二十歳を過ぎると何となく一日が早く過ぎ去ってしまう気がする。
人間は生まれてから二十歳までの体感時間と、二十歳から死ぬまでの体感時間は同じだと聞く。二十歳までの時間が長く、二十歳以降の時間は短く感じられるということだ。
きっと、生まれてから二十歳まではきっと多くのことを経験するから長く感じるのだろう。アレもこれも何を以ても初体験で、脳が刺激されるから長く感じるのかもしれない。
二十歳以降になると大体世の中や身の回りを理解してきている。だから脳が刺激になれて動じなくなってしまったのだろう。刺激されないから時間が短く感じられるのかもしれない。
何が言いたいかというと、一週間はとても短いということだ。この前が月曜日だと思っていたら、もう月曜日が再来している。昔は一週間が長く感じられたというのに。
クラス代表の座をめぐって、本日の放課後にセシリア・オルコット対織斑一夏の決闘が行われる。
今日という日をセシリアは胸を張って過ごし、弟は悪あがきと言わんばかりに参考書を舐め回していた。箒がそう教えてくれた。
聞くところによると、箒が訓練に付き合おうかと弟に言ったらしい。救いの手を差し伸べたらしいのだが、馬鹿な弟は「千冬姉以外の手助けはいらない」と拒否したそうだ。実に馬鹿である。
そんな弟の発言に対して、箒は別にショックを受けている様子はなかった。それどころか笑顔で頑張れと言ったらしい。さすが力こそが全てと公言しているだけあって包容力がある。
放課後の決闘であるが。少しばかり問題が発生している。
問題と言っても選手の片方が怪我して出れないとか、アリーナの使用許可が実は下りていなかったなどという重大なものではない。
決闘を行う上での問題は一つもない。真耶の仕事は信用してもいい。
問題は私の目の前に立ちふさがっていた。
「……倉持研究所に確認してみましたが、織斑くん用のISはまだ完成していないということだそうです」
隣にいる真耶が一般的に可愛らしいとされるメモ帳を開いて報告してくる。
「他のIS関連の企業の中で、織斑くんのISを製作しているという話もでてきていません」
ペラペラと紙を捲る音が聞こえてくる。どうやら入念に確認したようだ。
「……このISはどこからやって来たんでしょうか?」
真耶の疑問に私は目の前に鎮座しているISを観察する。
機体色は白い。形は流線型で鋭く、無駄な装飾は見受けられない。
このISはIS学園の敷地内にぽつんと置かれていた。
最初の発見者は真耶で、彼女は大慌てで酒を飲んでから私を呼びに行ったそうだ。
「本当に何なんでしょうか?」
何であるかは現状分からない。ただ、天下のIS様であると同時に、不用意に手を出してはいけない不審物でもある。
真耶の推測では、もしかしたら弟のISではないかと。
なので急遽、各IS関連企業に確認したが結果は白。どこの企業もこんなものは作っていないとのことだ。
製作者不明の白いIS。たとえ真耶の言うように弟の為に送られてきたものであっても、色々と不明な点があるので無警戒に弟に与えることはできない。何か仕掛けられている可能性もある。
ひとまず整備士を呼ぶことにしようと、真耶に視線を向ける。
真耶は見られていることに首を傾げる。
「何ですか織斑先生?」
悲しいことに意思相通ができない状態にある。この場に美生が居ないのだ。
私の通訳を担当する美生は決闘の為に色々と動いている。弟が試合で使うISの貸出申請を行ったり、大戦ルールやアリーナの使用時間の確認を行っているのだ。……クラリッサもだった。
現場には私と真耶しかいない。
会話は不可能である。
指示を出すこともできない。
しかしながら、寡黙を突き通す私にも意志疎通の手段がないわけでもない。
真耶の手からメモ帳を取り上げる。彼女は驚愕の声を上げる。
私はペンを取り出してメモ帳に文字を書いていき、びりっとページを破った。真耶が情けない声を出す。
破いたページを真耶に押し付ける。内容は『整備士 第二整備室 招集』と簡素なものである。無駄な言葉を記す必要などない。
メモの内容を理解した彼女は「分かりました」と返事をして颯爽と駆けていった。酔っているのに人目も気にせずに豪快な全力疾走で走って居なくなった。全く乱れのない走りだった。
真耶が居なくなったのを確認して、私はいまだに沈黙を保ち続けるISに手をかけて持ち上げた。思っていたよりも幾分か軽い。
機械の塊であるソレを軽々と担いで、私も第二整備室へと向かった。
「ふうむ。ここの施設では限界があるなぁ。もっと詳しく調べるのなら倉持のところにもっていくべきだ」
一時間ばかしの時間をかけて、白いISを調べた学園所属の整備士が提案をする。
三十代後半の整備士。性別はオスだ。熊を思わせるガタイと強面のせいで、女子生徒から男ではなくオスと言われている可哀想な人だ。 見た目が熊だからといって機械を馬鹿力でこじ開けるような人間ではないのでそこは安心していい。彼は繊細な仕事をしてくれる。
「えぇっと、じゃあ今のところ問題点は見つかっていないんですね」
「正確には見つけられていないだ。言葉は正確にだぞお嬢ちゃん。なぁ、千冬さん」
彼から見れば、私と真耶はそこまで年齢が離れている訳ではないはずなのに、どうしてか彼は私を名前で呼ぶ。それも『さん』付けでだ。初めて会った時はお嬢ちゃんと言われていたと記憶しているのだが。
「倉持には俺の方で連絡しておくが、なんでまたISなんて放置されていたんだぁ?」
巨大な手の中でレンチをくるくると回す整備士の言葉に、私は今更ながら一つの可能性を思いついていた。
世界にその名を轟かせた天才。篠ノ之束という存在がいた。
馬鹿と天才は紙一重という言葉があるのだから、篠ノ之束が学園の敷地内にISの一つや二つ放置しても不思議はない。
まぁ、アレが犯人だと過程してだ。一体何を目的にISを置いたのだろうか。一応馬鹿だからという理由一つで終わらせることができるが、それで済ましてしまうと見落とす部分がある。
奴が弟にISを渡す理由とは何だろう?
…………他人の考えなんて分からないものだ。
「あーあ。どうしますか織斑先生? 試合もう終わっちゃってますよ。どっちが勝ったんですかね」
ISのことなど蚊帳の外へ追い払ったのか、今回の決闘を心底見たかったと残念そうに溜息を吐く真耶。
最初にそう言ってくれれば送り出したというのに、律儀に一時間以上も結果を聞くために待っていたな。それは私も同じか。終わったら連絡してもらえるようにすれば良かった。
まぁ、結果は言わずもがなと言ったところか。相手は代表候補生なので素人である弟の勝率は一桁台だ。よほどのことがない限り驚愕の結果にはならない。
「一夏くんの勝ちですよ」
ISのことを整備士に任せて教員室に戻ると、美生が出合い頭に報告してきた。苦笑いを浮かべているところから嘘ではないのだろう。そして同時に純粋な勝利でなかったのか。
「お、織斑くん、かかかか勝ったんですか!?」
目を丸くして聞き直す真耶。酔いが醒めたのか喋り方が緊張でガクガクしていた。彼女は本当に引きずることなく酔いが醒めるな。
真耶は自分のデスクから缶ビールを取り出して一杯飲む。美生の背後に控えていたクラリッサが苦しそうに喘ぐのが聞こえた。 あぁ、あの罰は明日まで有効だったな。
「ぷはぁっ! で、どうして織斑くんが勝ったんですか? 裏取引でもしたんですか?」
アルコール投与によって緊張感とオブラートに包むということをなくした真耶に、美生は首を横に振って応えた。裏取引はしていないようだ。
まぁ、私は別に弟がどうこう言われても気にならないし、美生もどうでもいいと思っているだろうから失言でもなんでもない。
「裏取引は知りませんけど、オルコットさんが途中棄権したために一夏くんの勝利が決まりましたね」
「試合中に何かしらのやり取りをしていたので、それが原因だと考えられますね、美生先生」
美生の隣に並び立つように出てきたクラリッサ。射殺さんばかりに真耶を睨みつけているが、美生の名前を呼ぶときは何か甘ったるい。しかし、アルコールを吸収した彼女には全く効いていない。私にも何も効いていない。
「試合中に裏取引を考えることはできますが。相手は富豪で並大抵のことで取引に応じるとは思えません」
だろうな。そもそも弟に取引なんて高等な真似ができるとは思えない。
だから弟が勝利したとすると、セシリアのクラス代表への熱意が失せたからの途中棄権なのだろう。
まぁ、何にせよ代表が決まったのは何よりだ。
ある富豪とシスコンの会話
「ふふふ。量産機でこのセシリア・オルコットを倒せると思って?」
「不利は承知だ。それでもここで引き下がったら男が廃る!」
「そんなお金にもならないプライド振りかざして。もう、お馬鹿ですわ」
「うるせぇ! 事あるごとに金だ何だ言うお前よりはマシだ。どうせ全ての金でどうにかなると思っているだろ!」
「金でどうにかならないことも色々ありますわ」
「……あぁ、そう」
「それでもわたくしは欲しい物をお金で得てきましたわ。お金があれば全てが買えましたわ。IS学園への入学の権利だって買えました」
「すげぇ、最悪だな。金で買うなんて」
「ですが」
「……?」
「代表候補生の座は実力で勝ち取りましたわ」
「そ、そうじゃなくちゃな(代表候補生の座も金で買ったと思ってたぜ)。」
「ところで、どうして貴方はクラス代表になるのを嫌がるのかしら」
「クラス代表なんて面倒に決まってるだろう。クラスのみんなだって面倒でなる価値がないから手をあげてなかったわけだし」
「……価値がない?」
「クラス代表がやりたいなら、どうぞやってくれって感じだ…よ?」
「ふうん。価値がない。ならわたくし途中棄権させていただきますわ」
「……は?」
「価値がないものなど欲しくありませんので。ではごきげんよう」
「え? ちょっと!? 待てよ!」