LoveLive Sunshine Pallas-Athene 作:クサナギ(ドレーク)
設定を考えるのが好きなせいで、設定ばかり深まって、本文が一向に進まない悪癖のせいですかね。
元々、そこまで気張らないようにしてたのが逆に仇となった可能性もありますが。
今夏より再開していきたいところです。
どんなに熟睡していても、サイレンの兆候が聞こえると、ぱっと目が覚める。すっと眠りの感覚が身体から抜けていき、完全な覚醒を迎える。2,3年戦い続ける間に、自然と身についてしまった癖であった。今回はサイレンではなかったが、艦内電話の着信音。ベッドから起き上がり、「はい、渡辺です」と応答した。
「ちょっと頼みたいことができました。…10分後、津島少尉と一緒に食堂に来れますか?」
凪からの電話。また、敵機でも現れたのだろうか。にしては、やけにのんびりとした招集だ。今は待機番ではない自分たちにお呼びがかかるということは、稼業として行っている輸送船の護衛任務か何かか。何はともあれ、急いで支度しないといけない。向かいのベッドで熟睡しているルームメイト津島 善子(つしま よしこ)に起床を促した。しかし、寝起きが悪い彼女は、声に反応し起きる様子を一旦は見せたものの、「あと5分…」とベタなセリフを吐き、再び夢の世界に赴こうとしている。時間がないんだからと曜は布団から強引に善子の身体を引っ張り出して、頬を軽く抓った。「痛いじゃない!」と善子は文句を言いながらも、覚醒を迎え、状況を理解したようで、そそくさと身支度を始めた。
寝間着から着替えながら、善子は連邦軍にいた日々を思い出していた。それは、曜と接する度に自然と現れる回想であった。時に厳しくも、芯に優しさがある、連邦軍時代には経験しなかったことだった。あの時は、ただひたすらに戦果と勝利を求められる日々、失敗や敗北など許されない日々で、その生活は苦痛でしかなかった。特に、初陣の時は酷かった。機体の脳波翻訳が上手くいかず、格下機と相討ちという結果に終わった善子を待っていたのは、厳しい叱責であった。機体との相性が悪かった、という説明は言い訳と一蹴された。そこには、優しさも愛もなく、「多額を予算をつぎ込んだのに、この有り様か」と言わんばかりの冷淡さだけがあった。勝利し続けていれば、安泰かもしれない。でも、不敗など所詮は神話、いつかは崩れる脆い物。その時、自分は捨てられるかもしれない。そんな恐怖の中で、連邦への忠誠心が生まれるはずもなく、自らが身を置ける場所を探す日々が始まった。
そんな苦痛への入り口に立ったのは6歳の時。実の両親は、早くに亡くなってしまい、孤児院で暮らしていた善子は、「特別な学校に入らないか」という提案を受ける。最先端の教育カリキュラムを用いた各々の才能を引き出すことができる学校と聞いていた。ただし、その実はASパイロットを生み出す養成機関であり、それからは、ずっと訓練と調整の日々であった。曜の話によると、その養成機関は薬物や脳波操作を含む、非合法な手段も用いてでも、強靭なパイロットを育成する、という狂気を帯びたモットーを持ち、言わば人体実験場と化していたらしい。善子もその例に漏れず、彼女の身体と脳は化学物質に汚染されていた。自然の摂理に逆らった、人工的かつ強制的な強化は、大きな歪みを生み、彼女の体は限界に達していた。そんな彼女に水色の艦隊は少ない予算を割き、できる限りの処置を施した。汚れを全て洗い流すことはできなくとも、薄めることには成功したようで、以前はあった吐き気や倦怠感も今はない。…同時に、自分の寝起きの悪さと二度寝癖が薬品の影響ではないことも分かってしまったのは、多少残念なことであったが。
「色々あったけど、これでよかったわ。ね?ヨハネ」
自らの内に宿る堕天使に話しかける。これは、養成機関時代からの癖だ。機関にいた他の子も同じようなことをやっていたから、当たり前のように思っていたが、どうやらそれは一般的ではなかったようだ。「あなたの中にはいないの?」と以前曜に聞いたら、大笑いされた後、数日はその話を持ち出して、散々いじられた記憶がある。
それでも、善子にとってはフィクションの中の出来事でしかなかった、友人との他愛もないやり取りができる、それだけで十分幸福なことに思えた。自らの直感と、連邦軍AS部隊を軽くあしらうパイロットの腕を信じた判断は、間違っていなかった。そう確信を持って言えるほどに、今の生活は充実していた。
「…さて、じゃあ、行きましょうか。堕天使の務めを果たさなければ」
ブリーフィングルームには、曜と凪が待っていた。
「…それで、今回は、何の船を守る仕事かしら?」
作戦内容を聞くまでもなく、仕事の内容は察していた。輸送船団の護衛。かつては「扶桑コロニー自治区」として、連邦の統治下にあったこの宙域も、自治区が解体され、コロニーが損傷し、人が住まなくなった今は荒れ果てている。駐留していた部隊もいなくなり、逃亡した犯罪者や海賊が跋扈する宙域となったこの宙域を安全に進むには、それなりの武力が必要とされる。だが、新駿河コロニー自治区の安くはない航宙通行料を逃れるため、或いは密かに物資や人を輸送するため、この宙域を通る輸送船は少なくなかった。
自前で輸送船を守ることができるだけの武力を用意できればいいが、それができない船団は民間の軍事力を活用する。そして、「水色の艦隊」は、旧扶桑コロニー区域を通航する際の有用な傭兵として評価されていた。小型艇とASを用いて、襲撃する海賊から、船団を護衛する。連邦軍正規部隊との戦いに比べれば、容易い仕事であった。
しかし、凪が告げた任務内容は、いつもの仕事とは対極に位置するものであった。
「いや、今回は、輸送船を撃沈する任務です」
「撃沈…?それは、その…破壊する、ということ…?輸送船を…?」
善子が明らかな戸惑いを見せるのは、無理もなかった。これまで、「水色の艦隊」は、軍に属していたものの矜持を失わぬため、民間人に対する攻撃を行わないことをモットーとしていた。困窮したとしても、民間の輸送船団を襲って、その足しにする、なんてことはしない。海賊同然の存在に堕ちるくらいなら、餓死した方が良い。それが「水色の艦隊」の思想であった。善子が「水色の艦隊」に加入することを固めたのも、そんな高潔な意思を感じ取ったからであったのだが…。なら、今回の任務はどういうことなのだろう。思いを巡らせる善子に、凪は説明を続ける。
「もしかしたら、『水色の艦隊』最後の仕事になるかもしれない、私はそう思ってます。それでも、やらなければならない。…作戦内容は、そこに書いてある通りです。よろしくお願いします」
作戦内容は単純で、輸送船を撃沈する、それ以上でもそれ以下でもなかった。
「…下総重工…」
善子は、目標の輸送船を所有する企業の名を呟く。忘れもしない、自らを戦いへと引きずり出した元凶であった。「グラディアトル計画」とか何とか言っただろうか、年端も行かぬ少年少女を理想の兵士へと育てる悪魔のような計画。そもそも存在自体が条約・法律・道徳・倫理そういったあらゆる束縛から逸脱したものであるから、計画の中身も理性を伴っていなかった。身体や精神が例え壊れようとも、究極の兵士、ASパイロットを作り出すことを第一目的としたマッドサイエンティストたちの巣窟。
脳裏に浮かぶ地獄の思い出を打ち消しながら、分析を始める。
下総重工業が所有する輸送船、ということは、その荷物は軍事に深く関係する物であることは間違いない。ただ、下総重工業は、当初より連邦寄りの企業であり、連邦が実施する経済制裁にも積極的に協力する立場を取っていた。そんな企業が、連邦と少なからず対立している小原家と取引をすることがあるのだろうか。それは、連邦をお得意先とする下総側も、連邦から距離を置きたい小原家側も、望まぬ取引であることは間違いなかった。
そして、さらに奇妙なのは、この取引に「水色の艦隊」が介入を試みる、ということであった。当初は民間の輸送船団への攻撃という驚くべき作戦に困惑していたが、作戦内容を読めば、その目的は明白であった。凪は、下総重工と小原家の取引を妨害しようとしているのだ。
「…でも、一体何のために…?」
この取引が流れたところで、自分たちの立場が変わることがあるのだろうか。凪は「最後の仕事になるかもしれない」、と言っていた。最後という言葉が意味するのは、今どの国家にも属さず、宙ぶらりんとなった自分たちの立場を保障してくれる勢力が現れるか、あるいはその願いを果たせず壊滅するか、どちらかしかない。わざわざ自滅へと向かう組織ではないことは明らかだから、あり得るとすれば前者。
「…小原家からの密命?あり得るわね。でも…依頼人の情報がない以上、これ以上は想像でしかないわ」
一先ず、その疑問は捨て置くことにした。やるべきことは、目の前にある仕事を片付けること。作戦開始までの時間は短い。善子は持っていた端末を机に置き、AS格納庫へと歩みを進めた。