IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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最強千冬

「あははは! ちーちゃん、どうするの、抵抗もしないで」

 

 制空権を得た束が見下してくる。上を見上げれば小さな物体が大量に落ちてくるのが見えた。爆弾だ。

 地を蹴って爆弾の落下範囲から抜け出す。

 地に触れた爆弾が次々と爆発する。絶え間なく鳴り響く爆発音。その中に一つ強烈な光を溢れさせて弾けた爆弾があった。

 目くらましか、と理解した時には光で視界は閉ざされていた。ISの装着者保護機能が働いて視力を回復させるのは一瞬だが、瞬時に視力が回復しても既に先ほどまでの景色は変化している。その変化を頭が理解する僅かな時間はどうしようもない隙になる。

 視界が開けると案の定、束が仕掛けてきていた。目の前をうっとおしいほどのミサイルの群れが占拠していた。一機のISの出せる火力を大きく凌駕している。これが全てだと言われれば納得してしまうほどだ。

 空爆された時と同じように避けることはできない。束の奴はミサイルを広範囲に着弾するように撃ってきたようで、地上のほとんどの場所が危険地帯になっていた。逃げるなら夥しいほどのミサイルの間を掻い潜って空に出るしかない。

 だけど私には空に逃げる選択肢はない。私の今の目的は束にい勝つことではなく、あるかも分からない奇跡を信じて耐えることだ。そのため無駄な消費は控える必要がある。

 打鉄の基本武装の中に遠くの敵を狙えるものはない。近接戦を意識して防御に重きを置いた打鉄は近接専用ブレードが一本と小太刀型のブレードが三本と、遠距離に対応できる武器がないからだ。

 小刀型のブレード一本をコールする。遠距離に対応できないとは言うが、それは物の使い方を限定した場合の話だ。

 一番弾幕の薄い箇所を見定めて小太刀を投げる。投擲された小太刀はミサイルを貫いて爆発させる。ミサイルが爆発したことで近くを飛んでいたミサイルが誘爆し、私のいる場所にはミサイルが着弾することはなかった。

 

「すごいねちーちゃん。さすが世界最強になったことだけはある。でもね、それは所詮矮小で凡百な人間が作り出した規格の中での最強。超オーバースペックな私の前ではくすんで見えるよ、その称号」

 

 空を背に嘲笑う人間。愚かしいと思う。

 機械仕掛けの神と名付けたISを駆る人間。本当に愚かしいと思う。

 偶像に縋っている必死な人間にしか見えない。

 

「ねぇ、ちーちゃん。私が何で偽物を監禁したと思う?」

 

 束が接近してくる。手には巨大な剣が存在している。

 

「それはねぇ、憎いからだよ」

 

 剣が振り下ろされる。私は横に跳んで避ける。束から離れた場所に着地するが、相手はことらの何倍ものスペック差のあるISだ、一瞬で追いつかれてしまう。

 

「私は元は何でものない小市民だったんだよ。なんとなく世界に違和感を持ったただの一般市民。だけどね、ある日、全身黄色のイカレタ女がやってきてね。本当の私が何なのか教えてくれたんだ」

 

 全身黄色。私が出会った全身青色の少女、あの日見た全身赤色の幻覚と関係のある人物なのか。

 

「私の名前は篠ノ之束。この世界に存在するはずだった篠ノ之束だったんだぁー。ふふふ、偽物に本来の場所を取られ、そんじょそこらの人間と混同させられた悲劇の天才!」

 

 剣の腹を叩いて攻撃を逸らす。束の凶悪な笑みが視界に入り込んでくる。コイツ。

 

「家族のあり方も奪われたんだ。偽物に復讐したくなるってものでしょう! これは全部復讐さ。偽物を監禁することも、箒ちゃんを弄ぶのも、世界に攻撃を仕掛けたのもぜーんぶ復讐さ。だけど、まだ復讐の心は萎えない。むしろ燃え滾っているよ。親友であるちーちゃんを惨たらしく殺して眼にモノ見せろってねぇ!」

 

 ああ、コイツはずいぶんともっともらしいことを言って復讐することを正当化している。

 ……だけど、本心じゃない。

 素早く後ろに回り込んできた束の一撃をすんでのところで回避する。

 束は距離を置いて、またミサイルをこちらに向けてくる。今度は直接私を狙ってきた。

 跳ぶように走って逃げる。アリーナの壁伝いに円軌道を描く。追いかけきれなかったミサイルが壁にぶつかって爆発するのを耳で聞きながら走り続ける。

 

「はぁーい」

 

 行く手を遮るように前方に束が現れる。肩に連装型ミサイルランチャーを背負っている。

 束がミサイルを発射する。背後から迫りくるのと合わせて挟み撃ちにするつもりらしい。迷惑な話だ。

 壁を蹴って円軌道の中から抜け出す。私のいた場所で盛大に爆発が起こる。

 遊ばれている気もしないではない……いや、勝ち目のない試合をさせられているのだから完全に遊ばれているのだろう。

 

「もう。ちーちゃんたらいつまで逃げ続けるの? 私といつまでも遊んでいたいのは分かるけど」

 

 絶対に遊ばれている。

 

「私の復讐のために死んでよー。本望でしょ、友達の為に死ねるんだからさぁ」

 

 本望なものか。束の復讐の為に死ぬ気はないし、お前とは友達でもないんでもない。それに親友である束の為にも死ぬ気はない。お前は私を殺したら、美生を殺し、束を殺すかもしれないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまでも逃げ続けている。ほとんどの攻撃は防いだり避けたりしたが、それでも無傷でいることはできない。数発は被弾してしまった。

 それでも、無駄なエネルギーを消費していないので一時間経ってもいまだにISは展開されたままだ。

 私よりも無駄に動き回ってエネルギーを消費している束もいまだにISが展開状態のままだ。アイツの場合は予備のバッテリーを持ってきてるらしく、それで回復しながらなのでいまだに動くことができているようだ。

 

「あははは。頑張るね、ちーちゃん。最強の称号も伊達じゃないね。ここまで無様に逃げ続けられるなんてさ。ねぇ、ちーちゃん、分かってよ。私の復讐のためにはちーちゃんの死が必要なんだよ」

 

 違うだろ。それは本当じゃない。嘘吐きめ。

 自分の喉に手を当てる。美生の言った「千冬から預かった発声器官を返します」からで始まる美生のお願いは確かに必要なことだったかもしれない。真っ青な空に混じる真っ赤な嘘吐きと戦うために。

 深呼吸を一回。久しぶりの行為だ。前世でほとんどしなかったことを今世でひさしぶりにするのだ。威嚇目的で吼える程度のことはしたが、意志疎通の為に喉を震わせるのは何百年ぶりだ?

 

「……タ……バ、ネ………ェ?」

 

 耳で聞き頭の中で理解しているつもりでも、いざ自分の喉を使って言葉を紡ぎ出すというのは思いのほか難しい。今まで美生に頼ってきたツケだな。

 空を見上げると、束がキョトンとしか顔を見せていた。大きな隙だ。

 

「しゃべっ……た?」

「シャ…ベッタ…ガ」

「本当に喋った!? へぇ、きったない声だから黙っていたのかと思ってたけど、案外いい声しているね」

 

 驚愕の表情を浮かべる束。心なしか嬉しそうにも見えるのは何故だ。

 

「それよりも喋れるじゃん、喋れるじゃん。じゃあじゃあ、これからはいーっぱいちーちゃんの悲鳴が聞こえるね! 綺麗な悲鳴をあげさせられるね! もっと復讐の花が大きくなるよ」

「ソノフ、クシュ…ウダ、ガ……ウソダロ、う」

「聞き取り辛いねぇ。私の復讐が嘘?」

「うソダ、オ……マエハ、ホン…ト…うノコト、イッテナ、イ」

「本当のことを言ってないねぇ。まぁ、その通りだよん」

「ヤ…はリナ」

「そのやはりだよ。私はね、復讐なんてどーでも良いんだよ。ただ、そっちの方が盛り上がると思ったんだよねぇ。でもちーちゃん乗ってくれないから止めちゃった」

「オマえは、ナン、ノ…タメニコン、ナ、コ…トテヲスル、ンダ……?」

 

 どうして親友の束を監禁した、どうして世界各国襲撃した、どうしてISをばら撒いた、どうしてIS学園にやってきた、どうして私を殺そうとする? これらの行動の根底には何があるんだ。

 

「何のためって………………………………………………………………………………決まってるよ!」

 

 何がだ?

 

「たぁのしいからさっ!」

 

 清々しいほどの良い笑顔を浮かべた束。狂ったように空を駆けまわり身体をくるくると回転させていた。

 

「楽しいことが好きなんだよ。面白いことが見たいんだよ、心躍る世界を作りたいんだよ! 崇高な目的なんてありませーん。同情を誘うような復讐ももちあわせてなーい。す・べ・て・はぁっぁああぁ、楽しくなると思ってやっただけさ。後悔なんてないし、良心の呵責なんてものも全くこれっぽっちも存在しない。そんなものはそこらの中途半端な悪役が持ってればいいんだよ」

 

 世界を嘲笑っている。真剣に奇跡を待ちつつ戦う私が馬鹿に思えてきてしまうほどに、束は真面目という言葉が欠如した状態で今日という日を挑んでいる。勝ち負けなんて概念はないのだろう。楽しければどんな結果でも構わない。そんな顔している。これが単なるトランプやテレビゲームでの考え方であればどんなにいいか。

 この現実世界にいてはいけない快楽主義者。奴の言葉を少し借りるのなら超オーバースペックな快楽主義者。止められる人間がほとんどいない危険な存在だ。

 

「私が世界に喧嘩を売ったのはねぇ、ちーちゃん。その方が世界が面白い方向に進むと思ったからだよ。そして思った通り面白くなった。探せもしない癖に私のこと躍起になって探しちゃって。馬鹿な悪人共にISを提供すれば、喜々とテロ行為を行う。私のISが世界を彩ってくのさ。つまりね、つまり私が言いたいことはねぇ、私が船頭になって世界の舵取りをしてやんよってことさ」

 

 まるで神になったかのような身勝手さ。束はいかに自分がおかしなことを言っているのか分かっているのだろうか。世界の黒幕なんて気取って、お前のような奴が成功するわけがないだろう。

 私の思いなんて心を読むことのできない束には理解することもできない。奴は何が面白いのか笑い続けている。

 しかし、突如ピタリと笑い声が止む。束は何かを含んだ不愉快な笑みを浮かべる。にんまりと歪んだ口が言葉を発する為に動き出す。

 

「でも天才な私が舵取りをするに当たって一つ問題があります。それはねぇ、野望を阻止しようとする無粋な輩。そこらに這いつくばっている雑魚キャラは構わないよ。アイツらは娯楽の提供者だから、精一杯抗って欲しい。だけどね、ちょっとだけ危険な存在がいるんだよ。ちーちゃんのことだよ」

 

 その考えは正しい。何の枷もなければすぐさまぶち抜いてやるからな。

 

「と言ってもちーちゃん単体は恐くない」

 

 束が言ってくれる。やっぱり正しい考え方ができていないようだ。呆れて溜息が出る。

 

「よくあるでしょ、よわっちい主人公が様々な方法で強くなってラスボスを倒す」

 

 くだらない話をしている暇があるのなら、攻撃でもなんでもすればいい。そう思うが、その通りに動かれると面倒だ。

 空中で滔々と語りだした束から視線を逸らすと視界に何かが映り込んだ。観客席に誰かいる、それも二人。

 

「そんなテンプレになられると、もしかしたら何万分の一の確率で天才束がやられちゃうかもしれないから」

 

 視力は良い方なのでハイパー・センサーを使わなくても遠くの方にいる人影が何者であるかは識別できる。一人は……美生だ。彼は隣にいる人物の身体を支えて立っていた。こちらに気がついたのか、少し力を込めれば折れてしまいそうな細腕をゆっくりと上げ、親指を天に突き出した。

 親指を立てる動作が意味することは何か。そう思って美生が支えている人物に視線を移す。

 伸ばし放題で手入れのされていない黒髪。放浪生活でもしていたのかボロボロで元の色が分からなくなった衣服。顔を隠す髪の隙間から見える瞳にはほとんど生気がない。だけど、何か強い意志が残っている。衣服から見える肌は垢まみれで不衛生だ。

 元々どんな人間であったか、普通の人なら姿を見ても全く分からない。

 

「今ここで憂いを断っておきたいと思います」

 

 だけど、私には分かる。あの人間が誰であるか。元々どんな容姿をしていたのか。答えは上空で一人悠悠自適に世界をかき回して生きている人物を見れば分かる。

 

「ちーちゃんが死ねば、みーくんやいっくんが怒り狂って面白いことになりそうだしね」

 

 篠ノ之束。私のたった二人しかいない親友の一人であり、美生のたった二人しかいない親友の一人でもあるとても大切な人間だ。

 

「だから……死んでくれる?」

 

 雑音が聞こえる。必要のない、私たち三人の世界には要らない耳障りな音。

 

「この一撃は痛いよ。避けられるなら避けても良いけど――」

 

 拳を作る。害虫を潰すために。箒の言うシノノノタバネが所詮人間の範疇の中での天才でしかないことを知らしめるために。

 

「その場合には偽物の束には死んでもらうよ」

 

 空から本物が降ってくる。世界の本物。私たちの偽物。巨大な剣はまるで慢心によって肥大した醜い心のようだ。

 本物は気がつかない、他人の表情が良く見えるところまで下りてきても気がついていない。私がどこを見ていたのかも気がつかない。自分勝手にやる奴というのは他人が見えていない。

 剣が振り下ろされる。並の人間を、箒の振るう刀よりも速い。視認することも困難だ。気がつく前に斬られてしまうほどのスピードだ。

 並の人間の話。

 私は剣を受ける。

 打鉄のエネルギーが底を尽きてガラクタに退化した。アシストすることができなくなった鎧は文字通り重荷に変化する。

 束は愉悦する。もう一度剣を振り上げる。

 どうしようもない隙だった。人間の動きはどうしようもない無駄な隙だ。

 振り上げられた剣を今度は振り下ろそうとする束の頭を左手で掴む。指にありったけの力を込めると、バチバチと音が聞こえてきた。シールドバリアーが装着者を守ろうと展開しているのだ。

 

「な、何で?」

 

 束が困惑の声を吐き出す。何に対しての言葉だ? 生身の人間にエネルギーを削られているという事実か、それとも剣を振り下ろすこともできずに頭を掴まれたという事実か。

 私は右腕にも自分の出せる限界まで力を込める。

 左手を自分の身体の方へと引くと、束の顔が接近してくる。腹部が無防備だ。

 私は右腕を力強く突き出す。腹部を打った拳はシールドバリアーを突き抜け、絶対防御を発動させる。

 

「え、え!?」

 

 束のISが粒子になって消え失せた。エネルギーが底を尽いたのだ。無駄に飛び回り、無駄な攻撃を行った奴のISは先のアイアンクローと拳の一撃によって力尽きた。世界最強の兵器を謳ったISは一個人の人間によって息の根を止めてしまったようだ。

 束の頭を掴んだまま、私は以前に思ったことを実行する為に拳を突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 私の拳は束の肉の抵抗を感じることもなく一物ありそうな真っ黒な腹をぶち破った。

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