Fate/wizard of genesis 作:ゆーーーーん
衛宮家の居間には、夜の静けさが満ちていた。
先程の騒動が嘘のように、障子の向こうから聞こえるのは、かすかな虫の声だけだ。
凛は腕を組んで座り、セイバーは正座したまま背筋を伸ばしている。
士郎は湯のみを両手で包み込み、じっとその中の液面を見つめていた。
しばらく続いた沈黙を、士郎が破る。
「……なあ、キャスター」
呼ばれたアラジンは、少し驚いたように顔を上げた。
「さっきの魔法……なんだったんだ?」
士郎の視線は真っ直ぐだった。
責めるでも、疑うでもない。ただ、知りたいという感情だけがそこにある。
「学校そのものを、作り替えたみたいだった。
結界を壊したとか、無効にしたとか、そういう話じゃない」
一拍置いて、士郎は続ける。
「……あれが、キャスターの力なのか?」
凛がわずかに眉を動かし、セイバーも視線を向けた。
アラジンは、困ったように笑って畳に座り直す。
「うーん……そうだね」
膝を抱え、少し考える。
「簡単に言うとね。
マギとしての、僕本来の力だよ」
「マギ……」
士郎がその言葉を反芻する。
凛が静かに口を挟んだ。
「令呪を使ったことで、
サーヴァントとしての制限が外れた、ってことよね」
「うん。凛さんのおかげ」
アラジンははっきりそう言って、凛を見る。
「凛さんが決断してくれたから、
僕はルフから力をもらうことができた」
士郎の脳裏に、昼間の光景が蘇る。
可視化された無数のルフ。
空間を満たす、圧倒的な生命の流れ。
――あれは力というより、世界そのものだった。
「……遠坂は怖くなかったのか?」
士郎の問いは、凛に向けられていた。
凛は一瞬だけ目を伏せ、すぐに肩をすくめる。
「怖かったわよ。
聖杯戦争の勝敗と関係ない場面で、令呪を切るなんて」
それでも、と前置きして言う。
「誰かが死ぬかもしれない状況で、
損得を考えてる余裕はなかった」
士郎は息を詰めた。
それは、自分が選び続けてきた在り方と、あまりにも近かった。
その空気を変えるように、アラジンが口を開く。
「……士郎くん」
「?」
「僕の昔話をしてもいいかな」
アラジンは、少し遠くを見るような目をした。
「僕、昔……
アリババくんって人と旅をしてたんだ」
セイバーの指先が、わずかに強張る。
「アリババくんはね、
迷うし、損得も考えるし、カッコ悪いところもある人だったんだ」
アラジンは、どこか懐かしそうに笑う。
「逃げたほうが楽な場面も、たくさんあった」
士郎は黙って聞いている。
「でもね」
声が、少し柔らかくなる。
「誰かが困ってたら、
結局、動いちゃうんだ」
士郎の胸が、きゅっと締め付けられる。
「僕は思ったことがあるんだ」
アラジンは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「――アリババくんなら、
きっと王になるだろうな、って」
セイバーの視線が揺れた。
「でも」
アラジンは首を振る。
「王になれ、とは思わなかった」
「……なぜだ」
セイバーが、低く問いかける。
「王じゃなくても、
アリババくんはアリババくんだったから」
その言葉は、静かだった。
「なってくれたら素敵だな、とは思ったよ。
でも、ならなくてもいい」
アラジンは、真っ直ぐ続ける。
「王だから尊いんじゃない。
英雄だから偉いんじゃない」
士郎を見る。
「そういう人だから、
誰かを助けちゃうし、みんなも彼を助けたい。」
士郎は、思わず拳を握っていた。
――正義にならなきゃいけないんじゃない。
――そう在ろうとするから、動く。
セイバーは、しばらく黙っていた。
「……私は」
やがて、静かに言う。
「かつての選択を、今も悔いている」
空気が張り詰める。
「もっと違う在り方があったのではないかと、
私以外の誰かであれば結果は変わっていたのではないかと、
考えずにはいられない」
アラジンは、否定しなかった。
「うん」
「だから私は、
その後悔を手放すことができない」
セイバーの声は、揺れてはいなかった。
それが、彼女の“王としての誠実さ”だった。
「王とは――」
セイバーは硬い意志を目に宿し、アラジンを見る。
「国の繁栄に責任を負う者だ。
皆の平和のため、正しく在らねばならない。
たとえ、1人で背負うことになろうとも。」
アラジンは、少し考えてから言う。
「それでもね、セイバーさん」
穏やかに。
「みんなと歩いた王がいた、って話を聞いて、
少し気になっただけでも」
微笑む。
「それは、悪いことじゃないと思うよ」
セイバーは目を伏せたまま、答えなかった。
だが、その沈黙は拒絶ではなかった。
士郎は思う。
――この人は、答えを急がない。
――だから、重い。
凛もまた、内心で息を吐いた。
――理想論じゃない。
――でも、切り捨てもしない。
このサーヴァントは、
正義も王も、武器にしない。
ただ、人の在り方を信じている。
それぞれの迷いを抱えたまま、夜はふけていく。