午前1時。上条の腕時計の針はそう指していた。
黄色に彩られたバイクに乗って帰路を疾走する。ただし、その姿を警察に見られたらおしまい。
なぜなら、明らかに改造されたバイクだからだ。
バイクのフレームは黄色と銀で構成されており、法に触れるレベルでのゴテゴテとした装甲が全体に装備されている。
ヘッド部にはモヒカンを見立てた艶やかな棘が付いており、ライト部分には青い目が浮かび上がっている。
もうこれは『バイクですかと言えば、タイヤが二つ付いてエンジンがあるからバイクなのです』と屁理屈を唱えなければいけない。上条はそんなバイクに乗らないといけない理由がある。
上条は
別に精神を病んでいる訳ではなく、バイクにはとある意志が宿っているから話しかけた。
「......いいんですか? 放っておいて」
「衛宮士郎のことか。あの少年には、もう一人の奴に護衛兼情報収集をやってもらってるから大丈夫だ。何かしらあれば上手いことやってやるさ」
バイクは答える。
中に人間が入っているように、知性的な会話が出来ている。
バイクの名前は仮面ライダーレーザー レベル2 バイクゲーマー。中には変身者である九条貴利矢の意志が宿っている。
仮面ライダーレーザーという名前の中では、本領を発揮できる姿だ。これをレベル0化させることでレーザーターボとなり、バイクの変形機構を取り除きバグスターウィルスを制御する機構を取り入れることも可能である。
「それって、僕が召喚したんですか」
「大体、聖杯が呼んだんだろう。脅威の為のカウンター。守る者としての戦士を探しだしてな」
上条はバイクのアクセルを開ける。
グンッと加速の伸びを感じながら、夜風を切っていく。迷いはなく、しかしながら苦悩は吹き飛ばせなくて。
「......僕は彼女達みたいな子供が人の生き死を争うのは駄目だと思っています」
遠坂凛。衛宮士郎。二名のまだ未成熟な子供の姿を思い返す。
まだ思春期の時期だ。学校で知識を学び、クラスメイトと話して親睦を深め、恋や部活など初めての経験をしていくのが真っ当な成長だ。
それを誰かが定めた宿命に操られて、血生臭い戦争に身を投じていくなんて間違っている。
「生き死を間近で見ている者からすれば、あんなものを子供にさせるなんて惨すぎる」
バイクのハンドルがわずかに軋む。
上条にはどうすることができない無力さを実感する。争いに参加するマスターとして、サーヴァントという武器を子供が持つことを彼の心が許せなかった。そんな胸中を鎮めるようにバイクは語る。
「だったら、止めようぜ。こんな下らない戦争をよ」
「だから
「パズルピースは埋まる為にあるってことだ」
上条は右矢印の指示器を出す。
その手袋の中には確かにバイクとの絆を示す紋章が刻まれていて。
ーーーーーーー
声にならない唸りが衛宮士郎の口から溢れる。
破壊されたガラス片が細かく散りばめられ、露のように中庭を淡く輝かせる。幸い、身体には一つも刺さっていない。
にもかかわらず、衛宮士郎は動けないでいた。
「ったく、妙な事をしやがって。楽に死ねるチャンスだったのによ」
死神が悠然と構えていた。
鎌の刃を首に当てる動作と見紛う槍の構えは、次の攻撃が来ると予感させるに至る。槍より速くなく、早い衛宮士郎の思考回路は避ける事に全霊を注ぐことだった。
それでも知覚できたのは、ブレた赤の縦の閃光だった。
全力で横っ飛びに回避するものの、衛宮士郎の身体は土倉の扉を大きくノックする。中段蹴りを放った姿勢で静止して、こちらを見据える死神。
衛宮士郎は、大音量で流される体内のアラートを無視して地を這いずり土倉の暗闇に潜む。口からは内臓から込み上げる血液を吐き、強打された背中の悶える程の痛みを歯を食いしばり抑える。
奥底から湧く感覚はマグマだった。
粘性の高い、近寄れば熱気で溶けかける超高熱の流体。気を抜けばそのマグマが魂を焦がして、自我が焼却される錯覚を感じる。
その根源とは何か、衛宮士郎は思考を加速させた。
単純明快な感情だった。死神が命を奪おうと武器を振り下ろそうとしている事。死神が命をいとも容易く奪おうとした事。死神が命を軽んじている事。
死神の行動理由は分からない。
けれど、これから行おうとしている凶行を見過ごせば、これからも衛宮士郎自身のような被害者を生むことは容易に想像できる。だったら、誰が止めるというのだ。この場は衛宮士郎ただ一人しか居ない。
相手は人知を超えた、規格外の相手だ。こちらは痛手を負った考えうる最悪のシチュエーション。でも、不思議と絶望は無い。
衛宮士郎はただ己の本能に従って叫んだ。
「ーーーーああァァアアアアああッ!!!!」
魂の在り方を示す、怒号。声なき声。覚悟を決めた男の叫びは絶望の闇に光を灯す。
「セィやああッ!」
強烈な旋風が巻き起こる。逆巻く空気の波は、闇を遠ざけていく。死神は土倉の外に排斥され、中心の衛宮士郎はへたりこむ。
暴風が晴れた月光に照らされるは、金色の髪。複雑に編み込まれたそれは後頭部に花を咲かせ、彼女を輝かせる。
鈍色の鎧、青いドレス、純白のレース、純金の刺繍。
彼女は口を開く。届く声は凛として。
「問おう、あなたが私のマスターか?」
惚けた情けない空気が漏れる。
衛宮士郎は二つ返事で答えた。
「マスター?」
何故か、初めて見たはずなのに見慣れた容姿のせいで咄嗟に出た言葉だけれど、衛宮士郎には悪い気がしなかった。
「私の名前はセイバー。契約によりあなたをマスターとして、従いましょう」一つ目配せして、彼女は土倉の外を覗く。
ひしゃげ内開きになった鉄製の扉。一筋の血液の川。その始点に死神がいた。彼女は空気を纏う、何かを構えて正眼に姿勢を正す。
電気の走る異様な空気感を感じ取り、彼女は死神に話しかける。
「紅蓮の槍、ランサーといった所か」
死神は彼女の見えない武器を見て嘲笑する。
「あんた何の武器を隠してやがる。それは剣か? セイバー」
「もしかたら得物は斧か槍かもしれないと思わないのか、ランサー」
「ほざけ」
談笑じみた言葉の掛け合いで、見えない武器と緋の槍の軌道がかち合う閃きがまたたく。金属を竹で叩いたような音が響き、戦場の熱気をわずかに上げる。
衛宮士郎はセイバーと呼ばれた少女の後ろで呆然と立ち竦む。
セイバーが一歩踏み込み、ランサーが突撃する。セイバーは強烈な旋風を再び巻き起こし、ランサーの突撃に合わせて宙に浮いて移動するように身体を動かす。
それらは音を置き去りにする速度、二つの空気膜は突き破られる。
カン、カン、カンと音と空気を大きく弾き出す衝撃波は、武器と武器のぶつかり合いで成り立っている。息をつく暇もないほどの連撃が繰り広げられ、衛宮士郎が息を吸い始めたのは数十の攻撃の応酬の後だった。
セイバーとランサー、二人は元の立ち位置に戻っていた。常人なら息を荒げる運動量でも二人は汗をかくことはなく、さも当然のように準備運動をして身体をあっためた。
程よい上気は更に戦場のボルテージを上げる。
ランサーは槍に対して力を込める。ランサーのハンサムな顔に血管の浮き出る鬼の表情が上塗りされる。
「マスター、下がってください。来ます」
衛宮士郎はセイバーのやや後方に下がり、ランサーの出方を伺う。衛宮士郎の脳裏には、想像を絶する槍の投擲が行われると直感が囁く。
「避けてみな、避けれるもんならなぁ!」
ランサーは吠える。野犬の如く、獰猛な重低音を唸らせながら。
大きく身体を反らせ、一歩馬のように踏み込み、渾身のエネルギーを槍に乗せて放つ。その一投の名は、
「
直線、真っ赤な一条、死に至るまでのカウントダウン。
刻々と迫る秒針にセイバーは武器を突きつけた。いなす。間一髪武器で矛先を逸らしていく。
ーーーダメだ!
意味が解らない、不透明な予兆を感じ取る。吉兆ではない、凶兆。それも命を奪い去る不吉な兆候。セイバーは身体を右に傾ける。
瞬間。
セイバーは貫通された。左胸の心臓から少し右上を真っ赤な魔力が装甲を破り、身体を突き貫いていた。思わず膝を地につける。
確かに防いだはずの攻撃。にも関わらず心臓狙いの攻撃が外れても当たっていた。不可解な現象。まるで攻撃が当たっていたということに修正されている。
修正したのは世界、もっと言えば因果。
真っ赤な槍。獣のような敏捷性。宝具名ゲイ・ボルク。セイバーは相手の正体を掴む。
「避けたな。我が槍の一撃を」
「なるほど、其方はアイルランドの光の御子か」
ランサーは槍を立てる。
カツンと、包み込む殺意や戦意が消失した。これ以上の戦いはしないだから、見逃してくれと言外に伝えてくる。セイバーとしてもこれ以上の消耗を避けたいところだったために、了承する。
「槍を避けられたら、撤退せよと言われてるんでな。全く臆病なマスターだ」
「待て、逃すわけにはいかない!」
衛宮士郎は叫ぶ。敵わない相手だとしても、戦うことを選ぶこの少年は、正義感に突き動かされた哀れな愚者だ。
そんな愚者の一言に動揺することもなく、ランサーは忠告する。
「追うんなら、決死の覚悟で来るんだな少年」
そう撤退しようと二人から背を向けるランサー。
一歩を踏み出した。
『ステージセレクト』
その先は日光が照る荒野の地面だった。