新しい生徒達を受け持ってからようやく一日が終わる。
私の生徒達はどうにも騒がしい。ちょっとしたことで授業を妨害するので、予定よりも授業の進みが遅くなってしまった。今年は不作の年なのかもしれない。まぁ、一律の機械じゃないから不揃いで優劣が出るのは当然か。
今日だけで問題児が三人も判明した。
弟こと織斑一夏。
イギリスのセシリア・オルコット。
ドイツのラウラ・ボーデヴィッヒ。
どれも個性豊かな問題児達だ。
今日一日で弟とセシリアが何ど言い争いをしていたことか。まぁ、喧嘩するほど仲が良いと言うから大丈夫だろう……授業中でなければな。
ラウラは良く分からない奴だ。おかしな妄想を口走ったり、急に真面目な態度を見せたり、情緒不安定なのかと疑ってしまう。
私はぼんやりと緑茶を啜って今日という日を振り返るのをやめた。面倒になったのだ。
今居る場所は私のIS学園内における生活拠点だ。
IS学園一学年学生寮の管理人室。そこが私に充てられた生活空間である。
もちろん、ただで住まわせてもらっている訳ではない。管理人室に住んでいるのだから、寮の管理という仕事を行わなければならない。まぁ、立ち位置としては教師であるから、そこまで本格的な管理人ではない。あくまで責任者であって、任せられることはちょっとした雑事だけだ。後は、生徒の雑談を聞くくらいだ。
生徒の訪問は無視することもできるが、私は苦にならないので基本的には全ての訪問者を受け入れている
。受け入れるだけで、もてなしも会話も一切しないのだが。
コンコンと管理人室の扉がノックされる。やけに音が響くのは扉の材質のせいだろう。嫌でも訪問客の存在に気づけてしまう。
「はい。今開けますよ」
私専用の通訳である美生がパタパタと扉へ向かう。
その間、私は何もせず待っている。わざわざ二人して出迎えることもないだろう。
「おや。久しぶりですね」
「お久しぶりです、美生さん」
どうやら知り合いらしい。美生と顔見知りの生徒なんて居ただろうか?
そう思って扉の方に顔を向けると、どうやら私の知り合いであることに気がついた。
美生が招き入れた人物は篠ノ之箒だった。
「お久しぶりです、千冬さん」
久しぶり、と言っても教室で会った。面と向かってではないが。
まじまじと箒の全身を眺めてみると成長したのだなと感じてしまう。
初めて箒と会った時はあんなに小さかったのだが、人間の女というものは男と比べて劇的に成長を遂げるものだ。昔は仏頂面で愛想の欠片もなかった女児が、今では違和感のいの字もない綺麗な笑顔を浮かべる。
私の弟は昔からどうしようもなく千冬姉千冬姉と五月蠅いので、彼女がより一層箒が成長したように見える。
「教師になったのは風のうわさで聞きましたが、まさか授業でも喋らないとは思いませんでした」
美生に促されて座布団の上に正座した箒が苦笑いを浮かべた。
「この歳になるとそうそう変化なんてありませんよ」
そうだ。二十歳を過ぎればもう自己の確立などできているので劇的な変化はない。よほどの事態に直面すれば変わるかもしれないがな。
「ワタシも一度は誘拐されましたけど、何かが変わったってことはありませんでした。あの誘拐はワタシにとってよほどの事態ではなかったんですね」
「確かに美生さんも昔と何も変わっていませんね。まさか、千冬さんの通訳の為だけに一緒にいるとは思っていませんでしたが」
「きひひ。ワタシとしては授業の準備だ何だで四苦八苦しないで済むのは楽で良いんですけどね」
「男らしくありませんね」
「何とでも罵ってくれても構いません。痛くも痒くもないので」
枯れ木を思わせる見た目の美生は、外見に反して強い心を持っている。
暫く私達は他愛のない話を交互に聞かせて楽しんだ。箒の話を聞けば聞くほど、彼女がいかに成長したかが分かってくる。よく話し良く笑う姿など初めて見た。
箒は問題があるにせよ既に社会人である私達の会話に苦も無くついてきて、自分の意見を述べてくる。過去の彼女はどうにも少女らしくなく剣道のことばかりで孤立するような子だったが、今の彼女の口からは剣道のけの字も出てこない。逆に時事問題や流行の話題をスラスラと吐き出してくる。こっちがついていけないところまで話してくれるものだから、つい聞き入ってしまう。どうやら、箒は情報通になってしまったようだ。
「すごいですね。本当に大きくなりましたね」
変わらない私達と変わる箒。私と美生は昔からずっと変わらずに生きてきたから、どうすればこうも人間が
変わるのか少々興味が出てくる。
「何か楽しいことでも見つけたんですか?」
美生が私の心の内を読み取って代弁してくれる。
箒は本当に嬉しそうに「はい」と返事をした。
「数年前から世の中というものは、力こそ全てだと気がついたんですよ」
力こそが全て? 裏社会の話をしているのだろうか。
「世界は力で満ち溢れています。力を持っている者が全てを手に入れて力を持っていないものは屑とみなされます。筋力を持たないと貧弱と呼ばれ、知力を持たない、もしくは学力のない者は馬鹿と罵られ、経済力のない者は貧乏人と嗤われるんです。全ては力があってこそのものなんですよ」
うん。
「ときに力だけでは駄目なんだと言う人がいますが、その言葉も想いも語学力や発言力、想像力、行動力があってこそのものなんですよ。人間は力こそ全てです。それに気がついた私は力を手に入れようと努力しているのです」
力こそが全て。面白い考え方をする。そしてその考えの下で行動できるのは凄い。
箒は一つの信念を内に秘めて自己啓発に取り組んでいったようだ。
力こそ全て。その考え方を多くは嘲笑するだろう。多くは否定するだろう。だけど、まっすぐ考えを貫いて生きているからこそ、箒の成長は著しいと思う。
私的な考えであるが、一年一組の生徒の中で一番の実力者はきっと箒だ。軍人であるラウラでも、代表候補生であるセシリアでもない。
他人とは言え親友の妹。その成長ぶりに心の中で拍手を送っておこう。美生は箒の見えないところで音のない小さな拍手していた。
喜々とした表情を見せていた箒ではあるが、こほんと咳払いをすると背筋を伸ばし険しい表情を浮かべた。私を正面に捉えてくる。何か、何かを言おうとしている。今までの話と違う何かを。
「千冬さん、美生さん。二人はあれ以来、シノノノタバネに会いましたか?」
ほんの少しだけ重い言葉。姉の名前を箒は他人であるかのようにように口にした。
真剣な質問に対して、私の答えは「会ってはいない」だ。
「ワタシも千冬も、あの日を境に一度も会ったことはありませんよ」
篠ノ之束は私の二人しかいない親友の片方である。
天才と言われるような人種で、小学生のくせに難しい本を難なく読破して、他者に興味を見せずに見下すばかりの人間だ。
だけど、私と美生だけは彼女の親友であり、私と美生にとっても彼女は親友であった。暇な時も暇でない時も一緒に過ごすほどの仲だった。他に友人などいない、三人だけのコミュニティー。
だけど、そんな小さく見えるが十分の大きさであった関係は消滅した。
篠ノ之束の失踪。高校入学の二か月前のことだった。
理由は不明。謎の失踪だった。
「タバネがその存在を知らせたのは失踪から少ししてから。全世界に対してISを紹介した時でした」
箒が憎々しく言う。
デモンストレーションと共を兼ねて全世界にISという兵器を知らせて、束は姿を現した。
「きひひ。どうやったかは知りませんが、画面の向こう側に姿を見せた束を見た時、あぁ、束じゃなくなったと思いましたよ」
美生の言う通りだ。テレビ画面に映って喜々としてISについての演説をしている束は、既に私達の知っている束ではなかった。
「もしも、二人の方にタバネから連絡があったら教えてください」
箒はそう言うと立ち上がって管理人室を去った。最後まで束のことを姉とは思っていないような言い方だった。
いや。事実もうあの束は他人だろう。
……今日はもう遅いから寝ようか。
『反省』~ある問題児とお目付け役~
「クラリッサ先生。どういうことだ説明してもらおう」
「……何の話ですか?」
「とぼけるな。私は先生が言うから存在しない話を妄想ででっち上げて話したというのに、全く興味を持たれなかったぞ」
「あぁ、それですか。アレは全て貴女のミスです」
「何故だ? 私は先生のアドヴァイス通りに事を行っただけだ。ミスなどない」
「いいえ。あんな幼稚な話で、織斑千冬の関心を惹ける訳がありません。警戒という意味では関心を惹きましたが」
「何? 警戒されてしまったのか!」
「そうですよ。こうなってしまったら誠心誠意込めて謝るまで警戒されたままですよ」
「そんな。な、何かないのかクラリッサ先生!?」
「……あることにはありますよ」
「それはなんだ?」
「日本には最上級の謝罪が存在します」
「最上級の謝罪だと?」
「そうです。『腹切り』と呼ばれる命を賭して相手に謝るものです」
「腹……切り」
「その名の通り相手の目の前で腹を見せ、自らの手でナイフを腹に突き立てて切り裂き、死を以て詫びる究極の謝罪です」
「そ、それでは死んでしまうではないか」
「そう死んでしまいます……普通なら」
「普通なら?」
「日本には蘇りの秘術『輪廻転生』があります」
「輪廻転生?」
「昔から日本に存在する秘術で辛く厳しい修行によって会得でき、腹切りをした昔の日本人はこの秘術を用いて復活したそうです」
「なるほど。腹切りの後に輪廻転生をすればいいのだな。クラリッサ先生、早速輪廻転生を教えてくれ」
「えぇ? 無理ですよ(そんな秘術は存在しませんから)」
「え?」