「少しよろしくて?」
休み時間、さっき同様椅子に凭れて休んでいると、今度は全く見知らぬ女子生徒がやって来た。綺麗な金髪でロールを巻いており、またその瞳は澄んだ蒼い色をしている。さっき口にしていたのは日本語だったが、間違いなく彼女は外国人だろう。外国人と話した経験が皆無な俺は、突然のことにピタリと動きが止まる。
「ちょっと、聞いていますの?」
「あ……あぁ。うん、聞いているよ」
「まぁ! なんですの、その気の抜けた返事は? それがこのセシリア・オルコットに対する態度でして?」
セシリア・オルコット、そう名乗った彼女は大袈裟に声を張り上げ、あからさまな軽蔑の視線を俺へと向けてくる。そんな彼女に対して俺が抱いたのは嫌悪感でも苛立ちでもない、またかという呆れに近い感情だった。
ISが登場して十年、この世界には女尊男卑という風潮が蔓延している。『ISを動かせる女は動かせない男よりも優れた生き物である』という、子供の理屈にも似たものではあるが、この風潮は十年の間にすっかり世間に馴染んでしまっていた。それだけISというものが重要性を持っているということなのだが、何にせよ、立場や権利を軽視されるようになった男性からすれば堪ったものではない。かく言う俺も、かつて理不尽極まりない状況に陥ったことが幾度となくあった。
閑話休題。
とにかく目の前の彼女、セシリア・オルコットはそんな女尊男卑の風潮に染まった人間、女尊男卑主義者であるようだった。男の俺とはあまり相性がいいとは言えない。こういう輩をを相手にする時は、あまり本気にならないのがコツだ。
「気を悪くしたなら謝る。ごめん。それで、オルコットさんは俺に一体何の用なんだ?」
「世界で唯一ISを動かせる男と聞き、どんな人物なのかを見にきたのですわ。尤も、教養も礼儀もなさそうな人物で失望していますが」
ふんと鼻を鳴らしつつ語るオルコットさん。俺は出会っていきなり随分な言い草だと苦笑を溢した。
「まぁいいですわ。ISを動かせるとはいえ貴方は男、元より期待などしていません」
「そりゃ助かるな。こっちは元々どこにでもいるただの学生なんだ。最初から過度な期待を背負わされるよりはよっぽどいい」
その言葉に、オルコットさんの半分程開かれた瞼から覗く碧眼が僅かに曇った。
「……貴方、プライドとかありませんの?」
「ない訳じゃないさ。ただ、君に反論したところでどうなる? 俺がISを動かせるだけの男であることに変わりはないだろ?」
「……もう結構です。これで失礼しますわ」
大きな溜め息をその場に残し、オルコットさんはさっさと早足で席へと戻っていった。その真意を読み取れぬ程俺は鈍くない。期待外れだと、彼女は言外に言ったのだ。
「(……思うことはいつだって、誰だって同じってことか)」
離れていく背中を眺めながらそんなことを思い、そろそろ授業が始まる頃だと気付いて準備をする。そうしているうちに入ってきたのは、山田先生ではなく千冬姉だった。
「席に着け、授業を始めるぞ。だがその前に、クラス代表を決めなくてはな」
教卓につきながら千冬姉はそんなことを言った。すかさずどこからか、クラス代表とは何かを尋ねる声が響く。
千冬姉曰く、クラス代表とはその名の通りクラスをまとめる委員長のような役割とのこと。それだけならば一般の高校などと変わらないが、IS学園では特定の行事──例えばクラス
「誰か我こそはという者はいないか? 他薦でも構わんぞ」
「はいっ! 織斑君を推薦します!」
「私も!」
他薦有り。そう千冬姉が言うや否や、あちこちから俺を代表に推す意見が上がり始める。このクラスで……いや、この世界に一人だけしかいないISを動かせる男である。クラス代表という名の生け贄には絶好の対象という訳だ。納得はいかないが理解は出来る。真ん中かつ一番前の席で一人小さく嘆息し──聞こえてきた声に動きを止めた。
「千冬様の弟なんだし、ISの操縦も上手いに決まってるよね!」
「あ、それ確かに!」
「言えてる~!」
誰かが言った意見に次々と同意が上がり、いつの間にか俺を推薦する理由が、『織斑千冬の弟だから』というものとなっていく。皆がそれを当然のように受け入れ、名案だとばかりに騒ぐ。
そんなクラスメイト達に、吐き気がした。
「先生、辞退は出来ますか?」
「……残念だがそれを認める訳にはいかん。お前を推薦した者の期待を裏切ることになるからな」
期待なんてそんな大したこと考えてないだろ。出かかった言葉を飲み込み、奥歯を噛み締めながら僅かに俯く。抵抗に意味はなく、周りの空気に流されることしか出来ない。多数派がものをいうが故に仕方のないこととはいえ、そんな自分が少し嫌になった。
「お待ちください! 納得いきませんわ!」
しかし、クラス代表が決まりかけたであろう今の空気を破り、金切り声にも似た高い声と共に立ち上がった人物がいた。その人物を俺は知っている。何せ、俺は彼女とつい先程まで話を──それが果たして話と呼べるものだったかは分からないが──していたのだから。
「男がクラス代表になるなど恥晒しもいいところですわ! このイギリス代表候補生たるセシリア・オルコットに一年間恥をかけと仰るのですか!?」
凄まじい剣幕で捲し立てるオルコットさんだが、俺の感心は発言のないようよりも彼女がイギリスの代表候補生であるという部分に取られていた。代表候補生とはその名の通り国家代表の候補のことで、更に付け加えるとその国家レベルで優れたIS操縦者だということだ。なるほど、そんな人物を差し置いて俺のような男が代表に推薦されているのだ、オルコットさんからすれば面白くないことこの上ないに違いない。
「実力からいけばわたくしが代表となるのは当然の帰結、それを物珍しさや
言い切るや否や、彼女は俺の方を向くとキッと鋭い視線で睨んできた。
「貴方、入学試験で教官は倒せまして?」
「入学試験? ……あぁ、あれか」
オルコットさんの言葉に一瞬だけ首を傾げるが、すぐに意味を理解する。IS学園では入学試験としてISを動かす実技試験があり、実際にここで働く教師と戦闘を行わされるのだ。特例として入学すること自体は確定していた俺だったが、その実技試験は一応受けさせられている。ちなみに相手は副担任である山田先生だった。
「負けたに決まってるだろ。経験豊富な先生にド素人が勝てる訳がない」
そう、最初こそ緊張でガチガチだった山田先生だったが、いざ試験が始まるとそれまでが嘘のような機体捌きを披露してくれた。元々こっちは動作すらも覚束ない素人である。案の定、まともに反撃も出来ないまま蜂の巣にされてしまったのも当然と言えよう。
「ええ、そうでしょう。ですがこのセシリア・オルコットはあの実技試験において、唯一教官を倒したエリートなのですわ。この時点でどちらがクラス代表に相応しいか、最早言うまでもないでしょう?」
勝ち誇ったような笑みと共にぐるりと教室を見渡しながら、堂々と宣言するオルコットさん。正直、もう彼女がクラス代表でいいんじゃないかと俺は思う。代表候補生という立派な肩書きとそれに恥じない実力、そして大勢の生徒を前にしても怯まない度胸の持ち主でもある。上から目線な喋り方が癪に障るという人もいるかもしれないが、間違ったことは何一つ言っていないというところで、先程までの根拠のない理由で俺を推薦していた連中に比べれば遥かにいい。
「ち……織斑先生、オルコットさんがあれだけ言ってるんです、クラス代表はオルコットさんでいいんじゃないですか?」
「ふむ……では皆に問おう。クラス代表にはオルコットが良いと思うものは手を上げろ」
俺は無言で挙手する。自分とオルコットさん、どちらがクラス代表になるべきかと問われれば、間違いなくオルコットさんの方だ。クラス代表に伴う面倒事がごめんだという考えがない訳でもないが、それでも彼女が代表になる方がいいと思ったのだ。
だが、教室の最前列にいるが故に後ろを向いた瞬間、俺は目を疑った。
「なっ……ななな……!?」
予想外の事態にオルコットさんは上へピッと腕を伸ばしたまま、わなわなと震え始める。とはいえ、それは俺も同じ気持ちだ。何故、こいつらは手を上げない? 普通に考えてどちらが優れているかなど明らかであろうに。
「どっちかって言われたら……やっぱり織斑君だよね……?」
「うん。せっかく世界に一人しかいない男の操縦者がいるんだし……」
「そっちの方が絶対面白いよね」
「言えてる~」
教室のあちこちから聞こえ始めたひそひそ話に軽い眩暈を覚える。理解が追い付かない。俺は無意識のうちに席を立ち、気が付く頃には声を発していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんでそこまで俺を推薦するんだ? 普通に考えてここはオルコットさんだろ? イギリスの代表候補生で、かつ実技で先生も倒したんなら、これ以上うってつけの人材はいない筈だ。こんなISを動かせるだけの男に比べても、きっと代表としての責務をきっちり果たしてくれるに決まってる」
「うーん、そうかもしれないけど……」
「世界にたった一人だけの男性操縦者だし……」
「こんな機会、二度とないかもしれないし……」
「千冬様の弟なんでしょ? 私は織斑君の方がいいと思うな~」
「ていうかこれだけ皆から言われてるんだし、大人しくやればいいじゃん」
「クラス代表になるくらいで何ムキになってるのよ……」
開いた口が塞がらないというのは、きっとこういうことを指すのだろう。いいからさっさとやれとばかりに白い目すら向けてくる者もいる中で、俺は呆然となってその場に立ち尽くしてしまった。
こんなことがまかり通るのか?
「っ……! 決闘ですわ!」
立ち込める空気を破ったのは、またしてもオルコットさんだった。先程まで纏っていた高貴さや優雅さといった雰囲気を投げ捨て、彼女は沸き立つ感情のままに金切り声を上げる。
「わたくしは貴方に決闘を申し込みますわ! クラス代表の座を賭けて、ISバトルで決着をつけさせてもらいます!」
「なっ……!? ま、待てよ! ISバトルなんて、素人の俺が代表候補生の君に勝てる訳ないだろ! 負けるに決まってる! そんなの──」
「静かにしろ。口論はそこまでだ」
俺が恥をかくだけじゃないか。そう言おうとした矢先に千冬姉が俺達を制止する。俺達二人だけでなく、クラスの全員の注目が千冬姉に集まった。
「このままではいつまで経っても埒が明かん。ここはIS学園だ、クラス代表については織斑とオルコットによるISバトルで決めることとする。詳しい日時は決定次第連絡しよう。それでは、ここからは授業を始める」
半ば強引に話をまとめて授業へと入った千冬姉の背中を、ただ見つめることしか出来なかった。今の一言で逃げ道は失われた。俺に残されたのはオルコットさんと戦い、敗北する未来だけである。ド素人と代表候補生の戦いなど、そもそも勝負にすらなりはしないだろう。その先に待っているのは、恐らく──。
俺はそこで自らの思考を打ち切る。これ以上は駄目だ。底なし沼のごとき負の感情に沈んでしばらく戻れなくなる。頭に残る余計な考えを振り払うように、教科書と参考書を広げて始まった授業へ意識を向けた。
余分なことを除けば、大体間違ったことは言ってないセシリア。一夏にデレデレしてる彼女も好きですが、個人的にはもう少し身持ちが堅いくらいの方が好みですね。ライバルにも似た対等な関係といいますか。