IS 別人ストーム   作:ネコ削ぎ

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今更ですが……よろしかったらどうぞご覧ください


美生の昔話

「ちょっと、おかしなことを言ってみますね」

 

 日本人離れした褐色の肌をした女性が笑った。

 真っ赤な短い髪と綺麗な宝石のように赤い眼。太陽みたいに暖かい笑顔。

 

「例えば、キミの願いを一つだけ私が実現させてあげられるとしたら、何を望みますか?」

 

 赤い修道服を着ているけど、もしかして宗教の勧誘か何かなのかな?

 

「別に変な勧誘じゃないですよ。そういうことを取っ払って、単純に考えてみましょうか」

 

 単純に考える?

 

「そう、単純だ。キミが今一番にかなえたい夢や願いは何かなってこと」

 

 今かなえたい願い? うーん。ある事にはあるけど、あれは……どうしようかな?

 軽快なステップを踏んで近づいてきた真っ赤な女性。

 

「さてと、そろそろキミの答えを聞かせてもらいましょうかしら」

 

 ……ボクの答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボクが千冬と出会ったのは小学校に入って半年ほどだった。

 半年前までは名前を知っていたんだけど知り合いでもなんでもなかった。おかしな女の子だと一方的に思っているくらいの存在だった。

 おかしな女の子。

 小学校という精神も未熟な子供たちの小さなたまり場の中で、異質な存在はカリスマか虐めの的のどちらかでしかない。そして千冬は後者だった。

 小学生の虐めなんてと鼻で笑うのは簡単だけど、実際の虐めは言葉で聞くよりも苛烈。それも最近は一般家庭のインターネット普及、ケータイ所持の低年齢化によって、現実世界よりもネット世界においての虐めが酷くなっている。

 もしも千冬が普通のちょっとだけ仲間はずれな女の子だったならば、きっと虐めに耐えかねて転校か幼くして人生卒業の道を選んだと思う。

 だけど、千冬は大いに常識から外れた女の子。この程度の虐めなんて認識するに値しない木端だったみたいで、日々を変わらず過ごしていた。友達がいないのも変わらずに。

 そんな虐められているが虐められていると思っていない千冬と、その見て見ぬ振りも合わせた教室ぐるみの虐めに加担しているボクの日常は半年経ってから変化を強いられた。

 きっかけはお節介なくせに他人任せな担任教師による密かな呼び出しからだった。

 職員室は小学校という箱庭の中でとても危険とされる領域だ。子供同士、下手すれば名前も顔もよく分からない同族によって蹂躙された世界の中で、唯一彼等の魔の手が伸びていない場所だ。正確には伸ばすことのでいない場所。そこは大人という巨人たちによって統治された彼等だけの聖域であり、子供たちにとっては子供心の通じない異世界だ。

 そんな敷居の高い空間に連れてこられたボクに待っていたのは邪悪な試練だった。

 

「美生くん。千冬ちゃんと友達になってあげてね」

 

 大人は子供同士のやりとりに介入してより問題を悪い方向に導く癖がある。悪い方向に向かった子供たちは大人の邪な力に汚染されて将来をおかしくしてしまう。それを大人たちは最近の子供は、と自分たちが原因であることを棚の見えないところに上げて嘆くのだ。

 この時のボクも大人のエゴによって人生を狂わされそうになる子供の一人だったのかもしれない。

 嫌々承諾するしかない。大人に逆らえる勇気はないのだ。

 気が乗らない。

 だってボクが千冬と仲良くしようとすればみんなボクも仲間はずれにするから。

 でもボクは大人には逆らえない。

 だから、千冬に話しかける以外の選択肢なんて持ってなかった。

 

「おはよう」

 

 何を話せばいいのかなんて分からない。だからとりあえず挨拶してみた。結果は顔を向けてくるだけだった。

 毎日、おはようと声をかけてみたけど一度も返事が返ってきたことなんてなかった。無視されてるわけじゃないけど、だからといって意識されているわけじゃない。これはいいことだと思う。親しいと思われなければ虐められないから。

 なんて考えるのは浅はかだった。

 

「お前、最近気に入らないんだよ」

 

 教室で一番威張り散らしている男子の一言が始まりだった。

 鶴の一声、彼の一声が腰巾着を動かしてボクへの虐めが始まった。

 物がなくなるのは当たり前で、その行方を聞いても誰も答えてくれないのも当たり前で、何を言っても見向きもされず無視されるのも当たり前。

 どうすればいいのか分からない。

 大人は役に立たない。教師は自分のクラスに虐めはなかったと知らぬ存ぜぬで事実を隠ぺいする。虐めっ子の両親は自分の子供が虐めなんてするはずがないと真実が見えていないから。

 だからボクが教師に何を訴えようとも子供同士だからという言葉で一蹴されるだけ。

 誰も話しかけてくれないし目も合わせてくれない。相手にされないということに耐えられなくなったボクは、千冬にだけ話しかけるようになった。誰も相手にしてくれないなら、せめて顔だけでも向けてくれる千冬の方がマシだと思ったからだ。

 虐められて数週間が経った。ボクは放課後の学校内で人目に付きにくい場所にいた。

 

「ばーか、死ねよ」

「本当だよ、死ねって」

「気持ち悪いんだよ、いなくなれよ」

 

 ストレート。でも、きっとその言葉は心の底からじゃない。何にも分かっていないくせにそれっぽい言葉を言っているだけ。実際にボクが死んだらどうするつもりだろう。

 頭の片隅でそんなことを考えながら痛めつけられる。相手は三人。虐めっ子の中では武闘派と呼ばれている面々だ。そんな大層なものじゃないけど。

 暴力は続く。

 だけど、ふとした時に暴力が止まる。

 痛みに泣きながら顔を上げると虐めっ子たちの背中が見えた。そして背中の向こう側には何とも思っていない顔をした千冬がいた。

 千冬はゆっくりと虐めっ子たちに近づくと、真ん中にいた虐めっ子の首を掴んでひょいと投げ飛ばしてしまった。

 ぴょーんと数メートル空を飛んだ虐めっ子。体格は虐めっ子の方がいいのに千冬は苦も無く投げ飛ばした。

 虐めっ子は近くの茂みに背中から落ちた。

 目を疑うような光景に暫く誰も動かなかった。唯一の例外はあくびをする千冬だけだった。

 ハッとなって動きだしたのは残った二人の虐めっ子。自分よりも体格のいい男子を投げ飛ばした千冬に恐れをなして逃げ出してしまった。残った虐めっ子も背中の痛みを耐えながら逃げていった。

 虐めっ子たちの姿が見えなくなると千冬が動き出した。ボクの方に近づいてくると手を差し出してきた。

 差し出された手を見てさっきの数メートル空を飛んで落ちた虐めっ子の姿が過ぎった。もしかしたらアレと同じ目に遭うんじゃないかって。

 でも千冬が虐めっ子を投げ飛ばしたってことは、理由はどうあれボクを助けてくれたんだ。それだけじゃなく手を差し伸べてくれたのはきっと善意からだ。その善意を断るのはよくない。

 ボクが千冬の差し出した手を掴むと、彼女はボクを引っ張って立たせてくれた。

「あ、ありがとう」

 お礼を言うと千冬は背中を向けていなくなってしまった。

 虐めから救ってもらってから数日後、ボクは千冬の前の席に座って向かい合った。相変わらず千冬は何も言ってこなかった。だけどそんなことは関係ないとばかりにボクは話しかけ続けた。返事を期待しながら話しかけ、返事がないことにちょっとだけがっかりしながらも続けた。

 何度も何度も話しかけるうちにボクは千冬が何を考えているか知りたくなった。

 この話を聞いて何を思ったのかな?

 面白いと思ってくれたのかな?

 つまらないと感じたのかな?

 もしかしておはようと言う度に、千冬は心の中でおはようと返してくれてるのかな?

 知りたい知り合い。

 

 

 

 

「ちょっと、おかしなことを言ってみますね」

 

 学校終わりに立ち寄った公園で日本人離れした褐色の肌をした女性に出会った。

 真っ赤な短い髪と綺麗な宝石のように赤い眼。太陽みたいに暖かい笑顔。

 

「例えば、キミの願いを一つだけ私が実現させてあげられるとしたら、何を望みますか?」

 

 赤い修道服を着ているけど、もしかして宗教の勧誘か何かなのかな?

 

「別に変な勧誘じゃないですよ。そういうことを取っ払って、単純に考えてみましょうか」

 

 単純に考える?

 

「そう、単純だ。キミが今一番にかなえたい夢や願いは何かなってこと」

 

 今かなえたい願い? うーん。ある事にはあるけど、あれは……どうしようかな?

 軽快なステップを踏んで近づいてきた真っ赤な女性。

 

「さてと、そろそろキミの答えを聞かせてもらいましょうかしら」

 

 ……ボクの答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けて上体を起すと、そこは見慣れた管理人室でした。

 寝ていました。懐かしい夢を見ていた気がします。本当に懐かしい千冬との出会いでした。ワタシがワタシになるターニングポイント。全てはあそこから始まったと言っても過言ではありません。

 そう……あそこから始まりまして、途中から捻じれておかしくなって、そして今に至りました。

 本物の束と偽物の束。

 本物なんだと嗤っているのは偽物の束。

 偽物なんだと表舞台から消された本物の束。

 偽物は本物を人質に勝負を仕掛けてきます。

 迎え撃つは織斑千冬。

 ワタシ達の勝算はほぼゼロです。

 ただ勝つだけなら勝率は100に近いと言ってもいいでしょう。ワタシは千冬に勝てる人間はいないと思っていますから。勝てる奴がいるとすれば、それはきっと人間じゃないのでしょう。人間じゃなければなんでもいいわけではありません。大型犬とか熊じゃ相手になりはしない。そうですね、おとぎ話に出てくるようなドラゴンのようなものなら勝てるんじゃないでしょうか。

 つまりはこの世界で千冬よりも強い生き物はいない。でも、それは真っ向勝負に限った話で、相手が人質を取るなら、ワタシ達は手出しができません。

 底辺まで下がった勝率を引き上げるには試合前に人質を助け出して、安全を確保する他ありませんね。人質を無視してしまえば容易に勝つことができますが、そんな考えはワタシにも千冬にもありません。

 ワタシと千冬と束。昔から三人で過ごしてきました。日々をいたずらに過ごしてきましたが、その日々によって互いが互いに強い絆を構築していったのです。今更になって束を切り捨てて自分達の安全を手に入れるなんて、どう頑張ったってできるはずありません。

 残酷な手段を取れないとなると、固く結ばれた強い絆に引っ張られて三人お陀仏ですね。

 冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して飲む。苦みの効いたお茶です。

 ペットボトルを置いて暫くぼんやりとします。

 悲しいことにワタシは頭が良くないので状況を覆す一手を思いつくことはできません。思いついた手段は束の監禁場所を特定して、そこに乗り込んで救出するというもの。ですがこれには多くの問題があって実行は不可能です。監禁の場所の特定ができませんし、できて乗り込んだとしてもワタシ一人ではどうしようもありません。仮に千冬を連れて行ったとしても、結局は人質はまだ向こう側にあって手が出せません。

 

「ままなりませんね」

「そうですね」

 

 知らない人の声がしました。それも目の前からです。

 

「はははぁーい。久しぶりですね」

 

 日本人離れした褐色の肌をした女性が笑顔でワタシを見下ろしてきました。

 何時だったか見た真っ赤な短い髪と綺麗な宝石のように赤い眼。夢に出てきた太陽みたいに暖かい笑顔。常識離れした赤色の修道服は自然と目についてしまいます。赤系統で染め上げられた女性は子供の頃に見た姿をそのまま変えることなく存在していた。

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