IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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挑戦天才

 臨海学校は予定の半分も消化できずに終わった。

 教師として目も当てられない結果を出してしまった。幸いなことに、束の起こした事件に死者はでず、弟たちもボロボロになりながらも帰還することができたので、今回のことは束のせいということもあり何もお咎めはなかった。

 代わりに厄介な問題が転がり込んできてしまった。そのせいで私は仕事が全く手につかない状態に陥ってしまった。

 私が仕事に精を出せないのはもちろん束のせいだ。アイツのせいで私は色々な思いを内に閉じ込めて悶々としているのだ。仕事なんて考えられないくらい頭の中は束一色の染まっている。

 ただ、束のことで頭がいっぱいなのは私だけはない。

 束の妹である箒もそうだ。いつもなら真っ直ぐに授業に向き合っているというのにここ最近はシャープペンシルをクルクルと回してばかりで、授業なんてろくすっぽ聞いていない。力加減間違えてたまに折ってしまうしな。

 箒は臨海学校で束にいいようにしてやられた。欲してもない差し出された手を、束の汚いやり口によって掴まなくてはいかなくなった。そして箒がISを迎撃している隙に束は逃げ出してしまし、何もすることができなかった。

 今の箒は放課後の時間に自分を苛め抜いて強くなろうとしている。そこには負の想いだけが囲っていたが、それは仕方のないことだと思う。殺したいと思っている相手に良心の一欠片でも抱く輩はそうはいないだろうから。

 私や箒以外にも束のことを考えている奴がいる。臨海学校時に集まってきた教師および専用機持ちの面々だ。だれもがそれぞれ考えているようで日頃の行動に比べるとどこか鈍い。あくまで日頃の行動であって、放課後になると皆俊敏になる。誰もが訓練に熱を入れていた。全員が全員束を倒そうと考えているのだろう。

 私はというと特に訓練に励むこともせずに日々を消化していた。ぼんやりと授業をやって、授業が終わると

束のことだけを考えて一日を終える。それだけのことしかない。

 今も夕食時の一年生寮の中をぼんやりと歩いている。

 美生は管理人室でぼんやりとしている。

 いつもは一緒に行動しているのだが、今日に限って別々の動きをしている。

 珍しいと思いながら廊下を進んでいく。目的地は特にない。

 臨海学校。アレは確かにイベントだった。イベントだったからこそ日常に変化が現れたのだ。私が束のことを考えながらぶらぶら当てもなく歩いているのも変化だ。

 あの篠ノ之束は自らを本物と言った。篠ノ之束がまだ存在することを認めながらもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、本物の篠ノ之束はどこにいますか?」

 

 薄らと暗い森の中で美生の声だけが聞こえる。

 どこにいるのか。

 私にとっても美生にとっても重要な質問だ。生きているか死んでいるか。生きているとしたらどこにいるのか。死んでいるとしてもどこにいるのか。

 もしも答えが死んでいる、もしくは死んでいることを示唆するものであったのならば、私はすぐさまこの拳で目の前の束の腹をぶち破る。

 親友である束が生きているとしたら、私はこの束を見逃すしかない。殺してしまっては親友が死んでしまうかもしれないからだ。

 親友が生きているとすればそれは十年間もの間生かされているということだ。この束の目的は分からないがとにかく生かしている。目の前の奴を殺してしまえば監禁され生かされていた親友も死んでしまうだろう。

 殺してから急いで親友の位置を特定し救出すればいいが、世界は十年間全く束の足取りを掴むことができなかった。それなのに親友が衰弱死する前までに私たちが監禁場所を特定することなど夢のまた夢だ。

 

「本物の束は二人の目の前にいるよ。世を揺るがす天才篠ノ之束はここだぁ!」

「そうですか。正直に答えてくれませんか」

「正直に答えるも何も、この世界の篠ノ之束は私だよ、みーくん」

 

 ……この世界?

 

「この世界とはどういうことですか?」

「どういうこともないよ。この世界にあるべき篠ノ之束は私だってことだよ。そしてそうじゃない偽物の篠ノ之束がちーちゃんたちの友達だよ」

 

 この世界の本物の束と偽物の束。

 この世界の篠ノ之束、この世界じゃない篠ノ之束。

 それは他人の姿かたちをそっくりそのまま似せて言動も癖も全てを完全にコピーする、ということではないようだ。同じだけど別。別だけど同じ。似せる似せないの問題を論じているのではない。

 単純に区別する言い方をしているだけだ。

 人間が人間を偽物本物と区別することがあるのだろうか。

 アイツはこの世界の偽物のセシリアだ。

 アイツはこの世界の本物のセシリアだ。

 おかしいな。セシリアの真似をしている偽物のセシリアというのなら分かる。

 私はこの世界の偽物の織斑千冬だ。

 私はこの世界の本物の織斑千冬だ。

 おかしくないかもしれない。

 私は織斑千冬じゃない。

 身体はきっとこの世界の織斑千冬のものだろう。だけど中身はまったくの別人だ。いや、正しくは別種というべきか。

 私はこの世界ではファンタジーと呼ばれる世界の生き物だった。人間を数十倍も上回る強靭で巨大な肉体を持ち、私の前ではどんな生き物も怯えて逃げ出すほどの化け物だった。同胞たちの中でも群を抜く強さを持っていた私は王として祭り上げられていた。

 だけどいつしか同胞たちから無能と呼ばれるようになった。言葉も発することのできない低能。このような王など我々の種族を貶めるだけだ。そう罵られ、いつしか私を追い落とすために同胞の中から屈強なものが集められていた。

 そしてある時、私は同胞からの襲撃を受けた。私一人に対して五十を超える同胞が襲いかかってきた時には

驚いたものだ。驚いたが、向かってきた同胞の首を噛み切り、頭を潰し、心臓を貫き、焼き殺していき、いつしか向かってくるものは皆血の海に没した。

 私もボロボロになって血の海に全身を浸かられせた。自分も死ぬのだと思った。

 死にそうになった時、私の目の前に全身真っ青な少女が現れ、私は少女の問いかけに答えて織斑千冬へと転生したのだ。

 人間になってみたい。死ぬ寸前に思い浮かんだのはあの矮小で自分勝手な人間という種族だった。あんな小粒のような奴らが剣を持って我々に襲い掛かってくるのには頭を傾げたものだ。どうあがいても勝てないようない相手に無謀に挑んでくるのかと。人間になったらもしかしたら分かるかもしれない。

 ちょっとした好奇心から告げた願いはかなえられた。

 問題があるとすれば人間の姿ではあるが力は前世と同じであることか。こんな細腕でもトラック程度ならいともたやすく持ち上げることができてしまう。願いはきちんとかなえられなかったようだ。

 ……もしも束が、私たちの親友が私と同じように摩訶不思議な存在によって、この世界に新たに生まれ落ちた者であるのならば、この束が自分を本物と言うのも分からないでもない。

 本来いるべき束と、他の世界から割り込んできた束。

 親友は後者でありポジションを略奪したとするならば、本物の束がそれに怒って親友を拉致監禁、自分が元の位置に着きたいと思うのは当然だろう。

 

「よく分かりませんよ。この世界にあるとかないとか。ワタシたちは貴女の言う偽物の束と一緒に生きてきたのですから、彼女はワタシたちにとって本物です」

「何それ、間違っていることが認められないからって意固地になってんの?」

「いいえ。過ごしてきた時間がそうだと言わせているんですよ」

 

 美生の男らしい発言にちょっとだけ心が揺れ動いてしまった。不覚にも感動した。

 だけど、束は愚か者を見るような視線を向けるだけで終わった。自分の言う偽物が想われていることに嫉妬も憎悪も全く感じられない。まるで関係のない他人の話について聞いているような感じだ。

 

「ばっかばかしいなぁ。まぁいいや。分からず屋なんてほっとこうか。ちーちゃん。ゲームをしよう」

 

 ゲーム。これ以上何をしようとしているんだ?

 

「ゲームは簡単。私と勝負。もしも万が一にちーちゃんが勝つようなことがあるのなら、二人の言う本物の束を返してあげるよ。まぁ、超オーバースペックな私に勝てるわけないと思うけどね。一応駄目押ししておこうか。絶対にないと思うけどもしも仮にちーちゃんが勝つようなことがあったら、ちょおっと悔しくてあの偽物がいる場所を爆発させちゃうかもね」

 

 ケラケラと笑って束は森の奥へと消えていった。最後に「夏休みに入った日に来るから頑張ってね」と要らない激励なんぞを寄こして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が束に勝つことは今のままでは不可能だ。人質を取られてしまった。勝つことの許されない試合なんて理不尽過ぎる。

 私が冷酷で人質に見向きもしない人間だったならばなんてことのない試合ではあるが、残念なことに私は人質の束をかけがえのない親友だと思っているのでそんなことはできない。

 束の監禁されている場所が分かれば、救出して諸悪の根源をぶちのめすことができるというのに。

 うんうん、と悩みながら寮内をぐるりと回ると、スタート地点である管理人室の扉が見えてきた。

 管理人室の扉の前に誰かがいる。見た目からして生徒ではない。なんというか派手な格好をしている。それもどこかで見たことのあるような。

 褐色の肌に真っ赤な髪に赤い修道服の女性だ。

 誰がどうみても不審者な女性はノックをすることなく当然のように扉を開けて管理人室へと足を踏み入れて見えなくなった。

 私も急いで管理人室へと飛び込む。あの不審者は前世で見た青い少女にどことなく似ていた。主に色の統一が。

 バタンと慌ただしく扉を開けて部屋の中に入ってみるが、あの赤い不審者はどこにもいなかった。代わりにキョトンとした顔の美生が私を見ていた。

 

「千冬、何を慌てているんですか?」

 

 いや、なんでもない。

 もしかして考え事のし過ぎで幻覚でもみていたのか。

 赤い不審者の存在の有無に悩みながら腰を下ろす。ペットボルトのお茶、おそらく美生の飲みかけが目の前にあったので勝手にいただいた。誤解のないように言っておくが、中学生の頃から回し飲みは当たり前にやっていたので、今更関節キス云々で騒ぐことも発情することもない。

 お茶を飲み終わって、なんとなく美生の方を見ると、真剣な顔つきをした彼がこちらを見ていた。まさか今になって回し飲みのことについてどうかと考えているのか?

 そんな馬鹿なことを考えていると、美生が私の肩に手を置いて瞳を覗き込んできた。私にも美生の瞳が良く見える。何かを決心したような強い意志の感じられる眼だった。

 

「千冬。お願いしたいことがあるのですが」

 

 

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