今日はムハマドが午後から登校する予定だと、朝礼時に担任教師が告げた。どうやら午前中に病院で治療を受けてから、学校に向かうようだ。ハリーは心配になり、休み時間に担任のところに行き、ムハマドの様子について尋ねてみた。
「先生、ムハマドはなにか悪い病気なのですか?」
血相を変えて尋ねるハリーに、担任はハリーの肩に手を置きながら話はじめた。
「継続的に治療をしないといけないみたいでね。本当は休んだ方がよいのだけれど、ムハマド本人がどうしても学校に行きたいというので、治療してから登校することになったようなんだ」
ムハマドの様子を伝えた担任の話を聞いて、ますます心配になるハリー。
「先生、教えてくださってありがとうございました。」
ハリーはそう言うと、職員室を後にした。午後からは、ロシア国語の授業だったので、ハリーは事前にムハマドに文法を教えてもらおうと思っていたが、今日は逆に自分がノートをとってあげて、ムハマドの負担を減らしてあげようと思った。
午後になってムハマドが登校してきた。
「ムハマド!大丈夫なのかい?」
心配してくれる友達の言葉に嬉しそうにムハマドが答える。
「ハリー、ありがとう。大丈夫だよ。僕の病気はルケミアと言って、白血球が増えてしまう病気なんだ。それで、治療が必要なんだよ。でもね、ハリーやジャスミンの顔を見ると、元気になるから大丈夫!」
弱々しい声でムハマドが答える。ムハマドの顔色をみて、ハリーが授業中に助けたいと申し出た。
「ムハマド。治療行って、そこから学校に来て疲れていると思うから、僕がノートをとってあげたいんだけど、どう?僕は国語が苦手だろ?だから、勉強にもなるし、いんじゃないかと思うんだ。それにボールも借りたまだし!」
ムハマドは、ハリーの思いやりがうれしかった。
「ハリー、ありがとう。右腕に長い間点滴をされたから、ちょっと痛かったんだ。喜んでお願いするよ」
ムハマドはハリーの申し出を素直に受け入れることにした。二人が話していると、ジャスミンが近づいてきた。手話で、(大丈夫だったの?)と、尋ねると、右腕に点滴の絆創膏が痛々しいムハマドを気遣って、ハリーが代わりに手話で答えた。
(ちょっと治療が必要だけど、僕らの顔をみたら元気百倍なんだって!だから、今日も午後から授業にきたようだよ!)
ジャスミンはムハマドの方をみて微笑んだ。そして
(私もムハマドが学校来てくれてうれしいよ。今度また勉強教えてね)
と、手話でムハマドに話しかけた。
ムハマドは笑顔で静かにうなづいた。
放課後にハリーとジャスミンは、ムハマドを家まで送ろうとしていた。点滴の腕が痛々しかったので、ハリーがムハマドのカバンを持ち、ジャスミンはムハマドとハリーのジャケットを持って歩いた。
すると前方から老婆が大きな包みを持って歩いてきた。ハリーは老婆に声をかけると
「おばあさん、どこまで行くの?この荷物持って行ってあげますよ」
老婆は礼を言い
「それはどうもありがとう。すぐその先の家だから」
と言って、荷物をハリーに手渡した。
「ムハマド、ジャスミン、ちょっと待ってて!おばあさんを手伝ったらすぐに戻るから!」
ハリーがそう告げると、ムハマドもジャスミンも笑顔でうなづいた。
川沿いの土手で、ハリーを待っていると、突風が吹いた。その時、ジャスミンがかぶっていた帽子が風に飛ばされ、川に落ちてしまった。
ジャスミンは慌てて帽子を取りに行こうとしたが、それを制し、ムハマドが川に飛び込んだ。ムハマドは帽子をつかんで、川岸に戻ろうとしたが、点滴をした右腕がつってしまい、溺れそうになっていた。ジャスミンは慌てて助けを呼ぼうとしたが、声が出ない。慢心の力を込めて声をだそうとしたその時
パマギーチェ!
ジャスミンの声が大きく響いた。
パマギーチェ、ハリー!!
その声を聞きつけ、ハリーがすぐに駆け付けた。泣きながら慌てふためいているジャスミンを見て、緊急事態を悟ったハリーは、川に視線をやると、ムハマドが溺れかけている。
ハリーは咄嗟に川に飛び込み、ムハマドの体をつかみながら川岸にたどり着いた。ハリーはムハマドを寝かせると、人工呼吸をし、心臓マッサージを施した。ムハマドの口から水が出ると、せき込み顔を左右に動かした。
「ムハマド!大丈夫か!わかるか?」
ムハマドはゆっくりと目を見開き大きくうなづいた。
「今、人を呼ぶから待ってて」
そう言うと、ムハマドは先程助けた老婆の家まで走って行き、電話を借りた。そして、ムハマドの父に連絡すると、すぐに迎えにきてくれた。
一命をとりとめたムハマドだったが、高熱のためしばらく療養が必要ということだった。ムハマドの父はハリーとジャスミンに礼をいうと、2人を家まで送ってくれた。
落ち着いたハリーは、助けを呼ぶ声が聞こえたことを思い出した。そして、横にいたジャスミンの顔をみて、声で話しかけた。
「ムハマドの助けを呼んだのは、ジャスミン、君かい?」
ジャスミンがうなづく
「ということは、ジャスミン。君は声が出せるようになったのかい?」
ジャスミンの両腕をつかみながら、ハリーが問いかける
「あ・・・う・・・・」
すこしかすれた声で、ジャスミンが何か話そうとしている。
「ジャスミン、慌てなくていいよ。ゆっくり話してごらん」
するとジャスミンは少しづつ声を出した
「あの・・・・帽子・・・・大事なタカラ 兄の形見。ムハマド、知ってた。」
たどたどしいが、しっかりした音声でジャスミンが話はじめた
「そうだったのか!それでムハマドは自分の体調を顧みず、帽子を取りに川に入って行ったんだね・・・・・それを君は必死に伝えようと、声を絞りだしたんだ。君はもう話すことができるんだよ!そして、君がムハマドを助けたんだよ!」
二人は泣きながら喜んだ。
数日後、ハリーとジャスミンはムハマドの見舞いに行こうとしていた。二人で川岸を歩いていると、オナガドリが二人の前にいて、チチチと鳴いている。ジャスミンはしゃがんでオナガドリを見ようとしたとき、そこに四葉のクローバーがあるのを見つけた。
「これ・・・ムハマドに・・・」
ジャスミンはムハマドの回復を願って、見つけた四葉のクローバーをムハマドに渡そうと、ハリーに提案した。
ムハマドの家に着くと、寝室に通され二人は見つけた四葉のクローバーをムハマドに手渡した。
「ジャスミン、ハリー、ありがとう。嬉しいよ。もう一つうれしいのは、ジャスミンの声が聞けたことだよ。今度僕にEpistle to the Corinthians(コリント人への手紙)の歌を聴かせてね」
そう言うと、薬が効いたのかムハマドはゆっくりと目をつむり眠りに落ちた。
川は危ないですからね・・・泳ぎの達者な人でも助けに行こうとして溺れてしまったりすることがありますから、すぐさまレスキューを呼ぶのが肝心なのだそうです。
しかしながら、ジャスミンの大切なものと知っていたムハマドは自分の体を顧みず思わず飛び込んでしまったんでしょうね・・・
それを助けようと必死に声を出そうとしたジャスミン。ジャスミンの失語症が直るきっかけとなったのはムハマドの勇気だったんですね。
人生に大きな影響を与える出来事に遭遇したとき、自分の中での大きな変化に気づくことがあります。
さて、病気と闘うムハマドは回復するのでしょうか。