正音は遅刻することなく学校に到着することができた。
正音の通っている駒王学園はもともとが女子高であったので現在でも女子の比率が高く、共学となった今でも女子の方が優位に感じることもある。
無事に午前の授業を乗り越え、正音はぐったりしていた。
「
「おいおい。教師からの頼まれごとは全部、俺がやってるじゃないか。それでも文句があるのか?」
ばんっ!と正音の机を叩き、視線だけを上に向けると制服越しにも分かる大きな胸がある。
赤い髪が揺れ、解せないといった様子で正音を睨み付けているのは正音のクラスメイトでもあるリアス・グレモリー。
良家の令嬢であるということからか、気品もあって育ちがいい様子が見られる。
もちろん、そうした性質以外でも育ちの
「日直というものは、分割してやるものでしょう?なのに、貴方と来たら、理由をつけて中学の時からずっとこれ。何か理由でもあるのかしら?」
「俺はどちらが優位とか興味がなくてね。リアスならできるだろうと思ったまでさ」
リアスに睨みつけられてもなお、正音は不敵な態度を崩さない。
クラスメイトから向けられる、学園のマドンナへの雑な扱いに対する痛々しい視線、しかし、我が道を往く正音には大した問題ではなかった。
本人には大した問題ではなくとも、なにより、名前で呼び捨てをしていることが気に食わないというのが彼らの言い分であろう。
「あら?でも、女の子に全部押し付けるのは感心しませんわね。リアス?登くんに帳簿を押し付けてもいいんですのよ?」
「なんてタイミングだ。よりによって、お前が来るとはな……」
ひょっこりと顔を出したのは、微笑みを湛えたリアスの親友の姫島朱乃。
黒髪のポニーテール、大和撫子然とした雰囲気から学園の二大マドンナの一人に数えられている。
ちなみにもう一人はリアスである。
「朱乃。でも、登くんに押し付けたら、間違いなくやらないわ。中等部からこうだもの」
「うふふ、大丈夫よ。やらせる方法がありますから」
助け舟がやってきた!と朱乃の登場に喜ぶリアスの目は輝いている。
朱乃がうふふと笑うと、一瞬、その微笑みがサディスティックなものをにじませるのを感じ、正音はぞくりとした。
容姿端麗な二人を正音はその軟派な性格からデートに誘ったことがあるが、柔らかく断られてしまったことがある。
それが話の話題に上がった中等部の頃であったが、その断られ方が正音の中では今も深く刻み込まれている。
『貴方って軽そうだから好みじゃありませんの。それにデート中にも他の女の子に目が移ってそう。ごめんなさいね』
微笑みを浮かべた、朱乃の言葉。
ばさりと切り捨てられたようにも感じ、最初の言葉よりも最後の言葉が正音を傷つけた。
全くを以て図星であったからである。
「全く、そんな風にキツいと嫁の貰い手がいないぞ?パツパツなのは胸だけにしておけ」
正音が肩をすくめ、やれやれと息を吐いた。
リアスが顔を赤くし、胸元を隠すと直後に鉄拳が正音の頭に振り下ろされた。
このクラス、ひいては学園の異端児ともいえる正音は変態三人組と称される二年生の三人とは違った意味で関わってはいけないとされており、ひそひそと陰口を叩かれるほうが多い。
「登の奴、またグレモリーさんにあんなことを……」
「いくら中等部からの付き合いでも言っていいことと悪いことがあるわ!さっさと退学になってしまえばいいのに」
「そういえば、兵藤の奴がグレモリーさんや姫島さんと一緒にいるのを見たな」
本人がすぐそばにいるのに平気で陰口を言えるのは、どれほど自分が憎まれているのかを確認できる機会である。
声がする方に頭を押さえながら耳を傾けると、息を吐いた。
「なんですの?文句でも言いたいんですか?登くん。流石に今のは中等部からの付き合いでもありえませんわね」
ボキボキと関節を鳴らす朱乃、笑みを浮かべてはいるものの、目が笑っていない。
「いや、そうじゃない。お前ら二人、イッセーの奴には駄々甘だよな」
腫れあがったたんこぶを無理やり引っ込ませながら、兵藤と聞いて共通の後輩の名前を出す。
リアスはオカルト研究部の部長をしており、そこに所属する生徒がルックスのいい生徒が多く集まっていることから憧れの的であった。
その中に新しく入った後輩、確かに元がいいので格好いい方ではあるのだろうが、その性欲の強さから学園では倦厭されがちだ。
「「!!」」
イッセー、という名前を聞いたときのリアスと朱乃の反応は分かりやすかった。
わずかに顔を赤らめているからである。
「……登くん。その話はこれ以上は無しよ。貴方はあの子も慕ってる男の先輩だって聞いたわ、兄貴分なんだそうね?正直羨ましいくらい」
「そうか。だが、俺にここで止める義理はないな。日直の仕事をリアスがこなし、あと何か食うものでもくれればな……」
リアスの声のトーンが下がる。
声に力がこもっている、表情から窺えるのは完全に今のリアスが恋する乙女のそれであることが付き合いが長く腐れ縁になっている正音でなくとも、誰が見てもそれは明らかであろう。
「そういうと思って用意してきましたわ、どうせ、お昼ご飯を持ってきてないんでしょう。サンドウィッチです」
どさり、と前に置かれたのはランチボックスに入ったサンドウィッチ。
朱乃はどこかやるせないようだが、その視線は真剣そのものである。
「ほう。分かればいいんだ」
正音が手を伸ばそうとするが、ランチボックスは朱乃に奪われてしまった。
「ただし。リアスや私にイッセー君のお話をしてください。登くんの前でのイッセー君の話を」
「朱乃!貴方……!」
リアスが朱乃の方を見ると、彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「まあ、それくらいはかまわないさ。美女の手料理を昼飯にできるなら安いもんだ、あいつの話は」
正音の言葉に朱乃は改めてランチボックスを置く。
「では、リアスと私は部室に行ってきます。洗って返してくださいね?お弁当箱」
「なんだか、とても解せないような気がするけれど、まあいいわ。登くん、頼んだわよ!」
腑に落ちないといった様子で首を傾げるリアス、そのまま、二人の同級生が教室から出ていった後、また突き刺すような視線を送られるのだが、正音はランチボックスの蓋を開け、色とりどりのサンドウィッチに目を輝かせる。
「おお、美味そうだ。……俺も詳しく話を聞かなくちゃな」
===
放課後、今日は部活動がないというイッセーと俺は一緒に帰ることにした。
といっても、呼び出したのは他でもない俺自身である。
ほかのイッセーの親友二人でなく、俺の方を優先してくれたのは先輩冥利に尽きるのだが、美女二人に好意を寄せられているとあっては、聞き捨てならないもの。
最近では、金髪の美少女のアーシア・アルジェントを家にホームステイさせているという話を聞いたが、こいつは本気で夢をかなえてしまうつもりらしい。
駒王学園に入学した理由は、ハーレムを築き、ハーレム王に俺はなる!ということらしい。
なんと欲望に一直線なことだろうか。
しかし、そんなこいつだが、いいところはもちろんある。
誰かのために戦うことができ、そしてなによりもひたむきであることがこいつのいいところだ。
思考が性欲に直結していることを目を瞑れば、大切なヒトには真っすぐな思いを向けられる姿勢は太鼓判が押せるレベルだ。
「しっかし、先輩から呼び出されるなんて珍しいっすね」
「まあな。今日はお前に聞きたいことがある」
俺たちが訪れたのはカウンター式の座席のあるラーメン屋、昔ながらで腹を空かせたときは良くイッセーが通っているという店だ。
男に飯をおごる趣味はないが、今回の内容が内容なのでイッセーに口を割らせるには、飯を食わせる必要があると考えた俺はこいつに飯を奢ってやることにした。
美女の作った弁当を奇跡的に昼食にすることができた俺、気分がいいので珍しく金を出してやろうというとイッセーの奴は失礼な反応を見せやがった。
『えっ!?あんなに飯を奢ってくれと言っても奢らなかった先輩が!?』
まあ、実際、こいつの親友たちにも飯を奢ってやったことは一度もない。
何度も言うようにポリシーに反するからである。
そのポリシーを捻じ曲げてでも、俺が今日ここでこいつにしようとしている質問がどれだけ重要なものかを思い知ることになるだろう。
メニューとにらめっこしているイッセーだが、その視線がざっとメニューを見て一番高いであろうオールトッピング載せラーメンであることはすぐに分かった。
「俺に聞きたいこと?あ、もしかして、オカルト研究部のことっスか?」
お冷を口に含み、グラスをイッセーはテーブルに置いた。
マドンナや美少女、イケメンといるところが気に入らないと因縁をつけられるからなのか、すぐに答えに辿り着くことができたらしい。
真っすぐではあるが、馬鹿ではないところがこいつのいいところの一つ。
「その通りだ。単刀直入に言おう。……お前、姫島とリアスに惚れられてるのか?俺は普通のラーメンでいい」
「そういう先輩こそ、なんで部長を名前で呼び捨てにしてるんスか?朱乃さんだけ苗字だし。あ、すみません!特性トッピング全部載せ二つで!」
イッセーが店員を捕まえて注文してくれたのはいいが、全部載せを食うのは別にいいとして、俺は普通のラーメンを頼むようにと言ったはずなんだが?
「言わなかったか?中等部からの付き合いなんだよ。苗字がいい辛いんだ、あいつ」
「むしろ、そっちのほうを詳しく。それって、朱乃さんの方が言いにくくありません?」
ここで、俺はある一つの疑問を抱く。
「おい。なんで、お前が姫島を呼び捨てにしてるんだ」
あの姫島のことをどうやら苦手に感じているらしく、未だに俺は呼び捨てで名前を呼ぶことができない。
「そのように呼んでくれって言われたんです。あと、間違いッスよ。俺、あの二人に可愛がってもらってますけど、俺のことが好きなんて、そんな」
イッセーの顔に暗い表情が窺える。
初めての彼女ができた、と言って喜んでいた時はまず疑ってかかったが、それが事実と分かるとこの店で祝ってやったのを覚えている。
それから、しばらく経って、まわりの奴がその存在を忘れていると言って泣きついてきた。
その事件は紆余曲折で解決したらしいが、それ以降、リアスたちと一緒にいるのをよく見かけるようになった。
「向けられる好意は大切にしておけよ。特にあんな美人だ、奪われんのは嫌だろ?俺ならもっとグイグイ行ってしまうね」
「そのときは、取り返しに行きますよ。絶対」
時折、こいつも男らしい顔を見せるようになった。
そういう様子をもっと見せれば、女子も見直すかもしれないんだがな。
ラーメンが二つ届き、苦い顔をしていると、「登先輩」とイッセーに呼ばれた。
「ここ、俺が出しますんで心配しないでください」
「なんだよ、俺が出すって言ったじゃないか。滅多にないからな、俺が奢るのは。二度とないかもしれない」
「じゃあ、また次に」
ないと言っているのに聞いていなかったのか。
リアスたちと一緒にいるようになってから、こいつは俺が知らないうちに欲深くなった。
いや、元からか。
「これからも、俺の兄貴分でいてもらえませんか?」
「ラーメンで俺を釣ろうってのか?知っていると思うが、俺はお前より金がある。釣られないぞ」
知ってますよ、とイッセーは苦笑いをする。
「こういう話ができる相手、他に居なくて。だから、先輩といると安心できるんです」
「その気はねえからな、俺」
「もちろん、俺もですよ。男よりオッパイがいいですからね!」
強く力説するイッセー、だが、店員が持ってきたラーメンがそろそろ伸びそうだ。
頑固おやじの店主の見る目が怖い、そろそろ食うとしよう。
「兄貴分のつもりはこれっぽちもないが、話くらいは聞いてやる。それがいい男ってもんだ」
「ナルシストですね、相変わらず」
五月蝿い、お前もさっさと俺のように余裕のある男になれ。
===
「どうした、ご機嫌だな?正音」
イッセーと別れた後、キバットとの“散歩”中にキバットが俺に聞いてくる。
「そんな風に見えるか?俺はいつだってご機嫌さ。世界中の美女が俺を待っているからな」
「相変わらずだよな、お前は」
そんなやり取りをしていると、女に粉をかけている“獣”と出くわした。
「いいから、俺と来い!」
どことなく野性味を感じる姿、青い体躯に鋭い爪。
正体はよくわからないが、とにかく、ここが男を上げるチャンスだ。
あわよくば、仲良くなれるかもしれない。
「どうする?正音」
キバットが俺に尋ねてくる。
答えはもちろん、
「決まってるだろ。キバって相手をブッ飛ばす!」
「オーケー!すっかり俺様の台詞も板についてきやがって!行くぜ!正音!ガブッ!」
俺の腰に赤いベルトが現れ、キバットが俺に噛みつくと顔にステンドグラスのような模様が浮かび上がる。
「変身!」
俺の身体中にキバットが噛みついたことで流れるようになったエネルギーが満ちるのを感じると、キバットを“とまり木”にとまらせることで変身する蝙蝠の意匠を持つ姿。
それがキバだ。