――第8話「もう一度」
今日は少しだけ太陽が見え隠れしつつも夏の暑さはぬぐえない、だけどいつもとはどこか少し違う一日だった。
――今日は8月9日。世間でいう夏休みに入っているであろう日付である。
夏休みに入る前、学校の先生から夏休みの過ごし方ややるべきことが伝達され、終業式を終えた後まだ少しざわついたのを僕は覚えている。
高校に入学してから最初はドタバタしたものの、なんとかこの長期休みまでたどり着くことができた。
ドタバタしていた要因は主にプライベートのほうだけれど。まぁ楽しかったしいい思い出ばかりだ。
そんな今日8月9日、こんなクソほど暑い日に外出するのには理由がある。
好きなアーティストのCDの発売日だからだ。僕はCDを発売日に必ず買うというポリシーがある。
昨日テレビに映っていた天気予報のお姉さんは『明日はすっきりとした空模様で猛暑日になるでしょう』なんて言っていたけど空はところどころ雲がかかっていて少しどんよりしていた。
でもいくら雲がかかっていようがお天道様はお構いなしでじんじんと熱い気温を保っている。猛暑日っていう予報はあたったみたいだね。
加えて若干じめじめしていて少し汗がべたつく。これならカラッと晴れてくれたほうが逆に清々するんだけどな。
さて雨が降る前にさっさと家に帰らないと。ただでさえべたべたするのにまた濡れるなんてごめんだからね。
――――ぽつぽつ
そう思っていると僕の頭の上にしずくが何度か降り注ぐ。最初は勘違いかなとも思っていたんだけど上を見上げればさっきよりも量も勢いも強くなって粒が僕の顔に降り注いでくる。
あぁ、遅かった。夕立だ。これはまずいぞ、今日は雨なんて降ると思っていなかったし折りたたみ傘を常に常備しているほど女子力が高いわけでもない。
まぁそのうち雨なんてすぐにやむだろう、と思いつつ携帯の天気アプリを開くと1時間から3時間ほどはやむ目安がなさそうだ。
このままではまずいと思い僕はある場所に向けて足を前へと出した。
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僕が目指してきたのは無人販売所。
ここは田舎なので無人販売所は割と至る所にある。それに人も少ないだろうと思ってここにやってきた。雨宿りするには最高の場所だ。
売っているのはほとんどみかんなんだけど、どこのみかんも7,8個入っていて100円ととってもリーズナブルな価格になっている。
ってそんなことはどうでもよくて、僕の目の前にあったのはみかんだけではなかった。
よどみのない真紅の髪の毛を持った、ルビィちゃんがいたのだ。
どうしてこんな状況になっているのか僕にはさっぱりわからない、きっと天地がひっくり返ることがあっても一生分からないと思う。
だけどこれは神様が与えてくれたチャンスなんだろう、しとしとと雨は降り続けている。やむ気配だって一向にない。
ダイヤさんや善子ちゃん、花丸ちゃんといった今の僕たち二人を邪魔する存在だっていない。
邪魔しているものといえば僕らの周りに降り注ぐ雨の音。屋根にカンカン降り注ぐ雨の音、だけ。
しかしその雨でさえ今は僕の味方だ。普段雨は大嫌いだけれど今日だけは感謝することにしよう。
じゃあどうするかやることと言えばただ一つ。どれだけ邪険にされようと、どれだけ本人が僕のことをよく思っていないとしても、自分の信じた道をただ前に進んで突き抜けるだけなんだ。
「こんにちは、ルビィちゃんも雨宿り? 災難だったね」
「……」
うーん、やっぱり無視かぁ。
ここはひとつルビィちゃんが好きなスクールアイドルの話でも振ってみたら反応してくれるかなぁ。
「ルビィちゃんってスクールアイドルが好きなんだよね? それに今実際に活動してるって聞いたし、どう? 楽しい?」
「……」
ぴくっと少し体の一部が反応を見せたものの未だに沈黙。
うーんこれ以上打つ手がないや、2発しか撃ってないけど全発撃ち尽くしちゃったな。もともと持っている弾が少なくて対抗するにもできないし、また出直そうかな。なんて思っていたその矢先にルビィちゃんが口を開く。
「…………どうして、どうしてルビィなんかに構うんですか?」
「それは、なんでだろうね」
ルビィちゃんはこっちを見ていないからどんな顔をしているかわからないけど、きっと何言ってるんだコイツはみたいな顔をしているんだろうなぁ。
まぁ普通の反応だろうけどさ。
「よく、わからないけど。だけど仲良くなりたいと思ったから、ただそれだけだよ」
「そう、ですか……。ルビィも鬼じゃないですから今日雨が止むまでは一緒にいることを許してあげます」
そういうけどルビィちゃんからは優しさが染み出ていてやっぱり思っていた通りの子だった。
初めて出会った日の衝撃はいまだに忘れられてないけどずっとなんでだろうって疑問に思っていたし謎、というか確信に変わってよかったかな。
「フフ、やっぱりルビィちゃんは優しいね、僕の思ったとおりだ」
「言っておきますけど今日以外は許してませんから雨が上がったらもう話しかけないでくださいね」
ルビィちゃんがようやくこっちをみてくれた、べーっと舌を出しているけどめちゃめちゃ可愛い。やっと可愛いところが見れた。
「うん、わかったよ。約束する。今日中にルビィちゃんとこれからも話せるようになればいいんだよね」
「それ何もわかってませんよ……」
そういってルビィちゃんは呆れた顔をするけど何とかやるしかない。
もう二度と訪れることのないかもしれないチャンス、ここを生かさないでどう生かす。
「そういえばルビィちゃんはどうしてここで雨宿りをしているの?」
ダイヤさんの妹であるルビィちゃんならしっかりしてそうだしこういうことは起こらないだろうな、なんて勝手に思っていたけどそんなこともないのかな?
「実は花丸ちゃんとお別れした後に急に雨が降ってきちゃって……。傘も持っていなかったからここで雨宿りしていたら裕紀……さんが来たんですよ」
「そっか理由は僕と同じなんだね、でもルビィちゃん折りたたみ傘くらい持っていそうなのに。あ、あと名前は好きなように呼んでいいよ」
僕がそういうとルビィちゃんは少しだけしゅんと悲しそうな顔をしてわかりやすく落ち込む。
「ルビィはお姉ちゃんと違ってドジだしいつも迷惑ばかりかけるし勝手にお姉ちゃんのアイスは食べるし、仕方ない妹なんです……」
ルビィちゃんもルビィちゃんなりに悩んでいるのかな。
きっと今の僕みたいにダイヤさんはしっかりしているからルビィちゃんも、なんて言われることはしばしばなんだろう。
そんな気持ちも僕にだって痛いほどわかる。
過度な期待を向けられるのは昔からよくあったから……。
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そのあと屋根をたたく雨音は止まるところを知らず、降り続けていた。
僕とルビィちゃんの距離が縮まることはなかった。
なんらかの理由で男性を毛嫌いしているルビィちゃん。
今回はその謎を解くことができるであろう史上最大のチャンスだったに違いない。
今後仮に雨が急に降ってこようと僕とルビィちゃんが傘を同時に忘れて、数ある中の無人販売所の中から同じ無人販売所に一緒に雨宿りするなんて奇跡これ以降起こるはずなどありえないのだから。
じゃあなおさらこのチャンスを取りこぼすわけにはいかない。
雨だって頑張れがんばれと僕に語り掛けるように雨を打ち続けている。
善子ちゃんや花丸ちゃんだって大丈夫だって励ましてくれた。
なら今この状況で僕がやるべきことはルビィちゃんと交流を深めることしかない。
話しかけよう、気の利いた言葉じゃなくても。ルビィちゃんが嫌な顔をしたとしても。
何かしなければ始まらない、一生止まったままだ。そんな僕はとうの昔に捨てたんだ。
「……雨、止まないね」
「……それはどういう意味で言ってるんですか?」
どういう意味って……雨が実際に降り続けているから言っただけでそれ以上でもそれ以下でもないんだけど……。
「え、そのままの意味だけど……」
「知っているんだか知らないんだかわからない言い方ですね……それ」
なんてルビィちゃんは言っているんだけど知ってる知らないって何のことだろう。
まぁいいや、きっと僕には一生分からないことなんだろう。
この調子ならどんなことでもルビィちゃん話してくれそうだしあまり深く気にすることもないのかもしれない。
よし、どんどん話しかけていこう。
「雨、このまま降り続きそうだけどルビィちゃん何か帰るあてとかないかな?」
「帰るあてがあればもうとっくに二人とも家の中でゆっくりしていると思いますよ? 裕紀さんって思ったより賢くないんですか?」
あらら、辛辣な言葉をかけられてしまった。ルビィちゃんって優しそうな顔をしているけど隠れSだったりするのかな?
「わんっ」
そんな隠れドSのルビィちゃんのほうからは犬の鳴き声が聞こえる、犬もここで雨宿りでもするのかな、鳴き声も小さくかわいらしい姿が容易に想像できた。
実際にルビィちゃんのいたほうを振り向くと想像通りの小さめのポメラニアンが舌を出してなんだか物欲しそうにこちらを見ている。
だけどなぜか僕の視界の中にはさっきまでいたはずのルビィちゃんがいなくなっていて、ポメラニアンしか映っていない。
もしかしてルビィちゃん犬になっちゃった? とか。まさかそんな非現実的なことはないよね。
なんて思って辺りを見渡してみると柱の陰に隠れていた。
柱に隠れているルビィちゃんは心なしかびくびくとおびえているようで柱にしがみつきながらぶつぶつと何かを言っているようだった。
「ルビィちゃん? 大丈夫?」
「うわあああああ、な、な、なんですか!?」
僕がルビィちゃんに話しかけると相当驚いたようでとても大きな声を出して驚かれた。ただ喋りかけただけなんだけど。
後ろを取られたら命が狙われるっていうくらい大袈裟にならなくても……。
「そんなにびっくりしなくていいのに。もしかして、犬苦手なの?」
「苦手というか、以前犬に追い掛け回されたことがあって……。確か犬種もこの犬と一緒だった気がするんです、それでルビィの本能が逃げろ! っていうから思わず隠れてしまったんです」
どうやら前に犬に襲われたらしい、それも同じような犬とのことで。
犬のほうを見るとハッ、ハッと息を漏らしながら僕のほうではなくルビィちゃんのほうを見つめている。僕には全くの興味を示さないらしい。
じりじりとこちらに歩み寄ってくる、とても愛らしい姿で犬は万人に愛されるというのがこの一場面を見るだけですぐわかるがルビィちゃんはそれどころじゃないらしい。雨に濡れないギリギリのところで踏みとどまりながらコナイデ、コナイデってカタコトになりながらおびえている。
こちらの姿も万人に愛される可愛さなんだろうなぁ。
このまま見てるだけで助けなくていいかな……。
「ゆ、裕紀さん。ニコニコしてないで助けてください……」
ルビィちゃんは涙目になりながらこっちを見ている。その間もポメラニアンはこっちに近づいてくる。
仕方ない、とりあえず犬の気を僕に逸らすようにしようか。
「おーい、こっちにおいで」
しゃがんで犬と目を合わせるようにしてこちらに近づくように促す。
どうやら成功したみたいでじりじり近づいてきていた犬は駆け出し始めた。
――成功したと思ったのもつかの間。
犬は僕の隣を駆け抜けてその先へ。
これが勘違いか……。犬相手でも恥ずかしいな。穴があったら是非入りたいよ。
ってそんなこと言ってる場合じゃない。
柱にしがみつくルビィちゃんに寄り添い、嬉しそうに尻尾をパタパタふる犬ははたから見ればとても愛らしい犬だろう。
しかしルビィちゃんからみた犬はどうだろう。それはもう自分の生をむしばむ悪魔、死神に見えることだろう。
じりじりと近づいて今にも犬の舌がルビィちゃんの足に触れようとしたとき、さすがに我慢できなくなったのかルビィちゃんは立ち上がって無人販売所の中を駆け回る。
「わんっ、わんっ!」
もちろん犬だって好きなもの、興味のあるものが動けば追いかけるだろう。
それが犬の本能だし
人間が嫌っていようと好きであろうと自分が好きだから追いかけるのだ。
自分が構ってほしいから、遊んでほしいから、気になるから。
「まって~、追いかけてこないでぇ~」
「ちょっとルビィちゃん!? どこに行くの!?」
ついに無人販売所の外に飛び出してしまったルビィちゃん。
そのまま放っておくわけにもいかないので雨の中走り去っていくルビィちゃんを追いかけることにした。