寮に着いた俺たちはそれぞれの部屋が違うのでお互い分かれたが、俺は地図を見落として迷っていた。
(……途中で曲がったのがマズったな)
ナビを起動してこれまで通った場所と周囲の構図をセンサーで探知すると、何かが吹き飛ぶ音が聞こえた。
「―――って、本気で殺す気か! 今の躱さなかったら死んでるぞ!」
織斑の声。近い様だ。
とりあえず声の方に向かうと、織斑という珍獣が女子という檻に囲まれていた。
「か、桂木さん! 助けてください! このままじゃ箒に殺されてしまいます!」
「箒? ああ、お前の幼馴染か」
「そうです!」
………一体何をしたんだ、織斑は。
しかし木製ドアを破るとは尋常じゃないな。ん? これは木刀で貫いたのか?
跡をなぞっているとドアが開かれ、ドアが開く。
「……はい―――」
俺の姿を見た瞬間、箒と呼ばれている奴は俺に木刀に振るう。それを回避して振り上げられて動きが鈍った木刀を掴んだ俺は体勢を少し崩している箒を引っ張って足で身体を持ち上げて投げ落とした。しっかり受け身を取るところをみるに、どうやらかなり鍛えられているようだ。
「な、何するんですか!?」
「それはこちらのセリフだ。突然木刀を振られたら誰だって倒しにいくさ。まぁ、織斑だと思ったら突然顔を腫らした男だから驚くのはわかるが、それならば可愛い悲鳴を上げるべきだろう」
そっちの方がまだマシだ。いや、ホント。
「………大体、何で木刀でドアを貫く必要がある。それとも何か? 織斑がお前の入浴中に入ってきて、女だと思って出てみれば織斑でほとんど全裸な上に織斑が同居人と聞いて恥ずかしさが規定値を超えて八つ当たりか?」
「何故わかった!?」
「何故合ってるんだ………」
割と適当に言ったんだけどな……。
「まぁともかくだ。これは当人たちの問題だ。俺はこれ以上関わる気はないからまずは話し合え。ああ、それと」
「何だ? まだあるのか?」
「流石にドアをどうにかしないとレズに覗かれる可能性があるぞ」
そう忠告した俺は自分の部屋に向かった。途中、既に俺の話を聞いている奴らが俺を睨んで来たが、スルーした。
鍵に書かれている番号とドアにつけられている番号を3回ほど確認する。よし、間違いない。
ロックを解除してドアを開けると、そこには信じられない光景があった。
「おかえりなさい。ごはんにします? お風呂にします? それとも、わ・た・し?」
なるほど。最初からこの手で来るか。面白い手だ。
だが残念だったな。ここで織斑のような常人ならば間違いなく慌ててドアを閉めるか慌てふためくだろうが、生憎俺はこの程度の展開なんて慣れている。
「そうだな。今日は疲れたし先に風呂に入らせてもらうか」
「わかりました」
どうやらすでに風呂は出来上がっているらしい。風呂に入る準備を整えた俺はバスタオルと着替えを洗面所に置いて風呂道具を中に入る。これから女子と暮らすのだからまずはシャワーを浴びよう。
(……………ふっ)
床に敷かれている風船のマットは予想外だったな。
(とりあえず退けるか)
先に身体を洗うつもりだったから風呂場すべてを敷くマットは流石に邪魔だ。椅子に座ってボディソープをタオルに付けて泡立てていると、さっき裸エプロンで現れた奴が乱入してきた。
「
「ありがとう。じゃあ頼む」
タイミングが良いな。おそらく俺の行動から計算したのだろうか。
「じゃあ、失礼して」
素早く立った俺は椅子を蹴り飛ばす。襲撃者と化したその女は上に飛んで回避し、ユニットに移った。
「死ね!」
狙いはまごうことなく俺の心臓。肉を切らせて骨を断つ方法は使えない。だから、最小限移動して左脇で相手の腕を挟んで無理矢理ユニット内に飛び込んだ。鼻は摘まんで口は口で塞ぐ。どうせキスは慣れているだろうから―――舌を入れても構わんだろう?
通常、人は鼻か口で息をする。その両方を奪った相手はジタバタと暴れているが構わず殺しにかかる。普通、ナイフを背中に挿そうとするが、ユニット内のお湯の中に入った時に封じさせてもらっている。
すると、異変が起こった。
急にお湯が俺たちの間に空気ができたのだ。すぐにそいつから離れて体勢を立て直している女に容赦なく腹部に蹴りを放つが水のバリアが阻んだ。
「す、ストップ! ストップ!」
「断る!」
腹部にバリア。だが他はどうだ?
口に拳を入れようとするが、水が俺に纏わりついて離れない。
「……はぁ……はぁ……ごめんなさい。でも試験は合格よ」
「クソッ……ISか」
「そう。あなたはISに対して無力。だから私が―――」
―――カッカッカッ
襲撃者に3つの固定具が装着される。ちなみにそれは電子パターンを解析して乱す効果があり、俺を捕らえていた水が落下した。
「えっ? ちょっ!?」
「俺が最も好きなことは自分が強いと粋がっている女に対して「No」と断ることだ。そしてさらに心を折った上で肉体を支配し、完全な奴隷に落とすこと。さぁ、逆転劇の始まりだ」
そう言って俺は襲撃者に近付き、顎を持つとその女は叫んだ。
「これは織斑先生に頼まれてやったことなの!!」
「……………ほう」
涙目になっている襲撃者。バスタオルが少し落ちそうになっているので、洗濯ばさみを出してバスタオルの位置を少し上げて固定させ、襲撃者を放置してIS学園に電話をかけた。最初に出たのが山田先生だったので織斑先生に変わってもらう。
『何だ?』
「今しがた同居人に襲われて、そいつがアンタの名前を出したが?」
『何?』
初耳のようだな。という事はブラフか。
『更識に変わってくれ』
「それは無理だな。今そいつは固定していて風呂場から一歩も動けない状態だ」
『ど、どういうことだ!?』
本気で驚いている。そんなにか?
「すべて話す必要はないだろう。それで、アンタが同居人に俺を襲うように言ったのか? もしそうじゃないなら―――」
『そうじゃないなら?』
「証拠映像もあるからそれを政府―――いや、IS委員会にでも提出して大量の媚薬を送ってもらうことにしようか。たった一人の人生を潰して学園の生徒たちが安全になるんだ。ならば問題ないだろう?」
『待て桂木! 早まるな! 今すぐそっちに向かうから大人しく待っててくれ!』
「それをして俺にメリットでもあるのか?」
『わかった。私が何でも言う事を聞くから―――』
「じゃあ同居人を俺の物に―――」
『そればかりは本当にどうにもできないから止めてくれ!!』
流石にブリュンヒルデにもできないことはある、か。
「まぁ良いだろう。ではこれは貸しにしておいてやる」
『……頼む』
電話を切り、とりあえず今は―――同居人の拘束をさらに強化しておいた。
「………信じられん」
織斑先生が同居人の惨状に唖然とする。どうやらかなりの手練れだったようだが、こうなっては手も足も出ないだろう。が、ここでは敢えてボケておく。
「その言い草は酷いな。これでも我慢はしたんだぞ。まだ手は出していない」
「そういう問題ではない。何者だ、貴様は」
「親父と親友が天才というだけの一般人だ。それ故に少し恩恵を受けているだけで、大したものじゃない」
ただ暴力から身を守るには暴力しかなかっただけ。………後は中二病だな。
「ともかくだ。更識の拘束を解除してやれ」
「………復讐とか言って襲って来る可能性もあるが?」
「その時は私が何としてでも止めるが、こいつの場合はそれはない」
「………そうか。それを聞いて安心した。拘束箇所を選ぶためとはいえ股を少し開いたり、舌を噛み切って死なないようにパンツを入れて猿轡を噛ませたり、目隠ししたり、反応が面白かったから太ももを突っついたりしたけど、止めてくれるなら問題ないな」
「自業自得だ! もう一度言おう。自業自得だ!!」
「むしろ太ももを突いただけで終わらせた俺の理性を褒めるべきだろ! 本当だったらR-18ルート………いや、妊娠ルートまっしぐらの所をそれだけで終わらせたんだぞ!」
本当だったら欲望のままにしても良かったんだ。それを……それをなんとか抑えこんで。風邪をひかないように体を拭いてタオルを巻いて上着もかけてあげたんだ。だから今はそんなにあられな姿じゃないのに。
「…………いや、そういう問題じゃない。ともかく降ろすぞ」
「……待ってろ」
まずは首、それから足を取って手首のを取る。これですべて解除できた―――が、
「…………」
無言で浮かべる笑みがとても怖かったです。
「で、一体何が目的だ?」
服を着せた俺は椅子にベッドに座って尋ねる。
「私はあなたの護衛に来たの」
「その護衛が俺を試したのか。自分がどれだけ動けば良いのかを試すため、か」
「そうね。護衛って言っても私は生徒会長という立場上、どうしても離れる必要は出てくる。だから、実力をはっきりさせてって思ったんだけど………」
「まさか自分のISが封じられるとは思わなかった、と?」
「………ええ。でも―――」
どうやらバレているみたいだな。
「………そうだ。あれはたまたまうまくハマっただけのこと。実際、外で使っても効果はないしな」
そもそも普通、ISの使用は外でやるもんだし、あれは試作機だしな。今回は本当に上手く行っただけだ。
「って言うか護衛なら必要ない。ISを寄越せばそれで良いだろ。どうせ女の乗り物だし大した期待はしていないさ」
「………それでも手続きに時間がかかる。だから更識を、と思ったわけだ」
なるほどね。実際、俺も零司からもらっていた選別を使わなかったら危なかった。
「………OK、わかった。まぁ俺としてもISに詳しい奴がいてくれる方がありがたいからな」
俺の知っている方とは違いはある。そういう意味では教師がいるのはありがたい。
「ところで桂木、お前はISを持っているのか?」
織斑先生にそんなことを言われて俺は目を点にした。
「は?」
「……そうね。私もずっと気になっていたの。桂木君、あなたはあの武装をどうやって出したの?」
更識を拘束した奴のことを言っているのだろうか?
「………量子変換技術って、一般していないのか?」
「そうだな。まだISの技術の範囲でしかない。だからこそ、持っている事自体が問題になってくる」
「親父が死ぬ前に残していた設計図とキットを元に作成しただけだよ。だから今じゃこの技術は俺ぐらいしか使えない。………だがまぁ、俺以外に一人使っている奴がいるが、そいつの情報を売るつもりは毛頭ない」
「………そう。でも大丈夫なの? もしその子のことが知れ渡れば狙われるんじゃ―――」
「すでにその界隈じゃ有名だし、武装は俺以上に持っているからな。そうそうねぇよ。それにアイツ、俺以上の人嫌いだから護衛とか逆に嫌いそうだ」
ただでさえ俺という存在がいなくなったからな。もしかしたら研究員としてきた人間を全員を追い出して………いそうだな。
「そうか。では私は帰らせてもらおう。後は二人で楽しむと良い」
帰る時にまるで初々しいカップルでも見るかのように訳ありな顔をしていく織斑先生を殴りたい衝動に駆られたがここは我慢しておく。
部屋を出て行ったことを確認した俺は、改めて同居人になる更識に向きあ―――あれ? どこ行った?
「お待たせ。ごはんできたわよ」
先に飯のようだ。時間を見ると6時過ぎているし、頃合いと言えば頃合いか。
■■■
就寝前。実力を買われて悠夜の同居人なった生徒会長の更識楯無は、勉強をほどほどにして先に寝た悠夜にそっと近づく。
(………相変わらず、可愛い寝顔ね)
ふと、彼女は昔一緒にいた記憶を思い出した。
小さい頃の楯無は今とは違ってとても臆病な少女だった。髪と目の色が異質だったという事もあり虐められる日々が続いていたある日、一人の少年が楯無に話しかけてきた。
「一緒に遊ばない?」
「え……?」
唐突に言われた楯無は呆然とした。しかも状況的に言えば虐められている最中にである。
「だってさ、君もこいつらみたいなのと遊んだってつまらないでしょ? だったら俺と遊ぼう?」
「……………うん」
楯無を頷くと、おそらく楯無にぶつけようとした雑巾が少年の顔にぶつかる。
いじめっ子たちがその光景を見て笑ったが、当人にとってはそんな事態じゃない。
「きったねぇ!」
「今日からこいつは「おぶつマン」だ!」
「おいおぶつマン! 汚ぇからどっか行けよ」
それを聞いた少年は笑みを浮かべて楯無を連れて教室から出て行った。
授業開始のチャイムが鳴る。楯無は戻ろうとするが、少年がそれを止めた。
「別に帰らなくてもいいよ。小学生レベルの勉強なんてすぐに追いつくから」
「でも………」
「それに俺たちがいないことで今頃先生が探し回っているからおあいこだよ」
実際その通りだった。
担任の教師は慌てふためき、手が空いている教師に捜索を頼んでいた。
「ねぇ………ちゃん」
「なに?」
少年は楯無に抱き着く。そして優しく頭を撫でて小さく言った。
「しばらくこのままでいさせて」
そう言われても楯無は呆然としていた。何せこんなことなど家族以外には一度もされたことがないからだ。
しばらくすると頭を撫でられなくなり、少年は寝息を立てていた。
(………どうしよ)
抱き着いたまま寝てしまった少年を引き剥がそうとするが、服を強く握りしめて離れなかった。
見つかった二人は怒られた。
家族に話が行くと聞き、楯無はどんよりとなったが少年は平然としている。少し恨みつつあったが、これから受ける授業の教科書を開くとそこには落書きがされていたのだ。
「どうしたの?」
泣きそうになっている楯無を見て、少年は近付いてきて中を見ると、すぐに離れていく。そして、自分の教科書を持って現れた。
「これ使いなよ」
そう言って楯無と自分の教科書を入れ替えた少年はそのまま席に戻る―――と見せかけて現れた教師を見て服を引っ張った。問題と関わることを嫌がった素振りを見せたが、教科書を見せたことによって唖然とした。
そのクラスで虐めが発覚すれば、教師たちはできるだけ穏便に済まそうとする。
教師は親を呼び出して事情を説明して子どもを怒らせる。そして怒られた子どもは怒りの矛先を少年に向けた。
少年は虐められた。楯無は何度か止めようとしたが、少年に言われてただ見守っていた。
―――そんなある日、事件が起こった
上級生たちがしていた組体操を真似て彼らも真似をし、一番重いところに少年を配置させたが少年は倒れて総崩れとなった。そのことに激怒したリーダー格の男が少年を「ちゃんとしろよ、へぼ!」殴ったのである。
これだけならば怒りに身を任せて殴った………というだけで終わるだろう。言い方が酷いが、本来ならそこで少年が我慢すれば終わるはずだった。
「あ………う…………」
「何か言った?」
少年は、とうとう切れた。
そもそも少年はこれまでずっと虐められていたのだ。所々怪我をしていたが、父子家庭でありその父親はあまり連絡が付かない状態にあったのだ。運が悪いことに、少年の親戚は誰一人いない。
だから今まで抗議する人間がいてもすべて少年が諫めてきたのである。
―――この日のために
キレた少年はリーダー格の少年の口に雑巾と牛乳を口一杯に入れて、ガムテープで閉めた。しかも動こうとすれば常に股間を蹴るという行動に出たのである。
少年を止めようとした者もいたが、椅子が近くを通れば誰だって黙ってしまう。
そして少年は、リーダー格の少年を倒してその上で跳ね始めた。
「何度も嫌だって言ったよね? その結果がこれだよ、お馬鹿さん」
とうとうリーダー格の少年は吐き、辺りに汚物を撒き散らした。少年は案の定回避し、わざとらしく言った。
「おいブタ。ここは人間様の部屋だぞ。吐くなよ」
そう言って少年は蹴った。ひたすら蹴った。邪魔する奴は―――容赦なく汚物の中に入れた。
これは、ある日の悲惨な小学生たちの思いで。楯無は引いたが、本当はざまぁみろと思っていた。
(………確か、あの時は凄いことになったっけ)
やれ施設に入れるべきだとか喚く大人たち。少年は反省文を書かされたが、それを教育委員会に提出して虐めが露見。さらに一部がマスコミに流れて大きな騒ぎに発展した。
もっとも、それによって楯無は女子校に通わされたが、しばらくはその少年と―――悠夜と文通をしていた。
「…………ごめんね」
彼女の口から出たのは謝罪。何故なら彼女は途中で文通を止めたから。理由は彼女が普通の人間と違うからである。
―――暗部
特に楯無の家は関東の中でもかなりの利き腕であり、男が生まれなかったこと、そしてISが世に出たことによって楯無が家訓を継ぐことになった。実際「楯無」というのも襲名であり、本名でない。
だからこそ会うのを、これ以上関わるのを止めようと思ったのだ。
(………本当は、色々なことをしたいんだけどね)
だが今となってはそれは叶わない。それに、表舞台で有名になった今の悠夜にとって楯無は邪魔になる可能性が高い。
やがて時間になったこともあり楯無はベッドに入って電気を消した。