「白鷺さん、今のところ、タイミングが少し遅れています」
「は、はい」
「若宮さんは、もう少しリズムを意識してください」
「わかりました!」
指摘はするものの、紗夜はパスパレメンバーの完成度の低さに落胆していた。
(これが、日菜が大事にしているものなの? それに一番は……)
「丸山さん、同じところでもう三回目ですよ? 集中してください」
「は、はい……。これでもちゃんと練習してきたんだけどなぁ……」
中でも、彩の音の外しっぷりは他のメンバーの比ではなかったのだ。
「紗夜ちゃんはすごいなぁ。さっと譜面見ただけでこんなに弾けるなんて。さっすが日菜ちゃんのお姉さんだね」
彩のその言葉は、紗夜の押し殺していた感情を刺激してしまった。
「……私は、日菜とは違います」
パスパレメンバーたちも、いつになくピリピリした空気に自然と固くなってしまう。その雰囲気に居心地が悪くなったのか、千聖が提案する。
「少し休憩にしましょうか」
そうは言っても紗夜は、休憩中も改めて譜面をさらいながら念入りに音の確認をしている。
彩も、繰り返しのミスを取り返そうと、休憩中でも練習を続けていた。
「彩さん、少しは休んでください。あんまり無茶しては元も子もないですよ」
「でも、せっかく紗夜ちゃんが付き合ってくれてるのに、これ以上迷惑かけるわけにもいかないから。だから、私は大丈夫だよ、麻弥ちゃん」
「彩さん……」
本当はそれでも休んでほしかったが、そう言われて、麻弥は何も返せなくなってしまう。
「丸山さん、そんな無茶な練習をしても、結果はついてきませんよ」
「それでも私は、足手まといにならないように頑張らなくちゃ……」
「頑張るのは当たり前です。それに、そんな低い目標だからいつまでも上達しないんじゃないですか?」
紗夜はつい、きつい言葉をかけてしまった。がむしゃらに無茶をしても、空回りをするのが目に見えている。それをわかってほしかったのだ。
「アヤさんはアヤさんなりに頑張っています! 上手くなろうとしてます! それなのに、そんな言い方……ブシドーに反します!」
「……よくわかりませんが、わかりました。……少し、席を外します」
日菜ならどうしたのだろう。彩になんと声をかけたのだろう。やっぱり紗夜には、日菜の代わりは務まらない。そんな自責の念が、紗夜の中には渦巻いていた。
紗夜がスタジオの廊下に出ると、一人の少女が彼女に続いて廊下に出てきた。
「紗夜ちゃん。私たちパスパレは、バンドであり、アイドルなのよ。もちろん巧いに越したことはないのだけど、演奏の巧さだけが全てではないの」
小柄で、余裕の笑みを貼り付けた少女、白鷺千聖だ。捉え方によっては自分たちを正当化する言葉にも聞こえるが、彼女はそんな安っぽくはない。
「……わかっています。しかし、お客さんに拙いものを聞かせるのもどうかと思います」
「そうね。でも、お客さんを感動させることよりも、お客さんに楽しんでもらうことが大事だとしたら、どうかしら」
「……何が言いたいんですか?」
すると千聖は、おもむろにケータイを取り出し、ある動画を紗夜に見せた。
『いぇーい! ちゃんと撮れてる? 千聖ちゃん』
動画には、元気にはしゃぐ日菜の姿が映し出されていた。
「この音……」
ギターを弾く日菜は普段の様子が嘘のようにクールで、そして楽しそうだった。演奏は文句なく巧い。しかしそれだけではない。聞いているこちらも楽しくなってくるような、そんな演奏。
自分の演奏は、どうだろうか。紗夜はそんなことを思っていた。
『今の、るん♪ってきた! おねーちゃんにも聞かせたかったなー』
(聞いたわよ、日菜)
思わず表情が緩んだ隙を見逃さず、千聖はこれ見よがしに得意げに動画を止めてケータイをしまう。
「これでわかってもらえたかしら。私たちPastel*Palettesの目指す音楽は」
「ええ。……それと、白鷺さん。さっきの動画、後でもらえませんか? 勘違いしないでいただきたいですが、日菜の演奏を参考にしてみようと思っただけで、他意はありません」
そう平静を装って告げる紗夜に、千聖は微笑ましさを感じながら、彼女の申し出を快諾した。
「ふふっ、もちろん、構わないわ」
スタジオに戻った紗夜は、真っ先に彩の元へ行き、先程の件を謝罪した。
「丸山さん、さっきは言いすぎてしまいました。すみません」
「ううん、私の方こそ。足手まといになりたくないのに、無茶して余計に足手まといなったらバカみたいだもんね」
「さ、練習を再開しましょう?」
「紗夜ちゃん、今日はありがとう!」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
練習が終わる頃には、彩ともすっかり仲直りしていた。
「紗夜ちゃん的には、今日の練習はるん♪ってきたかしら?」
「……バカにしてるんですか?」
千聖もそうやってからかうほどに、紗夜との距離を縮めていた。
「サヨさん、また一緒に練習しましょう!」
「ええ、また機会があれば」
「日菜さんにも、お大事にするよう伝えてください」
「ありがとうございます、大和さん。伝えておきますね」
こうして、パスパレメンバーと紗夜の合同練習は終わりを告げた。
(思ったより疲れたわ。でも、日菜の大事にしているものが、少しわかった気がする。楽しくやれているなら、それでいいのかもしれないわね)
帰路につきながら、紗夜はそんなことを思っていたのだった。
「ただいま……」
「おかえり、おねーちゃん!」
玄関で出迎えてくれた妹の顔を見て、紗夜は込み上げてくる様々な感情を押しとどめて、真っ先に彼女を叱りつけた。
「日菜! 薬を飲んで寝てなさいと言ったでしょ!」
「えー、もう熱下がったしー」
「とにかく、今日は安静にしていなさい。ぶり返したらまた練習に行けないわよ」
ぶつくさ文句を言いながらも、日菜は紗夜の言い分に従って、自分の部屋に戻った。
と、ひょこっと顔をのぞかせて、やや疲れた様子の姉に問う。
「おねーちゃん、パスパレの練習はどうだった?」
「どうって、別に……」
楽しかった。その言葉が出そうになって、紗夜は何故だか出ないように喉元で止めた。
「彩ちゃん面白かったでしょ? あんなに練習してるのに全然できないんだよねー。ほんっとに不思議でるん♪ってくるよね!」
「日菜……」
自分も散々言ってしまったとはいえ、紗夜は彩が不憫に思えてならないのだった。
「今度はあたしがロゼリアの練習に行きたいなー」
「それだけは絶対にダメよ!」
「えー、なんでー?」
日菜なら無意識のうちに、自分の居場所を奪ってしまいそうで、紗夜は怖くて仕方がないのだ。今の自分の楽しみであり全てであるギターまで奪われるわけにはいかない。
「ま、あたしにはパスパレがあるからいいけどねー」
紗夜はまだ、“パスパレの日菜ちゃんのお姉さん”なのだ。いつか、“パスパレの日菜”と“ロゼリアの紗夜”として、彼女と対等になれる日が来るように、研鑽を続けなければいけないと改めて感じる一日になったのだった。
「……おねーちゃん、今日はありがとう」
「これくらい、当たり前よ」
(終)