東方仮面ライダーパラドクス GAME IS ANOTHER STAGE 作:桐生 勇太
夢っていうのは呪いと同じなんだ。
途中で挫折した者はずっと呪われたまま…らしい。
あなたの、罪は重い。
「人間のせいだ………!」
誰もいない野原、木の下に一人男が跪いていた。
男は右手に携帯を、左手には真っ白な羽と灰を握っていた。
「人間ども………!」
男は自分の中に生まれた激情を抑えきれずに何度も何度も首を振った。その姿はさながら、癇癪を起して唸る馬のようだった。
「奴らが……奴らが長田さんを!!!!!」
激情の正体は、憤怒か、それとも絶望か………
――――――――――――
殺せ……殺せ……人間を殺せ………
――――――――――――
不思議な声が、男の心の底から湧き上がる。
ほんの一瞬、男の身体が変化した。
その体は灰色で、まるで握りしめた灰の色が男の身体に移ったかのようだった。
額の骨が隆起し、角の形に固まっていく。
角を生やした人型の馬。ホースオルフェノクの身体が浮かび上がる。
糸が消えたかのように男は倒れ込み、そのまま気を失った。
パラド視点
「ああああああああああ!」
布団を吹き飛ばして俺は飛び起きた。
昨日俺は、早苗たちに厄介になることが決まって世話になるうえでの必要な挨拶を済ませ、そのまま夜になって寝たんだが…
何かとんでもない夢を見ていた気がする………いや、夢と断ずるにはあまりにも生々しい物。夢の中で触れた絶望は紛れもなく本物であり、自分が想像できる水準をはるかに超えていた。
寝汗を大量にかいたせいで服がべっとりと肌に張り付いて気持ち悪い。
荒い呼吸を整えながら乱暴に襖を開けて外に出る。
裸足で庭に出て数歩歩いた段階であることに気が付き、俺はその場に座り込んだ。
「なんで庭に出たんだ………俺」
誰かを探しに行かなければ、と言う感情だったか、それとも何者かに復讐しようという、そんな思いなのか、衝動に駆られて外に出たせいもあって自分が何で外に出たのかを忘れてしまった。
直前まで見ていた夢の内容を思い出そうとし、すぐにすべて忘れたことに気が付く。我ながら意味不明の極みだ。
しかもどういうことなのか、胸の中に激情だけが残り続けている。やり場のない思いを飲み下せず、手で触れるものすべて砕きたい衝動にかられた。
破壊衝動と言えば怒りだろう。そう結論付けてむかつきを抑え込もうとするがなかなかうまくいかない。反動とでも言おうか。抑えようとすればするほど激情が体を満たしていく。
(ほら、怒ってるんだろう? 怒りに任せて暴れたって解決なんかしないんだ。意味ない。落ち着けって………な?)
必死に自分に言い聞かせるが、それでもむかつきは収まらない。しかも次第にそれは胸の中にくすぶる思いではなくなり、実際に胸に穴が開くような痛みを感じた。これは本物の痛みじゃない。幻覚だ。確か医学で
胸の痛みがまるで炎のように広がり、体中を覆う。とてもじゃないが立っていられなくなるほどの激痛に覆われ、その場に跪いた。痛い、いたい、イタイ………
「何なんだ………クソが……!」
「……パラドさん?」
声のした方に顔を向けると、早苗が立っていた。もう覚えていないが、風に揺れる早苗の長い髪の毛のシルエットが誰かと重なった。
多分俺は酷い顔をしているだろう。怒りに震える顔。しかも早苗の顔を見た時に探そうとしていた誰かを見つけて安堵した気持ちとは別に、心の中で声がした。
――――――――――――
殺せ……殺せ……人間を殺せ………
――――――――――――
誰かの声だったのか、それとも自分の声なのか。それすらわからなかったが、自分の激情を早苗にぶつけようとちらとでも思ったのは間違いのない事実だ。怖がられるか………そう思った。
「パラドさん………」
早苗の顔が歪む。いきなり睨まれたら、そりゃあ誰だって怯えるだろう。当然だ。
俺は早苗の顔を見切れなかった。1日程度の付き合いだがそれでも、誰かから恐怖の感情を抱かれるのはつらい。自分の今までの経験上そんなことは1度もなかったが、それでも何故か拒絶された時の絶望は理解していた。1度も経験したことがなくても、俺は何故かその絶望が手に取るように分かった。
「………どうして、パラドさんは泣いてるんですか?」
「え………?」
何滴も何滴も、雫が頬を伝って地面へと吸い込まれていく。
――――俺は泣いていた。
激情の正体が悲しみであることを自覚した瞬間、体の痛みがふっと消えた。
――――――――――――
暫く泣いてから俺は落ち着きを取り戻した。涙を見せてしまったのがこっぱずかしく、また申し訳なくもあり俺は頭を掻いて早苗に頭を下げた。
「悪いな、驚かせたよな」
外出を控えろと言われていた男が勝手に外へ飛び出し、庭でうずくまって泣いていたら驚くどころかドン引かれてもおかしくない。なのに早苗は自分でも何故泣いているのか分かっていない俺の手を握ってくれて、落ち着きを取り戻すまで待っていてくれた。
「いえ………平気です。いきなりおかしな所に迷い込んで、帰ることもできないのでは不安にもなりますよね」
本当はそうじゃない。それで泣くのもダサいと言えばそうだが、原因はもっとカッコ悪いものだ。わざわざ言うまでもないかと一瞬思ったが、すぐに思い直した。
「いや、違うんだ早苗。俺が泣いていた理由は………」
本気で心配してくれて、慰めてくれた早苗に嘘をつくのはいくらなんでもあり得ない。我ながらどうしようもないとは思いつつも、これが性分。引かれてもいい。
流石に面と向かって話す勇気は持ち合わせていなかったから視線は外したが、拙いながらも説明した。
「夢を見たんだ。多分………とても嫌な夢。誰かが見果てた夢。どんな顔だったかは分からないけど、夢の中で誰かが怒ってた。そう思った」
「その人は…どうして怒っていたんでしょうか?」
「今はもう分からない。誰かの「せい」なのか、そいつ自身の「せい」なのか…多分何かあったんだろうけど忘れちまった。ただ、そいつの思いと言うか、想いと言うか…痛みかな。それが目を覚ましてからも俺の中に残った」
どんな夢だったのか、完璧に内容を忘れたにもかかわらず、それでも夢の中の誰かが感じた絶望は残った。どこへ持って行けばいいのか分からない思い。何にぶつければいいのか分からない想い。そんな痛みが俺の胸の中に燻った。噴火するかのように痛みは溢れ、痛みに正しい向き合い方をしなかったせいで痛みは出口を求め、体中に散った。
痛みの原因は忘れても、体中が焼け付き、灰になるかのような痛みは今でも鮮明に思い出せる。多分あの痛みは、夢の中の誰かが味わった痛みなんだ。
「最初は痛みを抑え込もうとしてた。「外に出したって減らないぜ」って…怒ったって意味ないって言い聞かせたけど、より激しくなって立っていられなくなった………痛みの正体は、怒りじゃなかったんだ。それに気が付いてなかった」
「だから、倒れていたんですね………」
「早苗に言われて気付いた。ああ、あの人は悲しかったんだって。それが分かった途端に痛みが消えて…涙が止まらなくなった。………ダサいよな。たかが夢でこんなに取り乱すなんて」
「? そんなことありませんよ」
早苗は、心底不思議そうに俺を見つめた。真っすぐ向けられる早苗の瞳の中の俺と、目が合った。そのまま俺は、俺から目を離さずにじぃっと見つめ続けた。
(ありもしないものに怯えるなんて、臆病者のすることだろう?)
瞳の中に映る俺は、まるで「当然だ」と言いたげに一つ頷いて見せた。同時に早苗がパチリと瞬きをして、次に早苗の目が開いた時にはもう誰も映っていなかった。
「知ってますか? 夢と言うのは、記憶の整理と定着らしいんです。だから…パラドさんが見た夢は、きっととっても大切なこと………たかが夢だなんて思いませんよ」
そう言って、柔らかく早苗は微笑んだ。その姿を見ていると、何だかいろいろ考えすぎてぐちゃぐちゃになっていた自分がバカらしく思えてくるから、我ながら単純だなと思う。
溜め息を吐き、軽くなった身体を再確認して背筋を伸ばした。
「大切な事………か………そうだね。忘れないようにしなくちゃ」
もう覚えていない記憶。俺ではない誰かの記憶。
きっと、俺が取り込んだ誰かの記憶。その過去を消して忘れないように。それでも忘れてしまったのなら、せめてあの悲しみや、痛みだけでも忘れないように。
そうして噛み締めるように早苗の言葉を反芻すると、なぜか早苗が酷く驚いたような表情で固まった。
「ん? どうした早苗?」
「今………何だか、パラドさんが別の人に見えた気がしました。とっても寂しそうで…どこか遠くを見ているような人………がいた気がして………」
「…? まあ何でもいいけど…ありがとな早苗。気が楽になった」
なんのことを言っているかは分からないが、それでもいい。早苗のおかげで気が楽になったし、何より胸の痛みも消えた。早苗のおかげでいろいろなものが分かったような気がする。きっと早苗が見た「別の人」にも、大切な意味があるんだろう。だから、絶対に忘れたりしない。
「いつかは帰る………それは変わらない………でも、ここで過ごしたことは絶対に忘れない」
いずれここから離れる。それでもここにいた事実は変わらない。早苗が俺の心を教えてくれたこと。だから…ここに来てよかったと思う。
ここにきてまだまだ日が浅いのに、もう俺はここが気に入ったらしい…いや、
「じゃあ、朝飯食うか。手伝うぞ」
「はい!それじゃあ、今日もよろしくお願いします!」
ここが気に入ったと言うより、早苗の事が気に入ったのかもな。
おい知ってるか、夢を持つとな、時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなる…らしいぜ。
俺には夢が無い、でもな、夢を守る事はできる。