俺がシャーペンを粉砕した後の休み時間、探し気味に勉強をしていると近付いてくる影があった。
「あの、桂木悠夜さん……で合ってますよね? 俺、織斑一夏です。これから一年間、よろしくお願いします」
「………お、おう」
突然現れて敬語でそう言った織斑に俺はド肝を抜かれていた。
「どうしました?」
「いや、大ポカやらかした奴と同一人物とは思えなかっただけだ。改めてよろしくな、織斑」
「俺のことは一夏で良いですよ」
「そこまで馴れ馴れしく接するのは苦手なんだ。俺が認めれるなら名前で呼んでやるよ」
たぶん一生呼ばないだろうが。
「それよりも織斑、お前とあのボインポニーテールとは一体どういう関係だ?」
前の休み時間、織斑は俺のところに一度来ようとしているがその途中でボインポニーテールな生徒に無理矢理どこかに連れられていたので引き合いに出してみた。付き合っていたらキレそうだ。
「ぼ、ボイン………? あ、もしかして箒ですか? ただの幼馴染ですよ」
その幼馴染が俺たちの会話を聞いていたのか凄く殺気を出しているけど大丈夫だろうか。
それに気付かない織斑は、何故か俺に気遣う様子を見せながら尋ねた。
「………ところで桂木さん、その頬ってどうしたんですか?」
……ああ、これか。
大きな湿布を貼られているからか、やはり目立つようだ。
「ちょっと色々あってな。具体的には部屋を片付けている時に重い荷物を持った状態で階段から落ちたんだ」
「そ、そうなんですか!? ……大丈夫ですか?」
「気にするな。ここだけ直りが遅いだけだから」
最初は顔も腫れていたけどな。
なんて会話をしていると、誰かがここに近付いてきた。
「ちょっと、よろしくて?」
「へ?」
「………何だ?」
男子二人で微妙に接しにくい雰囲気になっていたところに誰かが割って入ってきた。………思いっきり苦手なタイプだな。
ISが出てきてからというもの、男を酷く扱う女が多くなった。たぶん今割って入ってきた女もその手のタイプだろう。お近づきにはなりたくないが、何せ俺たちの現状は本当に特別だからな。今後も増えていくだろう。
「まあ! なんですの、そのお返事。私に話しかけるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくって?」
「…………」
織斑が黙りこくった。どうやらこいつも苦手のようだが俺は俺で今にも殴りたくなってきている。
「悪いな。俺、君が誰か知らないし」
「わ、わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを?! ……あなたはどうなんです?」
今度は俺に話を振ってくる。期待されても知らないものは知らないけどな。
「さぁな。だが今の男の7割はそんなもんだぞ。ましてやISに関心ゼロの織斑はともかくISの技術にしか興味がない俺は日本の候補生すらもいちいち覚えちゃいない。他国となればなおさらだ」
それがある意味当たり前だ。
例え知っていたとしても、精々ISスーツの露出の多さに興奮するエロいオッサンに思春期な中高生程度。俺は義理の母と妹がISに携わっているが、不仲だし基本的にはそこまで会話しない。
「……あ、質問良いか?」
オルコットが俺に反論しようとしたところで織斑が声をかけると、
「ふん。下々の者の要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
たぶんこいつの親はロクデナシなのかもしれないとふと思った。
「代表候補生って、何?」
まさかの質問に俺たちの会話に聞き耳を立てていた他の奴らがこけた。
「あ……あなたっ!? 本気で仰ってますの?!」
「おう。知らん」
「…………………」
………単語から想像したらわかるだろ? もしかしてこいつは「考える」という事をしないのだろうか?
「信じられない。信じられませんわ。極東の島国というのは、こうまで未開の地なのかしら。常識ですわよ、常識。テレビがないのかしら………」
「いや、馬鹿なことを言われた手前何とも言えないけどよ、テレビはあるから。織斑がおかしいだけだから」
とは言ったものの、俺の周りに代表候補生がいなければ俺も織斑と同じようになっていたかもしれない。そもそも俺の環境じゃIS雑誌の写真集なんて無駄ページだったか。
「桂木さん、代表候補生って何ですか?」
「わかりやすく言えば国家代表になるかもしれない奴ら」
「そう! つまりエリートなのですわ!」
間違っていないが、自称するのはどうかと思うけどな。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なんですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
実はこれはマジである。
国家代表候補生は確かに少なくはないが、だからと言っても各県に10人いるかどうかなので俺たち男が代表候補生と同じクラスになる確率はかなり低い。
………まぁ、今となっては俺たちと同じクラスになる方がはるかに確率が低くなったが。
「そうか。それはラッキーだ」
「………バカにしていますの?」
流石に織斑に分かれって方が無理だろ。
「大体、あなたISについて何も知らない癖によくこの学園に入れましたわね。男でISを操縦できると聞いていましたから、少しくらい知的差を感じさせるかと思っていましたけど期待外れですわね。そちらの方は多少はできるようですが、所詮織斑さんにちょっと付け足した程度。増してや初日から顔を腫らしてくる人に大した期待できませんか」
まぁ確かにダサい格好ではあるな。
とは言え、オルコットのような女にどうこう言われる筋合いはない。
「おい、いくらなんでもそれは―――」
「いいさ。想像をするのは人の自由。そんな小さなことでとやかく言い争ったらそれこそ切りがない」
面倒事はもういいしな。
だがオルコットは俺を睨んでくる。どうやら俺の態度が気に食わなかったようだ。
「ふん。まぁでも? わたくしは優秀ですから、あなた方のような人間にも優しくしてあげますわよ」
なお、下落する株は止まらないが。
「ISのことでわからないことがあれば、まぁ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートですから!」
「唯一」という部分を強調したオルコット。そうか。倒したのか。
「入試って、あれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「………俺は筆記あったけどな」
何せ俺は1つ上なんでね。まぁ見事に試験に落ちたわけだが。
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
俺の言葉はスルーされたようだ。酷い話である。
ところで織斑、今のは地雷原に特攻したのか?
「ま、まさかあなたも教官を倒したと言いますの!?」
「…………いや、負けたな」
「ま、まぁ当然ですわね。所詮素人が教官に勝てるわけがありませんわ」
そりゃそうだろ。どうせ織斑もまぐれか何かで勝てただろうし。………というかそもそも、
「あの試験って、百戦錬磨の教官に対してどうやって立ち向かうかの試験だろ。大半が素人で適性値が高い奴らが順に選ばれる試験なんだから勝ち負けを素人にこだわらせるのはそもそも間違いだし」
「え? そうなんですか?」
「そりゃあ素人がそう簡単に教官を倒せるわけがないしな。だから、教官に勝ったとしても加減を誤った可能性もあるし、一概に凄いとは言えない」
「そ、そうなのか………まぁ考えてみれば、俺が戦った教官も壁に激突して気絶しましたしね」
「それこそ数合わせだろうよ。噂じゃ女でもIS適性がなくてまともに動かせないって人もいるらしいし」
「顔はよく見えなかったですけど、もしかしたらそうかもしれませんね」
と、男2人で盛り上がっていると敢えて放置したオルコットが怒りを露わにしていた。
「……あ……あなたたち―――」
そこでチャイムが鳴り響き、時間切れになった。
「くっ……! また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
「また後って……次放課後だが?」
聞いていないのか、それとも無視したのかオルコットは自分の席に戻る。
「じゃ、じゃあ自分はこれで………」
織斑も空気を読んでか……もしくは姉にビビッてか自分の席に戻って行った。
「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」
これまで2回ほど授業が行われたが、そのどちらも山田先生が行っていたが今回は織斑先生が担当らしい。山田先生もノートを持っていることからかなり重要かもしれない。………まぁ、内容が内容だけに俺もちょっと気になる授業だけど。
「………そうだ、その前に5月に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」
ふと思い出したように言った織斑先生。何故それを今思い出してしまったのか。……ちょっと楽しみだったのに。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席………まぁ、クラス長とか委員長とか言われる役職だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからよく考えて選べ」
仕事内容を説明されて「うわっ、面倒だ」と思ったのは俺だけではないはず。
だが俺や織斑は貴重な男性操縦者。経験するに越したことはない………が、それはあくまで女子が俺たちに優しくて対抗戦を「捨てる」ならばの話である。
(………確かパンフレットに「各イベントごとに豪華賞品をプレゼント」とか書いてなかったか?)
もしそれがデザート関係ならば、まずオルコットを選ぶべきだろう。さっきはああ言ったが、入学試験もとい入学試合で相手を倒したのは十分評価に値する。それにあれだけプライドが高いなら間違いなくやりたがるだろう。
「はい! 織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
…………………まぁ、真の論点は俺がどれだけクラス代表になるのを回避することだしな。ぶっちゃけ、本人が良いなら構わないし、俺じゃなければ誰だっていい。
(………当人は全然状況を理解できていないみたいだけどな)
とはいえ、そろそろ気付くだろう。自分が推薦されていることに。
「では候補者は織斑一夏。他にはいないか? 自薦他薦は問わないぞ」
そう言って俺を見るのはどういうことだろうか?
偶然ならばまだ良いが、わざとならば一大事。俺、面倒事は嫌いなんだけどな。
「お、俺!?」
立ち上がった織斑。その反応は……どうやら今まで本当に気付いていなかったようだ。
「織斑。席に着け、邪魔だ。さて、他にはいないのか? いないなら無投票当選だぞ」
「ちょっ、ちょっと待った! 俺はそんなのやらな―――」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権などない。選ばれた以上は覚悟をしろ」
「い、いやでも―――じゃ、じゃあ、俺は桂木悠夜さんを推薦しま―――」
改造エアガンを出して織斑の頭部に狙いを定めようとした時、とある少女は机を叩いた。
「待ってください! 納得がいきませんわ!」
パソコンと一体になった机を叩いてオルコットが立ち上がった。
「そのような選出は認められません! 大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしわ! わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を1年間味わえと仰るのですか!? 実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿共にされては困ります! わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのだって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」
今ならたぶん大魔術を100発ぐらい撃てるほど悟っているかもしれない。それほど前の暴言を前にして俺は無心にいられるんだからきっとそうだろう。
「良いですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」
だが逆にオルコットは自分が選ばれなかったのか怒りで周りが見えていない。さっきから日本人が何人か怒りを露わにしているということに気付いていないのだ。
そして彼女は、とうとう言ってはいけないことを言った。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけない事自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で―――」
「―――イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一マズい料理で何年覇者だよ!」
ついで織斑も言っていた。あの馬鹿。黙っていればオルコットは自滅して国に戻って悲惨ルートまっしぐらだと言うのに。まさか心中するつもりか。まぁ、個人的にはそれも良いがな。
「あ………あっ、あなたねぇ!! わたくしの祖国を侮辱しますの?!」
先にしたのはお前だろと笑いそうになったが何とかこらえる。
「決闘ですわ!」
黙る織斑。少し反省の色も見せていたが、決闘だと言われて闘志が湧きあがったようだ。
「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」
流石は単細胞。まずは言葉で心を折って殺意を湧かせた上でボコボコにすると言う方法は取らないようだ。
「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い―――いえ、奴隷にしますわよ」
「侮るなよ。真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」
「そう? まぁなんにせよちょうど良いですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」
素人相手に実力を示したところでただの笑いものだけどな。
なんて考えていると、織斑は馬鹿な事を言った。
「で、ハンデはどのくらいつける?」
「あら、早速お願いですの?」
「いや、俺がどのくらいハンデ付けたらいいのかなーと」
いや、お前さっき「真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」とか言ってなかった? なんて思っているとクラス中から笑いが起こった。
「お、織斑君、それ本気で言ってるの?」
「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」
「織斑君はそれは確かにISを使えるかもしれないけど、それは言い過ぎよ」
―――哀れだな
そんな感想しか持てなかった。どいつもこいつも、自分が本当に強いと感じている。確信しているのだ。男が相手でも女である自分たちが勝てる、と。
まぁ別にその考えを完全に否定する気はない。彼女らがどんな考えを持とうかなんて彼女らの勝手。それを否定する必要はない。
確かに今の社会は女より男が弱いのは常識だがな。
「………じゃあ、ハンデはいい」
「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろわたくしがハンデを付けなくて良いのか迷うくらいですわ。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」
そんなセンスがあるのは織斑くらいだろうよ。それを―――ジョークで終わらせられるのは、な。
「ねー、織斑君。今からでも遅くないよ? オルコットさんに言って、ハンデ付けてもらったら?」
「男が一度言い出したことを覆せるか。ハンデは無くていい」
「えー? それは代表候補生を舐め過ぎだよ。それとも、知らないの?」
……そもそもISを知らない奴が代表候補生の実力を知っているわけないだろうに。
俺は下らない現状をつまらなく感じて欠伸を噛み殺しながらすると織斑先生がまとめ始めた。
「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑とオルコット、そして桂木はそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を―――」
「先生、今俺の名前も入っていましたけど、間違いじゃないんですか?」
これまで関わらないようにしていたというのに。
「オルコットに遮られたとはいえ、織斑が推薦していたからな。それに、これはクラス代表を決める戦いでもある。ならば参加する義務はあるだろう」
「いや、義務はないでしょうよ」
せめて「権利」程度だろ。そもそも俺は喧嘩を売られたわけじゃないし、今回のことに関してはひたすら無関を貫いたんだから。
するとオルコットが口を開いた。
「全く。あなたという方は本当に小さいですわね。もう既に決まったことに対して文句を言うなんて。まるで今の男の代表ですわね」
その言葉に反応し、ある者は俺の陰口を言い、ある者は小さく噴き出した。
「ともかくだ。お前の言い分は後で聞く。ではこれより―――なんだ、まだあるのか?」
俺が挙手したことに気付いた織斑先生。1日も持たなかったが、まぁ仕方ないか。
「そうですね。質問を変えさせていただこうと思いまして」
「何?」
「では織斑先生、もう一度お聞きしますが―――どうして俺がガキの茶番に付き合わないといけないんだ?」
途端に空気が固まった気がしたが、俺にはどこかのドSな女将軍のような能力は持っていないから気のせいだと思うことにした。