では、どうぞ。
私は姉さんのことが大好きだ。誰が何と言おうと大好きだと宣言しておく。
姉さんを好きになったのは何時の事だろう。まだ小さかったころかもしれないな。
物心ついた時に父から剣道を習っていた。好き嫌いなんてない。まるで習うことが当たり前かのように子供用の竹刀を握らせられていた。剣術の基本的な所作を教え込まされ、竹刀を振ることを命じられさせられた。
幼心にそれが嫌だと思った。しかし、そうは言っても父は取り合ってくれず、母もまた慰めはするがやめようとは言ってくれず。
必死に剣を覚えても父も母も褒めもしてくれない。精進が足りない、鍛錬を怠るな。そればかりだ、辛くもなる。
でも剣道を続けている。だって褒めてくれる人がいたから。
姉さんがいっつも褒めてくれた。幼いながらも頑張ったことを伝えれば抱きしめてくれて頭を撫でてくれる優しい姉さん。私は姉さんに褒めてもらえるから頑張れた。
でも知ってる。
姉さんが私に剣道を押しつけていたこと。頭を撫でて褒めてくれるのは私が剣道をやめないように。姉さんは父と母の持つ剣道熱を鬱陶しいと思っていて、その為に私を盾として剣道に向かわせている。子供なんて褒めれば褒めるほど進んでいく。余計な考えなんて何一つ持ってはいなのだから。
私も例に漏れず褒められるから剣道を続けた。続けて、やめたいと思った時に姉さんの腕に抱かれてまた続けようと思う。その繰り返しだった。
しかし、繰り返してはいなかった。打算で私を褒めてくれた姉さんは何時しかちゃんと私を見て純粋な心で褒めてくれるようになっていた。
何がそうさせたのか私には分からない。だけど、箒ちゃんと呼んでいたのが箒に変わってから姉さんは優しくなった気がする。
私はそのころから姉さんが大好きだ。誰もが犯罪者だと罵ろうが変わらず大好きだ。
ハッとなって周囲を見渡して見ると誰もが慌てた様子だった。
アリーナの中心に灰色の装甲に身を固めたISがいる。急に空から光が降って来たかと思えば、アリーナを覆う遮断シールドを突き抜けてソイツはやってきた。
周囲がどよめく。アレは何、サプライズなの、と。
私には灰色のISが何であるか想像もつかない。ただ、私たちの命を脅かす可能性を持った物であることだけは理解できる。
「皆さん! 急いで避難してください!」
館内放送で非難命令が下る。この学園の先生の声だ。
放送を聞いた皆が我先にと出入り口に殺到するが一向に数が減らない。聞こえてくる悲鳴からどうやら会場の扉という扉が開かなくなってしまったようだ。
灰色のISは遮断シールドを突き破るほどのビームが発射可能だ。あの矛先がこちらに向けられてしまったら人間なんて一瞬で蒸発してしまうことだろう。そんな危険な場所にいつまでも居続けたら泣き叫んでしまうのは仕方のないことだ。
助けて、と見えない誰かに命乞いをする生徒を一瞥した私は走り出した。
中央では一夏と鈴が必死になって灰色のISを攻撃している。しかし、相手は低出力のビームを乱射して
二人を近づけさせない。
一夏たちの接近を妨げるビームが遮断シールドにぶつかって消滅する。皆はいつシールドが破られしまうのかと戦々恐々としていた。誰もが恐怖を前に、この程度のビームでは遮断シールドを抜けることができないという事実を忘れてしまっている。
一夏たちがどれくらい保てるのか分からないので急がなければならない。
私はパニックを起こして騒ぎ立てる生徒たちの間をすり抜け、時には邪魔なのを押しやって放送室を目指した。
放送室の中には比較的に冷静さを保っている生徒と教師がいた。生徒の方は後姿からでは判断しようがないがおそらく同学年ではない。教師の方は先ほど非難命令を出した人物だと考えられる。二人とも切迫した状況にあって私が入り込んだことに気がついてない。
……やるなら今しかない。
私は剣道で鍛え上げた足さばきで、無防備に背中を晒す獲物に一気に詰め寄り意識を刈り取った。
どさどさ、と二人が崩れ落ちた。
私は二人を部屋の外へと引きずって行った。ちょっとだけ殺人を隠蔽しているような錯覚に捕らわれてしまった。
二人を部屋の外に出すと私は館内放送用のマイクを掴んだ。
これから私がやろうとしているのはとても危険なことだ。それもこれを行って成功する例もない。下手すれば一夏たちを危険に晒してしまう。成功すれば犠牲はおそらく私一人で済む。大成功すれば犠牲なくこの事態を収めることができる。
やるならば大成功を祈ろう。最悪成功でもいい。女は度胸、一夏と鈴を信じろ。信じることもまた力だ。想像しろ。想像力も立派な力だ。
息を吸い込む。
「一夏!」
マイクに向かって叫ぶ。ハウリング音が会場に響き渡るが今はそれどころではない。
私はもう一度息を吸い込みながら、中央で猛威を振るう灰色のISを見る。
目が合った。赤く光る一つ目と私の視線がぶつかっている。相手は私に興味を示して動きを止めてしまっている。
これならと思って一夏たちに目を向けると、灰色のIS同様に動きを止めて私を見ていた。あの馬鹿共、せっかくの好機をむざむざ捨てるような真似をするな。
こうなったら一夏にとって最も効果的な言葉を投げつけるしかない。
「そのような奴に勝てなくてぇ! どうやって千冬さんを守るつもりだ!」
千冬さん。守る。この二つのワードを聞かせれば一夏のことだから起爆剤となって劇的な動き出すはずだ。
案の定私の言葉を耳にした一夏は雄叫びを上げながら(遮断シールドがあって聞こえないから勘だ)灰色のISに斬りかかった。
刀身から淡い青色の光が漏れ出す。零落白夜だ。相手のシールドエネルギーを打ち消す能力でやり方を間違えなければ必殺の一撃となる。強力な一撃ではあるが、その代償に使用している間は自分のシールドエネルギーを消費してしまうので、そうばかすかと使用することはできない。はっきり言うと一夏などでは運用できな力だ。
だけど、相手が他に気をやって無防備な姿を晒しているのなら一夏にでも捉えることはできる。後ろから袈裟斬りにして真っ二つに切断した。
一夏はできる奴だった。
ホッと胸を撫で下ろして中央に視線を落とすとちょうど光の線みたいなのが視界を通り過ぎた。
IS学園に入ったのはひとえにお金では買えない物が欲しかったからでした。
セシリア・オルコット。わたくしの名前はイギリスでは大変有名ですわ。大人顔負けの手腕で会社を運営する女社長。十三歳という年齢で両親の会社を背負った悲劇のヒロイン。マスコミ受けしそうな謳い文句で飾られたわたくし。
両親は三年前に事故で亡くなりましたわ。
表面だけを見るととても仲の良いとは言えない間柄でした。母は名家の人間でプライド高く一般庶民を下に見ているような方でしたわ。それは名家の生まれから出ただけのものではなく、若い頃から幾つもの会社を経営して成功を収めたからこその態度でもありましたわ。
父は逆に小心者でしたわ。そこら辺のサラリーマンで、そんな人が名家にそれも会社経営に手腕を発揮している母のところへの婿入り。大変な負い目があったことでしょう。いつも母の顔色を窺って行動しているような人でした。まぁ、その涙ぐるしいのおかげで母に対してのみ機微を察することのできるようになっていましたが。
わたくしはそんな小動物のような父を見ては両親の仲を疑ったものでした。しかし、家庭では大きな不和もなく過ごしてきたのでそこまで仲が悪くなかったのでしょう。小さい頃はよく「結婚はお互いに上手く振る舞うことで成り立つから覚えておきなさい」と言われたから、父も母も良い夫婦だったのかもしれません。
そんな両親はある日、日帰り旅行に出かけたまま帰らぬ人になりました。旅先で起きた事件が原因でした。両親が乗っていた電車がISにぶつけられて横転。死傷者は百人を超えるものだったそうです。
ぶつかってきたISは忽然と姿を消し犯人は不明とのことでしたが、誰もがかの天才篠ノ之束の関与を疑っていました。
父と母の死は篠ノ之束が引き起こしたもの。
そう聞かされたわたくしは事の真偽など関係なくISの世界へと踏み出す決意をしました。幸いわたくしには莫大な遺産と母譲りの経営手腕があったので、金銭面では何不自由することがありません。ちょっとだけIS業界に援助してみせれば、相手方は簡単に代表候補生にと推薦してくれました。チャンスを掴めば後は努力あるのみですわ。努力も才能も実力もお金をいくら積み上げても買うことはできません。わたくしにもお金で買えるものと買えないものがあることくらい理解していますので、無駄に大金をばら撒くなんて成金みたいなことをするなんてことはありませんわ。
鍛錬の日々がわたくしを強くする。ただお金を出せば買えるものではありません。
IS学園への切符と専用機の入手。どちらもお金では買えないものですわ。
きっとここから先もお金で買えないようなものを手に入れることができるでしょう。楽しみですわ。
所属不明のISは織斑一夏と凰鈴音によって倒れました。
同時に観客席に現れた同型のISも織斑先生とシャル先生によって完膚無きまでに破壊されました。
スコープ越しに見ていましたがあの方は本当に人間なのでしょうか? 細いとはいえ男性の黒白銀先生を抱きかかえたまま六メートルほどを軽々跳んで苦も無く着地。その次は人間よりも数倍重いであろう灰色のISを蹴飛ばしてしまいましたわ。それも蹴った際にISの首が折れているのを確認できました。並の人間にできることではありませんわ。
相手の注意を逸らすという意味も込めてレーザーライフルで灰色のISの頭部を狙撃しましたが、もしかしたらわたくしの手助けなんて必要なかったのかもしれません。きっと織斑先生はビームの一発や二発では死なないことでしょう。後が恐いので試しはしませんが。
事態が鎮静化すると、教師たちは灰色のISを回収していきました。生徒たちには速やかに寮に戻るよう指示を出したのでわたくしは言われた通りにしようとしました。
道中、篠ノ之箒さんを見かけました。彼女は寮へは向かわずにどこかに行ってしまいました。
次はクラリッサ先生を見ました。箒さんが消えていった方向へと向かって行くようでした。
最後はシャル先生がやってきました。彼女もまた箒さんが向かった方向へと歩を進めていなくなりました。
それを見てわたくしはとある情報が正しいことを知って彼女たちの後をつけることにしました。
三人とも移動速度が速かったみたいでして途中で一回見失ってしまいました。幸いISのコア・ネットワークで場所が確認できたので少し遅れる形ではありますが三人のいる場所へとたどり着きました。
どうやら空き教室で何か話しているようで怒気を孕んだ聞こえてきました。
わたくしは躊躇せずに引き戸に手をかけてスライドさせる。ガラガラという音が鳴り響くと教室の中にいた三人は話すのを止めてわたくしへと注目しました。
「何の用です、オルコットさん。寮に帰るよう言われたはずです」
「そうだよ。学年主席が不良行為なんてしちゃ駄目だよ」
クラリッサ先生とシャル先生が言い聞かせるように言ってきました。
「それではこちらも言わせていただきますが、篠ノ之さんを先生二人がどうして空き教室に引き留めているのでしょうか?」
どう答えるのでしょうか?
「篠ノ之さんが一人でどこかへ行こうとしまして、連れ戻す前に説教をと。離れた空き教室を選んだのは篠ノ之さんを想ってですよ。説教されてるのを聞かれるのは嫌でしょう?」
「えーっと……そうだよ。その通りなんだ」
「嘘のようですね」
あからさまな挙動不審で必死に乗っかるシャル先生のおかげでそれが嘘だということはすぐに分かります。指摘すれば「嘘じゃないよ。本当の本当の本当だよ」とより一層嘘だと確信できる返答をしてくださいました。
クラリッサ先生とシャル先生が箒さんと共に空き教室にいる理由は予想できますわ。今日起こった出来事が三人をここに集めたのでしょう。いいえ、二人が箒さんを空き教室に追い込んだと言うべきでしょうね。
「クラリッサ先生。目的は篠ノ之さんから篠ノ之束の居場所を聞き出すことなのでしょう。だから、このような教室に」
ISの襲撃。クラリッサ先生もシャル先生もそれが篠ノ之束の仕業と見ているのでしょう。だからこそ箒さんを問い詰めているのですわね。
わたくし各国に間者を放って様々な情報を収集しているのですわ。目的は両親を殺した篠ノ之束の捜索。その過程で幾つもの情報を手にしていますので、二人が何のためにIS学園に教師としてやってきたのか知っていますわ。
「何のことですか?」
分かりきっているというのに白々しく答えるクラリッサ先生。
「言わなければなりませんの?」
明確に何とは言いません。
「わたくし、お金が有り余っていまして。ちょっとした興味本位で世界中に間者を放って情報を集めていますわ。それもそこら辺の聞けば手に入る程度のものではなく、一般の耳には入らないようなことまで」
嘘ではありません。
たとえば、シャル先生は娼婦の母がデュノア社の社長を誑し込んで生まれた子供で、その母はシャル先生を上手く利用してデュノア社長から大金を奪い去ろうとしていた悪女だったことを知っていますわ。
シャル先生は母親が病気で急死した後、デュノア社長に引き取られ社長夫人に「泥棒猫め」と言われ虐められていたことも知っていますわ。
「まぁ、それはいいでしょう。それよりも篠ノ之さん」
「なんだオルコットさん」
「わたくしは疑っていませんから仲良くいたしましょう」
そう。わたくしは二人とは違って貴女が篠ノ之束と連絡を取り合う仲ではないと信じていますから。ですから、わたくしを近くに置いてください。置いて、篠ノ之束と会わせてくださいね。