双星の雫   作:千両花火

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Act.93 「這いよる魔女の手」

「隊長の姉上ですか!?」

 

 クラリッサをはじめとしたシュバルツェ・ハーゼの隊員たちはラウラが姉と紹介したアイズにびっくりしながらもすぐに頭を下げる。アイズはいきなりのことに目をパチクリとさせて混乱していた。

 そんなアイズに、クラリッサは隊を代表してアイズに尊敬の眼差しを向けながら挨拶をする。

 

「失礼いたしました。隊長からお話は伺っております。シュバルツェ・ハーゼ所属のクラリッサ・ハルフォールです。姉上様」

「えっと、……アイズ・ファミリアです……姉上様?」

「隊長の姉上なら、我ら全員にとって敬うべきお方です。お会いできて光栄であります」

「そんな固くならなくていいよ、クラリッサさん。確かにラウラちゃんの仲間なら、ボクにとっても大事な人だけど」

「そのように仰っていただき、身に余る思いです」

「クラリッサ、姉様が困っている。あまり堅苦しい真似はするな」

 

 現在、追手の第一波をしのいだラウラたちは手近な岩陰にジープを止め、簡単なブリーフィングを行っている。

 ラウラの乱入によって追撃していた無人機十機のうち半数を撃破。残る半数は撤退したが、その側面をアイズと京が強襲。二人だけで残存戦力を殲滅。おそらくまだ追撃はあるだろうが、逃走ルートも決まっていないために簡単に作戦会議が必要だとして一時的に足を停めて顔合わせをしていた。

 ラウラの姉というアイズに隊員たちは尊敬の眼差しを向け、あっという間にアイズはシュバルツェ・ハーゼの隊員たちに囲まれることになった。

 

「救助にきていただき、シュバルツェ・ハーゼ一同、感謝いたします!」

 

「「「「ありがとうございます!」」」」

 

 クラリッサに続くように全員が頭を下げて唱和する。このあたりの統率はさすが軍隊といったところだろうか。セプテントリオンはその特殊性から個性を重視しているためか、ここまでの軍隊気質でもなかった。

 

「これからよろしくお願いいたします! 姉上様!」

 

「「「「姉上様!」」」」

 

「あー、姉様の次は姉上様なんだ」

「まておまえたち! 姉様は私だけの姉様だ! それは私だけの特権だ!」

「え、そこ?」

 

 妙なところで怒り出すラウラに、アイズはよくわかっていないようにキョロキョロと騒がしい様子に目を向けている。アイズからしたら仲の良さそうな部隊で、ラウラも慕われているように見えたから微笑ましいと思っていたのだが、どうやらラウラは隊員たちの「姉上様」が気に入らないらしい。

 

「では義姉上様と。呼び方は同じですが、義理の姉とします。これならば隊長をリスペクトしつつ、義姉上様にも敬意を示せます」

「義姉……だと……!?」

「はい。日本に伝わる由緒ある姉のステータスです!」

「そ、そうなのか? う、うむ。姉様は素晴らしいからな」

 

 ちょろかわいいラウラに生暖かい視線を向けつつ、アイズも半ば現実逃避していたりする。妹が一気に十二人になっちゃったよー、とどこか他人事のように思ってしまう。アイズ自身は背も低く童顔のためにどちらかと言われなくても妹系なのだが、どうやらラウラを含め、シュバルツェ・ハーゼ全員が妹入りするらしい流れに傍観のような境地に至ってしまう。

 

「人気者ですねー」

「キョウくん、他人事じゃないと思うよ?」

 

 京も京でやはり隊員たちから注目されている。新型コアの出現以降、男性操縦者も増えてはいるが、それでも未だ第一線は女性が主流だ。やはりまだ男性操縦者は珍しいだろうし、京はセプテントリオン最年少の弟分だ。顔も可愛く、年上の女性から可愛がられるタイプだ。現にそこらで「かわいー」などといった声も聞かれる。

 

「お互い童顔って便利ですよね」

「キョウくんは楽しんでるでしょ?」

「綺麗なお姉さんに囲まれて嬉しくない男はいませんよ。そういうアイズさんは楽しくないんですか?」

「わくわくしてる。妹いっぱい!」

「ですよね。…………でもそろそろ時間ないですよ?」

「だね。……はい、注目ー、ちゅうもーく!」

 

 アイズが早速おねえちゃんぶるように手をたたいて皆を取りまとめようとする。そして年頃の少女たちとはいえ、さすが軍人である。ピタッと私語を止め、背筋を伸ばしてアイズの前に整列する。

 

「キョウくん、お願い」

「はい」

 

 アイズに指示され、京が空間モニターを展開させる。そこに映っていたのはここ一帯の地形データだ。なにも用意せずに脱走したためにシュバルツェ・ハーゼ隊は自分たちが逃げている場所すら完全には把握できていなかっただろう。この先の逃走ルートを決めるためにも、このデータは必須であった。

 

「ここからだと、逃走ルートは……」

「普通ならば、ここですね」

 

 ラウラが言うとおり、通常ならばこのまま森に姿を隠すようにして逃走するのが定石だ。しかし、それは今回は使えない。ハイパーセンサーの索敵を抜けるにはただ隠れるだけでは無理だ。ジャミングフィールド圏内なので相手のセンサー精度も多少は落ちているだろうが、無人機の特性は数だ。数に物を言わせて追撃されれば隠れ通すことは難しいだろう。

 ならば散開して逃げる、というのも考えられるが、それもジャミング圏内であることを考えれば不採用だ。合流できないリスクが高すぎる。

 

「使えるフォクシィギア三機は持ってきたけど……」

「やはり、戦力不足は否めませんね」

 

 急なことだったので、使用できる機体を三機しか持ってこれなかった。フォクシィギアを三機迎撃に追加しても、いきなり新型機に乗っても慣熟する時間もない。戦闘可能なのは三機のみと考えたほうがいいだろう。クラリッサ機も消耗しており、戦力としては数えられない。

 

「だから、このルートで逃げるよ」

 

 アイズが示したのは、渓谷に近く、森林部の外周沿いをなぞるようなルート。木々が他と比べ少ないために発見の可能性は高いが、逃走に必須なジープを走らせるには一番適した地形だ。つまり、見るかることを前提に短時間で安全圏まで逃走するルートである。

 なるほど、と思うと同時にクラリッサが質問する。

 

「安全圏とは?」

「今、別働隊が防衛ラインを構築してる。そこまでいけば、追撃はシャットアウトできる。ボク達三機は部隊でスピード重視で選んだからね。ボクたちはクラリッサさんたちの発見と誘導役」

「とはいえ、相手の戦力次第だ。どれほどの戦力が投入されるかわからない以上、迎撃は無理だ」

「それにセプテントリオンもいろいろ部隊を分けてますから投入できる機体は限られてます。急造した防衛ラインでどこまで防げるかという疑問もあります」

「それにあまり大事にするとまずいからね。だからなるべく戦闘は避けるか、迅速に撃破」

「なるほど……」

 

 クラリッサはすぐに部隊の中からメンバーを選別する。援護射撃の技量が高い三人を選出し、貸し出されたフォクシィギアを渡す。残りのメンバーはジープを使って撤退だ。クラリッサと他の三人はジープの直衛。そしてアイズたち三人は追手の迎撃が役目だ。

 正直かなり厳しい撤退戦だが、当初予想していた最悪よりはマシだった。一番まずかったのはシュバルツェ・ハーゼの逃走のための足が破壊されていた場合だ。そうなったら、アイズたちは援護が来るまで追手を迎撃し続けなければならなかった。

 

「指揮はラウラちゃん、お願いね」

「わ、私ですか?」

「シュバルツェ・ハーゼのことならよくわかるでしょ? 戦力判断と状況判断をしつつ全体のフォローに回れるのはラウラちゃんだけだから。ボクは前線に出るしね」

「……わ、わかりました」

「迎撃はボクとキョウくんがメイン。ラウラちゃんは防御をお願いね」

「はい!」

「それじゃ……作戦名【脱兎】! 状況開始!」

 

 月明かりに照らされた森を兎達が駆ける。

 こうしてシュバルツェ・ハーゼ―――黒ウサギ隊、最後の作戦が始まった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「うふふ」

 

 己の執務室でどこか呑気な、それでいて得体の知れない笑みを浮かべているのは現役の秘密結社の親玉であるマリアベルだ。なにか【極秘】と書かれている書類を適当に広げながら、目の前に設置したパソコンのモニターを眺めながらくすくすと楽しそうに笑い頬を緩ませている。

 

「冷たいくせに情に厚いわねぇ、イリーナ」

 

 広い机の上に置いてあったチェス盤から駒を手に取ると、まるでなにかを暗示するかのように優雅な手付きで再び駒を配置する。

 それは、白の駒を黒の駒が包囲しているような布陣だった。

 

「これで一つ目のチェックはクリア。次のチェックはどうかしら?」

 

 まるで一人でゲームをするように次々に駒の配置を変えていく。白と黒が互いに優勢と劣勢を繰り返しながら消耗していく。一見すれば一進一退の攻防のように見えるが、やがてそれは目に見えて白が劣勢へと追い込まれていく。

 

「ふふ、私のチェックはあと五回はいけるわよ。何度しのげるかしらね」

「満足したら書類を片付けてください、プレジデント」

 

 楽しそうにしていたマリアベルだが、空気を読まない横槍の声に頬をふくらませて抗議する。せっかくいいところだったのに! そんなことを言いたげな顔だった。ぶーたれる上司を見ながらもスコールの表情はまったく揺るがない。

 

「なによスコール、かっこよく黒幕っぽいことしてるのに邪魔しないでちょうだい」

「正真正銘の黒幕がなにをやっているのですか。それにどこからチェス盤をもってきたのです?」

「どうかしら? なんかこういうチェスの駒を手にして意味深なことを言いながらドヤ顔ってそれっぽくない?」

「だからそもそも、あなたは世界最悪の悪党でしょうに」

 

 悪そうな笑顔をしながら黒のキングをスタイリッシュな指使いで掲げてみせるマリアベルにスコールは痛そうに頭をおさえた。

 いったいどうしてこの上司はこんなにもバカっぽいのだろうか。正真正銘、間違いなく世界最大の秘密結社を束ねている悪党なのに、まるで無邪気にはしゃぐ子供にしか見えない。これが素なのだから手に負えない。そんなスコールの内心の愚痴など知らないと言わんばかりにマリアベルはスタイリッシュなポーズを決めて遊んでいる。

 

「ふふ。チェックメイト……相手は死ぬ!」

「かっこいいつもりかもしれませんが、せめてかっこつけるならその横のカップラーメンをしまってください」

「あら、あなたも食べる? 日本のカップラーメンって美味しいわねぇ。世界征服をした暁には日本にはインスタント食品を要求しましょう。銃を突きつけながら『ラーメンを要求する!』ってやってみたいわねぇ」

「ストレスが深刻なので有給を取りたいのですが」

「有給取るくらいならもっと仕事で遊びなさい。遊び心を捨てたら悪党にはなれないわよ、スコール?」

「遊び心だけで悪党を束ねるあなたに言われたくはありませんが……失礼なことをいいますが、どうしてそれで世界最悪の悪党が務まるのですか?」

「悪党を楽しんでやればいいのよ。あなたはまだまだね。しっかり勉強しておきなさい。…………さて、それじゃ行こうかしら?」

 

 立ち上がり、笑顔のまま戦意を滾らせるマリアベルに、しかしスコールは何も言わずに黙して礼をする。なぜなら、それははじめから決められていたから。だから今回はスコールも止めようとはしなかった。

 むしろスコールは同情していたくらいだ。ただの餌にされたシュバルツェ・ハーゼに、カレイドマテリアル社に、そして、セシリア・オルコットに。

 これから彼女たちに降りかかる天災を思い、静かに冥福を祈った。

 

「留守を頼むわね」

「ご武運を」

 

 彼女は手に持つのは、まるでその存在自体が虚ろのような色彩がネガとなっている花を模したネックレス。彼女が作り上げた技術の全てをつぎ込んだ、もはや束の思想とはかけはなれたISだった。作られてはいけなかった魔女のドレスが完成してしまった。

 

「さぁ行きましょう。悪党は悪党らしく、ね。ただの気まぐれで、積み上げたものを崩してあげましょう。ふふ、くすくす……っ」

 

 亡国機業首領マリアベル――――這いよりすべてを呑み込む、無邪気な悪意の具現。変わりゆく世界で、変わらない笑みを携えて戦場へと赴くその姿は、まさに魔女。

 

「ふふ、うふふ……!」

 

 無垢な悪意という災害は、とうとう自らを戦場へと誘った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 作戦を開始しておよそ15分。たったそれだけで、ラウラたちは窮地の一歩手前という状況に追い込まれていた。

 

「当たらなくていい、とにかく撃て! 私へのフレンドリーファイアは気にするな、勝手に避ける!」

 

 最優先護衛対象であるジープが猛スピードで走っていくが、それでもISに比べれば遅すぎる。すぐさま追いつかれてしまったが、それも予定通り。はじめから接敵せずに逃げきれるとは思っていない。

 

「【天衣無縫】ッ!!」

 

 固まって接近してきた三機の無人機を斥力の塊をぶつけて弾き飛ばす。ジープの直衛に回したクラリッサたちから援護射撃、というよりはとにかく敵を近づかせないための弾幕が放たれる。ラウラはその弾幕の中を縦横無尽に飛翔し、接近してくる機体を優先的に撃破していく。

 ラウラの優先順位は、まずビームやレーザーといった熱量、光学兵器を使う機体。こればかりは防ぐ手段が乏しいために最優先で撃破している。次いで実弾兵器を使う機体。実弾ならばオーバー・ザ・クラウドの斥力結界で防げる。吶喊してくる機体を同様だ。あとはとにかく近づく機体を倒す。無理に破壊する必要はなかった。追撃できない程度にダメージを与えればそれでいい。ゆえに主に機動ユニットを狙って破壊する。

 

「鉄屑が! 貴様らなどに遅れをとるものか!」

 

 それ以外も単一仕様能力をフル使用しての斥力による壁で寄せ付けない。ラウラの片眼はなおも金色に輝きながら、襲いかかる敵機を見据えている。かつて落ちこぼれの烙印だったこの瞳は、ラウラの力としてその能力を発揮していた。

 

「隊長……」

 

 そんなラウラの勇壮といえる戦いぶりに、クラリッサは、いや、シュバルツェ・ハーゼすべてが魅入られていた。あんなにも、雄々しく戦うのか。あの人が、かつて隊長だったのか。

 昔とは違う、冷たい闘気ではなく、見るからに熱の込められた激しい戦意を滾らせて戦うラウラの姿に、クラリッサたちも勇気づけられていた。本当に変わった。でも、それが嫌ではなかった。あんなにも部隊のために猛々しく戦ってくれる人が隊長で誇らしいとすら思った。だから、自分たちもあの人の助けになりたい。

 言葉ではない、その思いが込められた姿を見せることでラウラは部隊を鼓舞していた。

 

「隊長にだけ任せてはおけません! 隊長を援護します!」

 

 不慣れなフォクシィギアでありながら、やはり訓練を受けた隊員たちはすぐさま機体に適合して徐々にその操縦制度を上げていく。その分命中率も上がり、ラウラへの援護にも貢献できる。もともと同じ部隊だったのだ、呼吸を合わせることはすぐにできた。

 なにより、昔と違ってラウラ自身も部隊との連携を積極的にとっていた。かつては孤高であるかのようにただ目の前を走って引っ張っていくだけだったラウラは、ここへきてようやく部隊すべてを統括し、機能させる隊長としての姿を完成させていた。

 ラウラの高機動を活かして囮となり、クラリッサたちの射線へと敵機を集める。そのクラリッサたちを狙う機体がいれば即座に索敵して優先的に撃破する。ラウラの弱点である火力不足はクラリッサたちの援護射撃で補い、最速のISというオーバー・ザ・クラウドの能力を発揮して戦況全体のコントロールを行う。

 セプテントリオンで、セシリアが行っている部隊と戦況のコントロール。それらの理論を学び、そしてセシリアの指揮を見て覚えたラウラの部隊指揮官として覚醒した姿といえた。

 

「これで、ひと段落か……」

 

 あらかた襲ってきた機体を退けたラウラが一度後方のクラリッサたちと合流する。被弾や不調がないことを確認しつつ、再びヴォーダン・オージェによる索敵を継続する。

 

「今のところはなんとかなっているな。姉様たちがある程度数を削ってくれているからだが」

「確かに……ですが、あの二人で大丈夫でしょうか。リスクが高いと思うのですが」

「お前の危惧は最もだが、姉様とキョウは別格だ。特にこんな障害物の多いフィールドなら、私でも負ける」

「そ、それほどですか……!」

「私の姉様だ。すごいのは当然だ」

 

 クラリッサは自慢気に言うラウラを見て、本当に変わったんだな、と実感する。しかし、それが嫌とは思えなかった。むしろ微笑ましい、見ていて暖かい気持ちにさせる変化だった。

 

「しかし、それでもこれだけの追撃をかけてくるとは想定以上だ。姉様たちでもきついだろう。負担を減らすためにも……」

「はい、わかっています」

「よし。とにかく止まらずに進め。後方の索敵は私が受け持つ。お前は前方の警戒も忘れるな」

「Jawohl」

 

 再び後方警戒へと戻ったラウラであったが、先程クラリッサと話したときのような凛々しい顔付きではなく、不安げな表情を浮かべて時折爆発音や銃撃音が響く森の奥底へと視線を向けた。

 なんでもないことのように告げたが、この状況はこちらが圧倒的に不利なことには変わりないのだ。

 

 姉なら大丈夫、そんな根拠のない考えを信じきるほど、ラウラは楽観できなかった。戦場ではなにが起きても不思議ではない。それをよくわかっているから。

 

 

「姉様――どうかご無事で」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それはまるで逃げる兎を獅子の大群が襲っているかのようだった。

 

 たった七機のIS、しかも半分以上は新型機に不慣れであり、まともに戦闘可能なのは三機というアイズ達に対し、襲ってきた無人機の数は既に三十機を超えている。次から次へと増援が現れ、倒しても倒しても敵が減らない。数の暴力そのものといっていい無人機の群れを相手に、迎撃の主力であるアイズとキョウはその圧力に圧されながらもかろうじて戦線を維持していた。

 

「キョウくん、左側面に二機! 正面はボクが!」

「はい!」

 

 どれほど奮戦しても数の力を抑えきれない。何機かは通してしまっているが、それも想定内だ。だからこそ、斥力結界を持つラウラを後方の直衛に回したのだ。オーバー・ザ・クラウドの単一仕様能力【天衣無縫】があればある程度は束になってもまとめて押し返せる。もちろん、それでも限界はあるので最低限にまで数を減らすことがアイズと京の役目だ。

 

「キョウくん、下がって! トラップを仕掛けるよ!」

 

 アイズがBT兵器レッドティアーズを起動させ、大きく左右に広げるように放つ。夜間迷彩が施されたBT兵器はその速さもあり、レーダーがあっても把握することは至難だ。槍のように飛来したBT兵器が追撃していた無人機を貫く。そのBT兵器を警戒したのか、追手の無人機が密集ではなく、わずかに広がるように陣形を変化させる。

 しかし、それでもそこはアイズの射程であった。

 

 

 キンッ……、となにかが擦れるような音が響く。そして一瞬で解体された数機の機体がバラバラになって落ちていく。

 

 

 それだけにとどまらず、後続の機体もそのトラップ地帯に入ったが最期、不可視のソレによって問答無用で切り刻まれていく。

 

「うまくいった……こんな使い方は一回きりだけど」

 

 超微細徹甲鋼線【パンドラ】を利用したワイヤートラップ。絶対的な切断力を持つワイヤーブレードを木々に張り巡らせるように展開し、そこに立ち入ったものを切り刻む恐怖のトラップだ。えげつない攻撃であるが、アイズは一切躊躇わなかった。戦いにおいていっさい揺らがない。それがアイズの持つメンタルの強さでもある。

 とはいえ、貴重なパンドラはこれで尽きた。広範囲をカバーして作り上げたために搭載量をすべて使い切ったのだ。もうアイズに残されているのは多彩なブレード装備のみだ。

 アイズは自機をレーダーから隠すステルスシェードを展開してローブのようにそれで機体を覆う。森というフィールドを隠れ蓑として使い、追撃をかける無人機に対して逆にこちらから強襲をかける。こうした障害物が多いフィールドではレッドティアーズtype-Ⅲはラウラのオーバー・ザ・クラウドに並ぶ速さを発揮できる。

 突如として至近距離に現れたアイズにようやく無人機が反応を示すが、遅すぎる。

 

 斬ッ! とひと呼吸する間もなく真っ二つに両断する。念のため、脚部展開刃ティテュスで頭部を斬り飛ばす。達成感に浸る間もなく、すぐさま離脱して再び周囲に潜む。

 

 アイズは完全な不意打ち、奇襲で数を減らそうとしていた。ステルスからの強襲によるヒットアンドアウェイ。相手になにもさせず、一方的に攻撃する戦術。徹底して相手を撃破することしか考えない。

 アイズの金色に輝くその両眼はせわしなく動き、常に周囲の状況を解析し、最適最速な行動解を与えていく。数で劣ることなど関係ないと言わんばかりに次々に無人機に襲いかかる。これではどちらが襲撃者がわかったものではない。

 

 その少し離れた場所では同じく京が森というフィールドを最大限に活用しながら敵機を屠っている。アイズのような奇襲ではなく、あえて自機を晒すことで寄ってくる敵を順次切り捨てていく。機体各部に備えられたストレージから次々にブレードを抜き、使い捨てるように斬り、投擲し、そしてまたブレードを握る。バラバラに斬った無人機の四肢のパーツすら武器として利用し、止まることのない暴風のように刃を走らせる。京が移動してきた軌跡には大小様々な切り落とされた鉄くずが転がっている。

 

 セプテントリオンでもブレードを使った近接戦闘ならば確実にベスト3に入る二人だ。射撃を回避しやすい森という戦闘フィールドも二人に味方している。それでも多数を相手取るには厳しいが、ラウラたちの撤退の時間を稼ぐくらいならいけるだろう。

 二人はそれしか考えない。自分が何機を落としたか、といった戦果すら思考の外だ。とにかくラウラたちのもとへは行かせない。完全なシャットアウトは不可能でも、出来る限り数は減らす。その分だけ、シュバルツェ・ハーゼの生存率は上がる。

 四機のフォクシィギアとラウラのオーバー・ザ・クラウドがいるとはいえ、他はなんの防御もない生身の状態だ。リスクはできるだけアイズたちが請負いたかった。

 

「―――ッ」

 

 しかし、なんだ、これは。

 アイズの直感が、言いようのない危機感を伝えてくる。今のところはまだ順調だというのに、なにかよくないことが起きるような、そんな悪寒が拭えない。

 それがなにかわからない。気のせいであってほしいが、こういうときのアイズの直感は未来予知のように実現する。明確にこの不安を言葉にできないもどかしさにアイズの苛立ちが募っていくが、とにかく今は戦うしかない。妹のため、シュバルツェ・ハーゼのため、たとえなにがあっても引けないのだ。

 

 

―――でも、やっぱり、これは、おかしい。

 

 

 はじめはシールがいるのかと思った。シールがいれば、彼女のあの冷たく、突き刺すような殺気に身体が緊張するのはわかることだ。でも、そうじゃない。本当にシールはいるかもしれないが、ナノマシンの共鳴はない。少なくとも、共鳴するほど近くにシールはいない。

 無人機の圧力も確かに大きいが、それでもこんな悪寒を感じるほどじゃない。脅威は感じても不気味な気味悪さまでは感じない。

 

 

 

 ―――だが、それならこの首筋を這うような気味の悪い寒気は、いったいなんなんだ?

 

 

 

「キョウくん、警戒を強めて」

『どうしました?』

「わかんない。でも、よくない、よくないものがある、気がする」

『……了解。アイズさんの直感はハズレませんからね』

 

 杞憂であってほしい。ただ神経質になっているだけだと。

 

 しかし、そんなアイズの希望を砕くかのように…………それは、起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Valkyrie Trace System stand by――Complete. Start up』

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 突如として響いた電子音声がアイズの耳に届き、そしてその意味を悟ったとき、アイズは血の気が引いた。

 

「ま、さかっ……!?」

 

 無人機がわずかに震え、目に相当するカメラアイの光が点滅したかと思えば激しく赤く光り出す。そんな変化に危機感をもったアイズがハイペリオンを渾身の力で振るう。

 

 しかし。

 

「ぐ、……あっ……!」

 

 弾かれたのはアイズのほうだった。ハイペリオンの一撃はいなされ、カウンターで放たれたブレードによる斬撃を受けて吹き飛ばされる。辛うじて防御はしたが、今の一撃は機体にも少なくないダメージを受けた。

 機械にはない柔軟な対応力と最適な行動選択。そして人間を超えた反応速度。間違いない、これは―――!

 

「VT、システム……ッ!!?」

 

 

 

 かつて、アイズたちを苦しめた悪魔のシステム。

 

 人が積み上げてきたものを愚弄するかのように、それを意思のない人形が操る。ただの機械に成り下がった見るに耐えないようなその悪魔の具現が、最悪の組み合わせとなってアイズたちに襲いかかった。

 

 

 




マリアベルさんがいろいろやってきました。ここではヴォーダン・オージェと同じくVTシステムも魔改造されています。量産機が強い、というのは大好きなのでこっから敵サイドの脅威度が跳ね上がっていきます。

このチャプターのメインイベントとなるセシリアとマリアベルの邂逅もカウントダウンです。これまで無敵を誇ったセシリアにもとうとう試練が訪れます。そしてここから徐々にセシリアの内面へと迫っていく予定です。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!
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