IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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臨海教師

 バスに揺られてどんぶらこ。

 今日からは臨海学校だ。場所はIS学園よりも遠い場所。地図を見ているわけではないので詳しい位置が分からない。ただ、去年も一学年の担任をしていたので目的地の風景は覚えている。

 去年もそうだったが、今年の一年生もまぁ海に行くと分かっているのでバスの中は騒がしい。十代女子は遊びたい盛りだろうから自然とテンションが上がってしまうのだろうな。日々をIS学園という檻で過ごしているのも理由かもしれない。

 教師である私はバスの最前列に座っている。景色に興味がないから目を閉じて目的地に着くのを黙って待っていた。

 後ろでは窓から海が見えてからというもの更に騒がしくなっていた。本当に騒がしい。運転手の迷惑にならないように事前に真耶が注意したのに誰も気にしてはいないようだ。

 

「いやーん。若い子は元気ね。おねーさんもこう体の奥底から元気になってきちゃうよ」

 

 通路を挟んで隣の席にいる女子生徒が気持ちの悪い声音で独り言を言っている。気配からして私の方を見ていないでもないが、きっと気のせいだと思うから独り言だろう。今日という日において彼女は異分子であるから誰も彼女の独り言に耳を貸すことはない。

 

「うふふ。まさかもう一度臨海学校に来れるとは、さすが私ね!」

 

 自画自賛。これも独り言だな。通路を挟んだ向かい側の席から視線を感じるようなそうでもないような気がするが、このような曖昧な感覚なら気のせいだろう。

 

「気のせいじゃないですか? 少なくともワタシは何も感じませんよ」

 

 隣の窓側の席に座る美生が眠そうな顔をしながら賛同してくれる。賛同してすぐに船を漕ぎ始めて頭をかくんと揺らしていた。

 そっとしておこう。……そっとしておいたら誰とも会話が成立しなくなるな。だが眠っている美生を起してしまうのは悪い。手間だが筆談で会話すればいいな。

 服のポケットからメモ帳とボールペンを取り出してから強い視線を送ってくる隣人の方へと顔を向けた。不敵な笑みを浮かべた水色の髪の女子生徒がいた。

 一学年の行事に勝手に参加してきた彼女は二年生であり、IS学園生徒会会長の更識楯無だ。

 

『五月蠅い』

 

 ボールペンを走らせてメモ帳に書いた文字を突き付ける。

 

「織斑先生……よくそんな難しい漢字スラスラかけますね」

『憂鬱』

「うわぁ……」

『会話終了』

「終了しないでください。私がここにいる理由を聞かないんですか!?」

『興味ない。出発する前に布仏虚から聞いた』

 

 布仏虚は生徒会に所属している三年生の名前だ。私のクラスにいる布仏本音の姉らしい。聞くところによると彼女たちは代々更識家に仕えているそうで、楯無と虚、四組の更識と本音がそれぞれ一緒にいるのは校内で良く見る。

 

「ちなみなんて聞いたのか教えてもらってもいいでしょか?」

 

 言う必要はない。私は正面を向いて目を閉じた。早く目的地に着かないかな。

 

「え? なんて吹き込まれたの!? あることないこと言われたんですか!?」

 

 楯無がギャアギャアと騒ぐのが耳障りなので、彼女に背を向けて眠ることにした。騒がしい中で美生の微かな寝息が何故かよく聞こえた。

 

「無視しないでください」

 

 無視する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 美生に肩を揺すられて起きてみると、ちょうどバスが目的地の旅館に到着した。窓越しに見える旅館はまったく変わっていないように見える。

 バスから降りると一学年の教師たちが生徒たちを炎天下の中整列させて旅館の女将さんに挨拶をさせる。女将も去年と全然変わらなかった。

 女将から旅館での諸注意を受けると、生徒たちは今日一日自由時間になる。彼女たちは海に出るために旅館に走っていった。旅館内では走らないようにと注意されたが、はたして何人の生徒が言いつけを守れるだろうか。

 教師たちは午前中に明日の打ち合わせがあるので、海に出られるのは午後からだ。打ち合わせの進行具合によっては海に出られる時間が早くもなるし遅くもなるので、教師たちは誰もが早足で旅館内の会議室へと向かって行った。

 海を目の前にすると人間が変わってしまうのだな、なんて去年ぶりに思っていると両腕を拘束された。

 

「織斑先生。早く行きますよ。海が待っていますから」

「そうだよ。時間は有効に使わないとね」

 

 私の腕を掴んだのはクラリッサとシャルロットだった。彼女たちに引きずられるようにして私も会議室へと連行されてしまった。私のペースで歩かせてほしい、と主張したかったが、去年ゆっくりと会議室に行ったら全員に怒られたので主張は取りやめた。

 打ち合わせは血走った目をした教師たちによる流れるような動きで素早く終わった。会議時間はわずか二十分と去年よりも三十分も短くなっていた。すばらしい努力だ。きっと来年はもう十分短縮しているだろう。

 打ち合わせが終わってしまえば教師たちも自由時間だ。彼女たちはさっさと会議室から飛び出していってしまった。この場に残ったのは急ぐ必要のない私と美生、彼女たちの勢いに硬直してしまったクラリッサとシャルロットの四人だった。ちなみに真耶はあれらの集団に混じってすぐさまいなくなっていた。

 

「速いなぁ。みんな海が好きなんだね」

「では私たちも行きましょう」

 

 ようやく石化の解けたシャルロットとクラリッサ。どうしてだか二人して私の手を取って会議室を出ようとする。いや、別に私も会議室に用はないから構わないのだけど、どうして私の腕を引っ張る。

 

「デュノア先生にハルフォーフ先生。どうして千冬の腕を引っ張っているんですか?」

 

 私自身が気になっていることを美生も気になっていたようで不思議そうな顔をしている。

 

「どうしてって。織斑先生は女性ですから一緒に更衣室へ行くのは不思議ではないですよ、美生先生」

「え? 千冬は海には行きませんよ?」

「行かない? どうしてなんで馬鹿なの?」

 

 どうしてかシャルロットに馬鹿呼ばわりされてしまった。海に行かない奴は馬鹿なんて理論はない。

 去年もそうだったが、私は臨海学校に来て海に入ったことはない。諸事情により泣く泣く海を諦めているのではない。

 こう言うと批判が来るかもしれないが、特に海に入りたいと思わない。

 

「千冬もワタシも海にそこまでテンションが上がる人間じゃないんですよ」

「うっわぁー。もったいない人種だ」

「美生先生もですか」

 

 何故か軽蔑の眼差しを向けてくるシャルロットと、残念そうな顔で美生をチラチラ見るクラリッサ。

 どんな顔をしようがどんな視線を送ってこようが私と美生ははなから海に入るきはないので、二人と別れて廊下を歩いて自分たちの部屋へと向かった。

 旅館においても私と美生は同じ部屋にさせられた。一緒に臨海学校に来た先輩教師が部屋割りを決めたのだが、彼女は男女という垣根が見えていないのか即決で私と美生を同じ部屋にしたのである。個人的にはありがたい話なのだが、少しは悩む姿を見せた方が良いと思った。

 私たちは部屋に入るなり畳にゴロンと横になって夕飯の時間まで二人して何もせずに眠った。

 夕飯時にシャルロットにそのことを美生が話したら「色気がないなぁ」と言われた。二十歳過ぎて水着姿をパパに見せるんだ、とニコニコしているお前に言われたくはないと思ったのは一応内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある主従の会話

 

「じゃあ虚ちゃん。明日から私は臨海学校でいないから、その間、生徒会のことを頼むわね」

「お嬢様。お嬢様の臨海学校は去年終わりましたが、もしかしてお忘れですか?」

「平気で馬鹿にしたね。あと、堅苦しいからお嬢様は止めてよ」

「私どもはお嬢様とは仕事の関係だと考えていますので、馴れ馴れしく呼ぶつもりはありません」

「拒否された!?」

「公的に仕えているのであって、私的にはまったく仕える気がないことを今のうちに言っておきますね」

「酷い!? 酷過ぎるよ虚ちゃん。私と虚ちゃんの仲なのに」

「お嬢様。この資料に判子をお願いします」

「……はい」

「ところでですがお嬢様」

「なぁに、虚ちゃん?」

「どうして臨海学校に行こうなどと仰ったのでしょうか?」

「あれ? 言葉に棘がある気がするよ」

「気のせいです。事務的に話しているだけですから」

「分かった。心が折れそうだから気にしないことにするよ」

「そうしてください」

「私が臨海学校に向かうのはね、何かあるとしたら臨海学校かなーなんて思ったからよ」

「何かある?」

「そう。IS学園から離れた地で奴が接触してくる可能性があるわ」

「奴とはどなたでしょうか?」

「この話止めていい?」

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