がらんどうの自分探し   作:ユータボウ

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 書きたいものを書いた結果がこれである。

 作者の過去作である『ひねくれ凡夫ワンサマー』のリメイクというか、コンセプトを踏襲しつつ書き直した感じの作品にするつもりです。アンチ・ヘイト対象は主人公である一夏だけで、ヒロインへはしません。


第1話

 憧れの人がいた。

 

 蒸発してしまった両親に代わり、やりたいことを全て投げ出して俺を育ててくれた唯一の家族。時に厳しく、時に優しい強い人である。そんな姉を見て、俺はいつからかこんな風に思うようになっていた。

 

 この人のようになりたい。この人のように強く、優しい人間で在りたい。そしていつの日か、これまでに受けた恩を返したいと。

 

 だが……憧れは届かないからこそ憧れで、夢は叶わないからこそ夢なのだ。俺があの人のようになることなど、最初から出来る筈もなかった。それどころか、俺はあの人にとって足枷でしかなかったのである。

 

 中学二年の春、病室の天井をぼんやりと眺めながらそれを思い知って以降──俺は、自分自身を見失った。

 

 

 

     ▽△▽△

 

 

 

「今日から一年間、この一年一組の副担任を務めることになりました、山田真耶といいます。皆さん、よろしくお願いします」

 

 教卓の前に立ってお辞儀をした眼鏡を掛けた若い先生に、俺は小さく頭を下げて返事をする。山田真耶と名乗った目の前の先生は、一目見た限りでは優しそうという印象を受けた。学生と言われても通じそうな童顔をしていながら、しかしスタイルは豊満という言葉がピッタリというもので、ややちぐはぐというかアンバランスな感じもする。また、その口調は柔らかく、性格の悪い人ではなさそうだ。

 

「(担任の教師については問題なし。まずは一安心ってところかな……)」

 

 内心で安堵の息をつきながら、しかし意識だけはしっかりと見えない後ろ側へと向け続ける。先程から背中に突き刺さる視線が鬱陶しいことこの上ないが、見られること自体には慣れているのでそれなりには落ち着いていられた。

 

「(……()()()()()()()()()()()()()、このIS学園には……)」

 

 我ながらとんでもないところに来てしまったものだと呆れる。だが、可能ならばあれはある種の事故だったのだと声を大にして言いたい。

 

 まさか女にしか動かすことの出来ないIS──通称、インフィニット・ストラトスを男の俺が動かせるだなんて、夢にも思わなかったのだ。

 

「──斑君、織斑一夏君」

 

「はい」

 

 名前を呼ばれて席から立ち上がり、ぐるりと教室内を見渡す。好奇の視線が一層強くなった、そんな気がした。

 

「(これじゃまるで、動物園の珍獣だな)」

 

 そんなことを思い、それが強ち間違っていないことに気付いて思わず笑ってしまう。女しかいない学園に突然放り込まれた男など、彼女達にとっては珍獣以外の何者でもない訳だ。

 

「それでは織斑君、自己紹介をお願いしますね」

 

「織斑一夏です。趣味や特技といったものはありませんが、一通りの家事はこなすことが出来ます。ISについては何も知らない素人ですが、よろしくお願いします」

 

 つまらない自己紹介だと自分でも思った。その証拠に向けられていた視線にいくらかの失望が混じる。だが、本当にこれ以上語ることがないのだから仕方がない。つまらない人間の自己紹介がつまらないものであるなど、当たり前のことだ。

 失望の視線に気付かないふりをして席に座る。直後、教室前方の扉が開き、スーツに身を包んだ黒髪の女性が現れた。不機嫌にも見える仏頂面、しかし俺は知っている。あれがあの人にとっての普通なのだということを。

 

「……千冬姉」

 

「織斑先生と呼べ、織斑」

 

 バシンと出席簿が俺の頭を叩いた。実の弟に対してもこの人は本当に容赦がない。これからは気を付けた方が良さそうだ。さっきの出席簿、存外に痛い。

 

「……はい。すみません、織斑先生」

 

「以後、気を付けろ。山田先生、ホームルームを任せてしまってすみません。後は私が」

 

「あ、はい。お願いします」 

 

 そう言って山田先生と交代して教卓に立つ千冬姉は、失礼な言い方だが本当の教師のようだった。IS学園で教師をしていると聞いて半信半疑だったが、こうしている姿を見ると納得がいく。だらしない私生活を送る千冬姉と今の千冬姉は、まるで全くの別人のようだった。

 

「諸君、私がこのクラスの担任を務める織斑千冬だ。この一年間でまだ素人な諸君らを使い物になる程度には仕上げるつもりでいる。故に私の言うことは聞け。異論は認めん」

 

 千冬姉の口から放たれたそんな言葉に、俺はまるで軍隊だなと内心で苦笑する。が、想像とは裏腹に生徒達からは黄色い悲鳴が次々と上がった。女子特有の甲高い声に思わず耳を塞ぐ。

 

「はぁ……。全く、どいつもこいつも。私のクラスには問題児ばかり集められているか?」

 

 ポツリと呟かれた小さな声を、千冬姉に一番近い席にいた俺だけが聞いていた。どうやら千冬姉も苦労しているらしい。

 俺の姉は、織斑千冬は世界的に見ても超の付く有名人である。この世界において最早なくてはならない物となったIS、その世界大会であるモンド・グロッソの第一回大会に優勝したのが、この千冬姉なのだ。既に現役は退いているとはいえ、IS学園に通う生徒からすれば千冬姉はまさにスーパースター、憧れの存在といっても過言ではない。この人気具合も頷けるというものである。尤も、本人にすればあまり喜ばしいことではないようだが。

 

「あれ、じゃあ織斑君って千冬様の弟なの……?」

 

 不意に誰かがそんなことを言った。さほど大きな声でなかったにも関わらず、その言葉はとてもはっきりと聞こえた。

 

 刹那、ズキンと鋭い痛みが頭を走る。

 

「え、それ本当?」

 

「いいな~、千冬様と家族なんて」

 

 ズキン、ズキンと誰かが喋る度に頭痛が酷くなる。ガリガリと心が磨り減っていくような、そんな居心地の悪さに表情を歪む。無意識のうちに拳に力が入った。

 

「(──何も知らないくせに)」

 

 奥歯を噛み締めながら心の中で悪態を一つ。そんな時、前から千冬姉の声が響いた。

 

「静かにしろ。授業を始めるぞ。自己紹介が終わっていない者は後で済ませておくように」

 

 それに従って皆がそそくさと授業の用意を始める。俺は誰にも悟られぬよう一人安堵の息をつき、皆に倣ってノートと教科書へと手を伸ばした。

 

 

 

     △▽△▽

 

 

 

 専門的。

 

 それがIS学園において初めての授業を受けた感想だった。これまでISとは無縁であった俺からすれば、ここでの授業は如何せん難しすぎる。入学前に渡された参考書や教科書には目を通しておいたが、それでも分からないところが山のように出てくるのだ。勉強は好きではないが、これは気合いを入れなければかなりまずい。

 

「ふぅ……」

 

 文字と蛍光ペンでぐちゃぐちゃになったノートをしまいつつ、全身から力を抜いて椅子に寄り掛かる。リラックス出来る体勢である筈なのに、それでもまるで心身共に休まらないのは、周りからの視線故に違いない。どうやら教室内だけでなく、廊下の方からも見てる者がいるようだ。それが他のクラスの生徒か、はたまた学年すら違う生徒なのか、今の俺に判別する術はない。

 

「(先が思いやられるな……)」

 

 本日何度目かとなる溜め息を吐き出し、すっと瞼を下ろす。本来なら俺は志望校の藍越学園に入学し、数えるほどしかいない友人である五反田弾と軽口を叩き合って過ごす予定だったのだ。あの赤い髪の黙っていれば二枚目な男は、今頃一体何をしているのだろう? そんなことをぼんやりと考えながらゆっくりと脱力していき──唐突に掛けられた声に意識が一気に覚醒した。

 

「ちょっといいか?」

 

 瞼を上げて目を動かすと、そこには一人の女子生徒が背筋をピッと伸ばして佇んでいた。黒髪のポニーテールをした日本人な彼女は、一言で表すなら大和撫子である。そして当然ながら面識はない。面識はないのだが……何故か、懐かしい感じがした。

 

「久しぶりだな、一夏」

 

「久し……ぶり?」

 

 こちらの名前を呼ぶ彼女に眉をひそめる。久しぶりと言われてもピンとこないのだ。俺の名前を呼んだということは少なくとも彼女は俺と面識があるということで、となると必然的に答えは限られる。あやふやな記憶を引っ張り出し、俺は数秒かけて漸く答えに辿り着く。

 

「君は……篠ノ之箒、なのか?」

 

「う、うむ。そうだ」

 

 確かめるような自信のない声に、目の前の彼女はこくりと頷いた。

 篠ノ之箒。小学校の頃の同級生であり、通っていた剣道場の娘さん。性格は生真面目で、剣道の腕前もかなりのものだった筈だ。小学四年の頃に引っ越してしまったため、こうして会うこと自体も実に六年ぶりということになるだろう。久しぶり、まさにその通りである。

 

「少し話をしないか? ここじゃない、廊下辺りで……」

 

「まぁ、構わないけど……」

 

 教室じゃあ駄目なのか、と出かけた言葉を飲み込み、席から立って箒についていく。廊下を通る際に群がっていた生徒達が道を開ける様子は、まるでモーゼの海渡りのようだった。

 

「さて、改めてだ。久しぶりだな、一夏」

 

 廊下の隅まで移動したところで箒がそんなことを言った。俺も彼女に久しぶりと返事をする。

 

「六年ぶり、になるんだよな。誰だか分からなかったよ」

 

「む、私は変わっていないぞ。髪型もリボンも、昔と同じだ」

 

「いや、そうなんだけど……」

 

 髪型とかリボンとかそういうものではなく、俺が分からなかったのはもっと単純に箒が成長していたからだ。顔立ちや体つきなどそのいい例だろう。それを口に出せばいらぬ誤解を招きそうなので黙っておくが。女子しかいないこの環境で出会った貴重な知己を、セクハラ紛いの発言で失う訳にはいかない。

 

「それで、一体どうしたんだ? わざわざ教室の外まで呼び出したりして」

 

「いや……えっと……その……」

 

 やや強引に話を変えて問いを投げると、箒は先程の不機嫌そうな態度から一転し、目を逸らして歯切れの悪い返事を寄越した。そんな彼女に、何かあるから呼び出したのではないのかと、思わず首を傾げる。

 結局その後、箒はぶつぶつと独り言を漏らすだけで、時間がきたために俺は教室へと戻ることになった。どうにも不完全燃焼な感じが否めないが、しかしそれを気にしたところでどうなる訳でもない。自分をそう納得させながら、俺は次の授業に備えて教科書をカバンから引っ張り出した。

 




 一夏は箒が剣道の大会で優勝したことを新聞で見たと言っていたけど、ということは保護目的で転校してた割に本名使って大会出場してたんだよね。まぁ、あんまり細かいことに突っ込むのはやめよう。
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