では、どうぞ。
シャルル・デュノア。
目の前で人懐こそうな笑顔を浮かべて握手を求めてくる男の名前だ。二十歳を過ぎが男性にしては高い声は女装をして喋れば女に間違われることだろう。男というわりには華奢な身体つきと妙に合っている。
シャルルが握手を求めて来たので私は手を差し出して握手する。本当に男かと疑問を投げかけたくなるくらい柔らかい手だ。
真耶が小声で「守ってあげたくなる系の男性ですねぇ」と評価を下していた。目が釘付けである。そして頬を赤らめている。
警戒心の薄い真耶とは違い、クラリッサの方はうさん臭いものを見るかのような顔をしている。だが、それは一瞬で好意的な顔へと変えて握手に応じた。
私の通訳を買って出てくれている美生はというと、こういう人もいるのかと、大した関心も抱いていないようだった。何事もなく握手を交わして終わった。
おかしなことになった。そう思わずにはいられない。
私の通訳を担当する美生と、最初から一組の副担任に任命されている真耶は良い。少しだけ変わっているがまだ許せる範囲である。二人くらいなら珍しいで済む。
しかし、副担任が四人となるとおかしいと首を捻ってしまう。何をそんなに人材を投入する必要があるのか。このクラスは担任と副担任の二人では手に負えない生徒達が跋扈しているのであるおうか。もしくは担任と副担任に問題が見つかって慌てて補佐を投入したのであろうか。
後者の方は心当たりがないわけでもない。いや、前者の方も心当たりがないわけでもないのだが。
喋らない担任。
通訳しかしない副担任。
酒気帯び労働をする副担任。
自分のことではあるが駄目な布陣だ。誰がどうみても酷過ぎる教師の集まりだ。
そこに補佐として加わったのは仕事中に恋愛事を持ち込む副担任だ。類は友を呼ぶという言葉の通りの輩がやってきたということだ。
そこで、次の補佐が今目の前にいることになるのだが、彼は一体どんな人物であるのか。クラリッサ以上に面倒な人間でないことを祈る。
「教師生活ってちょっとだけ憧れていたんだよね。しっかりできるかな?」
憧れ? それはもしかして今日初めて教師をするということか?
「えーっと、デュノアくん?」
憧れという言葉に引っかかった私の為に、美生が手を挙げて質問してくれる。
「はい。何かな美生先生?」
「ここに来るまでは何をしていたんですか?」
「パパのところで秘書の真似事をしてたよ」
秘書の真似事か。真似事と言うくらいだから、そこまでのことはしてこなかったのだろうな。生徒達の馬鹿騒ぎにパニックにならなければ良いのだが。
荒事に慣れているであろうクラリッサの時は特に気にしないで済んだから、シャルルの世話はより大変そうだ。
シャルルを伴って一年一組の教室の入るとちょっとした騒ぎが起こっていた。騒ぎと言っても乱闘が起こっているのではない。
一人の見慣れない生徒が大声で弟に何かを言っているのだ。
見るに周囲は興味深々といった具合で黙って成り行きを見守っていた。誰も注意しようとしない。
「アタシが来たからにはそう簡単に優勝できると思わないことね。頑張って頑張ってアタシが負けても良いかな、なんて思っちゃうくらい努力しないと優勝できないんだからね」
誰も止めに入らないわけだ。
朝のHRが始まるから演説を止めて帰ってほしい。
「お話中すみません」
枯れ木のような体躯のどこから出たのか、大きくはっきりとした声で演説に割って入る美生。さすがの生徒
もびっくりしてこちらを振り返って、さらにびっくりしていた。
「美生さん!?」
「千冬もいますよ」
「千冬さん!?」
あぁ、この学園の生徒としては見知らぬ存在だが、個人的には見知った人物である。
凰鈴音。弟の友達である。
「お、お久しぶりです千冬さん、美生さん」
小柄で活発な少女であり、思い立ったが即行動する人間だ。
「お久しぶりです鈴さん。積もる話もあるでしょうが、そろそろ時間なので」
美生が時計を指差すと鈴はハッとなった。
「まずい。初日から隣の教室に居て遅刻するのはヤバい。じゃあ、一夏。覚悟しておきなさいよ。そのぐずぐずに腐りきった性根を叩き斬ってあげるからね」
鈴は私の横をすり抜けて二組の教室へと飛び込んだ。活発というのは見方によってはそそっかしく見える。
「さぁ、HRをはじめますよ」
美生が手を叩いて宣言すると、今まで面白そうに事態を見守っていた面々がパパッと席に着く。良く騒ぐ生徒達は意外にも指示に従ってくれるので、そこら辺は手がかからない。
生徒達が全員席に着くのを確認して、真耶が「おはようございます」とあいさつした。どことなく口元が緩んで見えるのは、シャルルのことがあるからか。それとも酒を飲んで緊張が飛んでいったからか。
「今日はですね。みなさんに嬉しい報告があります。なんとですね、このクラスに新しい副担任が来ました」
やりましたね、と手をパチパチ叩きながらはしゃぐ真耶。深く考えずに喜ぶ生徒達。
「では、デュノア先生。どうぞ入ってきてください」
真耶が呼ぶと教室の前の扉が開いてシャルルが入ってきた。
万雷の拍手が巻き起こるかと思ったが、生徒達は逆に静まり返ってしまった。誰もが反応することを忘れてしまったかのようにポカンとしている。
「お……おとこ?」
それは水面に落ちた小石だった。
「イケメン!」
「守ってあげたくなタイプだ!」
「わんこよ!」
「キサマ、織斑先生に色目を使う気だな!」
「千冬姉に近づいてんじゃねぇ!」
「男……いや、私の観察力が……」
「あの程度の美形。わたくしの財力にかかれば」
勢いを取り戻した生徒達が思い思いに騒ぎ始める。
しかしそれも、シャルルがゆっくりと手を挙げたことで収まった。何を話すのか気になってしょうがないようだ。
「はじめましてシャルル・デュノアです。フランスから来ました」
ニッコリと笑みを浮かべると何人かが黄色い悲鳴を上げた。
「趣味は男装だよ」
…………………………趣味は男装?
つまり、シャルル・デュノアは女性に見えてしまう男性ではなく、男性に見せている女性?
何で男装などしているのだろうか。まぁ、本人が趣味と言っているから構わないか。
「それと、本名はシャルロット・デュノアだからね。シャルルは男装している時の名前だけど、好きな方で呼んでくれて良いよ」
名前もウソだったのか。男装をより完璧にする為に男性名を名乗ったということか。男装について全く知識がないからよく分からない。
まぁ、彼もとい彼女の男装によってクラスの女子達が固まってしまったので、まずはそれをどうにかしないといけない。こんな状態では授業がまともに頭に入らないだろうからな。
あるシスコンとセカンドの会話
「久しぶりね一夏」
「その声は鈴。鈴なのかお前!?」
「そうよ、アタシよ」
「久しぶりだな」
「本当に久しぶりよ。テレビでアンタが出た時にはビックリしたんだから。シスコン過ぎてダメダメなのに一著前にテレビなんて出ちゃってさ」
「相変わらず、言いたい放題だな」
「あれこれ言われたくないなら頑張って姉離れしないさいよ」
「断る!」
「ブッ飛ばして良い?」
「すぐに暴力を振るおうとするなよ」
「これは愛の鞭で暴力じゃないから。アンタには説教よりも鉄拳制裁の方が良いのよ」
「人間話し合えば大概なんとかなるんだぞ」
「千冬さんが絡むとどうしようもなくなるアンタの言える台詞じゃないわよ。ところで、一夏。クラス代表になったんだって」
「不本意ながらな」
「ふーん。不本意ながらね。でも、なった以上はきちんと役目を果たすわよね」
「えー」
「えー、じゃない。アンタ嫌な事でも少しは努力しなさいよ。今度クラス対抗戦が行われるのに、それじゃあ全敗よ」
「大丈夫だぜ鈴。俺は千冬姉の弟だからきっと強いはずだぞ」
「馬鹿でしょアンタ。たとえアンタが強かったとしても、今や代表候補生にまで上り詰めたアタシが立ち塞がるのよ。 アタシが来たからにはそう簡単に優勝できると思わないことね。頑張って頑張ってアタシが負けても良いかな、なんて思っちゃうくらい努力しないと優勝できないんだからね」