双星の雫   作:千両花火

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Act.142 「予定調和」

「突っ込むぞ! いつも通りだ、前・後衛のツーマンセル。いくぞ箒!」

「いつも通りだな、ならば好きに暴れろ。フォローはこちらで勝手にやる」

「すまないな、巻き込まれないように適度に距離を取れよ」

「だからそれは近接型のセリフではないぞ」

 

 呆れたように言う箒は両手にブレードを展開。防御機構を開放し、堅牢な防御フィールドを構築する。一夏の白極光ならば零落白夜ですべてを消滅させてしまうが、箒はそうはいかない。とはいえ、束が箒のために作り上げた過保護なまでの防御能力は伊達ではない。

 一夏と共に最前線に突撃することが可能な存在は箒の他には楯無と簪しかいない。楯無はまとめ役と最終防衛ラインとして後方に残ってもらわなくてはならず、簪の真価を発揮するには前衛は不向きだ。だからこそ箒が一夏の相方を務めることになったわけだが、それでも通常のツーマンセルとはかけ離れた陣形だった。零落白夜を周囲に撒き散らす白極光に近づきすぎれば箒も被弾する恐れがあるため、一夏が切り開いた道を追随して討ち漏らしを処理することがほとんどだが、堅実に動く箒は一夏の補佐役として的確な働きを行っている。

 

「あっちは勝手に暴れさせればいい。私たちは前衛から中距離の敵機を狙うよ。私が盾になれる距離を維持してついてきて」

「了解」

「では戦果を期待する。いくよ、蘭」

「はい」

 

 簪の駆るIS天照が各種兵装を展開。対多数戦を想定した、普段のIS戦ならば過剰火力となる装備――カレイドマテリアル社からの技術協力を経て改良を施したレーザーガトリングカノン【フレア改】、装弾数を増やし、長期戦に適応させたレールガン【フォーマルハウト改】、そしてソフトウェアの改良によりより早く、多くのマルチロックオンを可能としたミサイルユニット【山嵐改】を起動させる。

 蘭もまた自身に合わせて調整されたフォクシィギアtype-Rの全兵装を起動。こちらも長期戦・乱戦を想定した防御・支援重視のカスタムがなされており、簪の手が回らない敵機の対処が役目となる。

 敵機のど真ん中に突っ込んでいく一夏・箒を遠巻きに援護するように敵機の密集しているエリアに向けて範囲攻撃を仕掛ける。

 セシリアのように前衛の戦闘エリアを縫うように狙撃する精密射撃は無理だが、代わりに範囲攻撃によって一夏へと群がる機体数を減らしている。

 この決戦のときのためにひたすら練度を高めてきた連携だ。特化型を中心とした小隊ゆえに試行錯誤の連続だったが、このフォーメーションこそがIS学園の保有する最高戦力の形だった。裏でカレイドマテリアル社と手を組んだ瞬間、亡国機業との衝突は確定となった。だから一夏たちはIS学園としてこの戦いに介入するためにありとあらゆる対策と準備を重ねてきた。何度も話し合い、悩みながらもこの戦いに参加した全員がIS学園の、そしてこの先、IS操縦者としての未来を懸けて戦いに臨んでいる。

 実際にこの戦いに負ければIS学園は存続することも至難になる。たとえそうなったとしても、中身はまったくの別物になるだろう。本当の意味でこの戦いはIS学園にとってもすべてをベットしている。勝てば臨む未来が手に入り、負ければそこで終わりだ。表向き、IS委員会に反旗を翻したのだから当然だ。

 亡国機業という結社、そしてマリアベル――――レジーナ・オルコットという魔女を知っているからこその判断だが、傍目には愚かな行為に映ることだろう。

 勝てば官軍、負ければ賊軍。IS学園の立場はまさにこの言葉通りであった。カレイドマテリアル社と一蓮托生である以上、グレーゾーンを渡ってもこの戦いはカレイドマテリアル社に勝ってもらわなければならないのだ。

 

 もちろん、すべてのIS学園に属する人間がここまでの事情を把握しているわけではない。しかし、IS委員会のいいなりになっていてはいずれ使い捨ての兵隊扱いにされるのではないか、という不安は現実味を帯びて全員が感じていることだった。言いがかりにも等しい理由でカレイドマテリアル社を制圧するための部隊に加われ、と実際に通告されたのだから当然だ。

 周囲で不気味に蠢く、あの無機質な戦闘機械でしかない無人機と同じように見られる―――そんなことは、IS操縦者として受け入れられることではない。

 

「やるぞ白兎馬! 火器と機動制御、任せる!」

『了解。全兵装、開放』

 

 束が作り上げた高性能AIを搭載した支援機【白兎馬】が機械音声で応える。無機質な声でありながら、どこか感情を感じさせる抑揚を含んでいた。ISのコアまでとは言わないが、束がプログラムした成長型の高AIだ。一夏と共に成長した今の白兎馬は初陣のときとはくらべものにならないほどに進化、発展していた。

 AI特有の高速演算と過去のあらゆる戦闘データを学んで得た情報を経験として蓄積。機械故の習熟の早さで一夏の経験不足をフォローしている。才能あふれるとはいえ、一夏はISに触れてまだ一年。経験だけはどれだけ努力しても先達に勝ることはできない。セシリアやアイズの強さは、あの若さですでに五年近いISの搭乗経験という蓄積があればこそである。鈴は短期間でトップクラスに食い込んだ規格外だが、それも鍛えた肉体という資本があったためだ。

 IS学園に入学するまではただの学生だった一夏は一から鍛えることとなったのだ。未だセシリア達には至らないとはいえ、それを加味すればわずか一年でここまで上り詰めた一夏は十分に天賦の才能を持っているだろう。

 無論、戦場では結果がすべてだ。一夏に足りないものがあるのなら、それを補う支援を与えればいい。そう考えた束が作り上げたのが白兎馬だ。一夏の長所を活かし、短所を補う。それこそが白兎馬の役目であり真骨頂。

 

『シールドビット展開』

 

 増設された白兎馬の装甲がパージされ、それが独立稼働ユニットとして展開する。それはセシリアのブルーティアーズの持つシールドビットと同系の機構を備えたビットの盾だ。オーロラ・カーテン等の強力なエネルギーフィールドは零落白夜に相殺されるために、AI操作によるシールドビットによる防御機構を搭載。エネルギーに対し無敵の矛であり盾ともある零落白夜を活かすために他の武装はすべて物理・実弾装備。積んだジェネレーターはすべて機動力と白極光へと回している。このリソースがあればこそ、一夏は零落白夜を大盤振る舞いで使用できる。そして一夏の編み出した様々なバリエーションの派生技を登録することで、適切に出力調整を行い、一夏単独よりもスムーズに運用を可能としている。

 

 それはつまり、どういうことかと言えば。

 

「前方に敵機多数! 薙ぎ払う!」

『アタックプログラム【飛燕】―――エンチャント・スプレッド発動』

「オラ、吹き飛びやがれッ!!」

 

 裏雪片を両手で握りしめ、大きく振りかぶる。白兎馬に搭載された零落白夜ドライブから供給された膨大なエネルギーが刀身に集まり、巨大な大型ブレードが形成される。たったそれだけの動作でも派手で目を引くが、これはまだ“装弾”でしかない。

 続けて振るった一振りに、刀身が弾ける。

 斬撃そのものを飛ばすという、一夏が最初に会得した派生技。そしてこれはそれをさらに実戦的に改良を重ねた対多数戦用に仕上げたものだ。刀身を形成していた零落白夜がバラけて散弾のように無数の斬撃が広範囲に降り注ぐ。当たるだけで致命傷となる零落白夜そのものの破壊力を上げても意味は薄い。だからより命中率を上げる形を模索する中で、必然ともいえる回答のひとつが“数の力”だった。 

 

「うわぁさすが一夏さん!」

「相変わらずのバ火力。私の天照と合わせなくても十分過ぎる」

「いや日輪とのコンボは凶悪すぎるんですって。戦略級にも届きますよアレ」

 

 威力と範囲を爆発的に高める神機日輪を使うだけでそれは容易く戦場を蹂躙できてしまう。すでに先の攻撃でそれを証明していた。そのために一夏への攻撃が集中している。危険度が高い一夏を最優先目標に変更したのだろう。

 そしてそれはわかりきっていたことだ。一夏もそのつもりで派手に動いているし、だからこそ箒は一夏の背後を守り、簪と蘭は距離を置いての後方から一夏に群がる無人機を射抜いている。もともと簪は遠距離寄りの万能型だ。近接もできないわけではないが、やはり本領は神機日輪を使用しての高火力と鉄壁を活かした砲撃戦だ。ピンポイントでの高火力支援を得意としており、セプテントリオンで言うならシャルロットに近いポジションだ。

 そしてその随伴機として連れている蘭の役目は、簪の取りこぼした機体を仕留める狙撃支援。他の技術は最低限に留め、簪は蘭の教育には後方からの援護射撃技術を重視して教え込んだ。本来ならセシリアの役目を期待するところだが、さすがに新人に求めるレベルではないことはネジが数本外れてしまった簪でもわかっていた。だからこそ、簪は自身の補佐役として蘭を鍛え上げた。トラウマ級のスパルタ訓練を施した甲斐もあり、蘭は見事にその期待に応えてくれた。

 だから簪は背を気にすることなく、目の前の駆除を行える。

 

「予定通り。私と一夏で、戦力差をひっくり返す」

 

 背部に装備した神機日輪を起動させる。同時に束が組み上げたオーパーツとも言うべき最高峰の単体強化システムを簪自身でアレンジした独自プログラムを起動。神機日輪の基本能力を最適な形で出力する、更識簪の情報を基に作り上げたプログラム。この一年、天照を酷使するかのように搭乗して積み上げた機動データから、簪専用ともいえるシステムを構築した。日輪の権能の選択基準、限界負荷の把握と発動時間の短縮。一見すれば地味ともいえるが、しかし確実に強くなるために必要なことを改善し続けてきた。

 地道な基礎能力の底上げ。この一年、IS学園で行ってきた全てだった。操縦者の体力、身体能力、そしてISの精密制御と反応速度の向上。カレイドマテリアル社のように、篠ノ之束という天才がいない以上、劇的なパワーアップは望めない。できることはこうした地道な基礎だけだ。ドレッドノートのような隠し玉はないが、それでも成長の余地を十分に残していた一夏や簪たちは、その才能の開花をこの決戦に間に合わせたのだ。

 

「起動―――発射」

 

 高密度のエネルギーでコーティングされた弾丸が戦場を貫く。高性能とはいえ、レールガンの一射であっさりと複数の無人機を貫通させ、挙句爆散させる威力を実現できるのは天照だけだ。シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.のように複数の強力無比な特殊兵装を所持するのではなく、通常兵器を準戦略級まで跳ね上げるのが天照の固有能力だ。

 だから簪は天照の装備は威力は二の次、広範囲と長射程の武装を選択している。そして殲滅力に注力し、神機日輪の高速発動を実現させた。強力無比といえる神機日輪の弱点が発動までのタイムラグだ。【剣】と【鏡】はまだしも、【玉】はチャージタイムが必須だ。これはその能力と表裏一体ともいえる特性のため、ノータイムで発動することは不可能だ。だが、それでも最適化を施せばチャージ時間の短縮は可能だった。それぞれの武装の付与効率を分析し、状況に応じて最速発動ができるように徹底的に効率化を図った。

 付与する対象が多くなればその分チャージ時間もいるため、最短で発動可能となるのは単射となるレールガン。そのチャージ時間は、―――ジャスト五秒。

 

 つまり、五秒あれば、この防御不可能な破壊力と弾速を持つレールガンを放てるのだ。

 

 これを成し遂げたとき、やりきった顔をしていた簪とは裏腹に楯無たちはあまりの凶悪さに引きつった笑みを浮かべるしかなかったほどであった。ちなみに特殊となる一夏の零落白夜への付与は最低でも九十秒の時間を必要とするため、実質初撃しか使えない荒業となる。

 

「発射――――――発射―――――――発射―――………」

 

 五秒ごとに戦場を貫く魔弾を発射する簪。加速度的に撃墜スコアを上げていくが、その顔は誇るでもなく、ただ事務的に敵機を駆除するように淡々としたものだった。

 当然、あまりにも危険な簪に敵のヘイトも集中するが、その前衛に位置した一夏が零落白夜の範囲斬撃という反則技を連発しているのでまともに近づくことさえできず、長距離からのビーム砲撃も簪の前には無力だ。

 一夏、簪が前衛、後衛から殲滅戦を仕掛け、二人の大技の隙は箒と蘭が埋める。本当なら全員のサポートと防御を担当する楯無も加わるのだが、この一年をかけて対無人機戦を想定して練り上げたフォーメーション。圧倒的な火力で戦場を薙ぎ払い、特化戦力を最大限に活かす、この決戦でしかあり得ない戦法。より正確に言うのなら、こんなばかばかしいまでのISによる大規模戦闘でもなければ使われることもなかった戦法だ。

 

「でも、それがどうした」

 

 簪は思う。確かに以前とは思想そのものから変わらざるを得なくなったISの在り方に思うことがないわけではない。スポーツから戦争に近づき、それに悩む生徒も多くいることも知っている。

 だが、それがどうした。

 それでも世界は変わり続けている。カレイドマテリアル社は篠ノ之束が思い描いた、ISの原初の形に戻そうと世界そのものを変えている。

 以前のISが正しいのか、これから変わりゆくISが正しいのか、それは簪にはわからない。正しいのかどうなのか、もはやそんな二元論で済むことではないのかもしれない。

 だからどうでもいい。どんな世界になったとしても、簪が選ぶ世界は決まっているのだから。

 

「アイズのいない世界なんて、意味はない」

 

 姉のように、IS学園を存続させようという思いもある。だが、それでも簪の中ではアイズがいる世界が最優先だった。自分勝手だと思う。我欲と言われても文句は言えない。

 だが、それでも簪は戦う。アイズが望んだ世界を見てみたい、そして、アイズの邪魔する存在を許せない。

 

「あなたも、邪魔!」

「えっ!?」

 

 突如として振り返り、その砲口を向けてくる簪に蘭がぎょっと驚き硬直する。ついに狂気に至ってしまったのか、と戦慄しながらかすめるように放たれた弾丸によって蘭の思考が再び止まる。かすったためにシールドエネルギーが削れたが、それよりも続けて真後ろで爆発が起きたことに悲鳴を上げた。

 慌てて振り向けばいつの間に接近されたのか、無人機がバラバラになって墜落していく光景が見えた。

 

「戦場で硬直しない! 蘭、索敵!」

「りょ、了解ッ!! ………え、でも反応が……」

「ステルス機、レーダーは目安! 赤外線探知、パッシブレーダーをアクティブに。使える電波は山ほどある、問題ない」

「わ、私にそんな電子戦は……!」

「教えたのにできないの?」

「や、やります! やりますよッ、くそぅ!」

 

 頭がパンクしそうになりながら必死に索敵をしながら周囲を警戒する。動揺しながらもしっかりミスなく索敵を行えることは蘭の優秀さの証であるが、簪は攻撃と並行して蘭の半分以下の時間で索敵を済ませている。

 広域を薙ぎ払う大味な攻撃から、神機日輪を防御に回し、狙い撃つ精密射撃の構えを取る。光学迷彩で完全に姿を消しているようだが、もともと簪はシステム面に長けた操縦者だ。敵勢力にステルス機が確認できた時点ですでに対策を練っていた簪は焦ることなく合計十五の位相波を駆使して姿を消して接近してきた無人機を看破し、狙い撃つ。ただ姿を消すだけの能力など、簪にとってはもはや脅威ではない。それはセプテントリオンにも言えることだ。蘭はまだ経験が浅いので苦戦しているようだが、セシリアたちにとっては脅威にはならないだろう。特にアイズや鈴は接近した気配だけで察知する規格外だ。簪はそこまでには届かなくとも、十全に準備してきたあらゆるシステムを用いて対処する。

 

「同じ手は通じない」

 

 アイズのように初見で対応するほど簪は強くはない。だが、情報があれば、あらかじめ対策を練れるのであれば、どんな敵だろうと簪は対処できる。徹底した解析と対策。今の簪は理不尽といえるほどの力の差がない限り、格上すら食うだろう。

 

「………?」

 

 ほんのわずかに感じたレーダーの乱れ。その誤差ともいえる微反応に対し、躊躇なく近接武装の薙刀・夢現を展開して全力で振り抜いた。虚空を薙いだはずの刃がなにかを切り裂く感触に簪は驚くでもなく、すっと目を細めてすかさず荷電粒子砲・春雷を至近距離から発射した。

 残念ながら直撃はしなかったが、回避しきれなかったのか装甲の一部を削り取り、弾け飛んだ。それによって光学迷彩が解除されたのか、虚空から一機のISが浮かび上がるようにその姿を現した。

 既にところどころが破損しており、半壊とまではいかなくとも、明らかに機能障害を起こしているほどのダメージを負っている。無人機とは違う高性能なステルス能力を有しているはずの機体をギリギリで捕捉できたこともステルス系統にわずかに異常をきたしていたためだろう。

 顔を隠していた仮面はすでに破壊されており、露出した素顔を忌々しそうに歪めて簪を睨んでいた。

 異常ともいえる黒い眼球に金色に輝く瞳。その特徴的すぎる眼が彼女の正体をはっきり示していた。

 

「おまえか。天使モドキの腰巾着。クロエ、とか言ったっけ、どうでもいいけど」

「………」

「ラウラが相手になってたはずだけど? 逃げてきたの?」

「よく喋る口ですね。そのうっとうしい口を永久に閉ざしてあげますよ」

「ラウラに痛めつけられた手負いのくせに、私に勝てる、と? 舐められるのは癪だよ」

 

 そのステルス能力は確かに脅威だが、手負いで、しかも一度捕捉してしまえばいくらでも対処できる。無人機の統合制御という能力も過去のデータから把握している簪は一撃での撃墜もあり得るビームを警戒して周囲を神機日輪で防御。対ビームにおける鉄壁の城塞と化す。

 すでにボロボロといえるクロエに過剰威力となる能力使用は必要ない。レールガンの一発でも当てればそれだけで落とせるだろう。

 狙いをつけ、そしてためらいなくトリガーを引く。

 完璧な直撃コースだったが、射線に割り込んだ無人機によって防御されてしまう。それすら想定済みだからこそ、簪は最も貫通力のあるレールガンを選別した。だがさらに二機の無人機が盾となり、クロエまで届けせられない。第二射を狙うも、周囲からのビーム砲撃にさらされ舌打ちしつつ攻撃を止め防御に回る。蘭を守りつつ、的確にビームを捌く。

 

「蘭、攻撃!」

「はいッ!」

 

 攻守を入れ替え、蘭が攻勢に出るも経験の差からなかなか決定打が決められない。逆にクロエは時間ごとに周囲の無人機のコントロールを掌握し、包囲網を構築を始めていた。

 

「こ、これが無人機の統合制御……!? それだけでこんな手ごわくなるなんて……!!」

 

 組織戦を構築し、その統合機となるクロエは未だ姿を消してはいない。先の簪の攻撃で光学迷彩を機能させることが難しくなったのだろう。ここで姿を消され、無人機を操られれば押し切られていたかもしれない。まだ勝ち筋は消えていない。

 

「蘭は牽制を」

「わ、わかりました」

 

 劣勢にも関わらずに表情を変えることなく淡々と処理していくも、敵の数が増えるほうが早い。それでも簪は焦りも見せない。確かに現状では打開策はないが、好機が来ることを確信していた。確証などあるはずもない、だが、簪は【同志】として彼女が来ることを信じていた。

 なぜなら、アイズを守れずに先に散るなど、彼女自身が許すはずもない。

 

「そうでしょう? 妹を名乗るのだから、それくらいは当然」

「――――――なんだ、嫉妬していたのか、簪」

 

 突如としてかけられた声。一瞬で間合いに入られたのに驚くことなく目線だけを向ける。

 

「別に。妹とか、悔しくないし。嫉妬じゃないし」

「まぁ、姉様と呼べるのは私だけだ。そこは絶対に譲らんがな」

「その渾身のドヤ顔やめて」

「ちょっとぉ!? この状況でなに言い争ってんですか!? というか味方!? 助けてください!」

 

 蘭はやや迷いながらも助けを求める。会うのは初めてでも記録映像から突如として現れたその人物は知っていた。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。かつてIS学園に在籍していた元ドイツ代表候補生。現在はカレイドマテリアル社独自の保有戦力である試験部隊セプテントリオンに所属するIS操縦者だ。

 その実力は蘭では足元にも及ばないものだろうし、こうして実際に目の前にすればその発せられる覇気に気圧されてしまいそうだった。

 だが、そんなラウラはクロエよりも酷い有様だった。

 未だに稼働しているのが不思議なほどの損傷。左腕はもう動いてもいない。本来なら助けを求めるどころか、逆に助けなければ、と思うような惨状だった。だが、それでもラウラ本人は何事もないようにただその金と赤のオッドアイに猛々しい戦意を宿している。

 その目線の先にるのはクロエだ。絶対に逃がさない、と言うような隠そうともしない敵意を宿して睨んでいる。

 

「なんだ………生きていたんですか」

「ふん、おまえが生き残って私が死ぬわけがないだろう。舐めた真似を、……もう逃がさん」

 

 確かにあの自爆は肝を冷やした。通常の爆発とは明らかに異なる質の破壊に、全周囲に天衣無縫を発動させての防御も思った以上の減退ができずにかなりのダメージを受けてしまった。それでも斥力によって爆弾と化した無人機を弾き飛ばして距離を稼いだことで致命傷を避けることができたのだ。

 

「逃げる? 戯言を。今度こそ引導を渡してあげますよ」

「ふん、ご自慢の人形はもういないだろう。こっちは三機。結果は見えている」

 

 特別製だと言っていた機体は先の戦闘ですべて失っている。今クロエが操っているのはそれに比べたら質の落ちる機体だけだ。

 

「死に損ないなど、これで十分でしょう。数の暴力を侮らないことです」

 

 そうこうしているうちにどんどんラウラたちの周囲に無人機が集まってくる。完全に包囲され、蘭は焦った様子でオロオロしはじめるも、ラウラも簪もまったく動揺せずに平然としている。いったいこの人たちの胆力はなんなんだ、と味方に畏怖する始末だ。

 

「簪と、……そっちは新入りか? まぁ簪と組んでいる以上、それなりの腕前だろう。あいつは私が仕留めるから、おまえたちは周りの人形を駆除してくれ」

「わかった」

「えっ!」

 

 勝手に凄腕だと認識されたことに吃驚する蘭だが、状況は待ってくれない。なにか言う前にどんどん事態は進展していく。ラウラは瞬きする間もなく姿を消し、影すら追いつけない速さでクロエに強襲をかけていた。そんなラウラの動きを妨害しようとする無人機を狙い、簪が援護射撃を始めていた。

 

「蘭、ぼさっとしない」

「や、やればいいんでしょう!? くっそー、女は度胸ーッ!!」

 

 多勢に無勢な状況の中、蘭は自身を奮い立たせて戦う。なんだかんだいいつつもしっかり仕事をするあたり、低めの自己評価よりも蘭の実力は高い。でなければ簪が自身のバディになどしない。それになんだかんだ言ってもこの戦いに志願したのは蘭自身だ。責任感の強い性格や簪の教育もあってすぐに余計な思考をカットし、ひたすら効率よく敵機を撃墜するためのフラットな思考にシフトする。

 簪は蘭のフォローをしつつ、防御重視でラウラに群がろうとする機体の狙撃を行う。同時に注意がラウラに引かれている中、神機日輪の【玉】の使用タイミングを計る。

  

 ラウラは自身のダメージなど知ったことかと言わんばかりにさらに速度を上げて包囲網の隙間を縫うようにクロエへと突撃する。機体バランスが崩れているのか、機体そのものが左へと流れているが、天衣無縫を駆使して強制的にバランスを維持している。

 驚くべきことにその動きは衰えなどまったく感じさせない。機体や自身にかかる負荷など無視して気合と根性で飛ぶラウラに、クロエも持てるすべての力を駆使して迎え撃つ。

 

「しつこい人ですね……!」

「お互い様だろう。貴様はここで落とす!」

「………無駄なことを」

 

 どう足掻いても、もう結末は決まっている。そしてそれはもう秒読みの段階になっているなど、思いもしないだろう。

 内心で嘲笑いながら、クロエはラウラに冷たい視線を向ける。結末は変わらないが、ここでラウラを倒すか、最低でも足止めをしておかなければ予定外の被害を被るかもしれない。その程度で影響はないだろうが、少しでも不確定要素は潰しておきたい。なにより、ラウラを逃せばシールの戦いに横槍を入れかねない。

 そう考えているのはお互い様だろうが、こればかりは許容できない。同族嫌悪ともいうべき敵対心が煮え滾る。

 

 

―――――予定では、あと二分。少なくとも、それまでは付き合ってもらいます。

 

 

 

 そう決意を固め、迎撃するクロエだったが、ここでクロエにも、いや、おそらくシールやスコール達にとっても予定外の通信が入る。相手は衛星軌道上の基地にいるであろう、自分たちの首魁であるマリアベル。彼女はやたら楽し気な声で、一方的にそれを伝えてきた。

 

 

 

 

『亡国機業に連絡~。ついやっちゃったんで予定を早めます。頭上注意。以上』

 

 

 

 

「え?」

 

 たったそれだけを言って通信を切られたことにクロエは一瞬思考が止まりかけるも、それを意味するところを悟り慌てて視線を上に向けた。ラウラに隙を晒すことになるが、あの通信通りならば――――。

 

 

 雲の、そのさらに上に咲く爆炎の花。その衝撃がわずかに遅れて空気を振るわせる。加速度的に燃えていく衛星軌道まで伸びる塔にこの戦場の全員の視線を浚う。

 天空から崩れ落ちていく軌道エレベーターの外壁がまるで流星雨のように地表に、すなわち戦場全域へと降り注いでくる光景を目の当たりにしてクロエは慌てて退避を開始する。セプテントリオン勢力はあまりのことに動揺している。

 はじめから狙っていた展開だが、作戦時間の突発的な前倒しなど、相変わらず味方も混乱させるようなことを平気でやるマリアベルに内心で文句を言いながらクロエは次の作戦フェイズへと移行する。

 どうやらオータムは落とされたようだが、他は健在。まだ戦力は十分に残っている。あとは王手をかけるだけ。如何にセプテントリオンといえども、これに対応しきれないだろう。

 そう、すべてマリアベルが立案した作戦通りの展開。軌道エレベーターなど、いつでも破壊できたのにあえて正面からの激突なんて仕掛けたのか、そして本当の狙いは別にあったことなど、気付いてはいまい。

 

「これでチェックです。あっけないですが、……これで終わりです」

 

 

 

 

 




お久しぶりです。

しばらく更新できずに申し訳ないです。一時期入院したりしてモチベが下がりまくっていました。まだ療養中なんで、また少しづつペースを戻していきたいです。

とりあえず次話からまた新展開です。

それではまた次回に!

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