぐ……」

 

「なら、自分で作るといい。黒歌の飯は美味かったんだけどなあ……、なあ、アギト」

 

「はい!姉御の飯は美味かったです!」

 

「乙女にはね、気分があるのよ」

 

 隣の席の黒歌が正音のスクランブルエッグを奪い、文句をつける。

 口端についている卵を呆れた顔で正音はふき取る。

 こういうのは何か色気があってしかるべきだろう、とキバットは考えるが、文字通りの飼いネコと飼い主では片づけられない二人の関係はキバットは今更口出しをするつもりはなかった。

 

「乙女は家主から飯を奪うのか?お前は居候じゃないか」

 

 スクランブルエッグをちぎったトーストの上にのせ、口に運ぶ。

 今日も出来は絶好調、良い朝だと力が漲ってくる。

 

「あ、言ったね!?朝から正拳突きしてやるにゃん!」

 

 憤る(スーパー)居候。

 ゴゴゴゴ……!と目視できるまでに濃厚なオーラが出ると、正音はアギトの近くの席に逃げた。 

 

「アギト、命令だ。俺を守れ」

 

「はい!カシラの命令なら!」

 

「あーっ!ずるいにゃん!変身したら強い癖に!」

 

 きりっとした顔で平然と言ってのける正音、黒歌は立ち上がって指を差す。

 

「とりあえず、正音は時間に気を付けような」

 

 朝食を食べながら口をモゴモゴさせている、キバットの冷静な一言に正音は我に返った。

 スマートフォンで時間を確認し、SNSで『正音先輩!お迎えに来ました!』という後輩からのメッセージに朝食を掻きこみはじめる。

 

「優雅な朝ってなんだろうね?アギト」

 

「わかりません。でも、カシラらしいじゃないんですか?」

 

 そんな居候(黒歌)とアギトの会話を尻目にキバットはため息をついた。

 

(まだまだ“王”には遠いなあ……)

 

「アギト!留守番と皿洗いを頼んだぞ。黒歌はつまみ食いすんなよ。キバット、夕飯も期待して待ってな!」

 

「おう、行ってこい」

 

 流しに食器を置いた後、ミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出し、コップに注いで一気に飲み干した後、()()()()()()()()()()()()左手に黒い指貫き手袋をはめて制鞄を持って正音は飛び出してしまった。

 

 登正音には優雅な朝は似合わない。

 それは、登家の住人の共通認識であった。

 そうして、騒がしい登家の一日がはじまるのだ。 

 

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