「千冬姉! 俺と組んでくれ!」
職員室の扉を五月蠅く鳴らして開けて入ってきた弟の第一声。脈絡がなくて何が言いたいのかさっぱり分からない。お前は授業で文法を習っているのか。
「話か見えてきませんよ。一夏くん、きちんと最初から話してください」
隣にいる美生にも分からなかったようだ。
弟は美生に話をするよう言われると少しだけムッとした表情になる。そして私を見てくる。何だか分からないが、分からないなりに頷いてみると、弟は急に嬉しそうな顔になって話し始めた。
弟が言うには、学年別トーナメントがもうすぐあるからクラス内でパートナーを探す話しが上がったらしい。そこで弟は幼馴染である箒を誘ったそうだが、彼女は既にセシリアと組んでいたようで誘えなかった。なら、鈴ならどうかと向かって見れば、これまた彼女も既にパートナーがいて組めなかった。
その結果、どうしてか余り者同士でラウラと組むことになった。
うん、どこも不思議なことなどない。なるべくしてなった。そう言うよりほかない。
「何か不満でもあるんですか?」
「何を聞いていたんだ美生兄は!」
「愚痴ですね」
「ちゃんと聞いてるじゃないか!?」
つまりは、ラウラと組みたくない。そう言いたいわけだな。ただの我が儘を言いに来ただけなんだな。
「えっと、一夏くんはボーデヴィッヒさんと組みたくないと?」
「俺が千冬姉以外の人間と組むと思ってるのか?」
「我が儘は駄目ですよ。きっとボーデヴィッヒさんも組みたくないと思ってますから」
「じゃあ良いじゃん。お互いに意見が一致してるなら良いじゃないか」
「駄目です」
弟とラウラは仲が悪い。その理由にはどうやら私が関わっているそうだが、こちらからしてみれば私を理由に勝手に仲を悪くしないでもらいたい。弟は驚異のシスコン。ラウラは一度もあったことがない私に尊敬と憧れと、その他もろもろの想いを抱いているらしい。そうクラリッサがニヤニヤしながら耳打ちしてきたのを覚えている。何をそんなにニヤつく必要があるのか。
「アイツ、俺と組むと分かった瞬間にビンタしてきたんだぞ。すげぇ痛かったんぞ。お返しにパンチしようとしたら足かけされてマウントで殴られて本当に痛くてなきそうになったんだぜ。千冬姉、おまじないをかけてくれ。痛いの痛いのとんでけーって」
嫌だ。
「嫌だそうですよ」
美生が私の想いを言葉にしてくれると弟は泣きながら出ていった。
弟が出て行って数分後、今度はラウラがやってきた。不満ありといった顔をしている。さっきの今で話の内容はなんとなく想像できる。
「織斑教官! 私と組んで学年一を目指しませんか!」
頭を下げ手を差し出してくるラウラ。その手を取れと言いたいのか。あといつの間に私は先生から教官に変わったんだ。格上げなのか格下げなのか少々分かり辛い変化だ。
「あのですね、ラウ――」
「貴様は黙ってろ金魚のフン」
酷い罵声だ。だけど、あまり他人の言葉に揺れ動かされることのない美生には全く効かない。きひひと笑ってから言われるままに口を閉ざした。これで私とラウラの会話は成立しなくなった。
さてどうするか、とラウラの方を見ると何故か忌々しげに美生を睨みつけていた。言いつけ通りに黙っているというのに、何が気に入らないのか。
暫く美生を睨みつけていたラウラは、はぁ、と溜息を吐き出すと諦めたかのような声を出した。
「……やっぱり発言を許可する」
ようやく気がついたらしい。私の言葉は美生を通してでしか聞けないということを。
咳払いを数回して場の雰囲気をリセットすると、ラウラは私に向き直って口を開いた。
ラウラは学年別トーナメントに向けてのパートナー選びを全くしてこなかったので、よりによって組みたくもない弟と組むことになってしまった。その時に激昂して殴ってみれば反撃してきたので
より一層パートナーを組みたくなくなったそうだ。
話を聞いて私が思ったことは一つだ。理不尽と言って良いほどラウラの人間性に問題がある。
「私は教官と組みたいとは思っても、教官の栄光を笠に着て何もしない織斑一夏とは自害してでも組みたくありません」
他人様の弟をボロクソと言ってくれる。まぁ、そこは個人の感想だから別に構わない。誰が何と思おうとそれは自由だからな。問題があるとすればそれを平気で口に出すことか。
ともかくラウラが状況を拒否して自害しようが何しようが、決まったものは決まったものなので変更はしない。
期限付きではあるが相方を選ぶ権利は尊重しておいた。そして警告としてパートナーを作れなかった生徒はできなかった者同士でランダムに組ませるともプリントに書いておいた。
それなのに相方選びの権利を捨て、期限まで何もせずにいておいて警告の通りにパートナーが決まると嫌だと文句を言う。自分の蒔いた種なのだから諦めろ。
「諦めてください」
「それは教官の言葉か? それともお前の言葉か? 後者なら分かっているな?」
「きひひ、前者ですよ」
物騒な言葉を平気で吐き出すラウラとそれに動じない美生。下手な突っかかりがないから話がスムーズに進んでいる。
「教官の言葉なら受け入れざるを得ない。分かりました教官。不本意ではありますがアレと一緒に学年一を目指します」
宣言するなり、教員室から飛び出していった。これから弟を捕まえて学園別トーナメントで使い物になるよう徹底的に扱くか、一人で二人を相手するつもりで自己鍛錬に励むかのどちら、もしかしたら自分の力を過信して甘い物でも食うんじゃないか。
ともかくラウラのの行動の未来予想なんて私にはできない。
まぁ、手のかかるような問題行動だけは起さないでほしい。
「そうですね」
本当にだ。
さて、学年別トーナメントの結果について話をするか。
白熱した戦いを展開したということはなく、どれもこれも少しかじった程度の素人だ。他人を魅せる技とか戦いの駆け引きなんてものは一切なく、どちらかと言えばこれから一年どう成長していくのかを想像する楽しみがあるくらいだ。
その中で専用機持ち達の試合は一般生徒達とは違って多少は見れる試合だった。
一学年で最も優勝すると言われていたペアは三組だ。弟とラウラのペア、箒とセシリアのペア、鈴と更識簪という女子生徒のペア。その誰もが圧倒的な力で他のペアを打ち倒していった。
三組の中で一番最初に脱落したのは鈴・簪ペアだった。箒・セシリアのペアと当たり接戦だったが箒達のペアが勝利を収めた。
弟・ラウラのペアと箒・セシリアのペアの試合は決勝戦だった。
はっきり言おう。酷い試合だった。
もともと犬猿の仲である弟とラウラはコンビネーションなんて全くできず、更には互いのピンチを助けることもしない。もはやペアでなく個人の戦いになっていた。一対一対二の試合だ。
対する箒・セシリアのペアは箒が若干実力不足ではあるが、しっかりと練習してきたのかコンビネーションは良くできていて統一感があった。
凸凹コンビが勝てるはずもなく、優勝は箒・セシリアのペアだった。
当然の結果だ。
ラウラが負けたのを見て、クラリッサが舌打ちをしていたな。やはり部下が負けるのは悔しいようだ。普段は駄目だ何だと言っているが、彼女なりにラウラのことを気にしているらしい。
シャルロットの方は特に誰を応援していることはなかったようだ。誰が負けても残念そうで、また誰が勝っても嬉しそうにしていた。それも分け隔てなくだ。
ちなみに私も美生も誰押しというのはなかった。
弟? 別に応援していないが、何か?
『勧誘』~姉と力と金
「なぁ、箒。今度学年別トーナメントがあるだろ。俺と組まないか?」
「悪いが一夏。私は既にパートナーを見つけて紙を提出した」
「え? ちょっと待て。誰とだ?」
「わたくしですわ。一夏さん、残念でしたね。貴女の幼馴染である箒さんはわたくしが買収いたしましたわ」
「そういうことだ」
「そういうことだって、金でなびいたってことかよ」
「お金は力でしてよ、一夏さん。金の切れ目が縁の切れ目、経済力のあるものが全てを手に入れるのですわ」
「セシリア。もっと良いことわざを使ったらどうだ」
「あら、箒さん。これは心理ですよ」
「心理かどうかともかく、箒。お前は金の為に幼馴染を見捨てたのか?」
「……いや」
「変な間があるぞ!?」
「ふふん。ちなみに五万で箒さんを雇いましたので、もしも箒さんを欲するならそれ以上出して、かつ彼女が納得して頷いたら、わたくしは身を引きますわ。
「五万……えぇ~」
「その程度の熱意ですか」
「一夏。誤解のないように言っておくが、私は確かにセシリアとペアを組む気はあったが、それよりも早くお前が声をかけてくれれば喜んでお前とペアを組んでいたぞ。それにセシリアに頼んで三日間だけ猶予をもらったんだ。三日経つまでにお前が誘ってくれたら、セシリアとは組まないでお前と組もうと」
「つまり、箒さんがお金になびいたわけではなく、貴方が彼女の差し出していた手に気がつかなかっただけですわ」
「うっ!?」
「それなのに見捨てたどうのこうの言うのは間違いではなくって?」
「チクショウ!」
「あ、逃げましたわ」
「あやつ、友達少ないのに誰と組むつもりだ?」
「鈴さんは……たしか四組の更識という方と組むことになってましたわね」
「……まさか、織斑先生と組むなんて言うつもりではあるまいな」
「……可能性はありますわね」