IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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放任教師

 新入生を受け持って二日目。

 生徒達は時間厳守で着席して教師を待っている訳もなく、あちこちと席を離れて友達と会話を楽しんでいた。

 予冷は既に鳴り終わった。

 一時間目の授業を担当する真耶も既に教室に入っていた。もちろん私と美生、クラリッサもだ。物々しい軍団である。

 だと言うのに、肝の据わった生徒達は平気で会話している。その顔には罪悪感の欠片も見受けられない。

 唯一の救いはもっとも面倒そうな面々が静かに着席していることだろう。

 そこまで目利きが良いわけではないが、一目見て高級そうな筆記用具を机に乗せて、教科書を見下しているセシリア。何故、教科書を見下しているのかは判断できない。無機物に教えられるということが嫌いなのか。

 凛とした佇まいで前を向いている箒。表情は真面目そのもの。一番正しい生徒の姿勢だと思われる。

 真ん中最前列の席から真っ直ぐ私を見つめてくる弟。その視線がとても鬱陶しい。

 

「なぁ、千冬姉」

 

 情けない声音を出す弟。今は授業中であり、黙るべき時間だということを理解しろ。

 それにしても、授業時間であるというのに、一体何用だろうか?

 

「どうかしました、一夏くん」

 

 私の横に立つ美生が代わりに応じる。弟は何が気に入らないのか、嫌なものを見たかのようにムッとする。まぁ、弟も私が声を以て応えることをしないということを知っているので、美生に文句を言いたそうにしながらも私に顔を向けた。

 

「千冬姉って管理人室で過ごしてるんだよな」

「そうですよ」

「俺の部屋どうやら一人部屋みたいでさぁ、部屋に誰もいないんだよ。家だと千冬姉と一緒だったから良かったけど、いざ寮に入ってみると寂しく感じるんだ」

 

 高校生にもなって寂しい。じゃあ人形でも買ってくれば良い。それとも女子と一緒の部屋になりたいとそれとなく言っているのか。もしも、女子と一緒の部屋が良いというのならば考えられるのは箒だな。顔見知りであり、必要以上に気を遣わなくて良いだろうからな。もちろん、箒が女子と見られていないと言う訳ではない。彼女の精神が弟よりも上であるからこその選択だ。

 

「人形でも買えば良いと思いますよ。あぁ、買いに行くのが恥ずかしいとか? 今時必要以上に騒ぎ立てる時代じゃないですから心配しないくて良いですよ。それともお金の問題ですか? 大きい人形は少々値が張りますからね、高校生のお小遣いでは心許無い。あ、でもアルバイトしてたからお金はありましたね」

 

 私の思ったことの中で、美生は人形という部分を採用して話してくれた。まぁもう一つの方は少しばかり問題のあるものだから間違いではない。

 勘違いしないでほしいのだが、美生は単に私の考えていることを言葉にしているのではない。ちゃんと吟味して取捨選択してから言葉にしてくれる。よって、私に失言というものは一切ない。そもそも話さないからあるはずもない。

 少し美貴の言い方が気に入らなかったのか、弟は「人形の話はしてねぇよ」と声を荒げた。おかげで周囲は静まり返ってくれた。ちなみに現状、授業時間は五分ほど浪費している。

 

「別に他人じゃないから、俺と千冬姉が一緒の部屋でもいいじゃないかって話だよ」

 

 馬鹿が目の前にいる。

 

「きひひ。馬鹿ですね」

 

 本心からの言葉なのか、それとも私の心を代弁したのか。美生は相も変わらず儚く消えてしまいそうな笑みを浮かべている。誰かが可哀想と呟いた。

 

「馬鹿って何だよ!」

「馬鹿ですよ。姉弟であろうと教員と生徒の関係ですよ。同じ部屋なんて無理に決まっているじゃないですか。君と一緒の部屋になると、たとえその気がなくても千冬の情報漏えいを疑われてしまいますよ。自分の姉に迷惑をかけたくないのなら、我慢するべきです」

 

 まるで幼子に言い聞かせるように言葉を紡ぐ美生。弟は「姉」という単語にひくりと頭を上げた。

 

「分かった。千冬姉に迷惑かけたくない」

 

 シスコンは姉という単語の前では聞き分けが良くなる。さすが美生だ。弟より長く生きているだけあって手綱を握るのが上手い。おかげで私はぞんぶんに楽することができる。日頃の労をねぎらうという意味を込めて食事に誘おう。弟の嫉妬? 知らない。

 

「……一つだけ聞きたいことがあるんだけど良いか、美生兄?」

 

 弟は何かを思いついたようで、美生に視線を向けた。

 

「千冬姉と一緒の部屋?」

「もちろん」

「おまぁえぇええぇーっ!?」

 

 美生のあっさりとした返答に、目をひん剥いて奇声を上げて痙攣する弟。何時だったかも似たようなやり取りをしていた気がするのだが。まぁ、どうせ大事になることはないだろう。

 

「そろそろ授業を始めなければいけませんね。山田先生、お願いします」

 

 そもそも美生は相手にしていない。

 真耶が発狂した弟を見て怯えて、教材と一緒に持ってきた缶ビールに手を伸ばそうとしていた。酒に逃げる駄目な大人である。

 この授業の舵取り役でない私は、目の前の惨憺たる光景が面倒になったので窓側へと退避する。今日も良い天気だ。窓側の席を手にした箒は毎日をさぞ楽しんでいることだろう。

 

「まだ二日目ですけどね」

 

 そうだな。

 

「ちょっと、織斑先生!」

 

 ヒステリックな声が耳を突く。肩を掴まれ無理矢理振り向かせられる。あぁ、空が見えなくなった。

 代わりに視界に映り込んできたのは良い笑顔のクラリッサだった。

 

「私は初めて聞いたんですが、美生先生と同じ部屋なんですって?」

 

 その通りだ。

 

「成人した男女が同じ部屋?」

 

 何故にもう一度言う?

 

「美生先生と織斑先生が同じ部屋?」

 

 ……授業中であることを忘れてはいまいか?

 

「卑怯です」

 

 何も卑怯じゃないだろう。そもそも何に対しての卑怯であるかを教えてほしい。

 

「幼馴染か何か知りませんが卑怯です。卑怯すぎます!」

 

 クラリッサが肩に置いた手を前後させるものだから、私はガクガクと揺さぶられる。美生が弟や酔いの入った真耶に絡まれているので意思相通ができないので、言葉でクラリッサを止めることはかなわない。

 私は仕方がなくクラリッサの首を締め上げて意識を飛ばした。

 がくりと膝を負って崩れ落ちそうになったクラリッサの体を片手で支えて、生徒達をぐるりと見渡した。全員が姿勢を正して前を向いている。数人は微かに震えていた。

 

「授業を始めますよ」

 

 私の言葉を美生が代弁して、ようやく授業が始まった。十分も無駄にしてしまったものだから、真耶には頑張ってもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 失われた時間は実に貴いものであった。十分は長いように見えるが、何かを行う上ではとても短く感じられる。あの十分があれば、授業を予定通りに終わらせることができたというのに。

 授業妨害を行った弟には反省文を書かせることにした。一人のせいで全員の貴重な時間が削られたのだから、当然の処置である。

 もちろん教師でありながら授業妨害を行ったクラリッサにも罰を与えることになった。私と美生と真耶で考えた結果は何も浮かばず、代わりに先輩教師が刑罰を決めてくれた。

 

『山田真耶の一週間分のアルコール代を持つこと』

 

 一見するとくだらない罰であるが、相手が真耶だと話が違ってくる。

 真耶っは緊張したりすると缶ビールを一杯飲む。

 アルコールの効果は缶ビール一杯ならきっちり一時間。

 受け持つ授業は一組だけで良いが、それでも三コマほど一日受け持っている。自分の授業時間以外でも一杯飲む。つまり一日六杯は飲むことになる。

 一週間となると授業のない日曜日と午前中だけの土曜日を考えても、単純に三十杯は飲むことになる。

 飲まないので正確なビールの値段は分からないが、一週間分のビール代は三万くらいはするか。

 ……真耶はどうやって生活しているんだ?

 とにかくだが、クラリッサはビール代約三万を支払わなければならないことになった。財布を見て泣いていたのが印象的だった。きっと、もう授業妨害はしなくなるだろう。

 うんうんと頷きながら美生と一緒に食堂で昼食を食べる。

 向かい側に座っている美生は枯れ木な見た目に合わせて少食な男である。小盛のきつねうどんを音もなく啜っていた。

 

「オルコットさんと一夏くんの試合ですけど」

 

 ……あぁ、勝手にイベントを作るなと先輩教師に怒られたアレか。

 

「第三アリーナなら月曜日に使用できるみたいですよ」

 

 月曜日か。来週まで延びるな。

 

「仕方ありませんよ。急な話ですから」

 

 確かに。まぁ、決めた以上はやる。せっかく真耶が頑張ってくれたのだから。

 そういえば、弟の為に倉持研究所がISを製作していると噂で聞いたのだが、アレは事実なのだろうか。

 

「あー、事実らしいですけど。まだ企画段階で始まったばかりと聞きました」

 

 そうか。まぁ研究所も初めての男でどうすればいいのか分からないのだろう。慎重にやるのは悪いことではないから文句はない。私のことではないから文句は全くない。

 弟は量産機で代表候補生を相手にしなければいけないわけだ。まぁ、これも人生経験の一つになる。必ずしも対等な条件で戦えるのではないのだ。

 

「厳しいですね……表向きは」

 

 そうだな。所詮は自分のことしか考えていないからな。アレは弟であって私の一部ではないから、最終的にはどうなっても構わない。まぁ、身内として外道に進むのは止めてもらいたい。本人がどうしてもって言うのなら許すけれども。

 

「許すんですね。一夏くんの人生だから外からあれこれ言うのも間違ってますから、千冬の態度がちょうどいいですね。親をやっているのではないですから」

 

 二人して放任を宣言すると食事を再開した。

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