Fate/wizard of genesis 作:ゆーーーーん
「アリ……ババ、くん……?」
その名を呼んだ瞬間、
何かが、確かに壊れた。
倉庫の中央に立つ男――
アリババ・オルタは、ほんの一瞬だけ目を見開き、
そして、困ったように眉を下げた。
「その呼び方……懐かしいな」
声は、確かに同じだった。
間違えようもないほど。
――なのに、違う。
士郎の背筋を、冷たいものが走る。
この男には、悪意がない。
憎しみをぶつけてくるわけでもない。
だからこそ、怖かった。
「どうして……」
気づけば、アラジンが一歩、前に出ていた。
「どうして、こんなことをしたの……?」
責める声じゃない。
止める声でもない。
ただ、
置いていかれた子どもの問いだった。
アリババ・オルタは、少し考える。
「恨みだと思う」
「……え?」
「悲しかったし、悔しかった」
淡々と、事実を並べるように。
「仲間が傷ついた。
守ろうとした人たちが泣いた。
なのに、何も変わらなかった」
アラジンの胸が、ぎゅっと締め付けられる。
それは――
彼が一番、否定できない感情だった。
「正しいことをしたつもりだった」
アリババ・オルタは、静かに笑う。
「でもさ、世界ってさ」
「優しいやつほど、後回しにするんだ」
士郎は、思わず歯を食いしばった。
聞きたくなかった。
聞いてしまったら、否定できない。
その瞬間――
倉庫の空気が、歪んだ。
アリババ・オルタの足元から、黒い魔力が噴き上がる。
怒りではない。
憎しみでもない。
――諦めきれなかった感情。
「ッ!」
セイバーは、剣を抜く。
次の瞬間、
床が砕け、瓦礫が舞った。
アリババ・オルタの動きは速く、そして迷いがない。
力を振るうでもなく、
ただ剣をふるう。
「くっ……!」
剣が弾かれる。
セイバーは直感で感じていた。
アリババ・オルタとの決着に関わるべきではないことを。
剣を振るえば倒すことはできても、
救うことはできないと、彼女は感じていた。
――王とはやはり救われないのか
後悔の希望になりかけていたアリババという存在。
その堕ちた側面にセイバーは己を重ねていた。
士郎はとっさに前へ出る。
――守らなきゃ。
人を救う奇跡を見せてくれたアラジンが語るアリババという存在。
憧れになりかけていた男が救えない現実を見せつけてくる。
殴りかかる。
だが、拳は届かない。
見えない衝撃が、士郎を吹き飛ばす。
「衛宮くん!」
凛の声。
宝石が放たれ、魔術が展開されるが、
それすら、アリババ・オルタは寄せ付けない。
「邪魔をする気はない」
淡々とした声。
「ただ……俺は、ここにいるだけだ」
それだけで、
人が傷ついていく。
優しさが、暴力になる瞬間だった。
「……やめて」
アラジンの声が、震える。
「アリババくんは…こんな…!」
アラジンは言いかけた言葉を止める。
それだけは言いたくなかった。
その言葉の続き感じ取ったアリババ・オルタ。
少しだけ目を伏せた。
「そうだ」
肯定だった。
「だから、これは“俺”じゃない」
その一言が、
何よりも残酷だった。
「……キャスター」
凛の声が割り込む。
冷たい声。
でも、それはアラジンを現実に引き戻すための声だった。
「それは本人であって、本人じゃない」
アラジンの肩が、跳ねる。
「英霊の“側面”。
感情の一部だけを切り取られた存在」
アラジンは、凛を見なかった。
見たら、崩れてしまう。
「……じゃあ」
かろうじて、声を絞り出す。
「僕が知ってるアリババくんは……」
「いない」
凛は、事実だけを言う。
「この世界には」
沈黙。
アリババ・オルタは、静かに息を吐いた。
「そうか」
納得した声だった。
「お前は、堕天しなかった俺を知ってるんだな」
アラジンを見る。
「だったら、迷わなくていい」
「――やめて!」
初めて、感情が爆発した。
「そんなこと、言わないで……!」
声が、震える。
「アリババくんは……
そんなふうに、諦める人じゃない!」
押し付けるべきではない言葉を子供のようにぶつけてしまった。
アリババ・オルタは、少しだけ目を伏せる。
「あぁ」
肯定だった。
「もう一度言う。
だから、これは“俺”じゃない」
セイバーは、剣を握ったまま、動けなかった。
カムランの丘が、脳裏をよぎる。
救えなかった者たち。
強くあろうとした結果、失ったもの。
士郎は、立ち上がれなかった。
「助けたい」と思うだけでは、
どうにもならない現実が、ここにあった。
アリババ・オルタは無機質に魔力集める。
「俺が極大魔法を放てば、被害はさらに甚大となる。
いよいよ死人も出るだろう。」
歪んだ魔力が高まり、それはゆっくりと陣を描き始める。
「俺を止められるのはお前だけだ」
アリババ・オルタはアラジンを試すように問いかける
アラジンは、深く息を吸う。
逃げたい。
目を逸らしたい。
でも――
知ってしまった。
この存在を、どう終わらせるべきかを。
「……僕がやる」
小さな声だった。
それでも、確かだった。
杖を持ちなおし、
祈るように目を閉じる。
――ソロモンの知恵。
それは、命令でも、裁きでもない。
世界を理解し、分かち合うための力。
魔力が集まる。
激しくはない。
ただ、あたたかい。
まるで――
「君は間違っていなかった」と語りかけるように。
アリババ・オルタは、その光を見て、目を見開いた。
「……ああ」
息を吐く。
「懐かしいな、この感じ」
「怒ってたはずなのに」
「恨んでたはずなのに」
声が、ほどけていく。
「……それでも、誰かを守りたかったんだ」
アラジンは、何も答えずにただ唇を噛み締める。
ソロモンの知恵は、堕天を否定する。
怒りを、悲しみを、
元あった場所へ、静かに還していく。
凛は、理解してしまった。
(……戻らない)
(これは救済だけど……再生じゃない)
英霊の側面。
切り取られた可能性。
どれほど浄化しても、
“元のアリババ”には辿り着けない。
「……キャスター」
凛の声は、現実だった。
「この世界では……
救われても、存在は消える」
アラジンの指が、わずかに震える。
アリババ・オルタは、驚かなかった。
「そうか」
安堵したように、呟く。
「……ごめん」
初めて、謝罪がこぼれた。
「違うよ」
アリババ・オルタは首を振る。
「お前は、ちゃんと来てくれた」
「それだけで、救われたんだ」
光が、ゆっくりと薄れていく。
消える直前――
一瞬だけ。
昔と同じ、
少し不器用で、明るい笑顔。
「またな、アラジン」
次の瞬間、
そこには、何も残っていなかった。
夜が、戻る。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
士郎は、胸を押さえる。
救ったはずなのに。
確かに救ったのに。
――それでも、失われるものがある。
セイバーは、目を伏せる。
強き王。
共に歩く王。
どちらであっても、
救えないものがあるという現実。
アラジンは、皆に背を向けたまま消えゆく光を見つめていた。
アリババを救えなかった。
かつて、ジュダル、白龍との戦いの後で
アリババを救えなかった時の感情に重ねていた。
夜明けは、まだ遠い。
それでも、歩かなければならない。
――優しさが、誰かを壊してしまうとしても。