LoveLive Sunshine Pallas-Athene 作:クサナギ(ドレーク)
二人は黒服の男に連れられて、施設の中へと入った。物理的な拘束こそされていないものの、逆らったら何をされるか分からないという精神的な拘束がきつく彼女たちを縛り付けていた。人知れず場所に連れていかれて、殺されてしまうのだろうか。頭の中のシミュレーションは、いつも最悪の結果を導き出す。せめて遺言でも書いておけばよかったかな、と後悔の念を抱きながら、施設の中を進む。二人は目隠しはされていないが、「あまり周囲を見回さないように」と注意を受けていた。秘密施設に招き入れるにしては豪く優しい対処だな、と梨子は違和感を抱きながら、廊下を進んだ。ずっと先まで見通せる長い廊下なのに、人の気配が感じられないのがひどく不気味であった。それぞれの部屋の名前を確かめようと目をきょろきょろと動かすが、何も書かれていない。それでも何かの研究施設のような雰囲気は感じられた。宇宙人の研究施設は荒唐無稽な作り話だとしても、何か公にできないことを研究しているという点では、あながち間違ってはいなかったのかもしれない。
「こちらです」
しばらく歩いて、二人は一つの部屋に招き入れられた。目印もないのにどうやって目的の部屋を探すのだろうか、そんな疑問を抱きながら、二人はその部屋に入った。そこは応接室のような内装で、奥のソファーに少女が座っていた。電話の声の主だろうか、金色の髪が眩しく輝く高校生くらいの歳の少女。それでも、大男に指示を出した辺り、普通の高校生ではないことは確かだ。どんな地位と権力を持っているか、分からない彼女を目の前にして、千歌と梨子はおずおずとした様子で、促されるままソファーに座る。「Ciao」とこの場には相応しくない陽気な挨拶の後に、金髪の少女は「小原家当主の小原 鞠莉(おはら まり)」と名乗った。その名前を聞いて、千歌が「え、小原家の方ですか!?」と驚きの声をあげる。
小原家。それは、新駿河コロニー自治区の実質的な支配者であった。自治区の政治体制は、所謂二元代表制。直接選挙で選ばれた首長たる行政長官と別の選挙で選ばれた自治議会議員によって、政治が進められていた。新駿河では、二大政党が自らの政策を掲げ、選挙によって住民の信託を受けた党が政治を主導する、という形であったが、その裏で両党に対して小原家が絶大な影響力を持っているのが暗黙の了解であった。つまり、大まかな政治方針に対する住民の意思を確認するために選挙は実施するものの、最終的な政策の決定権を握っていたのは小原家なのである。その他、商業・工業などコロニー内に存在するあらゆる産業を掌握し、それらはコロニーの大半を占める雇用と経済を生み出し、「小原家なくして新駿河コロニー区域は成り立たない」と言われるほどに、密接に絡みついているのだ。
きょとんとした表情を浮かべる梨子に、千歌が「新駿河の王様!」と非常にざっくりとした説明をすると、詳細は分からないまでも相手の地位の高さを悟ったのか、顔が青ざめた。その様子をじっくりと観察していた鞠莉は、軽く笑みを浮かべると、二人に対してこんな提案をした。
「さて。いけない物を見てしまったからには、その代償を払ってもらわなければいけまセーン。普通ならば、『Not a word to anyone』、誰かに話したら、話した相手も含めて命の保証はできない、と言うところですが、別の償い方もありマース」
コロニー内の政治とあらゆる産業や行政を掌握する小原家にとって、一人の住民を監視することは容易いことであった。誰かに話したら、話を聞いた人も含めて、どうなるか分からない。コロニーの支配者たる小原家の当主の言葉、真実味があった。インターネットを利用して、情報を発信しようとしても、小原家によって止められてしまうだろう。梨子は、この施設の正体が明るみにならない理由が分かった気がした。王様とまで表現されてしまう程の権力を持った者が相手なのだから、真実が広まる訳がない。じゃあ、もう一つの償い方はどんなものなんだろう。そう疑問が浮かぶ二人の間の前に、厚い書類が置かれた。裏返しになっていて、真っ白な面しか見えない。触ろうとする千歌に「Stop!」と制止をかけた鞠莉が言う。
「これに触ったら、もう後戻りはできない、そう思ってください。…とっても危険で、とっても怖い償い方、私も個人的な思いとしてはお薦めできないけど、小原家の当主として、あなたたちみたいな人をみすみす見逃す訳にもいかないのデース」
具体的に何をするのか、言わないのは、どうしてもこれに触らせたいためか、或いは決断するまで具体的な話ができない程の機密事項なのか。千歌は迷っていた。これまで感じてきた無力感。自分は何をしてきたのだろう、という思い。ずっと普通だった、何かをやろうとしても中途半端で、そんな自分が許せなくて辞めてしまう、そんな経験を何度も繰り返してきた。最大の親友を3年前に失い、それ以降、何をするにも、やる気が起きず、中途半端な毎日。彼女に対して、とてもじゃないけど顔向けができないような今の自分。でも、目の前の書類に手を触れたら、一変する。それが悪い方向であるか、良い方向であるかは分からないが、これまでの普通の日々に、明らかに特殊な要素が混じるのは明らかであった。でも、とっても危険、と半ば脅し文句のような前置きを聞くと、躊躇してしまう。ここで引き返せば、監視は付くかもしれないが、またいつもの日常へと帰れるのだから。
そんな逡巡を見せる千歌とは対照的だったのが梨子であった。迷いなく、その書類を手に取り、表紙を見たのである。千歌はもちろん、鞠莉でさえも、速すぎる決断に驚きの表情を見せた。そして、「やります!」と鞠莉の顔を見据えて、決意を表明した。梨子の速断を見せつけられた千歌も、続くようにして、その書類を裏返した。友人だけを危険な目に合わせる訳にはいかない、彼女がそのつもりなら自分も、そんな思いが千歌の背中を押した。その裏には、友人といつ突然の別れが来るか分からないという彼女の経験から成る教訓もあった。
「テティスシリーズ?」
表紙に大きく書かれていた聞き慣れない単語が目に入る。鞠莉は二人の出した決断を確認した後、プロジェクターを起動させ、提案の詳細を説明し始めた。
「Right! テティス、ギリシャ神話に登場する海の女神デース。…と、その前に二人はアーマードスーツという物が知ってますよね?」
「…具体的な名前までは分からないけど、宇宙戦の主役になっている兵器、ですよね?」
「そう、二人にはそのアーマードスーツのパイロットになってもらいマース!」
その軽い口調とは対照的な衝撃的な提案。言葉を受け止めきれず、頭の中で反芻した後に、ようやくその意味を理解した二人は、「えー!?」と驚きの声をあげた。
鞠莉の説明を聞いている内に、この施設の正体も分かってきた。この施設は、小原家が極秘裏に建設したAS技術を中心とした研究施設であった。森林に隠し、立ち入り禁止の看板を設置し、それでも無視するようなら、途中でその進行を制止する。
「これまで、あの施設を見た外部の人間は一人もいない、あなたたちが初めてね」
「…それなら、なぜ私たちはあっさり施設が見える場所まで行けたんですか?立ち入り禁止の看板は見てなかっただけかもしれないけど、施設の近くまで何の邪魔も入らなかったし…」
「あなたたち2人をそのまま帰すのが惜しかったからですよ」
その理由は、小原家が開発しているAS「テティスシリーズ」の特性にあった。それは新型AS9機の総称であり、従来のASを上回る運動性や攻撃力を実現することができるらしい。しかし、ASパイロットはその素質が一番に問われ、一部の限られた者以外は、どんなに訓練を積み重ねても、操縦することはできない。普通のASですら、難関の壁、生まれ持った性質に影響されるのだから、テティスシリーズのパイロットは更にその条件が厳しく、コンピュータの試算によると地球圏上で操縦できる可能性がある人物は300から400人という結果が出たらしい。範囲を地球圏に定めてその少なさであるから、新駿河コロニー区域内に限れば、30人にも満たない。しかも、それはあくまでも可能性、親和性は絶対的な数値があるわけではなく、大まかなランクによって示される。だから、同じランク内でも差異は存在し、上位に位置する人は操縦できるが、下位に位置する人は操縦できない、そんな状況も考えられた。機体毎の相性もあり、親和性は絶対的な基準ではなく、実際に試してみないと分からない、ASのパイロット特性はそういうものだったのである。
「あなた方二人は、親和性検査でテティスシリーズの基準を満たす可能性が高い、という推算が出ているのデース。仮に操縦できなかったり、途中でやめたくなったりしたら、小原家が一生の面倒を見ることをお約束しマース。…ただし、当然今まで通りの自由な生活は保障できないけどね」
高い親和性を持つ人は貴重、しかもその高さは絶対的なものではない。そうなれば、例え高校生であっても、容易にパイロット候補から外すことはできない。自らと同年代の者を争いへと巻き込みたくないという小原鞠莉個人の感情よりも、小原家当主としての責任が勝った。いかなる手段を用いようとも、新駿河コロニー区域の安定と繁栄を守るために、動かなければならぬ。その信念の下で、年齢に見合わぬ酷な仕事と責任を押し付けようとしていると自覚しながらも、提案したのである。
いくら何でも特殊すぎる、千歌は真っ先にそう思った。中途半端な日々の生活に飽き飽きしていたのは確かだが、予想を遥かに上回る特殊性に思考が停滞する。脳裏に過るのは、1年前に遭遇した光景。千歌が搭乗していた旅客船を襲撃したテロリストが自教連の護衛アーマードスーツによって、撃退される場面。護衛していた部隊は、ミューズ第一分隊とか言ってただろうか。疾風のように戦場を駆け回り、テロリストの機体を翻弄して、華麗とも言える早業でそれを討った。自分がASを操ったところで、そんな働きができるとは思えない。上手く操縦できるのだろうか。仮に操縦できたとして、実際に敵と戦うことはあるのだろうか。…もしかしたら、戦場で命を落とすかもしれない。あらゆる疑問と不安と想像が脳内を駆け巡った。
「No problem. 私もASのパイロット仲間デース。ちゃんと、専用の訓練を受けて、丁寧に教えますから、心配無用!…あ、それから、タダ働きじゃなくて、一応お給料もこのくらいは…」
提示された額の大きさに驚く二人であったが、この際、そのようなことはどうでもいいことであった。梨子は既にその意思を固めている。何を考え、何を理由にその決断をしたのか、千歌は分からなかったが、ともかく彼女はこの提案に乗るつもりでいる。ならば、自分だけが逃げるわけにはいかない。ここで下がったら、親友に顔向けできない。何事にも果敢に挑戦していた彼女の姿を思い浮かべながら、決意に満ちた眼で鞠莉を見据えた。