新たな最強を決める大会が行われるらしい。
世間的にニートと呼ばれる位置にいる私の元にやってきた
「第二回モンド・グロッソ。場所はドイツですよ」
昔からだが、自宅にいるかのように人の家の冷蔵庫を開けてお茶を持ってくる美生。もちろんそのお茶は私の為に持ってきてくれるのであるから、私は当たり前のように受け取ってお茶を飲む。今日はやけに喉が渇く日だ。
「きっと千冬に話が来ますよ。日本の優勝の為に出てほしいって」
そんなもの私である必要はない。大会に見合った人間が育っているだろう。
「きひひ。聞くところによるとですね、今年は不作みたいですよ。誰もかれもパッとしない。一人だけ
強い娘がいるそうですけど、その娘は精神的に向かないようです」
私は代役じゃない。
「知っていますよ。まぁ、彼らが知っているかは知りませんけど」
知らないだろうな。
こっちだって国の威信とか知らない。私は私個人のことでしか物事を見ることができないのだから。大抵の人間だって自分のことで精一杯だ。国なんて個人を超えたものにまで目を向けられない。
ああ、忘れていたが私は自分のこと以外に弟のことも考えていかなければならないな。せめて独り立ちするまでの辛抱という奴だ。
弟は今日…………学校だったか。朝からご苦労なことだ。
日がてっぺんに昇りきる前から美生はいるが、大学とか大丈夫なのか?
「今日は講義がありませんから、こうやってのんびりできるんですよ」
儚く見える笑顔で伸びをする美生。この顔も変わらない。
枯れ木みたいな肉付きの悪い体つきのせいなのか、儚くていつ死んでしまうかと悪い意味でドキドキしてしまう顔が悪いのか、はたまたそのどちらもが悪いのか、美生には今まで彼女がいたことがない。想像もできない。想像できないのは私の想像力が貧困だからかもしれないが。
こちらとしては嬉しい限りだ。彼女なんかと一緒に私の家に来られたら迷惑だし。それになんか嫌だ。
「今のところは彼女を作る予定なんてありませんよ」
どうやら読まれていたらしい。まぁ、別にいいけれど。
それよりも昼飯は何にしようか? 美生に何か作ってもらおうか。
美生の言っていた通りになった。
第二回モンド・グロッソの日本代表になってしまった。
やはり、何も言わずにだんまりを決め込んでいたのが原因だろうか。それとも、お金がもらえると聞いて頷いてしまったことが原因なのか。
お前は金さえ積まれれば何でもするのか? 馬鹿を言わないでほしい。私にだって倫理感はちゃんと存在する。金の有無や量で動いているわけではない。ただ、お金はあっても困らないと考えているだけだ。
まぁ、例え美生や弟に何を言われようとも、決まってしまったことは覆らないので仕方がない。別に何も言われていないのだけれども。
さて、代表と決まったからせっせと訓練かと言うかと思いきやそうでもない。私は別に大会に向けて鍛えるとかどうとか全く考えていない。普通に日中は自宅でのんびりと過ごし、夜は美生が作ってくれた夕飯を食べながらこれまたのんびりと過ごす。これを毎日。
一応、自宅で特別なトレーニングを行っていることにはなっている。承諾した後日やってきた政府の人間に対して、寡黙で居続ける私の代わりに美生が言ってくれたのだ。前日に家で過ごしたいと思っていたのを美生が読み取ってくれたからだろう。彼には感謝の言葉を心の中で述べておいた。
モンドグロッソの開会が近づいてくるとさすがに自宅にいることはできなくなった。私は泣く泣く現地へと飛んだ。
幸いなことに通訳という名目で美生もついてきてくれた。私と意志疎通ができるのが美生しかいないからだ。
まだ保護者が必要な年代の弟もついてくることになった。外国に私と一緒に行けると嬉しそうにしていたのが印象的だった。小さい頃からろくに構ってやらなかったというのに、どうしてか弟はシスコンと呼ばれる人種に成長していた。
別にシスコンが悪いとは思わないが、ことあるごとに美生を睨み付けるのは止めろ。私の思っていることを読み取れないからってその嫉妬を向けてやるなと、何度思ったことか。
まぁ、私が近くにいない状態だと弟と美生は仲が良いらしい。私が近くにいると弟は美生を敵視するようだ。ちなみに美生は弟のことを嫌ってはいないので、若干弟の一人相撲だ。
今は男二人、観客席で私の決勝戦を見学していることだろう。まだ決勝戦は始まっていないのだが。
決勝戦が始まるまで私は控え室で待機している。始まるまでやることがないので誰も座っていないベンチの上で横になっている。何かコーチと思われる女性にシャキッとしろと怒られたが無視。結果、コーチの方が折れたので、私はベンチの上で横たわり続けている。
決勝戦が始まるまで横になっていようと考えていると、外が騒がしくなってきた。
何事かとコーチが控室の扉を開けると、明らかに外国人と思われるスーツ姿の女性が外にいた。焦ったような表情を浮かべていることから何かあったらしい。火災か何かあったのだろうか?
残念ながら私は日本語以外の語学に目を向けたことがないのでコーチと女性が何を話しているのかさっぱり分からない。こういう時に美生がいれば二人の会話の内容が分かるというのに、タイミングが悪いこと悪いこと。
「織斑。問題が発生したみたい」
会話を終えたコーチが私の方を振り返るので上体を起して応じる。
「詳しくは教えてもらえなかったけど、貴女の弟さんと友達の黒白銀さんが攫われたって」
……あん?
「それでね、織斑に来てほしいってそこの軍人さんが言っているのだけども」
ああ、その女性は軍人か。モンド・グロッソの開催地がドイツだからドイツ軍人だな。
「私としては貴女が出向く必要はないと思うの。だってそうでしょ。今回の現地の治安維持を任されているのはドイツなんだから。大事な決勝戦をふいにしてまで付き合う必要はないわ」
当然というような表情で私に言い聞かせるコーチ。
女性がコーチに対して更に言葉をかけているが、コーチは適当にあしらっている。
取りつく島のもないと女性は思ったのだろう。ズカズカと控え室に踏み込んで私の前にやってきて何やら必至に話し始めた。残念ながら何を言っているのか全く理解できない。それでも真剣な想いは伝わってくるかと言われても、特にそういうことはない。きっと私が人間として駄目だからだろう。
言葉も分からない真剣な想いも大して感じられない私だが、女性の言葉に頷いて了承をした。コーチが必至に私に考え直させようと、優勝だ名誉だ日本国民としてだとガミガミうるさく言ってきたが、そんなものは私には関係ない。
ドイツ軍人の女性の都合も知らないし、コーチの都合も知らない。
私は私のやりたいように動くだけだ。
決勝戦を棄権する旨をコーチに伝えた(筆談)私は何を言っているか分からないがドイツ軍人の女性について行った。そして、美生と弟を拉致した輩が潜伏している古びた倉庫へとたどり着いた。
そこで、救出部隊だかシュヴァル……ISを運用している部隊と一緒に、美生と弟を救出することになった。
なったが、正直私一人で十分だったので彼女達の準備が整う前に勝手に倉庫へと侵入して、犯罪グループと思われる武装した男たちを血祭りにあげた。
犯罪グループ構成員の武器を取り上げてその体を壁に投げつけたり、四肢の末端部分の骨を粉砕したり、軽く小突いて気絶させたりと、とにかく千切っては投げ千切っては投げだ。実際に何人の人間を壁に投げつけたことか。
私に喧嘩を売ってくるからどんな罠が仕掛けてあるのかとちょっとだけ気になってみたものの、案外簡単に制圧できた。美生と弟も睡眠薬で眠らされてはいるものの無事だった。
二人をヒョイと肩に担いで倉庫から出ると、何故かガタガタと震えているドイツ軍人の群れがいた。勝手に出向いて作戦も何もなくした私が言うのもなんだが、ちゃんと仕事をしろよ。
まぁ、私が救出した二人を地面に下ろすと、ハッとなって行動を始めたから許そう。
美生と弟は何人かの護衛と共に病院へと搬送され、残った私は日本語の話せるドイツ軍人……たしかシュヴァルツェなんとかの副隊長を名乗る小娘から色々な報告を聞いていた。
私がボコボコにした誘拐犯から首謀者の名前だけは聞き出せたとの事。それ以外は知らないらしい。
うん。大会は棄権したし、この場に居てもやることないから病院にでも行こうか。
▽
誘拐犯の会話
「おい、スコール」
「何かしらオータム?」
「何かしらじゃねえ! なんなんだよこれは」
「何って、そこの資料に書いてあるでしょ。黒白銀美生よ」
「それは分かる。聞きたいのはどうしてソイツがここに居るかだよ。確か計画では弟のイチカってガキだけを攫うって話だったよな」
「そのつもりだったんだけど、好みだったから……つい」
「つい……じゃねえだろ!」
「五月蠅いわね。良いじゃない。貴女は少年大好きで、今回の誘拐で欲望を満たせてるんだから。ワタシだって少しは楽しみたいじゃない」
「だからって余計な手間を増やすんじゃねえよ。後、別に私は少年好きじゃない! ショタコンだ!」
「どう違うって言うのよ。それに少し五月蠅いわよ」
「……悪い」
「よろしい。それにしても良い男ね。見た目草食系のくせに一途なのが良いわ。こういうのを調教して私の物にしたいのよね」
「最悪な趣味だな。ところで表が騒がしいぜ」
「ふーん。監視カメラを見てみましょうか」
「…………」
「…………」
「さ、さすが最強ね。自分よりも体格の良い男を投げ飛ばして」
「放物線じゃなくて直線を描いて壁に叩きつけられてるぞ」
「……仕方がないわね。今回は美生くんの事を諦めましょう」
「仕方なくねえよ!」