Fate/wizard of genesis 作:ゆーーーーん
校舎を駆ける足音が、沈む太陽に溶ける。
バーサーカーとの戦闘が終った次の日、本来の学業を終えて廊下を歩く。
「……静かすぎるわね」
凛は走りながら呟いた。
人の気配がないのは当然としても、音の抜け方が不自然だ。
「凛さん、後ろ」
アラジンが短く告げる。
振り返るより早く、影が伸びた。
壁から、床から、人の形をした“何か”が立ち上がる。
長い髪。
鎖の擦れる、低い音。
凛は即座に距離を取る。
(速い。でも、斬りに来ない)
攻撃意思はある。
だが、決定打を狙っていない。
(……牽制? それとも、誘導)
「サーヴァントね」
凛の声に、影は答えない。
ただ、二人の退路を塞ぐ位置に立つ。
アラジンが凛の半歩前に出る。
「凛さん。ここは戦う場所じゃないよ」
「同感。ここで消耗する理由がない」
宝石を握り締めた、その時――
「――遠坂!」
聞き覚えのある声。
階段の踊り場から、二人の影が駆け下りてくる。
「衛宮くん……!」
「無事か!?」
士郎の後ろ、
迷いのない足取りでセイバーが前に出る。
瞬間、空気が張り詰めた。
影のサーヴァントが、わずかに距離を取る。
(反応した……)
凛は確信する。
(この相手、セイバーを“知ってる”)
セイバーは剣を抜かない。
だが、その視線は真っ直ぐ敵を射抜いている。
「貴女は……」
名を呼ばない。
だが、警戒は最大。
士郎が凛の隣に並ぶ。
「追われてたのか?」
「正確には、通されてた」
「……嫌な言い方だな」
アラジンが小さく笑う。
「でも、合ってるよ、衛宮くん。
この人、僕たちを試してる」
影のサーヴァントが、初めて口を開いた。
「……今夜は、ここまで」
声は静かで、感情が薄い。
「あなたたちが集まるとは思わなかった」
凛は目を細める。
(撤退判断が早い。
単独行動、奇襲、情報収集……)
(やっぱり、正面戦闘型じゃない)
セイバーが一歩前に出る。
「名を名乗りなさい。
剣を交えぬまま退くなら、なおさらだ」
影は一瞬、逡巡したように見えた。
だが、すぐに首を振る。
「今は、必要ない」
次の瞬間、
影は霧のように崩れ、闇に溶けた。
鎖の音だけが、最後まで残る。
沈黙。
夕方の校舎が、ようやく元に戻る。
「……消えたな」
士郎が息を吐く。
凛は宝石を下ろし、セイバーを見る。
「どう思う?」
「断定はできません」
即答だった。
「ですが、アサシンの気配ではない。
アーチャーにしては距離が近すぎる」
凛は頷く。
「私も同意見。
――ライダー。少なくとも、その戦い方」
アラジンが首を傾げる。
「あのお姉さんはライダーなのかい?馬に乗ってないのに?」
「広義でね」
凛は校舎を見上げる。
「今夜は撤退で正解。
相手も、それを選んだ」
士郎が二人を見る。
「……聖杯戦争ってのは、
こうやって探り合うものなのか」
「ええ。殺し合いの前の、ね」
アラジンが笑う。
「でも、凛さん。
今のは悪くなかったよ」
「何が?」
「ちゃんと、生き残れた」
凛は一瞬だけ口元を緩める。
「それだけで十分……とは、まだ言えないわね。後始末が残ってる。」
夜の穂群原学園。
灯りの落ちた校舎は、静まり返っている――はずだった。
「……残ってるな」
校門の外。
衛宮士郎は、無意識に拳を握りしめていた。
「はい。結界は撤退後も完全には消えていません」
隣でセイバーが静かに告げる。
剣を抜く気配はないが、その姿勢は完全に戦闘のそれだった。
「遠坂が言ってた後始末って、これか……」
二人の視線の先。
校門の内側に、遠坂凛とそのキャスター――アラジンが立っている。
「やっぱり、残ってるわね」
凛は校舎全体を見渡し、眉をひそめる。
「組み込まれたまま、放置されてる感じ……」
アラジンは、何も言わずに校舎を見上げていた。
けれど、その表情は明らかに困惑している。
「……変だよ、凛さん」
「どういう意味?」
「この学校、どこか歪んでる。
壊れてるんじゃない。無理やり別の形にされたみたいだ」
その言葉を、少し離れた場所で士郎とセイバーも聞いていた。
「別の形……?」
セイバーの視線が鋭くなる。
「通常の結界解除が効かない理由が、それなら説明がつきます」
凛は、唇を噛む。
「……やっぱりね。
これ、普通に壊したら逆に危険だわ」
結界は、すでに学校の構造に絡みついている。
中途半端に壊せば、魔力の歪みだけが残る。
「生徒を避難させる時間もない……
このまま放置したら、またライダーが生徒を蝕む。」
沈黙。
「凛さん」
アラジンが、静かに言った。
「壊せないなら、作り直せばいい」
「……作り直す?」
「うん。
結界を剥がすんじゃなくて、学校として再構築する」
その発想に、凛だけでなく、士郎とセイバーも息を呑む。
「校舎そのものを、再構築する……?」
「できるのか、そんなこと……」
士郎の呟きに、セイバーが即座に答える。
「通常の魔術師には不可能でしょう。
まさか、彼は――」
セイバーの視線が、アラジンに向く。
「今の僕じゃ無理だよ。
この世界では、魔力に限りがある」
凛は、それを分かっていた。
だからこそ、右手を見る。
「……令呪ね」
三画ある令呪。そのうちの一つ。
「凛さん」
アラジンは、少しだけ真剣な顔で彼女を見る。
「これは、聖杯戦争には関係のないことだ。でも、僕は――」
「わかってる」
凛は、アラジンの言葉を遮り、深く深く息を吸う。
「でも、生徒を守るためなら――使う価値はある」
右手を掲げる。
士郎は、思わず声を上げた。
「遠坂、それって――!」
「大丈夫よ、衛宮くん」
振り返らず、凛は言う。
「私は、私の戦い方をするだけ」
そして、はっきりと告げた。
「令呪をもって命ずる。
アラジン、マギとしての本来の力を、取り戻しなさい」
令呪が、一画、強く輝き、砕け散る。
瞬間。
空気が、震えた。
アラジンの周囲に――
無数の光が、現れる。
「――っ!?」
士郎が思わず目を見開く。
白く、金色に近い微光。
羽のような形をした、小さな存在。
「これは……精霊でも、魔力でもない」
セイバーは目の前の光から視線を離せずにいた。
「これは、この時代の理に存在しない」
驚愕を隠さず呟く。
この世界に存在しないはずのもの。
それが、可視化されるほど溢れている。
アラジンの足元から、空へ、校舎へ。
まるで世界そのものが、彼を祝福しているかのように。
「……すご……」
凛でさえ、言葉を失う。
「凛さん」
アラジンは、光に包まれながら、振り返った。
「本当、君っておかしな人だよね。」
アラジンは凛をアリババに重ねていた。
かつて、バルバットの戦いにて、剣が折れ、魔力も尽き、策がなくても大切なものを守るために心のままに立ち向かって行ったように....
「でも、」
「そんな君だからこそ、、」
「僕は力になりたくて、、、」
「君に手を伸ばすんだ。」
きっとこれから――
「何度でも、」
次の瞬間。
低く、深い音が鳴り響く。
魔法陣も、詠唱もない。
ただ、音だけが世界を揺らす。
校舎が、軋み、ほどけ、組み直されていく。
結界は壊れない。
存在する意味を失い、消えていく。
士郎は、何度も瞬きをした。
校舎が、壊れているのか、直っているのか、
判断できないほど、速く、正確に組み替えられていく。
夜の穂群原学園は、ただの学校になっていた。
「……終わった、のか?」
士郎の問いに、セイバーが静かに頷く。
「はい。
完全に、」
アラジンは、少し疲れた様子で笑った。
「ねぇ、凛さん」
「なによ」
凛を見つめるその目は懐かしそうに、凛を見ながらどこか遠くを見ているようで。
凛は、顔を背けた。
「……あんた、そういうとこよ」
だが、その声は、どこか柔らかかった。