アイズ・ファミリアの一日は朝、セシリアに抱きしめられることから始まる。
視力はほとんどないが、光の明暗はかろうじてわかるアイズは日光をわずかに感じながら手探りでセシリアを探す。そしてセシリアの胸に顔を埋め、そうしているとセシリアも起きて同じように抱擁をする。それが朝のおはようのあいさつである。
知らない人間からみればその手の方向にしか見えないものも、この二人にとっては幼いころからの習慣である。目の見えないアイズにとって、こうした直接的なスキンシップは重要な意味を持つ。この学園に入学してから、このように熱い抱擁をスキンシップとしてしてくれる人物はセシリアを除けばのほほんさんだけである。
その後、セシリアと一緒にシャワーを浴び、着替えをして朝食のために食堂へと向かう。セシリアに手を引かれ、目に隠布を巻いたアイズの姿はすでに寮内ではよく見られる光景である。知り合った人物からはおはようと声をかけられ、二人も同様に返していく。
そしてよくつるむようになったのほほんさんを交え、簡単に朝食を済ませると早々に授業の支度をして教室へと向かう。
「おはよう一夏くん」
「おはようございます、一夏さん」
「おう、おはよ。……アイズはよく俺がいるってわかるな」
アイズの盲目に関することを言うことは一夏も当初は憚られていたが、アイズ本人が気にしていないこと、またそれゆえに得たものもある、という発言を受け、純粋な疑問は口にすることにしている。アイズも気にした素振りも見せずにそれに笑って答える。
「もう一夏くんの気配は覚えたからね」
「気配?」
「ん、まぁ、その人の雰囲気とか、匂いとか、音とか、そんなの」
その人の歩く音、発している気配や匂い。そうした視覚以外の感覚はアイズは常人よりも遥かに鋭敏だ。加えて洞察力も高いため、初見の人間や場所には一人ではなにもできないが、慣れれば常人以上の識別ができる。
「セシィの匂いならたとえこの学園のどこに隠れても追えるよ!」
「失礼とは思うが………犬みたいだな」
アイズの横で頭を抱えるセシリアに少し同情する一夏であった。
***
「あの人は関係ないッ!!」
それは授業中に発せられた怒号だった。アイズもセシリアもその人物に意識を向ける。長いポニーテールに、どこか硬い雰囲気を持っていた少女……二人にとって恩人である篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒は、そう言い切り、自身への追求を切って捨てた。
きっかけは些細なもので、篠ノ之、という珍しい姓名からISの生みの親、篠ノ之束との関係を問われた箒が言った言葉だ。
その言葉を聞き、セシリアは少し眉をひそめてしまう。
その様子から察するに、姉と妹の仲がよくないことは全員が察しただろうが、セシリアには、それが一方通行であることがわかるだけにもどかしい思いだった。
束と直に話していたセシリアには、束がどれだけ妹の箒を心配していたか知っている。自身の発明のせいで辛い立場に追いやってしまったことは、束にとっては自殺するくらいの愚行だった。今でも束はずっと後悔し続けている。
しかし、それを伝える術はセシリアにはないし、言ったところで虚言ととられてしまうだろう。それに、箒の逆恨みと責めることも間違いだ。事実、束の行いが箒を追い詰めたことは変わらないのだから。それが、第三者によって歪められた結果だったとしても。
「関係なくないよ」
そのとき、一人の声が静まり返った教室に響いた。声を発したのは、アイズだった。
「妹を心配しないお姉さんなんていない。だから、関係ないなんて言ったら可哀想だよ」
「………なにがわかるというんだ」
気が立っているのだろう、箒が睨みながら反論してきた。アイズは目隠しされたまま、まるで視線を合わせるように正確に箒のほうへ向き直る。
「だって、ボクは………」
「アイズ、そこまでです」
束を知っているから、束の気持ちを知っているから。そう続けようとしたアイズをセシリアが止める。自分たちと束の関係はまだ知られるわけにはいかない。アイズの気持ちもわかるが、それは許容できない。
「セシィ」
「アイズ、引きなさい」
「……………」
「アイズ」
もう一度、今度は語気を強めて言う。
セシリアの言葉に渋々ながらその場を引く。セシリアはアイズの代わりに「お騒がせして申し訳ありません」と謝罪する。
「篠ノ之さんもすみません、この子はちょっとワケありですので、過敏に反応してしまうのです。ご容赦願います」
「……いや、いい。私も悪かった」
箒もバツが悪くなったように謝罪して席に着く。一応の決着を見せ、授業が再開されるも、箒の表情は優れない。それにアイズもなにやら落ち込んでいるようで、セシリアに頭を撫でられて慰められている。
箒には、アイズがあそこまで言う理由がわからない。アイズ・ファミリアという人間を知らないのだから当然だが、少なくとも今まで箒にあのように言った人物はいなかった。
ワケあり、とセシリアは言った。それがいったいどういうものなのか、箒は興味を抱いた。
***
「頭は冷えましたか?」
「うん、ごめん」
休み時間になり、周囲に聞かれないように二人は会話していた。内容はもちろん、先ほどの発言についてだ。
「今、あの人と私たちの関係を知られるとまずいことになりかねません。わかっているでしょう?」
「うん……」
「なのに、なぜ?」
セシリアは責めるつもりはない。ただ純粋にそう聞いた。半ば、答えが予想できるにも関わらずに。
「ボクは、あの人が好きだから」
「だから、たとえ勘違いでも、関係ないなんて言われることが嫌だった?」
コクリと頷くアイズに、セシリアはただ黙って仕方の無い子だ、というように微笑むだけ。アイズにとって篠ノ之束という人物は恩人という言葉だけでは収まらない。束はアイズにとって姉であり、母であるような人だ。アイズは精一杯の親しみと愛情を束に向けている。
だからこそ、悪意がない、むしろ悲しいすれ違いからの言葉だとしても、あの箒の発言を流すことができなかった。つまりは、ただそれだけのこと。
「ごめんね、セシィ」
「気にすることなどないですよ。そんなアイズが好きですから。そして、そんなアイズを支えるのが私の役目です」
「……ありがとう、セシィ。大好き」
「私もですよ」
そしていつものようにスキンシップをはじめる二人。見慣れた光景であるため、すっかりクラスでも受け入れられている。最近は、そこにのほほんさんが「私も混ぜて~」とくっついてくるパターンが増えたことがあるが、半分名物と化している光景であった。
***
「そんな感じで一夏くんはセシィに気に入られちゃって、今もアリーナでいじめられてますよ」
「そうなの………ところでアイズちゃん、ひとつ疑問があるのだけど?」
「なんですか?」
「どうして当然のようにここにいるのかしら?」
ここ、とは生徒会室。そしてその質問を投げかけたのは、この部屋の主、更織楯無である。
「ボクは邪魔ですか、楯無センパイ?」
「そんなことはないけど、相変わらず私の度肝を抜いてくれるわね。まぁ、面白いからいいけど」
「はい、ボクも面白い楯無センパイのこと好きですよ」
「ありがとう。………なんかバカにされてる気がしなくもないけど、おそらくはそんな気はないんでしょうね」
現在、生徒会室にはアイズと楯無しかいない。セシリアは一夏の特訓につきあっているし、その次に付き合いが長く、ここまで案内してくれたのほほんさんもお菓子を買いにいっている。楯無のそばには普段のほほんさんの姉妹がいるらしいが、所用で席を外しているらしい。
ゆえに、二人は目こそ合わせられないが、面と向かい座っている。
「さて、あなたとおしゃべりしても楽しそうだけど、なにか用があるのでしょう?」
「センパイと雑談するのも、ボクにとっては有意義なんですけどね。……ああ、そういえば、また今度戦いませんか? センパイ、強いからボクも楽しいんです」
「それは光栄ね。……さて、あまり時間をかけると誰か戻ってくるけど?」
「仕方ないですね、…………更織家頭首、更織楯無さん、カレイドマテリアル社の名代としてお伝えすることがあります」
雰囲気が真剣なものに変わり、楯無も見えない相手にも関わらず、いつものように余裕を持ったポーズを決める。そうすることで心にゆとりを持たせる楯無のスタイルだ。しかし、アイズの言葉はそんな楯無をもってしても、驚愕せざるをえないものだった。
「カレイドマテリアル社はISにおける男性適合方法を確立しました」
「なっ!?」
「既に、それらを現存するISへある特殊なプログラムをインストールすることで、実現することが実証されています」
「…………」
楯無はその情報の真偽よりも、それが真実だった場合に危機感を覚えた。確かに、楯無とて、今の女尊男婢の風潮には嫌気がさしているし、男性適合に関して反対する個人的な理由はない。
しかし、それは危険なのだ。女尊が主流となった現状で、その根本を覆したらどうなるか。男性の復権による過度の女性軽視に走る危険性、男性から女性への報復、各国各組織の権力争いの激化。簡単に思いつくだけでも世界レベルでシャレにならない事態になることは目に見えている。
楯無は知らずに冷や汗を流していた。
「それを公表するの?」
「その気があるなら、しています。楯無センパイもわかるでしょう? そんなことを、なにも対策せずにすれば、どうなるか」
「世界は混乱するわ。それこそ、かつてIS登場のときの激動が、そのまま反動となってね」
「そのとおりです。だから、今のところ、これを公表するつもりはありません」
「なら、いずれはする、ということね?」
「はい。その理由は………」
「織斑一夏くん、でしょ」
「そのとおりです」
世界初の男性適合者、織斑一夏。その存在価値は、世界を揺るがすほどのものだと本人はわかっていないが、裏事情を知る楯無やアイズから見れば、それは恐ろしいほどのものだ。
しかし、賽は投げられたのだ。各国は表立ってはいないが、他にも男性適合者がいないか洗い出しているし、いずれは男女間の小競り合いは激しくなっていくだろう。
「だから、機を見て発表するつもりです。ダメージは、可能な限り少なくします」
「………なぜ、それを私に?」
「………楯無センパイは、なぜISが女性しか扱えないかご存知ですか?」
質問に質問で返されることは好きではないが、その問いかけは答えと至る導きのようだと感じた楯無は自身の考えを述べていく。
「詳しい技術的な話はお手上げ。完全にブラックボックスになっていることだからね。でもまぁ、わかることといえば………それはソフトではなくハードの問題、ということね」
操縦者をソフトとするなら、機体はハード。ソフトに問題、つまり男性であることが問題なのではなく、ハードであるIS本体、さらにいえばその心臓部たるコアに問題があるから。
「そもそも、男だから、女だからという理由で制限されるものなんてないわ。それが人為的にそうなるように作られていれば別だけど」
「そのとおりです。本来、ISに操縦者を選別するような制限はありませんでした」
「誰かが、意図的にそうプログラムしたってことね」
「そうです。あとは話は簡単です。そのプログラムを解除すればそれで済みます」
楯無はふう、と息を吐く。いつかは表面化するだろう問題とは思っていたが、実際にそんなときがくると嫌な疲労が溜まっていくように思える。きっと懸念することが多いためであろう。
「ここからが問題なんです。今、男性への適合が発表されたら困る人たちがいるんです」
「……たしかにそんな人は多いでしょう。でも、その言い方は誰かは特定しているようね」
「ボクたちも実態はつかめていません。ですから、お願いしたいんです」
「なるほど」
楯無は腕を組み、なにかを考えるように目を瞑る。
「………敵対勢力がいるのね? それも、武力を伴った。あなたたちは、そこと敵対している、と」
「………」
その楯無の問に、アイズは微笑んで返す。察しのよさに嬉しがっているようだ。
「この場で、あなたの話すべてを鵜呑みにはできないわ」
「はい。ですので、これで今日は失礼します。また、後日伺います」
「……あら、もう帰るの?」
「昼間、ちょっとやらかしまして、セシィからも言うことは気をつけろ、と言われてるんです。楯無センパイにはついつい言いたくなるから、その前に退散することにします。…………それじゃあよろしくお願いします、ね?」
アイズは立ち上がり、ぺこりと一礼してから扉へと向かう。ぶつからないかと心配した楯無だが、扉の前で止まり、手探りで扉を開けて出て行った。一度行ったことのある場所なら見えなくてもわかる、というのは本当のようだ、と素直に感心しながら楯無はもう一度深く息を吐いた。
「したたかね、あの子も。これじゃあ私が裏を取らないわけにはいかないわね」
それも狙いのひとつなのだろう。
まだ隠している情報はありそうだが、楯無が動くには十分な情報を置いていった。更織の力を遣って、敵対しているらしい組織の情報を間接的に得ようというのだろう。こちらが話すとは限らないにしても、その組織に対する牽制にはなる。あわよくば情報が得られ、得られなくとも意味はある。損をしない一手だ。考えたのはおそらく別の人間だろうが、それでもメッセンジャーにするくらいだ。アイズも中核を担う存在なのだろう。
カレイドマテリアル社。この企業の情報は更織の力をもってしてもなかなか得ることができない。それほど民間企業としては情報管理と統制が突出して高い。
そんな企業を怪しむ者、警戒する者は多いが、たしかにそれだけのものを秘めた組織のようだ。いったいバックに誰がついているのか……それはまだ確証がない想像だが、楯無の勘はすでにひとつの答えを出している。
異常なまでの秘密主義、解析不能とされたISコアに男性を適合させる技術力、そしてセシリア・オルコットとアイズ・ファミリアという規格外の操縦者を擁し、さらに次世代機以上とすら言われるティアーズ二機の開発。
それらすべてを行うには不可欠であろう人物。それは………。
「おそらく、いるわね………ISの生みの親、篠ノ之束が」
そして、それすらも推測に過ぎない程度にしか悟らせない。こちらを動かす餌としては十分。さきほどの会話も、すべて予定通りなのだろう。
「私を使おうなんて、大した子だね、本当に……」
でも、いいだろう。メリットはお互いにある。利用され、利用してやろう。楯無はそう割り切ることにした。
「本当に底が見えない子だね。これから、忙しくなりそうだわ」
それでも、どこか楽しい。そう感じることはおかしいのだろうか。楯無はそう思い、自嘲するようにくすりと笑った。
主人公の恐ろしいところは戦闘能力よりもチートな人物を味方に引き入れることこそが脅威。
というか、束さんと楯無会長が味方になったら大抵なんとかなりそう。