ライトグリーンの薄いカーテンが日光を透過する。
消毒薬のアルコール臭と自分の匂いだけが充満した空間。カーテンで仕切られたベットが2つに、学生が来た時用の白く長い机と長イスセット。そして、自分の仕事をする為の机。
特に変わりのない風景に、重い瞼を擦り、再び机に突っ伏す。
異様に重い身体を起き上がらせるには、少し酷じゃないかと自分に言い聞かせて瞼を閉じる。
タイミングが良いのか、引き扉がレールを走る音が眠気覚ましに鳴る。このまま瞼を開けないようにしておこう。
「上条先生、寝ているかぁー! ......こりゃ、駄目だわ」
甲高い、およそ学生ではない女性の声が空間に広がる。
一瞬獣の雄叫びにでも思えたそれは、嫌ほど聞いたある人物の声だった。
藤村大河、黙れば美人を体現する穂村原学園の英語担当教師だ。
「まったく、事件の応援に来てくれた医師の資料もってきたってのに」
隣に紙がドサッと置かれる音と、コツコツと硬いフローリングを歩く音。そして扉が閉まる音で上体を無理矢理起こす。
机の上にはA4サイズの茶封筒が置かれている。
藤村大河の手書きであろうトラの形をした付箋を剥がし、机の端っこにペタリと貼り、中身を確認しようと紐を解いていく。
紙の蓋が自然に開き、中身を取り出そうと右手を突っ込む。
「ッ!」
いきなり電流が走るような瞬間的な痛みに、身体が僅かな時間強張っていく。封筒が手から滑り、フローリングへ落ちる。
痛みが引き、身体が自由になる。
慌てて乳白色の床にぶちまけた紙達を拾い上げようとした時、右手に昨日まで無かったものが存在していた。
手の甲の見知らぬ仮面のタトゥー。眠る前には無かった。
眠っている最中にイタズラでされたという線もあるけれども、こんなものをする生徒なんて心当たりがない。
軽く擦ってみる。
半分に意匠が分かれた仮面は消えることはなかった。少し悩んでみたけれども、思い当たる節がない。どうせ数日したら治るだろう。
数秒後、封筒の中身を回収し終わり順番を元に戻していると、一つの顔写真が映った紙に目が惹かれた。聖都という災害に対しての防衛構造を施した新興都市から派遣された、医師の顔だ。
聖都大学附属病院所属、監察医九条貴利矢と添え書きされたその顔は、とてもじゃないけれど胡散臭いものだった。
顎の輪郭がはっきりとして、多少眉目が整えられた顔つき。西部劇にでも出れそうなガンマン気質の目線が、三枚目の雰囲気を醸し出している。
近日頻発している事件について生徒たちへ行動を観察をしていき、担当職員に報告するのかなどの、残りの小難しい書類を医師の顔写真の紙ごと茶封筒に仕舞う。
「......眠い」
今にも机に突っ伏して惰眠を貪りたい衝動に襲われる。僕は抗うこともなく従い、陽光が輝く中もう一度意識を手放すことにした。
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僕はただただ医者を目指していた。
過去に生死を彷徨うような経験をしたり、生命を脅かす戦いに巻き込まれていくなんて経験は無かった。
幼い頃から、独りぼっちで人と関わりなく過ごしていく日常が僕は好きだった。友達といえば、本の虫と呼ばれていたぐらいに好きな、本の文章だ。
その中でも、人体の構造を解説してくれる本が特に興味があった。
病気や障害など、様々な人体の神秘が幼い純粋な心を刺激してくれた。
気づけば、医療専門の大学を卒業して国家資格である医師免許を取得していた。長い研修期間を乗り越えて、故郷の学校である穂村原学園の保健医として就職した。
その間に友達たるものが出来ていなかったけれど、特に不満は無かった。ただ、周りからは奇異の眼で見られていたことは覚えている。多分先生から言われた、もっと自分の感情を出せという言葉も覚えている。
しかし、どう吐き出せばいいのだろうかと他人の青春を眺めて、自問自答したこともあった。
結局は、医師になれば今よりずっと良い自分になれるだろうと都合良く考えていた。
そうじゃないと教えてくれたのは、穂村原学園の教師陣だった。癖の強い人たちだけれども、大事な事を教えてくれた。
自分と向き合う事。
医療の勉強しかしてこなかった僕の新たな趣味を見つけたいなと思っている。
今の上条 茂夫という僕はそれが目標だ。