双星の雫   作:千両花火

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Act.147 「乱入者」

 カレイドマテリアル社と亡国機業の決戦が行われてるその戦場に大規模艦隊が接近していた。

 アメリカを中心とした多国籍軍ともいえる陣容だが、すべてIS委員会が用意した、表向きはカレイドマテリアル社を鎮圧するために作られた部隊である。しかしその実態は新型コアや量子通信といった技術の奪取を目論む、各国の過激派を煽って結成されたマリアベルの使い捨ての鉄砲玉であった。

 彼らは彼らの意思と野望をもってこの戦場へやってきているのだろう。それがマリアベルの掌の上であると理解している人間は半分もいないだろう。魔女の思惑に気づいている者も、その魔女が用意したカレイドマテリアル社の技術という美味過ぎる餌に取り込まれていた。

 イリーナからしてみればただしく彼らは愚者であり、それは盗賊といっても差し支えないようなただの邪魔者でしかない。これまで幾度もイリーナの持つ権力や技術を狙う盗人がいたが、それらすべてを駆逐してきたイリーナにとって、これもまた同じことでしかない。

 

 ただ、今回の盗人はその規模がこれまでとは比較にもならないほどのものだ。まさしく大艦隊というべき規模、しかも有人機と無人機のISの混合部隊。そういえば聞こえはいいが、ようは寄せ集めの数だけが多い有象無象だ。

 とはいえ、現状でセプテントリオンから回せる戦力など存在しない。セシリアかシャルロットでもいれば話は違うが、亡国機業の主力を相手にしている以上、戦力の分散などできるはずもない。

 

 だからこそ、イリーナは別の駒を用意した。

 

 駒といっても、イリーナがもともと持つ手駒ではない。自らの思惑に乗せた今回限りの手札でしかない。

 

 

 

 

『警告します』

 

 オープンチャンネルで周囲一帯に通信が飛ぶ。

 若い女性の声。声の張りから軍人とわかる凛々しいものだった。その声の主は艦隊の進行方向の先。そのルート上に位置する上空に滞空していた。

 顔を覆うフルフェイスの頭部装甲と、大きなローブを纏っているかのようなアンロックアーマーがその機体を覆っていた。銀色を基調とし、赤く光るラインが装甲に刻まれており、そのデザインはカレイドマテリアル社製の意匠が見て取れる。

 

『投降されたし。貴君らの行動は我が国は容認していない。警告に従わない場合、貴君らを反逆者と見なす。既に後方より包囲網が形成されている。逃走は不可能である。投降せよ。なお、警告は一度のみである。拒否した場合、即座にこの場で処分する。速やかに返答されたし』

 

 一方的とも言える通告を行い、沈黙するそのISに対する返答は武力行使であった。

 艦隊からミサイルと機銃が発射され、同時に無人機が発艦される。それを確認した正体不明機は失望したように小さく首を振り、そして戦闘機動へとシフトする。アンロックアーマーに隠されていたブースターと砲口が展開。

 

『反抗の意思を確認。貴君らを反逆者と見なす』

 

 高機動と高火力を両立する、戦略級強襲機―――シルバリオ・アフレイタスがその暴威をもって戦場を蹂躙する。

 対多数戦においてその真価を発揮する機体。そしてそれを操るナターシャ・ファイルスはかつての同僚に向け、その銃口を向ける。

 

「………残念です。しかし、甘言に乗り、祖国を裏切ったあなたたちにかける情けはありません」

 

 通信を切り、フルフェイスの中でナターシャが呟いた。

 ナターシャに与えられた任務は、暴走した軍隊の拿捕、及び所有兵器の破壊。後方からはイーリス・コーリングをはじめとしたIS部隊が接近している。

 すでに大統領から直々に命令系統を外れ、暴走した軍を処理せよとの命令を受けているナターシャは祖国を内側から腐らせていた売国奴たちに対する怒りと、そんな愚か者についてしまった元友軍への悲しみを覚えていた。軍人である彼女からしてみれば、自身の欲のために軍の規律すら無視する者など許せるはずもない。

 ナターシャ個人としても、篠ノ之束には恩義があるし、彼女の祖国は正式にイリーナ・ルージュと手を組んだ。ここに至り、ナターシャが力を振るうことに微塵も躊躇いはない。

 

「さぁ、あなたの力を見せなさい、シルバリオ・アフレイタス!」

 

 機体各部と、連装アンロックアーマーユニットから展開される無数の砲口から収束プラズマ弾が発射される。その砲数と連射速度は、とても一機のISによるものとは思えない弾幕を作り出す。単機で戦場に楔を穿つ、戦略級強襲機として改修されたシルバリオ・ゴスペルの改造機。もはやゴスペルの面影はわずかしか残されていないほどの魔改造を施されている。

 その絶大な制圧力は稼働時間を犠牲にしたものであるがゆえに長時間の戦闘は不可能という欠陥機でもあるが、もともとナターシャだけで全滅させることは考えていない。増援が来るまでの時間稼ぎだ。

 もっとも、その時間稼ぎで戦力の大半を無効化させるつもりでナターシャは戦っている。それだけの力が、このシルバリオ・アフレイタスには秘められている。

 しかし、問題は機体ではなく、操縦者であるナターシャのほうだ。技術は問題ない、もともと軍でテストパイロットを任されるほどの才女だ。しかし、それでもこの束による魔改造機は操縦者へ恐ろしい負担を強いる。ラウラも慣熟に相当苦労したオーバー・ザ・クラウドほどではないにせよ、急加速、急制動によるフィジカル面での負荷と、重火器管制の思考制御システムによるメンタル面の負荷。これらに耐え、両立させなければ機体の真価は発揮できない。言うなればマラソンをしながら暗算で数式を解くようなものだ。

 この機体が短期決戦型なのは機体よりむしろ長時間操縦できる人間がいないためではないか、という疑念さえ浮かぶほどだ。軍人として鍛えているナターシャをもってしても、長時間の戦闘は不可能だ。

 しかし、それは機体そのものが抱えている弱点でもある。逆に考えれば、短期決戦しかないということは後先を考えずに全力を出すことだけに集中すればいいというだけだ。もともと、機体特性上、集団戦には向かない。だからこそ、単機で先行しての足止めを買って出たのだ。

 アフレイタスならばそうそう無人機を相手に遅れを取ることはない。しかし、ナターシャが力尽きればそこまでだ。

 

「たとえ力尽きようとも……必ず役目は果たす!」

 

 今、ここがナターシャにとっての決戦の舞台だ。味方はいない。敵は数えることもばかばかしいほどの無人機と、大艦隊。だが、それがどうした。死力を尽くすことしか、今は考えなくていい。

 

 そう決意した矢先であった。

 

「えっ……!?」

 

 はじめに見えたそれは流星のようだった。ナターシャの視界の左から右へと横断するように走ったそれを、手に持った武器、おそらくは剣を振り抜いた姿勢を視認する。同時に、その影が通り抜けたと思しき場所にいた無人機のすべてが爆散した。

 それはまさに戦場を切り裂く一閃。手に持った剣しか武装らしいものは見えないことから、おそらくすべてを文字通りに切り捨てたのだろう。ナターシャのような、軍人ではありえない近接武装のみによる戦い方は異質に見えて、しかしそれだけでその実力の高さが否応にも知らしめている。

 無人機を破壊したことから敵対勢力とは思えない。むしろ思いたくないほどの凄腕にナターシャの額に冷や汗が浮かぶ。

 その乱入してきた機体は、全身を白い装甲で覆い、顔も隠した完全なフルスキン装甲をおり、操縦者が何者かを知ることはできない。手に持つのは、やはり一振りの剣。それだけだった。

 思い当たる者はいない。だが、ナターシャには、いや、おそらく誰が見てもその正体不明のISを見て、ひとつの存在を思い浮かべるだろう。

 

 かつて、ブレードのみで日本に飛来したミサイルを斬り落としたという伝説のように語られる存在。世界にインフィニット・ストラトスを知らしめた最初の機体。

 

「白騎士……!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ぐぅッ……!」

 

 初めて聞いたシールの苦悶の声を耳にしながらも、アイズは内心で舌打ちをする。初めてシールに直撃を与えたというのに、シールには未だに意識を保っている。この一撃で決着をつけるつもりで放ったアイズの乾坤一擲の一太刀は確かにシールに大きなダメージを与えた。

 

 だが、それだけだった。

 

 

―――――最後の踏み込みを外された……ッ!!

 

 

 完璧なタイミングのはずだった。シールの視界から隠し、反応されようが対処が間に合わない距離での抜刀術。背面から、しかも下方の死角から意識外の脚部抜刀。どれだけシールが格上でも、ブルーアースの直撃を受けて耐えられるはずがない。

 しかし、完全に捉えたと思ったその一撃は不完全に終わった。あのとき、ブルーアーズが直撃する直前、シールは防御ではなくアイズを迎撃した。密着状態で無用の長物となったランスを捨て、原始的な拳による殴打で迎え撃った。それは見事にアイズの頭を捉え、防御もままならなかったアイズはそれをまともに受けてほんの一瞬意識が飛んでしまった。すぐに気迫で意識を戻したが、最後の踏み込みを外された。結果、ブルーアースを最後まで振り切ることができずに、決着を期しそのた一撃はただの通過点となり、それどころか逆撃を受ける始末だ。

 

「見事です。私をここまで追い詰めたのは、あなただけですよ……!」

「ちぃっ!」

 

 それでもかなりのダメージを負わせたというのに、シールはすぐさま体勢を立て直してくる。一筋縄ではいかないことはわかっていた。わかってはいたが……。

 

「今のは、ボクの切り札だったのになぁ……!」

「ええ、この眼をもってしても、初見では防げない可能性が高いいい戦術です。事実、もらってしまいましたからね」

「仕留めきれなかった時点でボクの負けだよ、ちっくしょう!」

「その虚言も無駄です。もう二つか三つ、手札を隠しているでしょう?」

「……ちぇッ」

 

 アイズは呼吸を整えながら改めて剣を構える。

 ブルーアースを鞘に戻し、再びハイペリオンを展開しながらシールを油断なく見据える。やはりシールもダメージが大きいためか、未だに呼吸が荒い。

 盾にもなる堅牢な翼も防御に間に合わなかったためにパール・ヴァルキュリアの装甲には深い裂傷が刻まれている。当然、そのダメージはシールに向かう。身体の中心部に受けたために内蔵に痛手を受けたのか、咳き込みながら口端から血を滴らせている。息遣いも苦しげだが、アイズからしてみればその程度のダメージでしかないことに改めてシールの理不尽なハイスペックさを思い知らされる。もしアイズなら間違いなく意識を飛ばして撃墜されている。

 眼と脳は強化改造されているアイズだが、肉体は普通の少女のものだ。もちろん鍛えているためにずっと頑丈だが、それでも常識的な範疇にある。対してシールはその身体そのものがはじめから強化体としてデザインされている。筋線維や神経までもが常人を遥かに超える能力を持つ。その頑強さは、アイズと比べてるべくもない。フィジカル面でシールを超えられる人間など、鈴のような規格外だけだ。

 実際、長期戦をすれば体力の差からアイズが圧倒的に不利だ。既に長時間の戦闘でアイズも疲れが無視できなくなってきている。

 

「わかってたけど。……本当にやすやすとは勝たせてくれないね、わかってたけど。」

「当然でしょう。そもそも、私に勝とうとするあなたが無謀だというのに」

「ボクの挑戦はまだ終わってないけど?」

「終わりです。私にその剣を晒すリスクくらい、わかっているのでしょう?」

 

 アイズは内心ギクッとしながら、ポーカーフェイスを試みる。もちろん腹芸などできるはずのないアイズの顔には隠しきれていない動揺が見える。

 

「その剣、“斬撃で空間を歪曲”させていますね?」

「ギクッ……!?」

「道理でこの眼でも観測できないわけです。過程を省略して斬ったという結果しか生み出さない。まさにヴォ―ダン・オージェにとっての天敵です」

「あー、もしかしてはったりじゃなくて、本当にばれた?」

「ええ、それはもう。だからまずはその鞘を破壊しましょう。確かに視えましたよ? “排莢”したことを」

「…………」

 

 その言葉に、アイズはこのブルーアースのカラクリが完全に見破られたことを確信した。でなければ、シールから「鞘を狙う」などという言葉は出てこない。既に隠すことも、ごまかすことも無意味と悟ったアイズは背に隠していたブルーアースを鞘ごと構える。

 その鞘の形状は、どこか歪であった。抜刀術が可能となるように日本刀のような反りが与えられ、滑らかな曲線を描いているが、その鞘の外部には大小さまざまなギミックパーツが取り付けられている。

 ガシャン、と鞘に取り付けられたギミックが稼働し、鞘から薬莢が排出される。それはセシリアのブルーティアーズtype-Ⅲの武装である近接銃槍ベネトナシュと同じ構造だ。ベネトナシュに仕組まれているのはショットガンだが、ブルーアースに組み込まれているのは弾丸ではない。

 

「ばれたんならしょうがない。それならこの剣も遠慮なく使えるってことだよ」

 

 鞘の内部に搭載されていた新たなカートリッジが装填され、鞘内部に収められたブルーアースの刀身にその莫大なエネルギーが注ぎ込まれる。

 刀身、鞘、そしてエネルギーカートリッジ、その全てにオリハルコンが使用されており、瞬間的に蓄積されるエネルギーの総量は、理論上は発電所一基に相当する。それを、たった一振りの剣に詰め込んだのだ。それはまさに頭がおかしいと散々に言われている篠ノ之束が最高傑作というほどの、ぶっとんだ設計思想と技術によって生み出された人造の魔剣であった。

 アイズが剣を抜いて振りかぶる。これまでのような抜刀術ではない。堂々とその青白く光る刀身をシールの眼に晒す。ヴォ―ダン・オージェでなくとも一目でわかるほどの膨大なエネルギーを内包そたその剣に、シールもその脅威を感じ取る。その剣から漏れる余波でバチバチとプラズマまで発生している。常識では考えられないが、オリハルコンで作られたその剣自体が空間歪曲作用によるプールに膨大なエネルギーを内包できる。言わば剣であり、同時にコンデンサでもある。セシリアのブルーティアーズの装甲にオリハルコンが使われていることも、この大容量のエネルギーの蓄積槽としての機能を持たせるためだ。ブルーティアーズの膨大なエネルギーコストを払う第二単一仕様能力をあれだけ使える理由でもある。

 

「出力、最大のちょっと手前!」

 

 その魔剣を、振るう。右肩に担ぐように構えたブルーアースを両手で握り、渾身の力で振り下ろす。剣道とはかけ離れた、しかし、それでも実践で培われたまっすぐな一閃。その斬撃が明確な脅威となって実体化する。

 そのアイズの一振りによって斬撃の形となって刀身に内包されたエネルギーが解放される。通常ならば笑うような、空想としか思えなかった“飛ぶ斬撃”がシールに襲い掛かった。それは斬撃というにはあまりに苛烈にして波濤。うねり狂う暴虐の津波であった。

 

「……」

 

 しかし、どれだけの威力があろうとも真正面からの力押しの攻撃などシールには通用しない。翼を羽搏かせて真横に滑らかにスライドして回避される。しかし、余波だけで装甲の表面が軋みを上げる。シールも予想以上の威力に僅かに眉をしかめながら、一瞬だけ目線を背後に向ける。

 

 そこにあったのは、今の斬撃によって真っ二つに切り裂かれた雲の海であった。眼下の視界いっぱいに広がっていた雲の大海が吹き飛ばされていた。それは以前アイズと束がテストとして海を割った光景そっくりだった。雲と宙の境界線を切り裂くその威力に、さすがのシールも冷や汗を流す。

 さっきは本当に危なかった。こんな威力の一撃を受けていたら、間違いなく敗北していた。まさに九死に一生を得ていたのだ。

 

「ばかげた威力です。IS用の武器としては、いえ……対人装備としては、明らかに過剰威力でしょう。国でも落としたいんですか?」

「束さんの最高傑作だもん。これくらい普通だよ」

「私が言うのもなんですが、あなたも相当非常識ですね」

「ん、そう?」

「天然なのが余計にタチが悪い」

 

 今の一撃は牽制と示威行為だろう。このような馬鹿げた威力を出せると分かった以上、迂闊には踏み込めない。

 

「―――舐められたものです」

 

 アイズの思惑通り、慎重にならざるを得ないだろう。―――それが、シールでなければ。

 

「そこまで晒したのです。もう私に通用するとは思わないことです」

「それは、どーうかな?」

 

 再び鞘のギミックが稼働し、役目を終えた薬莢が排出される。再び鞘と柄を持ち、わずかに刀を抜き、その刀身を晒す。わずかに垣間見えたその刀身は、納刀するときに見えた黒いものではなく、不可思議な青白い発光が見て取れる。

 

「その刀身そのものを砲口と見立てたカートリッジ方式ですか。いったいどうしたらそんな発想ができるのか、私の理解を超えていますが、ね。剣の形をした雷、まさにその通りの代物です」

 

 篠ノ之束が作り上げた最高傑作。銘を、ブルーアース。無重力合金精製によってオリハルコンの空間干渉作用を“内側”に展開することで膨大なエネルギーの蓄積を可能とした、束いわく、宇宙を模した剣。発生させた歪曲空間にエネルギーを閉じ込めることで疑似的なコンデンサとして活用できるというオリハルコンの特性を活かし、溜め込んだエネルギーを任意で開放することも可能とした近接装備に見えるがその実、大砲そのものである武装だ。

 溜め込んだエネルギー量にもよるが、剣の一振りで戦術級の破壊力をあっさりと生み出すことも可能としたオーバースペックウェポンのひとつ。カレイドマテリアル社の規格でもシャルロットのラファールが持つカラミティ級兵装のさらに上に位置する最上位のものだ。これに並ぶ破壊力を持つものは、セシリアの駆るブルーティアーズと、鈴の駆る甲龍の第二単一仕様能力しか存在しない。理論上、蓄積可能なエネルギー量はほぼ無尽蔵。D2カタパルトエレベーターと違い、移動手段ではなく蓄積するコンデンサとしての機能しか持たせていないために、肝心のエネルギーは外から持ってこなければならないが、その鞘にはそれを可能としたシステムが組み込まれている。

 あらかじめ、エネルギーを蓄積させたオリハルコン製の弾薬を用意し、装填することで鞘の内部で刀身へそのエネルギーを注ぎ込む。そして抜刀という形で内部エネルギーを開放することで、爆発的な破壊力を生み出せる。

 銃のギミックを利用し、それを刀という形に落としこんだ雷の剣。シールが言うように、それがこの剣の正体であった。

 

「そこまでわかったのなら、もうひとつの使い方も気付いているね? 今のボクの間合いが読めないことも理解できているんでしょう?」

 

 これまで幾度もあった、刀身以上の斬撃範囲もこのカラクリの応用だ。今の一撃のような大規模破壊ではなく、範囲を絞り、斬撃の延長をする。その一閃をなぞるように空間に干渉、ほんの一瞬、それこそ刹那ほどの時間だけ空間に亀裂を生み出す。それは、その空間そのものを“斬る”ことで防御不可能な一閃と化す。きわめて限定的な空間に、ほんのわずかにしか作用しないとはいえ、たとえどんなに硬い装甲でも、これを防ぐことは不可能だ。

 しかし、それはシールにとっては牽制にもならない。

 

「ええ、確かに。ですが、それはこの私の眼にも言えること。完全ではありませんが、これまでの情報とあなたの動きから、ある程度の予測は可能です。そして、それは致命傷まで届かせません。あなたのその剣と私の眼、どちらがより理不尽か、試してみますか?」

「それがハッタリじゃないことが怖いよ」

 

 その莫大なエネルギーを惜しげもなく開放して大規模を薙ぎ払う範囲斬撃も、限定的でありながら空間切断によって防御不可能とする繊細で緻密な一撃も、どちらも決め手には届かなかった。この剣を知られた以上、ここから先は隙を狙うより作り出すようにしなければならないだろう。その分アイズも反撃を食らうリスクが増すが、こんな苦難は想定済み。むしろ乗り越えるべき試練と受け入れていた。

 二人の戦いは既に詰み将棋だ。先にミスをしたほうが負ける。どんな些細なものでも、ひとつの判断ミスをした時点で勝敗が決定する。

 

「少なくとも、諦めの悪さとしぶとさでは勝てる自信はあるよ!」

「それだけではどうにもならない現実を教えてあげましょう」

 

 紅い瞳と虹色の瞳が混じる。

 睨み合う二人は、弾かれたように真っ向から同時に仕掛け―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、もう決着をつけちゃうの? せっかくいい舞台を整えてあげたのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に、横槍が入れられた。

 

 

 

 ―――――“文字通り”に。

 

 

 

 

 

「ッ!?!?」

「!!」

 

 突然、真横から現れたその気配と、飛来するなにかの気配に気づいたアイズとシールは驚愕し、しかしその混乱を一瞬で立て直す。二人は同時に視界に捉えたそれを認識し、それが誰によるものかを察する。それを仕掛けた人物が発した声と言葉は、その直後に脳が理解した。

 二人の間を縫うように飛来したそれは遠隔操作の剣。ティアーズが持つビットと同じだが、剣の形状をした武装だ。二人はそれに反応し、反射的に制動をかけて一瞬で後退する。

 再び距離が開いた状態で、アイズとシールは決して逸らさなかった相手への視線を外し、その乱入者へと眼を向けた。

 

「あなたは……!」

「………」

 

 アイズは最大の警戒と畏怖を込めてその女性を睨むように見つめ、逆にシールはどこか呆れたように小さくため息をついてジト目を向けていた。

 そんな二人の非難するような視線を受けても、その女性―――ネガ色の不気味なISを纏ったマリアベルはけらけらと楽しそうな笑みを浮かべ、さらに無邪気に拍手をし始める。

 

「うーん、実にいい勝負だわ。シールもそうだけど、特にアイズちゃんのがんばりはすごくいい! ホント、どうしてあなたが失敗作の処分扱いになったのかしら? もし当時に私が実権を握っていれば、今頃ウチの幹部にまで育てていたのに。そうなっていればシールもうれしかったでしょうに。うーん、惜しい!」

「……なにをしに来たのですか? アイズとの勝負は、私の好きにさせてくれる約束だったかと思いますが?」

 

 突然現れ、そして好き勝手に口上を述べるマリアベルにさすがのシールもどこか怒った様子を見せる。シールからすれば完全に邪魔をされた形だ。マリアベルがどういう人間かわかっているシールであるが、さすがにこの横槍は我慢できなかったらしい。珍しくとげとげしい言葉をかけていた。

 しかし、マリアベルはそんなシールの反抗的な態度でさえ愉しげに応対している。

 

「うふふ。まぁいいじゃない。でもシール、少し熱くなりすぎよ。ちゃんと私が相応しい舞台を用意するって言ったのに、ここで決着をつけようとするんだもん」

「拗ねないでください、子供ですか」

「まぁ、私って実年齢は子供だし?」

「それでも私よりは年上でしょう」

 

 くだらない口喧嘩をするシールとマリアベルを他所に、アイズはただマリアベルに得体のしれない恐怖を感じていた。

 マリアベルはアイズでは勝てないとわかっていても、こうも予想外の行動されることにさすがのアイズも動揺を隠せなかった。しかも、アイズが本当に驚いたことはそんな破天荒さではない。

 

 アイズは、そしておそらくはシールも、今のマリアベルの接近にまったく気づけなかったのだ。

 

 いくら集中していたとしても、二人はヴォ―ダン・オージェを持つ人間だ。その索敵範囲と解析能力はすでに超常の域にあるといって過言ではない。それにも関わらず、近距離まで接近されて横槍を入れられるまで気づけなかった。

 以前に戦った時もそうだが、いったいどういうことなのかわけがわからなかった。あの時、マリアベルはアイズに「能力の相性が悪すぎる」と言っていたが、このヴォ―ダン・オージェがまったく脅威にならない能力など、どんなものだというのだ。

 

「ああ、アイズちゃんもごめんなさい。でも、せっかくだから私の招待を受けてくれないかしら?」

「招待?」

「そ。せっかくの決戦ですもの。最後は相応しいものにしたいの。だから、今まで特等席を用意していたの。セシリアを迎えるためのものだけど、もちろんあなたの席も用意してあるわ」

「……どういうこと、です?」

「ふふ、あなたは映画は好きなほうかしら? 私は好きよ、王道の、最後はピンチを乗り越えてハッピーエンドっていう下らなくも愉しいチープな展開とか。でもね、もし私が演出なら、もっともっと盛り上げられるっていつも思うの。それでね? もっともっと愉しくなるいいことを思いついたの。きっと気に入ってもらえると思うわ」

 

 いったい何を言っているのか、アイズには半分も理解できていなかった。

 

 それでもマリアベルは止まらずに――――。

 

 

 

 

「だからね、月を堕とそうと思うの」

 

 

 

 

 まるで今日の晩御飯を告げるかのような気安さで、それを口にした。 

 




今回はここまで。そろそろ全員が揃いそうな感じです。

ラストダンジョンで大人しく待てないラスボスのマリアベルさんが出張ってきました。次回以降、戦場はいよいよ今作のラストダンジョンとなる衛星軌道ステーションへと移っていきます。

ラストダンジョンへ向かうメンバーは誰になるか、お楽しみに。ではまた次回に!

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