俺と後輩と酒と 作:JOS
アイドルとしての大一番、12月25日まで後数日といったある冬の日、私は仕事帰りにふと彼の家を訪れることにした。数か月ほど前から長期の出張に行っている彼は勿論家にはいない。それは分かっていた。だから、何となく仕事場所がたまたま彼の家の近所だったこともあってふらっと寄って帰るだけのつもりだった。特に彼の家を訪れることに理由はなかった。何となく訪れただけだ。
「あら、楓さんじゃないですか」
彼の部屋には先客がいた。頭のサイドで編み込まれた青みがかった髪は癖なんて文字を知らないかのようサラサラと揺れる。天真爛漫、純粋無垢を画に描いた様な爽やかで人懐っこい笑みをうかべてる彼女は七尾百合子。彼の親戚だ。
「久し振りね、百合子ちゃん。本でも借りに来たの?」
私と同じく彼女は彼から合鍵を貰っていた。その合鍵でたまにこの部屋を訪れては本を数冊借りていくことがあった。だから、今日もそうだろと私は思ったのだ。
しかし、返ってきた返事は違うものだった。
「借りに来たというか……貰いに来ました。これまで数冊は家に運んだんですけど、おじさんの部屋凄い本があるから、どれを貰おうか迷ってて……全部ほしいけどこれだけの量絶対に部屋に入らないしなぁ……本棚だけじゃなくて押し入れにも本が詰め込めれている部屋はおじさんの部屋だけですね」
――え、本を貰う?
思わず口に出そうになった言葉をツバと共に飲み込む。言うまでもないかもしれないが彼は本の虫だ。本を愛しているし、多くの本を読む。この部屋にあるのは彼が選び抜いたお気に入りの本たちだ。貸したりすることは確かにあるが、それを百合子ちゃんとはいえ他人にしかも、こんなに多くの本を譲るなんて彼らしくない。
――何かが可笑しい。
あの夏の夜から……いやもっと前から彼は可笑しかった。私に何かを隠していた。
押し入れの中の本を色々と漁りながら百合子ちゃんは続ける。
「うーん、ここは哲学書ばかりかぁ、純粋理性批判とか読んでみたいけど、アプリオリとかよく分からないしなぁ……。それに哲学書は重いし嵩張るし、うーん。でも、古本屋に売り払うくらいなら……」
「百合子ちゃん、今のどういうこと?」
「え? 今のって?」
「古本屋に売るって」
「あぁ、それですか。何か誰にも引き取られなかった本は古本屋に売っちゃうらしいですよ。おじさんも酷いですよね。いきなり海外に引っ越すから要る本があったら勝手に持っていけ、ですもん」
――海外? 引っ越し?
百合子ちゃんは一体何を言っているのだろうか? 彼は海外に引っ越したのではなく長期の出張に……いや、違う。
先輩は何かを隠している。ずっと前から大きな隠し事を。
――もしも彼が私に何かを残すのならどこに残す?
私の予想が正しければ彼は私に何かメッセージのような何かを残しているに違いなかった。間違いなく彼ならそうする。何故分かるのかって? それは私が世界で一番彼の事を分かっているからだ。
彼と私の共通の場所、共通の知り合いは誰か……。
――あぁ、あの店だ。
東京は上野駅から十数分歩いた場所にある彼のお気に入りのあの店だ。
「ごめん百合子ちゃん、来たばかりだけど私、帰りますね」
「え? もう帰るんですか」
「ごめんなさい。戸締りよろしくおねがいしますね」
そう言うと私は部屋から飛び出した。一刻も早くあの店に辿り着きたかった。表は空は既に日が落ち始め、気温は日中よりもずっと下がっていた。凍てつく様な寒さの中私はがむしゃらにあの店を目指した。
「いらっしゃい……って楓ちゃん!? どうしたの、そんなに息を切らして」
店に着いた時には駅から全力で走っていたこともあって私の息は上がっていた。いつも余裕ある行動を心掛けている私にとっては珍しく冬だというに額に掻いた汗をハンカチで拭うと、店主に詰め寄る様に問いかけた。
「急にお邪魔してすみません、店長さん。実は聞きたいことがありまして、先輩から何か聞いたりしてませんか」
「あぁ、彼ね。残念だよねホント、海外転勤だなんて、それも十年単位で帰ってこれないんだろ? 出来れば彼が帰って来るまでこの店は開けておきたいんだけど、まぁ景気によるからね、こればっかりは」
店主はそう言って人の良い笑顔で豪快に笑った。
――やっぱり、ここでも海外出張。私に対してだけ、なんで長期の出張だなんていったのかしら……。
「彼が来たのは何時の話ですか?」
「えーっと、確か二日前だよ。数か月ぶりにいきなりやってきたから驚いたよ」
店主はそこまで言うと、あぁそうだそうだと、何か思い出したかのように作業を止めてレジの方に向かった。そこで彼はレジの下にある引き出しを開けるとそこから分厚い真っ白な封筒を一通取り出して私に渡す。
「はい、これ。彼から楓ちゃんへ渡してくれだってさ」
真っ白な何の特徴もない定型封筒の表には大きく達筆な筆書きで高垣楓様と書かれていた。見間違える筈もない先輩の文字だ。その裏には彼の名前が書かれていた。
「店長さん、すみません。奥の個室を貸して貰ってもいいでしょうか? この手紙を今すぐに読みたいので。勿論、お金は払います」
自分自身でも非常識な事を言っている自覚はある。しかし、私はどうしても今すぐこの手紙を読みたかった。先輩が私に宛てた手紙を読みたかった。
「いいよいいよ、どうせ今日みたいな平日は奥の個室は使わないし、是非使って行ってよ」
私はその言葉をうけ、店主にお礼を言い頭を下げると、飛び込むように個室に入り分厚い封筒の封を切った。
『親愛なる 高垣 楓様へ』
手紙の一枚目のそんな書き出しで始まっていた。私は祈る様にその先を読み進めた。
『気候の挨拶やら、気難しい前書き何て他人行儀でよそよそしいものは俺とお前の間には要らないと思うから、省かせて貰う。まずは、最初に書いておくべきことを書いておこうと思う。
楓、シンデレラガール就任おめでとう。
この手紙を書いた時系列をお前が知ったら何で分かったんだと突っ込みが入りそうだが、俺には分かる。ずっとお前といた、ずっとお前を見ていた俺には分かるんだ。高垣楓は今年、間違いなくシンデレラガールになるってな。
まぁ、納得しないなら、適当に虫の知らせやら第六感やら天啓が降りてきたとでも思っておいてくれ。とりあえずもう一度、
シンデレラガール就任おめでとう。
祝福の言葉やらお祝いの言葉やら聞き慣れたかもしれないが、俺からも言わせておいてくれ。
さて、ここからはお前が今、知りたいことを書いていこうと思う。
恥ずかしい話だが平生から筆やらペンやらを持った機会が少なくて、手紙なんて書いたことがない。だからこの手紙は支離滅裂で伝えたいことが合理的に伝えられないかもしれない。もしも、この手紙を読み進めるのであればこの点に留意してもらえると助かる。
本当のことを言うとこの手紙を俺は書くべきではなかったのかもしれない。でも、俺は書かないといけないと思った。書くべきだと思った。恐らくお前はどれだけ俺が上手いことやってもいずれ真実にたどり着く。お前は昔から頭が良かった。常に俺の先を行っていた。だから、俺がどれだけ隠しても、死人になって口なしになってもきっと真相に辿り着く。
どうせ、真相に辿り着くのなら、俺が自分自身で全てを打ち明けるのが、誠実だと信じている。『良心に恥じないということだが、我々の確かな報酬である』とはお前も知っての通りセオドア C ソレンセンの名言だが、俺がこの手紙を書くのも単にこの言葉の通りだ。俺は良心に恥じぬために、そして、最期くらいは誠実にあろうとしてこの手紙を残す。俺の全てが詰まったこの手紙をお前に残す。
これから先の内容はお前にとって知らないでいい内容だろう。知らない方が幸せに人生を送れるだろう。もしも、この手紙をこれから先読む気がないのならそれは地上でもっとも賢い選択だろう。利口なお前なら読まないという選択肢を選んでくれることを祈る。その時は適当に燃えるゴミにでもこの手紙を捨ててくれ。それで全てが終わる。
しかし、もしも次の手紙をお前が読むのなら、その時は覚悟してほしい。俺は良心に恥じぬために、そして誠実であるために、嘘偽りなく全てを書く。きっとお前が知りたくなかったこともあるだろう。覚悟があるのなら次の手紙に進んで欲しい。そこには俺の人生の全てを出来る限り簡単に書いてみた。夏目漱石のこころでは先生が過去を打ち明ける前に『然し恐れては不可せん。暗いものを凝と見詰めて、その中から貴方の参考になるものを御攫みなさい』と書いてある。俺の人生の中にお前の参考になるものがあるとは思えないが、この手紙が俺という人物の全てをお前が知れる手掛かりになればいいと思う。
この手紙をお前がどのタイミングで読むのかは分からないが、少なくともこの手紙をお前が読んでいる時に俺は既にこの世にはいないだろう。この店にはクリスマスまでは訪れないだろうし、クリスマスが終われば年末年始だ。シンデレラガールに選ばれて多忙なお前にはこの店にくる余裕ない。だから、お前がこの手紙を読んでいる時、実は全て終わっている可能性が高い。
きっと、俺の通夜も葬儀も終わっている。散骨を頼んだからきっと俺の遺灰は今頃、太平洋に浮かんでいるだろう。おじさんにもおばさんにも非常に迷惑をかけた。でも、彼らを恨まないでくれ。全ては俺が悪い。俺が俺自身の死をお前に隠して貰う様におじさんとおばさんに頼んだ。彼らは誠実だ。だから、恨むのなら俺を恨め。俺は一足早く、あの世に逝っているが、いづれ向こうで会ったら幾らでも恨み辛みは聞いてやる。だからもし、よければおじさんとおばさんに改めてお礼を言ってくれ。
俺がお前に書く最初で最後の手紙。この手紙は上に書いてある事情の通り、遺書だ。
俺は今、病に侵されている。病名は「 」和名だと“ ”っていうクソ長い病名だ。恐らくお前は知らない病名だろう。俺だって自分自身に関係がなかったら一生知らないでいた。恐らく医者の中でも知らない人が多いだろうこの病気は何でも十万に一人やら百万人に一人やら、別の研究だと一千万人に一人やらという非常に稀有な奇病らしい。それも発見されたのがここ、半世紀くらいの話でそれまでの人類史にはこんな病気はなかったそうだ。
じゃあ、この病気がどんな病気かだけど、この病気は何でも遺伝子の突然変異とか何とかで起こるらしい。詳しいことは未だに研究中らしくてよく分かっていない。
病状としては感染しても潜伏期間が非常に長いことで知られる病気だ。人によって個人差はあるらしいけど、大体五年から三十年間は発症しないそうだ。多くの場合は感染しても二十年は発症しないことがほとんどだそうだ。まぁ、発症はしないだけで感染はしているんだけどな。多くの場合はすぐには影響はないことがほとんどだとか。
で、この病気だが、発症する段階に応じて三段階に分けられる。まず、第一段階だが、血液中の赤血球やら白血球やらが異常を示す。血液検査なんてするとすぐに異常が分かる。これが第一段階だ。次に第二段階、第一段階から平均して二、三か月すると第二段階へと突入する。第二段階になると、次は肝臓やら膵臓やら胃やらが一気に衰弱する。異常なほどのスピードで内臓がどんどん弱くなる。第二段階は進行が異常に早く、二週間から三週間で第三段階に突入する。そして、第三段階になると視覚や聴覚、脳にまで影響が出てきて最後は眠る様に息を引き取るそうだ。
つまりこの病気を発症してしまえば四ヵ月は絶対に持たない。この病気の治療法は未だに確立されていない。薬による治療は今のところ無理らしく、手術による治療のみだとか。
ちなみにお前に嘘の出張の電話を入れた時俺は既に第一段階に突入して入院していた。本当は百合子と同じく海外転勤という体にしたかったのだが、お前なら色々と勘付きそうなので出張ってことにしておいた。だから、ちょくちょくあの後も掛けていた電話は全てこの病院内からの電話だ。最後に騙して悪かった。
これを書いている今、俺は既に第二段階に突入した。肝臓も恐らくボロボロだろう。担当してくれている医師曰くもう酒はほとんど飲めないらしい。因果なもんだな、酒好きな俺が酒が飲めなくなるなんて……。そして、恐らく年は越せないだろう。一応手術は受けるつもりだが、なるべく後へ後へとずらして貰う様に調整している。クリスマスにあるシンデレラガール総選挙とライブを見るためだ。お前の最後の晴れ舞台を見ずに逝くのはもったいない。だから、俺はお前がシンデレラガールになる瞬間を見届けるまで手術を受けるつもりはない。
もう、俺は長くない。一応手術という手はある。手術に成功すれば病気は完治して、普通の一般人として生活が送れるようになる。しかし、成功率は極端に低い。その確率、3パーセント。それも事例が少ないせいか、日本での手術の成功率は何と驚異の0パーセント。この世界は小説でもなければ映画でもない、奇跡もミラクルも、最後のどんでん返しも起こらない。だから、俺は死ぬ。でも、それは悲しいものではない。病院ではなるべくこの病気のサンプルを取れるように協力している。手術だってサンプルがてらにやってもらうつもりだ。
「人間はね、自分に困らない程度の範囲内で、なるべく人に親切がしてみたいものだ」とは夏目漱石の三四郎の作中の言葉だ。俺は既に死ぬことがほとんど確定している。だから最期くらいは困らない範囲で人にやさしく、この世の中に貢献したいと思った。
ヘミングウェイは作中でこう語っている。「人間は負けるように造られてはいない。殺されることはあっても、負けることはないんだ」 そう人間は負けないんだ。きっと、この病気もいつか完全に治療法が確立される時が来るだろう。その時のために俺はこの身を捧げる。
お前が一体いつのタイミングでこの手紙を受け取るのか俺には分からない。ただ、恐らくそれは年が明けてからの事になるとは思う。俺はどれだけ遅くてもクリスマスの翌日には手術を受ける手はずになっている。
だから、お前がこの手紙を読んでいる時俺は既にあの世だ。だからお前に謝っておかないいけないことがある。あの春の日の約束を守れずにすまない、と。
あの時俺はお前の言葉を遮ってその先を言わせないようにした。
「俺もお前もまだ若い。色々と経験して、それでもまだ気持ちが変わらなかったら……。そうだな、お前が25歳になった時にまだ気持ちが同じなら、その時は今の話の続きを聞こう。俺もその時は自分の本心に嘘偽りなく返事をするって約束する」
なんて、勿体ぶった言い方をしてお前のことを拒否した。俺はゲームや小説に出てくるような鈍感な主人公ではない。人の感情に鋭いか、と問われれば首を傾げざるを得ないが、それでも人並みには他人の感情を読み取れる自信がある。だから、お前があの時何を言おうとしていたのか、そしてお前が俺に対してどんな感情を抱いているのか全て知っていた。分かっていた。
でも、俺は、愚かで、卑怯で最低だった俺は全てから逃げた。お前の気持ちからも、そして自らの気持ちからも逃げた。
はっきり言っておこう。
――俺は初めからお前の気持ちに返事をする気が一切なかった。
死人に口なし。そう、俺は初めから自らの死を以って、お前の気持ちからも、俺自身の気持ちからも逃げるつもりだった。
前述したとおり俺の病気は潜伏期間は長い。でも、どれだけ長くても30年は生きられない。80パーセントの人間は二十五歳まで生きられないそうだ。俺は、それを知っていた。だから、お前が二十五歳になるまで待ってほしいと言ったんだ。お前が二十五歳の誕生日を迎える時俺は二十六歳になっている。殆どの確率で俺は死んでいることになる。俺は弱い。俺は卑怯だ。罵ってくれても構わない。
察しの良いお前ならここまで読んだところで既に気付いていると思う。俺は生まれた時からこの病気に感染している。お袋がたまたまこの病気を患っていて、そして親父に感染、俺は生まれた時からこの病気を患っていた。
俺はお前の気持ちに応えられない
この病気は空気感染しない。
この病気の唯一の感染ルートは―――――性行為だ。
そう、この病気は感染した人物と愛し合うことで感染する。
俺はお前を幸せにできない。女性として当たり前の幸せを届けることが出来ない。
あの春の夜、俺はお前に口づけの一つでもすれば良かったのかもしれない。でもそれは出来なかった。お前を幸せにできない俺が何か一つでも綺麗で完成されている高垣楓を汚すことが躊躇われた。
あの夜桜が綺麗な公園で、お前に全てを打ち明ければ良かった。でも、それは出来なかった。女々しいことにお前を幸せに出来ないと分かっていながら俺はお前と離れ離れになるのが堪らなく嫌だった。俺は弱い男だ。
お前と出会ってからずっと俺はお前のことが妬ましかった。俺とは違い何でも出来るお前に嫉妬していた。俺とは違い多くの友人に囲まれて過ごすお前の事が堪らなく憎かった。教師もクラスメイトも、友人も誰もが俺を高垣楓の付属品、そう見てると思っていた。だから俺はお前に対抗心を燃やした。何か一つでもお前に勝っている点が欲しかった。
でも、それは違ったんだ。
ある時俺は気付いたんだ。高垣楓だけは俺のことを必要としてくれている。高垣楓は俺のありのままの姿を好いてくれている。それに気付いた時俺は分かった。何故、俺がここまで高垣楓に対抗心を燃やすのか。
――俺は高垣楓と共に人生を歩みたかったんだ。
俺の何歩先かを歩くお前に何でもいいから追いついて、共に肩を並べていたかったんだ。
二十五歳の誕生にはいささか早いかも知れないがあの時の俺の返事を嘘偽りなく書いておこう。これが俺のまごうことなき本心だ。
――俺は
――――――――――高垣 楓を愛している。
なぁ、楓。武内さんはいい人だと思わないか? あれだけ真っ直ぐで、あれだけ誠実な男を俺は他に知らない。彼はお前のことをアイドルというフィルターでもカリスマモデルというフィルターでもなく、ただの女性、高垣 楓として見てくれる。こんな男性他にはいない。
だから、こんな卑怯で逃げてばかりの男の事は忘れて、彼と、武内さんと幸せになって欲しい。武内さんであればお前を幸せに出来る。何故、分かるかって? お前が俺のことを世界で一番分かっているように、俺がお前のことを世界で一番分かっているからだ。
武内さんと一緒になればお前は幸せにあれる。どこにでもいる女性の、ありふれた当たり前の幸せを享受できる。
――俺はお前を愛している。
だからこそ、お前には幸せになって欲しい。お前の幸せが俺の幸せだ。お前が幸せになってくれる以上に俺にとっての幸せはない。
お前にとって俺はただの先輩であり、恋人でもなければ家族でもない。それは俺にとっても同じだ。
でも、俺はそこらにいる―――――――。
――――恋人や、夫よりも
――――――高垣 楓の幸せを願っている。
だから、幸せになってくれ、楓。
これから先の君の人生に幸多からんことを願い、ここに筆を置く』
何処にでも売られているであろう便箋に書かれた文字は所々で何か濡れたように滲んでいた。そしてその文字も溢れる感情が抑えきれないかのように文字が崩れていた箇所も多かった。
今の私の顔は一体どんな顔をしているのだろうか。きっと他人には見せられない顔だろうな……。
今日は十二月二十三日。あぁ、まだ間に合う。
「…………病院では静かにと習わなかったか?」
「ねぇ、先輩。私はまだ、あの春の日の続きを伝えてません。先輩は約束を守る人です。だから私も約束を守ります。来年の六月十四日。そこで私はあの時言えなかった気持ちを貴方に伝えます。その時は紙に書くんじゃなくて先輩の口から返事を伝えてください」
「…………手厳しいなぁ」
「私は明日、先輩の予想通りシンデレラガールの称号を掴みに行きます。全国に無数にいるアイドル。その頂点のシンデレラガールになれる可能性はきっと3パーセントよりも更に低いです。私はそれでもシンデレラガールになれると確信しています。だって世界で一番私の事を知っている人が断言してくれたから……。だから、私も断言します。この手術は成功すると。先輩なら……先輩ならきっと大丈夫だと……! せんぱいは、先輩は約束は必ず守る人です。先輩は弱い人ですが、約束は守るかたです……せんぱい……生きて、生きて下さい」
「……ほら、泣くなよ。綺麗な顔が台無しじゃないか……。そうだな約束は守らないとな……」