「水の中で死ぬってどんな気持ち?」
小さい頃の自分が語りかけてくる。
「どうって…苦しくて、辛くて、でもね、満たされるんだ」
肺の中に冷たい水が、一気に入ってきて、心臓により熱くなった四肢が、冷たくなるのだ。
「満たされるのは、お前だけだろう。置いていかれた俺は、どうすればいい?」
佐藤先生が、ぎゅっと腕を掴む。
「さ…とうせんせ…い」
「なぁ、太宰。俺は、お前の自己満足に、振り回されてばかりだ。許してほしい? どの口が言うんだ? お前は、勝手に自分が許されてるとでも思っているのか? 神も、聖者もいない。お前を、断罪する奴はいないんだよ」
「先生? なにを…仰るんです? 俺は、佐藤先生に、許して、もらおうとして。 もう一度、ご指導願おうと思って…」
「なぁ、本当に許してほしいと思っているのか?」
何処かで小川のせせらぎが聞こえる。佐藤先生の、緑黄の瞳が、俺を捕らえて離さない。
「答えろ、太宰」
きつく腕を掴まれる。
「太宰クンは、どんな人なりたい?」
織田くんの隣で、熱燗を舐めながら、俺は彼の話を聞いていた。
「ワシは、もっと小説が書きたいねん。いろんな人のもの読んで、書いて、もっと。もっと」
「じゃあ織田くんは、ちゃーんと生活しなきゃな」
「ケッケッケ、ホンマやなぁ。でも、性分やねん」
「またぶっ倒れて病院で書く羽目になるぞ」
「ケケケ…せやなぁ。太宰クンは?」
「んあ?」
「太宰クンはどんな人になりたい?」
「俺は…なんだろ…小説書きたい…かな」
「太宰クンの小説も、もっと読みたいわぁ」
そうなると良いなぁ。舌がヒリヒリとして、頭が回らなくなる。織田くんの暖かさが、隣にあって、すごく、安心、してしまった。
「おい、起きろよ。太宰」
ぼんやりした記憶が、覚醒をしようとしていた。坂口くんに起こされた。
「俺の話を聞いてたか? 闇の女が追ってくるんだよ。あの女、今に彼奴の鼻を明かしてやろうって考えてるんだ」
「ははっお前ね、そんなんじゃ、鼻は明かす事なんざ、人生が一つ二つあっても、足りないよ」
「そんな事はないね。いつか出来るさ」
「期待せずに待っといてやる」
「待っとく、って本当かよ」
坂口くんは、つむじが見えるほど、首を垂れていた。向き合っているのにも関わらず、目を背けるなんて。
「当たり前だろ!」
「なら、なんで、お前は、死んだんだよ。俺を置いて、消えてった」
何言ってんだよ…俺は、ちゃんと。ちゃんと?
「お前の書きたいものは、こんなもんか」
お前にっ! お前のような! 間違いを受け入れられない文壇の屑どもになにがわかる?!
「少なくとも、俺は、志賀直哉は、惜しいと思っているよ」
お前のようなデタラメな天才を無くすのだから。
「モモノハナ野郎。テメェ、随分と図々しいことを、図ったじゃねぇか」
自分がどんな存在か分かってんのか?
「太宰君、僕はね、君に慕われる様なできた人間では無いよ」
其れでも、君が慕ってくれるのは、とても嬉しいんだ。
「水の中で死ぬってどんな気持ち?」
幼い自分が語りかける。
「空虚だ。なんにもありゃしない。死んでしまえば、それだけだ」
「生きてみたい?」
「生きたい。もっともっと、もっと、小説が書きたい。大事にしたい人たちがいるんだ。謝らなくちゃいけない人たちがいるんだ。許さなくちゃいけない人たちがいるんだ。だから」
だから
生きたい
「……クン!? だざ…!」
「う…うん?」
「! 気がついた?! 良かった…よか、った…」
「こ、こ…図書館…?」
「せやで! 自分、アイツラの攻撃食らって…其れで、川に転倒して…溺れて、気ぃ失うて」
涙を堪えながら、オダサクが事の顛末を語った。どうやら、俺は潜書の時しくじり、深手を負ってしまい、その上川で溺れかけたのだ。
「もう本当、やめてや…ワシ死んでもうたかと」
「なぁ、オダサク」
「なんや、気分でも悪いんか? そんなら森センセに来て貰って」
「俺さ、今ならちゃんと言えるよ」
「? なんを?」
「俺ね」
みんなを大切にする人になりたいや