Fate/kaleid caster ドラまた☆リナ 作:猿野ただすみ
朝。赤毛の少年がキッチンで料理をしている。
「肉じゃが、ですか」
この家のメイド、セラが睨みつけるように言う。
「セラ、じろじろ見られるとやりにくいんだけど」
「なら、やめたらどうです。わたしの仕事を奪っておいて、図々しい」
少年、衛宮士郎の言葉にセラが愚痴る。
「悪いとは思ってるよ。ただ、ちょっと事情があってさ。今日の弁当は自分で作らないといけないんだ。
けど、一人前だけ作るのも効率が悪いだろ?」
「はいはい…」
セラはため息を吐きながら言った。
彼女だって、それくらいのことはわかっている。ただ、メイドとしてのプライドの方が勝っているだけなのだ。
そこへイリヤとクロエがやってくる。
「おふぁよー」
「あれ? 朝ごはん、お兄ちゃんが作ってるの?」
「ああ、もうすぐできるよ」
クロエにそう返すと。
「そうだ、お兄ちゃん。今日、家庭科でパウンドケーキ作るの! お兄ちゃんのためにおいしく作るから、楽しみにしててね!」
この発言に即座に反応したのは、当然イリヤだ。
「わ、わたしも作るから! クロのよりおいしく!」
「それって勝負するってこと? イリヤ、料理得意じゃないくせに」
「そんなの、クロも一緒でしょ! 条件は同じだわ!」
「フラグは立ったわね」
「フラグ!?」
朝っぱらから姦しい二人であった。
調理実習室。その一角に、相対して居並ぶ二組。
「このグループ分けは、おかしくない!? 戦力の偏りがひどいような気が!」
そう異議を申し立てるイリヤ。しかしそれも致し方のないことである。なぜなら。
A班
・クロエ
・美遊
・美々
B班
・イリヤ
・那奈亀
・雀花
・龍子
このようにクロエの元には料理上手の美遊とそつなくこなす美々が、イリヤの元にはイリヤとどっこいの雀花と那奈亀、そしてどう考えてもマイナスにしかならない龍子がいるのだ。
その時イリヤは思った。
---どれほど上手に作っても、絶対タツコがだめにするッ!
……と。
だがしかし、イリヤに救いの手が差し伸べられた。
「そんだったら、タツコはうちの班で預かろうか?」
「え…」
「リナ!?」
これにはイリヤたちも驚いた。いや、彼女たちだけではない。
「あ、あの、リナ…?」
リナと同じ班になった女の子も戸惑っている。
それはそうだ。仲のよいイリヤたちでさえ持て余しているのが龍子なのだ。ただのクラスメイトでしかない少女には荷が重くて当然である。
「ん。なに、ミリィ。心配?
なーに、大丈夫だって。あたしたち二人ならこんくらいの障害…」
龍子の首根っ子を掴みながら言うリナ。
「リナ、離しやがれ! 俺はイリヤたちとハンバーグを作るんだっ!」
案の定、なにを作るのかわかっていない龍子がわめくが。
「
がくっ
くーくー……
「あら、寝ちゃったわ。テンション上がりすぎて疲れちゃったのかしらねー」
突如眠りだした龍子に、すっとぼけたことを言うリナ。しかしそんなリナを、驚愕の目で見るものが二人。イリヤと美遊だ。
((最近のリナ、容赦がないッ!!))
二人は心の中で、そうつぶやいた。
「(ちょっとリナ! 貴女、中立とか言ってなかったっけ!?)」
すっと近づいたクロエが、リナに耳打ちするように言う。
「(いや、イリヤのセリフじゃないけど、さすがにあの戦力差はひどいと思って。
あ、言っとくけど、もしクロエのチームに龍子が入った場合でも、ちゃんと引き抜いてたから)」
このリナの説明に、クロエも文句が言えない。と、そこへ。
「はーい、それじゃあ調理開始ー」
大河が号令をかけた。
「くっ、仕方ないわね」
言ってくるりと振り返り。
「ともかくイリヤ! 勝負よ!」
ビシッと指さし、宣戦布告をするクロエだった。
「ねえ、リナ。あなた龍子に何かやった?」
調理を開始してすぐ、同じ班の金髪の女の子…、星見ミリィがリナに尋ねた。
「ん…、何かって?」
「だってあんな眠り方、不自然じゃない」
とぼけようとするリナに、至極真っ当な意見を述べるミリィ。これにはリナも、あっさりととぼけるのを止めた。
「まあ、催眠術みたいなものよ。厳密には違うし、詳しいことは内緒だけど」
「内緒って、教えてくれたっていいじゃない」
するとリナは人差し指を口に当てる仕草をして。
「女はね。秘密を着飾って女になるものなのよ」
どこぞの組織の構成員のようなことを言って
「アンタは不二子ちゃんか!?」
……どうやらミリィは、女盗賊の方と勘違いしたようだが。
ちなみに、こんなことを言い合いながらも手はきちんと動いているあたり、二人とも手慣れたものである。
「まあ、ともかく…」
何かを言おうとしたリナは、しかし次の瞬間にはその場からいなくなっている。
「このお間抜けさーんッッ!」
すぱぁん!
気がつけばリナは向こうの方で、美遊の頭をスリッパでひっぱたいていた。
「この材料は余ってるんじゃなくて、失敗したときのために余らせてあるの! ついで感覚でお菓子を作ろうとするんじゃない!!」
「……そうなの?」
「あとクロエ! アンタもきちんと止めさせなさいよね!?」
「やーい。クロ、怒られてるー」
「イリヤ。それ、妹的発言よ?」
「はぅあっ!?」
「あのぅ、リナちゃん? それ、先生の仕事なんだけど…」
「それじゃあ、ちゃんと仕事してください!」
こんな感じで騒動を収め、ミリィの元まで戻ってきた。
「えーと、リナ。なんてゆーか…、お疲れさま」
「ありがと、ミリィ。ところで…」
リナが調理台の上を見て。
「なんでおたまが折れてんの?」
「え? お菓子作りじゃよくあることじゃない?」
「ホントにそう思ってる?」
そう言ってミリィのことをじいっと見つめる。彼女は至って平然とした表情をしていたが。
つぅっ……
ミリィの頬を伝う汗が、全てを物語っていた。
「……とりあえず、あたしが目を離してる間は料理の手を止めるように」
「……はい」
「……ところでミリィは、
リナのいきなりの発言に、ミリィの動きが止まる。
「想いって、なんのことかなぁ?」
今度はミリィがとぼけて返す。
「アンタねぇ。あそこの銀髪擬似姉妹同様、クラスのみんなには筒抜けなのよ?」
「んー? 言ってる意味がわかんないなぁ」
なおもとぼけ続けるミリィ。
「……3組の
ぴくり
「最近女の子にもててるみたいねー?」
ぴぴくぅ
「なんだか誕生日には、いろんな
だんっっっ!!!
「そうよ、慧ににあげるのよ!! なんか文句ある!?」
「いんや、ない。頑張ってね♡」
「ぐふぅ!!」
リナにからかわれたことがわかり、調理台に突っ伏すミリィ。
「ほら、パウンドケーキさっさと仕上げないと」
「ごめん、リナ。少しだけ泣かせて…」
それでも生地は出来あがり、型に入れたものを大河に手渡した。
「ふみゅ。これで一安心ってとこかしらね」
リナはふうっと一息吐く。
だが。この油断がいけなかった。
「あーーーーっ!
タツコがなんか入れたーーーーッ!!」
イリヤの絶叫が響き渡る。
「なっ、龍子!?」
気がつけば、眠っていたはずの龍子はイリヤの班で、雀花と那奈亀にフクロにされている。
「てめぇ、なにを入れた!?」
「フ、フリ■ク…」
「フリ■クだとー!?」
そんなやりとりのさなか、大河が。
「イリヤちゃん、もう焼き始めないと間に合わないわよー!」
「うわーん、もうこのまま出すしかないーっ!」
その様子を見たリナは、つぶやいた。
「……ごめん、イリヤ。あたしが甘かったわ」
「覚悟はいい? 衛宮くん」
「そちらこそ。おかずの貯蔵は充分か、遠坂?」
生徒会室で衛宮士郎と遠坂凛が、睨みを利かせ合っている。
「こら、女狐。煽ってるんじゃない。衛宮も乗っかってどうする」
「そうですわよ。今日はお昼をみんなでシェアしようということだったはず。シェロとの勝負はそのついででしょう?」
士郎の親友である柳洞寺住職の息子、柳洞一成とルヴィアに窘められる二人。森山菜奈巳はその様子を引きつった表情で見ている。
「くぅっ、柳洞くんならまだしも、ルヴィアに窘められるなんてッ!」
「済まない、一成。どうも料理には妥協できなくて」
一成は二人の意見にふむ、とうなずく。
「なら後顧の憂いの無きよう、早々に勝負を済ませた方がいいだろう」
「……どうでもいいけど三人とも、衛宮くん贔屓なんかしないでしょうね?」
凛が据わった眼差しで三人を見る。
「侮るなよ、女狐。確かに衛宮は親友だが、正々堂々の勝負に私情を挟むような真似などせんわ!」
「
「私も、士郎くんがそう望んでるなら…」
「なんだか女子ふたりの理由が微妙な気もするけど、まあいいわ。
……それじゃあ衛宮くん」
「ああ。いざ、尋常に勝負!」
夕刻。衛宮家にはイリヤ、クロエの他に、なぜかリナの姿が。
「あれ? リナちゃん?」
帰宅した士郎が疑問を口にする。
「あ、あたしも士郎さんに用事があって。急ぎじゃないからイリヤたちの後でいいですよ」
「そうか?」
リナの説明に軽く言葉を返すと、士郎はイリヤとクロエの方に向き直る。
「「お兄ちゃん」」
クロエはハツラツと、イリヤは恐る恐るパウンドケーキを差し出した。
「へえ、よく出来てるじゃないか」
「……おいしく出来たとは思うんだ。
その…、当たりさえ引かなければ」
イリヤが消え入りそうな声で説明をする。
するとクロエが、とんでもない提案を持ちかけてきた。
「どっちがおいしいか判定して。贔屓なしで公正にね!
勝った方にはキス!」
「キッ!?
ちょっと、勝手に…!!」
「ハハハ、公正に、か。安心してくれよ、クロ」
イリヤの抗議も聞かずに話を進める士郎。
「俺は……、
料理に関して嘘は許さない!!!」
((ああ、不必要に真剣な顔のお兄ちゃんもステキ…!))
変なところで変な盛り上がりを見せる、変な兄妹であった。
「まずはクロのだけど、すごくよくできてる。
ひとつひとつの工程を丁寧に重ねたんだろう。仕上がりにムラがない」
「えへへー」
士郎に褒められて照れるクロエ。しかし。
「でも、これは俺のじゃなく別の誰かのための味だ」
クロエは笑顔のまま固まる。
「若干甘みが強く、イリヤの方に入っているラム酒漬けのドライフルーツが入ってない。
多分もっと小さい子向けの、例えば『姉が弟のために作ったお菓子』ってところか」
士郎の推理に衝撃を受けるクロエ。
「……さすがね、刑事さん。それはわたしじゃなくミミがつくったもの。
けど、それがなんだって言うの!? おいしければ誰が作ったっていいじゃない!」
開き直ったクロエが言う。ちなみにもちろん、ケーキ作りは美遊も手伝っているが、弟にあげるという美々の方に合わせていたためにこの出来に落ち着いたのである。
ともかくも開き直るクロエに対し。
「それはどうかな」
そう言って士郎は、イリヤの作ったケーキを見せる。
「まさか、そっちの方が美味しかったって言うつもり?」
「いや、生地の出来は悪くはなかったんだけど…。
フリ■クはなんかの間違いだと思いたい」
「やっぱりーー!?」
イリヤはがっくりと項垂れる。
「あ、悪い。はっきり言いすぎた。
……でも、そういうことじゃないんだよ」
そう言って士郎が語ったのは、自身がまだ中学にも上がっていない、イリヤも小学校に上がったか上がってないかという頃。
当時、洋食しか作らない、いや、作れなかったセラ。和食が食べたかった士郎はセラに無理を言い、自分で肉じゃがを作ろうとしたが見事に失敗をする。
---こんな当てつけのようなことをされては不愉快です!
---もういいよ! 料理なんて二度とやらない!
そう言って失敗した肉じゃがを捨てようとお皿を手にしたとき、小さな手が伸びて料理とは呼べないものをつまみ、自らの口へ放り込む。
---まじゅい
それは、まだ幼いイリヤ。
こんな焦げたものを食べてはいけない、捨てるところだったとセラが言ったものの、イリヤはまた手を伸ばし口へと運ぶ。
---捨てちゃ、だめ
---おいしくないけど、たべる
「……料理は愛情って言うけどさ。それは作る側だけじゃなくて、食べる側にも言えるんだよな。
だから、イリヤが一生懸命作ったんだってことは、ちゃんと伝わったよ」
そう言って士郎は、イリヤの額にキスをする。
「っこのロリコン&シスコーーーン!」
その様子を見ていたセラが掃除機のノズルを勢いよく振り下ろす。が。
ぱしぃっ!
「……っな、リナさん!?」
「ごめんね。まだあたしの用事が終わってないのよ」
白羽取りで受け止めたリナが言い、さらには。
「リズさん、おねがい!」
「おけー」
返事を返したリーゼリットがセラを羽交い締めにする。
「な、リズ! なにを!?」
「リズさんには前もって、お菓子で買収しておきました♪
てなわけで士郎さん、はいこれ」
そう言って士郎に差し出したのは、イリヤたちと同じパウンドケーキ。
「リナちゃん、これって……」
「いやぁ、よく料理教わってるからそのお礼と、こないだ脇腹にブローきめたから、そのお詫びってことで」
頭の後ろを掻きながら、リナは言った。
「あ、だいたいの工程は同じ班の子がやったから、士郎さんへの想いは詰まってないので。あしからず」
おどけた調子で言葉を付け足すリナ。
「いや、ありがとう。うれしいよ」
士郎は優しい笑顔をリナに向けた。
「と、ところで、なんで今朝は自分でお弁当を作ったんです…?」
「ちょっとした弁当勝負があってさ。いちおう勝ったぞ」
「そ、そうですか…」
いつの間にかリーゼリットに腕ひしぎを喰らっているセラは、かろうじてそう、返事を返したのだった。
今回のサブタイトル
くりた陸「ゆめ色クッキング」から
更新時間が遅れてすみません。蘭展行ったら思ったより時間を使ってしまって。書き上げるのが遅れてしまいました。
では改めて。
というわけで、今回はクッキングバトルだったわけですが、イリヤの被害はリナのおかげで最小限に抑えられました。原作だと(ハンバーグに使う)ナツメグまで入れられてますから。
そして今回のオリキャラ、まえがきにも書きましたが、この世界における彼女です。
祖父は日本に帰化した西洋人。アレが存在しないため、家族仲は良好。最近は、はとこで幼馴染みの青川慧が気になっている模様。……と、だいたいこんな感じです。今のところ、今後の登場予定はありませんが。
さて、いよいよ次回からコラボが始まります。今までの伏線(ネタ多し)やこれからの伏線(結構マジ)が含まれるので、番外編ではなく本編とします。
次回「
見てくんないと、暴れちゃうぞ!